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シーン 59

 僕は荷物の中にしまってあったバゲットを取り出し一口大にちぎった。

 動物を手懐ける鉄則は餌付けと相場は決まっている。


 「おいで~」


 まずはパン屑を投げて子犬の警戒心を解いてやることにした。

 サフラは少し呆れた様子で僕を見ている。


 「サフラ、かわいいぞ、お前もやってみないか?」

 「い、いいよ…」

 「お前も仲良くしたいんだろ?遠慮するなって」


 半ば強引にパンを渡して背中を押した。

 初めは遠慮をしていたサフラも子犬の人なつっこさに負けたようだ。


 「か、かわいい…」

 「だろ?」

 

 思えばこうやって安らげる時間は久しぶりだ。

 アニマルセラピーではないが動物と接していると心が温かくなる気がする。

 そんな時だった。

 林の奥で別の足音と気配を感じた。

 今度は子犬ではなく二足歩行の「何か」だ。

 気配は明らかに殺気が満ちそれらは真っ直ぐ僕らに向けられている。


 「…また何か来る。今度は穏やかなヤツじゃなさそうだ」

 「あッ、逃げちゃった…」


 サフラと戯れていた子犬たちは気配のする林の中に戻っていった。

 そしてすぐに子犬の鳴き声が聞こえてきた。

 どうやら林の中にいた何者かと接触したらしい。

 鳴き声はすぐに止み殺気は強さを増しすぐそこまで迫っていた。


 「…コイツは!」

 「ウェアウルフ!?」


 闇の中から現れたのは二足歩行をする狼の亜人だった。

 腕力はオークほどではないものの俊敏性は飛んでくる石弓を避けるほど素早いとされている。

 動体視力も優れているため剣で捉えるのが難しい難敵だ。


 「かなり怒ってるみたいだな」

 「たぶん、さっきの子達の親かも。ウェアウルフの子どもは四足歩行なんだけど大きくなると二足歩行になるって聞いたことがあるの」

 「コイツは火を恐れないのか?」

 「無理みたい…」

 「ヤル気みたいだ!来るぞ、注意しろ」


 僕は銃とマインゴーシュを抜きサフラもスティレットを構えて距離を取った。

 このウェアウルフがさっきの子犬たちの親だとすれば殺すのに少し躊躇してしまう。

 コイツが死ねばあの子達はどうなるだろうか。

 親がいなくなればどこかで野垂れ死ぬに違いない。

 亜人の徘徊する原野で生き残れるほど世間は優しくないのだから。

 考え事をしながら距離を取りながら様子を見る。

 ウェアウルフは僕に狙いを定めると一気に距離を詰めてきた。

 全身がバネのようなしなやかな筋肉で出来ているため地面を一蹴りすれば数メートル先まで移動することができる。

 たった三歩で僕の前に到達すると鋭い爪で切り裂くような攻撃を仕掛けてきた。


「…早い!」


 避けることが出来ず慌ててマインゴーシュを差し出して受け流した。

 元々マインゴーシュは防御用に開発されたものだけあり攻撃を受け流すのに向いている。

 使い方を熟知すれば経験次第で心強い武器だ。

 場合によっては攻撃にも転じられるため下手に盾を使うよりも効率がいいだろう。


 「レイジ!」

 「大丈夫だ。気をつけろ、早いぞ」


 ウェアウルフも一撃を避けられて警戒しているらしく剣戟の届かない場所まで距離を取った。

 しかし、視認できる範囲が銃の間合なのでこの場合不利になったのはウェアウルフの方だ。

 それに剣が届かないなら動きを封じてしまえばいい。

 手っ取り早く機動力を奪うには足を撃ち抜くに限る。

 銃口を向けるとウェアウルフは警戒して身を強張らせた。

 次の瞬間銃で右の太ももを撃ち抜くとウェアウルフはわずかに身体を反らして致命傷を避けた。

 それでも手傷を負わせることはできたため機動力は大幅に下がっている。

 僕としては殺すつもりではないためすぐに処置をすれば死ぬことはない。


 「これで素早い動きはできないだろう。もし、人の言葉がわかるならココから立ち去れ」

 「…ニンゲンガ、ナサケヲカケルツモリカ」


 ウェアウルフは突然カタコトの人語を操った。

 言葉に抑揚がなく聞き取りづらいが言っていることはわかる。

