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シーン 57

 クオルの一件以来寝ても醒めても頭にあるのは自分の中にいる“もう一人の自分”のことだ。

 今までを振り返ってみれば自ら望んで戦ってきたわけではなくその場の状況に半ば流されてきた。

 そのため僕から率先して戦っているわけではなくあくまで正当防衛と言う前提がある。

 しかし、そうだとしても僕は逃げずに戦う事を選んでいるのも事実だ。

 中には逃れられない場面にあったが一つ一つ取り上げていけばそうだとは言い切れない。ところもある

 結果として僕は戦いの中で笑みを浮かべるほど戦いを好む性質を持っていると認めざるを得なかった。

 一度銃を取れば誰かが傷つくことは明らかだ。

 それが例え亜人であっても変わりはない。

 人間に害を成す亜人を擁護するつもりはないが、それでも無闇に命を奪っていい理由はないと思っている。


 ベッドから起きて辺りを見渡した。

 今居るのはすっかり見慣れてしまった宿の一室だ。

 クオルとの一件から数えて実に五日目の朝になる。

 当初の予定なら今頃は持ち家を手配して新しい生活に胸を躍らせている頃だ。

 それなのに今も宿暮らしを抜け出せないままでいる。

 今日はこれからハンターギルドに向かい目新しい依頼がないか確認に行く予定だ。

 ちなみにこの四日間は受けてみようと思う依頼が見つからず足踏み状態だった。

 幸いなことに依頼は定期的に更新されているので足を運ぶたびに内容が少しずつ変わっている。


 この四日間で考えたのは簡単な依頼を少しずつ消化する作戦だった。

 ただ、難易度の低い依頼は危険度も少ないため挑戦する者も多い。

 反対に難易度の高い依頼は危険度が高く不人気だったりする。

 難易度が高ければ貰える貢献度も多くなる反面リスクも高くなるため考えるとなかなか踏ん切りがつかなった。

 そんな時間を過ごし、二人で相談をしてようやく前へ踏み出そうと決めたところだ。


 ハンターギルドで依頼を確認する方法は二つある。

 一つは壁に張り出された指名手配犯の似顔絵がついたポスターを閲覧すること。

 ポスターにはこの他に討伐対象の特徴や危険度など細かく記載されている。

 もう一つは受付で直接情報収集する方法だ。

 こちらは手配犯に関連した資料を元に丁寧な説明を受けることができる。

 これまで収集した情報からポスターに張り出される依頼は難易度が高く事件解決を早期に希望するものが多い。

 僕は今まで受付で説明を聞いていたので今回はポスターを中心に閲覧するつもりだ。


 ギルドは朝早くから人の出入りがある。

 出入りしているのはギルドに所属するハンターやバウンティーハンターたちがほとんどだが中には私服の一般人や貴族の姿もある。

 彼らはギルドに討伐を依頼する側の人間だ。

 込み合う室内を移動してポスターが並ぶ壁の前に立った。

 壁には整然とポスターが並んでいるが一部空白のところもある。

 これはすでに解決して取り外されたポスターの跡だ。

 この空白は新しい依頼が入れば埋められてしまう。

 そのため並んでいるポスターは掲載された日付がバラバラに配置されている。


 「…さて、どれにするかだな」

 「出来れば危なくない依頼がいいよね。えっと、コレなんてどうかな?」


 指差した先にはここにあるポスターの中で一番難易度の低い依頼だった。

 しかし、そこに描かれている討伐対象の姿は亜人でもなければエルフやドワーフでもない。

 説明よれば骸骨の化け物スケルトンの討伐依頼だ。

 スケルトンはゾンビと並び不死者と呼ばれる怪物でファンタジーの世界ではポピュラーなモンスターでもある。

 ただし、この世界にいる不死者は僕の知っているものと少し違い、自然発生的に生まれる不死者は居ないとされているようだ。

 不死者はエルフ族が操る「魔術」と呼ばれる異端の術式を用いて死体に特別な呪いが掛けられることで生まれるとされている。

 また不死者になったものは術者の奴隷となり敵対するヒューマンやドワーフの元に兵士として送り込まれるそうだ。

 不死者の能力は生前の能力がそのまま引き継がれることが多く使われる素体も戦死したヒューマンやドワーフや亜人と多岐に渡る。


