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シーン 56

 ロビーに戻るとクオルが僕の顔を見つけて椅子から立ち上がった。

 先ほど言った通り僕の説明が終わるまでずっと待っていたようだ。

 人付き合いが苦手なタイプではあるが、こう言ったところはマメらしい。

 その顔には不適な笑みが浮かんでいる。


 「説明、終わったみたいだな」

 「あぁ、とりあえず話は理解したよ」

 「それで、お前はコツコツ依頼を消化しようって腹か?」

 「まあ…そうなるな」

 「それは惜しい、実に惜しい…」

 「何だよ、言いたいことがあればハッキリ言えよ」


 回りくどい話はあまり好きではない。

 クオルも僕と同じタイプなのでわざわざ話を引き伸ばすようなことはしないだろう。

 その瞬間、瞳の奥が怪しく光ったのは見間違いではない。


 「率直に言う、大会の場でお前と手合わせがしたい。もちろん生死は問わずだ」


 怪しく光っていたクオルの視線が鋭くなると辺りの空気が凍りついた。

 肌を刺すような殺気が身体中から漏れている。

 一般人なら感じ取れない程度の変化だが少なくとも戦闘経験のある僕やサフラ、この場にいる連中は気が付いただろう。

 それは肉食獣が獲物を捕らえる時に見せる静かで明確な殺意。

 クオル自身もハンターを名乗らなければ町のゴロツキたちと変わらないほど気性が荒い。


 「…そう言うことか。だけどあえて殺し合うこともないだろ?俺はお前みたいに戦いたくて仕方がない戦闘狂とは違う。何より平穏に暮らしたいだけさ」

 「相変わらず甘いな。お前、自分が戦ってる姿が一体どんな風だと思ってる?口ではそう言ってるが間違いなくお前はこっち側の人間だよ」


 そう言ってクオルは親指を立てて自分の胸の辺りを指した。


 「違う、俺は戦いたいなんて思ってない。俺が戦って来たのは、戦わなければいけない状況だったからだ」

 「ほお?仕方なくか。なかなか面白い事を言うんだな。まあ自分の姿を客観的に見るのは難しいとも言うが。だが、俺は知っているぞ。お前がゴブリンを殺す時、微かに笑みを浮かべていることをな」

 「そ、そんなことは…」

 「お前、まさか本当にそう思っているのか?だとしたらお前は二重人格か何かだ。銃を手にしたお前はまるで人が変わったように見えるぞ?」


 指摘されて思い出すのは戦闘中に感じるあの高揚感だ。

 笑みを浮かべていると言う指摘も自覚がないわけではない。

 元々、僕はサディストな一面があると自覚しているため相手を虐げると気持ちが高ぶってしまう。

 戦闘中の高揚感はそう言うものだと解釈していたためクオルの言葉は心に深く突き刺さった。


 「レイジ、相手にしちゃダメ」

 「サフラ…」

 「何だ、女に指図されてみっともない。戦っている時のお前は実に眩しい存在だ。あれこそ俺が求めていた相手だよ」

 「違う…俺は戦いたくて戦ってるんじゃ…」


 口では否定するものの心の内では動揺が走っている。

 少し脈が早くなって息苦しい。

 出来ることなら早くこの場を立ち去りたい気分だった。


 「俺はハンターと言う職業柄、表立って人を殺すことは禁じられている。まあ、相手が悪党なら話は別だがな。だから、お前と戦うには公に戦闘行為が認められる大会の場をおいて他にないんだよ」

 「じゃあなおさら大会へは参加する気はない。俺にはお前と戦う理由も私怨もないんだからな」

 「理由も私怨も…か。お前はそう言うヤツだったな。わかった、今日は一度引こう。今は何を言ってもムダのようだからな」


 クオルは言いたい事を言い終えるとギルドを出て行った。

 ロビーにはまだ殺気の余韻が残り重苦しい雰囲気に包まれている。

 不意にサフラが僕の服の裾を掴んだ。

 手は小刻みに震え不安に苛まれている。

 僕は何も言わず彼女の肩を抱き寄せた。

 小さい肩は歳相応の女の子と何ら変わらない。

 しかし、ひとたび武器を手にすればゴブリンすら簡単に屠れるだけの実力は持っている。

 それでも中身はやはり見た目通りの可愛らしい少女だ。

 普段からシッカリとした性格のため忘れがちだがこう言った状況になると本当の姿が表に出てくるらしい。


 「…少し、落ち着いた」

 「そうか。心配掛けたな」

 「うんん。レイジは悪くないよ。悪いのは弱い私だから…」

 「自分を悪いなんて言うな。お前は十分強いよ」


 頭を撫でてやると目を細くして笑みを浮かべた。

 笑顔を見ると安心するためいつもこうやって笑ってくれていればと思わずには居られない。

 落ち着きを取り戻したサフラの手を引いてギルドを後にした。

 僕は宿へ戻る途中クオルの言っていた言葉を思い出した。

 彼は戦っている時の僕を別人と言っていた。

 僕自身、少なからずいつもとは違う変化に気が付いているため頭ごなしに否定することはできない。


 ここで思うのは銃を手にした時に起こる感情の変化だ。

 銃を持って敵と対峙した時に心の奥がザワザワ沸き立つ感覚がある。

 反対に銃を手にしていない平時にはその感覚はない。

 つまり全ての元凶は銃にあるのではないかと言う仮説にたどり着く。

 今まで銃から距離を置いたことがなかったため考えもしなかったことだ。

 しかし、だからと言って銃を手放すつもりはない。

 銃はこの世界で生きていくために必要なものだし僕が僕である証明と考えているのだから。


 堂々巡りのまま宿に着いた。

 考えことをしていたためか部屋までの階段は苦痛に感じなかった。

 部屋に着き装備を外してそのままベッドへ倒れ込んだ。

 サフラも僕の真似をしてベッドに突っ伏せた。

 ベッドの上には束の間の平穏がある。

 しかし、これは仮初の平穏だろう。

 ここは邪魔をされない我が家ではないのだから。


 「レイジ、あまり考えすぎないでね。二人で力を合わせればきっと大丈夫だから」

 「すまない…。ホントなら俺がお前を守らなきゃいけないんだけどな。情けない…」

 「うんん、レイジは情けなくなんかないよ。カッコイイよ?」

 「カッコイイって…フフッ…ありがとな」

 「うん、レイジは笑っていた方がずっとカッコイイよ。カッコイイは正義だから」

 「正義ってお前、それは大袈裟だろ?」

 「うんん、正義は正義だよ。わかった?」

 「はいはい、そう言うことにしておくよ」


 思わずサフラのペースに乗せられてしまったが言葉を交わしたことで少し肩の荷が降りた気がした。

 一人で悩むより二人で考えた方が前向きな発想になるような気がする。

 僕の悪い癖は考え込んで立ち止まってしまうことだ。

 だからその短所を補ってくれるサフラと言う存在は僕にとって誰よりも大きな存在だった。

 サフラが居たから僕は今まで僕で居られると言ってもいい。

 きっと今もまだ一人でこの世界を彷徨っていたら自分の存在意義を求め続けるだけの毎日を送っていただろう。

 下手をすればクオルのように強いものを倒すことで自分を表現していたかもしれない。

 僕は無意識にサフラの手を握った。

 小さくて温かい手だ。

 その先にあるのはサフラの笑顔だった。

 この笑顔に何度救われた事だろう。

 僕の使命はこの笑顔を絶やさないことだ。

 彼女の手を握り密かに決意を新たにした。

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