 ちょうど日本を覚えたばかりの外国人と会話をする感覚だろうか。


 「人の言葉がわかるのか?なら話は早い。俺たちはお前を殺すつもりはない。命が惜しければ立ち去れ」

 「カワッタニンゲンダ…イヤ、ヒトデハナイノカ?」

 「残念ながら俺は人間だよ。一つ聞きたい、何故人語が話せる?」

 「…オモシロイコトヲイウ。オマエタチダケガ「コトバ」ヲアヤツレルト、ホンキデオモッテイルノカ?」

 「そうでないと?」

 「スクナクトモ、ワレワレモコトバヲツカウ」

 「なるほどな。まあいい、話してくれたと言うことは敵意がないと見ていいのか?」


 雰囲気がどことなくドワーフのコルグスに通じるものがある。

 彼もまた望んで戦っている様子ではなかった。

 どちらかと言えば必要に迫られて牙を剥いた印象だ。


 「オマエカラ「テキイ」ヲカンジナイ。ダカラ、ワタシモ「ケイカイ」ヲトイタ」

 「そうか。ではコレで止血をしろ。あと、痛み止めだ。使え」


 ポシェットから止血用の布と鎮痛剤の入った革袋を投げてやった。


 「レイジ!?」

 「いいんだ。言葉がわかるなら、いつかわかり合える日がくると思うから」

 「ヤハリ、カワッタニンゲンダナ。オマエカラハ、ニンゲンデハナイ「ニオイ」ヲカンジル」

 「匂い?おかしいな、水浴びは毎日してるんだが…」


 少し冗談のつもりで言うとウェアウルフは声を上げて笑った。

 その顔には先ほどまでの険しさはない。

 顔こそ狼のそれだが不思議と恐ろしさは感じなかった。


 「オモシロイコトヲイウ。オマエ「レイジ」トイウノダナ」

 「そうだ。お前の名前も聞いておこうか」

 「ワタシハ「ビル」ダ」

 「ビルか。覚えておくよ」


 ビルと名乗ったウェアウルフは布と革袋を手にすると闇の中に消えていった。

 その直後、隣でドサッという物音が聞こえ慌てて振り返るとサフラがヘタリ込んでいる。

 どうやら緊張の糸が切れて腰を抜かしたらしい。


 「大丈夫か?」

 「な、何とか…。ちょっと…ビックリしただけだから…」

 「確かに驚いたよな。アイツ、人語がわかるなんてな」


 それを聞いてサフラは目を丸くした。

 何かおかしなことを言っただろうか。

 実際に名前まで聞いたのだから会話は成立していたし、サフラもそれを見ていたのだが。


 「レイジはやっぱり会話をしていたんだね」

 「え?」

 「…私にはあのウェアウルフが何を言っていたのかわからなかったの」

 「わからなかったって…どう言う…」

 「言葉の通りだよ…」


 サフラは一つ深呼吸をしてゆっくりと立ち上がった。

 その顔には疲れの色が浮かんでいる。

 気になるのは彼女の言った言葉だ。

 確かにカタコトの言語は聞き取り辛いが決して意味不明な言葉ではなかった。

 そのため、彼女の言葉を聞いて少し動揺してしまった。


 「まあいいさ、危険は去ったんだ。これで安心して眠れるだろう?」

 「う…うん」


 再び先ほどの場所に腰を下ろして焚き火を眺めた。

 まだ燃え尽きたわけではないがそろそろ次の薪をくべなければならない。

 新しい薪を火にくべるとパチパチと火の粉を上げて燃えた。


 翌朝。

 何度か眠る機会はあったがほとんど疲れは取れなかった。

 気分は徹夜明けのそれだ。

 少し気持ちがハイになっているものの冷静な判断が出来ないわけではない。

 どちらから言えば頭が冴えすぎて恐いくらいだ。


 「おはよう、サフラ」

 「おはよう…あれ?私、朝まで…」

 「あぁ、グッスリ寝てたよ。快眠だったみたいだな」

 「レ、レイジは?一晩中寝て…なかったよね」

 「少し寝たから大丈夫だ。意識はハッキリしてるよ」

 「ごめんなさい…」

 「何で謝るんだよ?」

 「火の番代わるって言っておいて…」

 「いいんだよ。町に戻ってゆっくり休めばいいさ」


 昨晩は火の番をしつつ自分と向き合う時間に使った。

 まず、自分自身が異質な存在であることを再認識しつつ神様に授けられた特異な能力についても。

 特に飛び抜けて高い身体能力や過去の記憶を引き継いでいること、異種族との言語共有などがそれに当たる。