 「なぁサフラ、スケルトンって書いてあるんだが、お前ってお化けは平気なのか?」

 「…え?」


 何気なく質問するとサフラの思考が急に停止した。

 同時に顔が青ざめ手をわなわなと震わせている。

 これは女の子に限った話ではないがお化けを怖がるのは世界共通のようだ。

 僕もその例外ではなく出来ることなら出遭いたくない。

 遊園地にある作り物のお化け屋敷ですらビックリするのに実物となればその恐怖は計り知れないのだから。

 それに難易度が他に比べて低い割には挑戦者が居ないところを見ると総じて不死者の討伐は敬遠される傾向にあるらしい。

 それを証拠に掲載日が十日近く前の日付になっている。


 「じゃあコレはどうだ?」


 気を取り直して別のポスターに目を移す。

 こちらは爬虫類の似顔絵が描かれていた。

 よく見れば恐竜のような顔付きで説明によれば翼を持った竜と添えられている。

 名前に「ワイバーン」とあるのでドラゴンの一種と言うことになる。


 「なあ、この世界にドラゴンなんて居るのか?」

 「居るよ。数は物凄く少ないけど、たまに人里を襲うからこうやって依頼が入るの」

 「やっぱり居るのか…。まあ、亜人がいればいてもおかしくはない…か」

 「どう言う意味?」

 「いや、こっちの話だ。それよりこのワイバーンってヤツは気になるな。依頼の難度もここにある中で上から二番目か」

 「レイジ…それを受けるの?」


 隣を見るとサフラが青い顔をしていた。

 先ほどのスケルトンで見せた顔色よりもいくらか表情が引きつっている。


 「まあ、興味があるって程度だ。実際に受けようとは思ってないよ」

 「良かった…。ドラゴンは物凄く危険な相手なの。いくらレイジが強くても殺されちゃうよ」

 「そんなにヤバいのか…?」

 「えっと…口から火を噴いたり毒を撒き散らすドラゴンも居るんだって。あと、「赤い竜」って言うのが一番有名かも」

 「赤い竜?」

 「世界を終わりに導く不吉な竜なんだって。昔、神様がまだ地上に居た時代にこの大地のどこかに封印されたらしいよ?」

 「じゃあ、そいつはまだどこかに居るってことなのか?」

 「うんん。それを見た人も知ってる人も居ないはず。でも、おとぎ話に登場するくらいだからほとんどの人は知ってると思うけどね」


 宗教において終末論はよく扱われる題材だ。

 狭義では歴史には終わりがありそれ自体が目的であると言う考え方だったと記憶している。

 物事には終わりがあるから救われたければ神の存在を信じろと言うような布教の手段の一つだ。

 しかし、僕が暮らしていた世界にはそもそもドラゴンや亜人と言った生物はフィクションの中にしか存在していなかった。

 それでもドラゴンを題材にしたコンテンツは多岐に渡り特にファンタジーの世界ではメインテーマに据えられることも少なくない。


 「居るのか居ないのかわからないなら宇宙人と変わらないな」

 「うちゅうじん?」


 どうやらこの世界に宇宙人と言う概念はないらしい。

 これも言葉で説明するのはなかなか難しいため適当に答えることにした。


 「そうだな、この世界じゃない別の世界の住人ってところか?」

 「別の世界?よくわからないけど、レイジは何でも知ってるんだね」

 「いや、俺が住んでいたところでは常識みたいなものだったぞ。だけどホントに居るのか怪しいところだよ」


 サフラに説明した宇宙人の説明をそのまま僕に照らし合わせれば僕自身も宇宙人のようなものだろう。

 元々、この世界の人間ではないし使っている銃も科学技術の進歩によって生み出された物なのだから。

 僕が想像する宇宙人像は人類よりも遥かに進んだ文明を持ち友好的ないしは敵対的な存在として認知している。

 どちらにしても僕がこの世界の人間ではないと言う時点で宇宙人のようなものだろう。


 「えっと、じゃあこの依頼はどうかな?これならそんなに難しくないかも」

 「グリフォン?」


 ポスターには雄々しく猛る鷲の頭を持った怪物が描かれていた。

 胴体は毛足の短い猫科の動物で背中からは鷲を思わせる巨大な翼が生えている。

 僕の持てるファンタジーの知識を総動員すればグリフォンは牛を攫って巣に持ち帰り子どもに与えると言う恐ろしい怪物だ。

