シーン 53
翌朝。
僕らは再び帝都へ向けて歩み始めた。
町を出る際にキャラバンの利用も考えたが昨日あの事件の記憶が新しいうちは当分利用しないつもりだ。
これも二人で話し合った結果なので後悔はない。
次の町まで徒歩でゆっくりと向かう。
サフラの話ではあと一日も歩けば帝都に到着するそうだ。
ちなみに前の町を出てからちょうど半日ほどが経過した。
旅の道中で話題に上ったのは今朝食べたイチゴジャムについてだ。
貴族の間では紅茶の口直しにスプーンで少しずつ食べたり砂糖代わりに紅茶へ入れて使うらしい。
今回のことでジャムは貴族や富裕層に向けた贅沢品と言うことがわかった。
そんな高価な物を惜しげもなくパンにたっぷり乗せる様は贅沢以外の何者でもない。
僕としてはサフラの喜ぶ顔が見られたので後悔はない。
街道は次第に道幅が広くなった。
石畳の細工も凝った造りになっていて幾何学模様のデザインが施されている。
街道を行き交う馬車や人の数も増えてきた。
「お?アレ、城壁だよな?」
視線の先には高さが十メートルはあろうかと言う堅牢な城壁が見えた。
城壁は都市を囲むように建造され一目で難攻不落を思わせる構造だ。
壁の上部には周囲を警戒する警備兵が配置され外部からの侵攻に目を光らせている。
「そうそう。あれが帝都だよ。大きい町でしょ?」
「想像よりもずっとデカい町だな。今までの町なんて比較にならない規模じゃないか?」
「中に入ったらもっと驚くよ!」
「そうなのか?それは楽しみだな」
帝都の入口には検問所があり通行するには身分を証明しなければならない。
不審者は門前払いされるようだ。
また、不穏分子であれば問答無用で投獄されることもあるらしい。
セキュリティーの面だけ見れば居住者に優しくよそ者には厳しい町だ。
このようなセキュリティー体制になったのは敵対するドワーフやエルフが原因で、人に化けて町に入り込むのを未然に防いでいるらしい。
「身分を証明するものを提示せよ」
甲冑姿に長槍を手にした衛兵が険しい表情で僕らを見つめた。
威厳たっぷりのこの人物が検査官のようだ。
身分証になりそうな物は二つ持っている。
一つはロヌールの村長がくれた通行証。
これは今までリュックの奥で眠っていたものだ。
もう一つはハンターギルドで貰った紋章。
こちらは実力を証明するものだが通行証と合わせて提示しても問題ないだろう。
「ほう、ロヌールのアスリムト殿の書状か。こちらはハンターギルドの紋章。なるほど、相応の実力を持った冒険者と言ったところか」
「そんなところです」
「なるほど。それでは通行を許可する。通行証は提示を求められたら時にすぐ取り出せるよう工夫しておくように」
検問は呆気なく終わった。
察するに毎日に何千、何万人と通行をしているためそれほど時間を掛けていられないのだろう。
僕らは検問を終えて町の中に入った。
入ってすぐに感じたのは人の多さだ。
城壁の内部は今までに訪れたどの町とは比べ物にならないほど広大で通りにはさまざまな身分の人が行き交っている。
軒を連ねる露店や建物の数もまるでスケールが違った。
この世界の建築技術を考えればそれほど立派なものは作ることができない。
近代都市の天を穿つような地上数百メートル級の超高層ビルとは言わないが、石やレンガで出来た四、五階建ての立派な建物が多く目に付いた。
町の北部には皇帝の住む宮殿があり町の入口から真っ直ぐ大通りが続いている。
ここで西洋と日本の城下町では造りが違うと歴史の授業で教わったのを思い出した。
日本の場合はあらかじめ攻め込まれにくくするため城に続く一直線の通りは作らない。
これは少しでも城への侵攻を遅らせたり途中で待ち伏せをしたりと言う工夫からだ。
「何て言うか、驚きを通り越して言葉にならないな」
「凄いよね。私も初めて来たときはビックリしちゃった」
「これだけ人が居ればいろんな物や情報が集まりやすいだろうな」
「お店もいっぱいあるし珍しい物もたくさん売ってるよ」
「改めて思うけどこの町なら家を買っても良さそうだな」
何をするにもまずは拠点になる宿を探さなければいけない。
落ち着ける場所を確保するのは大切なことだ。
旅行者が利用する宿は町の西部に集中している。
そのため西部に行けば見付けることは難しくなかった。
「この辺りが宿屋街か」
「手前に見えるのが料金の安いところで奥に行けば豪華になるの」
「外観も随分違うんだな。予算に合わせて選びやすくなってるわけか」
「どんなところがいいか希望はある?」
「なるべく背の高い建物の宿がいいな。部屋から町を一望してみたいし。あとは部屋も広い方がいい。料金は二の次だ」