 最後の言語共有と言う能力はこの世界の常識を根底から覆すことになるかもしれない。

 今はドワーフやエルフと敵対関係にあるためお互いに理解し合えないから戦争が続いているのだろう。

 もし、両者の間に仲介者が居れば円滑な関係が築けるのかもしれない。

 ただ、それは口で言うよりずっと難しいことだ。

 誰か一人を説得するにも理解するには時間がかかる。

 それが考え方や文化の違う異種族となれば気の遠くなる作業だ。

 それこそ世代を超えて何年も必要とするかもしれない。

 僕はこの世界で自分の存在証明になるものを探している。

 これまでは穏やかに暮らせればいいと思ったがやはり何かを成して死にたいと思った。

 それが世界を巻き込む壮大な計画なら挑戦する価値はあるだろう。

 目標に向かって着実に前へ進んでいけばそのうちこの世界を理解できるはずだ。


 キャンプ地を離れ目的地の岩山を目指した。

 現地までは時間にして一時間ほどの距離だ。

 しばらく進むと目的地が見えてきた。

 一見すれば巨大な一枚岩で出来た小高い丘だ。

 周囲を見渡してみたがこの辺りを縄張りにしているトロールの姿は見えなかった。

 情報によればグリフォンが巣を作っているのは岩山の頂上だ。

 遠くから岩山を見ると木の枝で組まれた巨大な鳥の巣が見える。

 どうやらあれがグリフォンの巣のようだ。

 しかし、そこに動く者の姿は見つからなかった。


 「居ないね?」

 「あぁ、狩りにでかけているのかもしれない。しばらく様子を見てみよう」


 いつグリフォンが現われてもいいように待ち構えていると西の空から巨大な飛行物体が近付いてくるのが見えた。

 大きさは小型乗用車ほどだろうか。


 「来たぞ。思ったよりデカイな」

 「そうだね…こうして近くで見ると怖い…」

 「まずはヤツを巣から引き離そう。この時期は繁殖期らしいから巣に近づいただけで攻撃を仕掛けてくるはずだ」

 「そうだね。無理をしないよう慎重に」


 僕らは身を屈めゆっくりと岩山に近付くことにした。

 グリフォンは空から襲ってくるので極力物陰に身を隠しつつ距離を詰めていく。

 こうすれば真上から攻撃が仕掛けにくくなるのでこちらも立ち回りやすくなる。

 ギリギリまで近付いた状態で武器を構えた。

 今回の相手はグリフォンと言うこともあり近接武器での対処は難しい。

 つまり遠距離攻撃が可能な銃が頼りになる。

 これまでに何度も銃を使っているので今回だけが特別と言うこともない。


 「よし、この辺りで作戦決行だ。手はず通りならすぐに終わるだろうさ」


 僕らは事前に作戦を考えていた。

 まずはグリフォンの機動力を奪うために翼の付け根を狙って弾を撃ち込む。

 翼は揚力を得るために筋肉が発達しているため翼を攻撃するのは有効だ。

 次に動きが鈍くなったところへ急所である頭を攻撃して仕留める作戦だ。

 注意を引くために空に向けて弾を放つとグリフォンは巣を離れて上空で旋回を始めた。

 そして、僕らを見つけると、一気に急降下をしながら攻撃を仕掛けてきた。

 実際、胴がライオンで顔が鷲と言う化け物はそれだけで迫力がある。

 身体も大きいため威圧感は想像以上だ。

 それでも恐怖心を振り払って翼に向けて弾を放った。


 「やったか!?」

 「まだだよ、嘴と鍵爪に注意して!」


 急所を外したのかグリフォンは構わず僕らに向かって突進をしてきた。

 それをギリギリのところでかわすと翼が巻き起こす強烈な暴風に襲われた。

 ちょうど大型トラックが真横を全速力で駆け抜けていったような感覚だ。

 バランスを崩そうになりながら背を向けて上昇するグリフォンに向けて追撃を放つ。

 すると、グリフォンは空中でバランスを崩してきりもみ状態になりそのまま地面に落ちてきた。

 こうなってしまえば空から襲われる心配はなくなる。

 地面に落ちた衝撃も相まって盛大な砂埃があがった。

 痛みでのた打ち回っているグリフォンの額に照準を合わせ止めの一撃を放つ。

 乾いた発砲音の後、頭を撃ち抜かれたグリフォンは断末魔の叫びを上げてそのまま絶命した。

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