 牛を咥えて空を飛べるほど巨大な身体を持ち個体によっては小型のセスナ機ほどの身体を持っている。

 そんなモノが空を飛んでいるのだから危険なのは間違いない。


 「大丈夫だよ。ハンターギルドでも定期的に討伐してる相手だから」

 「いや…待てよ、グリフォンってムチャクチャ大きい怪物だろ?そんなヤツ相手にして大丈夫なのか?」

 「え?レイジはグリフォンって見たことある?」

 「いや…ないけど。嘴で牛を攫う化け物…だよな?」

 「違う違う。グリフォンは確かに大きいけど、そんなに大きくないよ。そんなに大きか ったらドラゴンより強いかもね」

 「違う…のか。じゃあどれくらいなんだ?」

 「えっと、ここに書いてあるよ。二メートルくらいだって」

 「そ、そうか…何か想像と違うな」

 「そう?」


 サフラに不思議そうな顔をされてしまった。

 確かに小型セスナ機ほどある化け物であれば人間が束になっても勝てるかどうか…と言うところだろう。

 仮にそんな相手だったとすれば剣や槍だけで倒せるとは思えない。

 ただし、説明にある二メートルと言う体長も冷静に考えれば大きい。

 よく知る鷲でさえ体長は大きいもので一メートル程度はある。

 それが翼を広げた場合なら最大で二メートルを超える大きさだ。

 グリフォンの情報を頭の中で整理してシミュレーションをした結果、翼を広げた大きさは四メートル近くになるだろうか。

 背中に生えた翼も鳥類のように最適化されてはいないはずなので身体を支えるには相応の大きさになるだろう。


 「サフラはグリフォンを見たことはあるのか?」

 「私は空を飛んでるところを下から見たことがあるよ。ちょっと大きくてビックリしちゃったけどね。たぶんレイジなら大丈夫だと思う」

 「何を基準に大丈夫なのかわからないけど…一度コイツについて話を聞いてみるか。決めるのはその後でもいいだろ」

 「そうだね。私、順番取って来る」


 受付には数人の人が並んでいた。

 ちょうどコンビニのレジ渋滞のようになっている。

 三人目以降は近くに置かれている帳面に名前を書き順番になれば呼ばれると言う仕組みだ。

 しばらく待っていると僕の名前が呼ばれた。


 「おや、アンタ今日も来たのかい。熱心だねぇ」


 受付の男性は何度も来ていたおかげで顔を覚えていた。

 毎日通っているので当たり前と言えば当たり前だ。


 「今日はあそこのポスターにあったグリフォンの討伐について話を聞こうと思いまして」

 「なるほど。それで、何を聞くんだい?」

 「まずは、具体的な特徴と場所、注意することなどがあれば何でも教えてください」

 「そうかい。特徴と言ってもポスターに書かれていることがほとんどだ。強いて補足することも無いだろう。注意することと言えばグリフォンが巣を作っている場所だな。ここから南の小高い岩山に巣を構えている。あそこ近くにトロールのコロニーもあるから、一筋縄でいく依頼ではないだろうな」


 男性は他にも岩山までの道筋と行程を教えてくれた。

 南には軍隊が遠征するために使う補給路がある。

 また、商人や旅人が使う街道とは違うので近くに村や町はないようだ。

 移動には馬車で半日ほど掛かるので徒歩の場合なら歩き詰めで一日程度だろうとのことだった。

 つまり亜人が出没する原野で野宿をする必要がある。

 未だに野宿の経験がない僕らにすればグリフォンの討伐よりもこちらの方が危険に思えた。

 いつ襲われるのかわからない状況の中では身体が休まることは無いだろう。

 常に警戒しておく必要があるので眠る時はどちらかが見張りと火の番をしなければならない。

 しかし、焚き火を絶やさなければ動物は寄ってこないため出来れば焚き火の燃料を確保できる森の近くにキャンプを設営するようアドバイスをされた。


 「大体わかりました。それじゃあこの依頼、受けさせてもらいます」

 「気を付けな。そういえば貢献度についての説明は終わっているんだろう?」

 「えぇ、済んでますよ」

 「そうかい。じゃあ、話はこれでおしまいだ。無事に戻って来るんだぞ」


 男性に別れを告げて僕らはギルドを後にした。

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