「それなら見付けるのは簡単かも」
二人で宿を探しながら歩いていると他よりも背の高い建物を見つけた。
他の建物が四、五階建てなのに対して見つけた宿は何と七階建てだ。
店構えも他と比べて少し立派だった。
「ここなんてどうだ?」
「私は平気だよ。あとはお部屋が空いてるかどうかだね」
「とりあえず中に入って聞いてみよう」
中に入ると絨毯が敷かれた室内は清潔感と気品に溢れていた。
どうやら中流から上流階級の旅行者に向けた宿らしい。
カウンターを見ると男女の受付係が並んで立っていた。
これもこの宿の配慮のようだ。
特に女性の場合は同性同士の方が話しやすかったりする。
つまり細やかな気配りができている証拠だ。
僕は入口から近い位置に立つ女性の方に声をかけた。
「すみません、部屋は空いていませんか?」
「いらっしゃいませ、ようこそお越しくださいました。ご案内出来るお部屋はございます。どのような部屋をご希望でしょうか」
「見晴らしがいい部屋がいいです。あとはお任せで」
「かしこまりました。それではこちらが六階のお部屋の鍵になります。ごゆっくりおくつろぎください」
そう言って部屋番号の付いた鍵を渡された。
宿の最上階はスイートルームになっていることが多い。
つまり七階建てのうち六階と言うのは一般客が泊まれる一番上の階だ。
ただし、この世界にはエレベーターがないため目的の階まで階段を登るのは正直骨が折れる。
実際、高層階はそう言った理由からあまり人気がない。
部屋が空いていた理由も頷けた。
ドアを開けると真っ先にダブルベッドが目に飛び込んできた。
事前に説明は受けていなかったがこの部屋はダブルルームのようだ。
ダブルルームを希望したわけではなかったが受付の女性が気を利かせてくれたようだ。
もちろんこの場合は気を利かせ過ぎと言わざるを得ない。
一見したところ部屋の間取りは十二畳ほどだった。
「六階って結構遠いんだな」
「階段がいっぱいだからね。でも、この部屋は思ったより広いよね。見晴らしも良さそうだよ」
「あぁ、苦労して階段をのぼった甲斐があったな」
窓の外には望み通りの眺望が広がっていた。
町は大きくわけて四区画にわかれている。
北は皇族や関係者が住むエリア。
東は居住エリア。
南は商業エリア。
そして、僕らの居る西のエリアだ。
この町で自宅を構える場合は必然的に東の居住エリアに住むことになる。
窓の外には他にも興味を引く建物が見えた。
見つけたのはドーム状の巨大な建物だ。
ここからでは判断がつかないがおそらくコンサート会場のようなものだろう。
大きな町なのだから巨大な娯楽施設という線も否定できない。
どちらにしてもこの町に住むと決まればおのずと何の施設かわかるだろう。
「サフラ、そろそろ腹減らないか?」
「うん、ちょっと減ってきたかも」
「じゃあ外へ食べに行こうぜ。そろそろ店も開いている頃だろ」
「は~い。今日は何にする?」
「まあ、行ってからのお楽しみだな」
僕らは宿を出て町へと繰り出した。
外はちょうど夕闇が迫ろうかと言う時間帯だ。
薄暗くはなってきているが決して歩きにくいと言うことはない。
町のあちらこちらには篝火が用意されそれが街灯の役目を果たしている。
それぞれの篝火には炎を専門に管理する人員が配置され夜間は絶えず明かりを照らすよう工夫がされていた。
人口の多い町なので夜の治安を確保するのに一役買っている。
飲食店が立ち並ぶエリアは町の南側に集中していた。
僕らが検問を受けた場所も南側だったので先ほど何件か店の前を通り過ぎている。
二人で並んで歩きながら興味を引かれる店を探して歩いた。
基本的にはどの店も酒樽が看板代わりなので居酒屋やバーと言った雰囲気の店が多い。
この国では食事の際に飲酒をする習慣が定着しているので酒類を扱わない飲食店は皆無と言っていい。
扱われる酒は主にワインで一部では炭酸の入ったビール系飲料もある。
ビール系と言う定義になっているのは原材料である麦芽の量やアルコール度数による明確な基準がないからだ。
そのためこの世界では麦を原料にした炭酸入りのアルコール飲料を総じてビール類と呼んでいる。
店ではビールと注文すると店が独自にビールと解釈するビール系飲料がテーブルに運ばれてくる仕組みだ。
「ここなんてどうだ?」
「いいと思うよ」
「じゃあ今晩はここに決まりだ」
適当に見つけた店の概観が気に入り今晩の食事場所が決まった。
店内には旅人や行商人、衛兵やハンターなど様々な職業の人が集まっている。
僕らは空いていた席に陣取りメニューを見ながら適当に注文を済ませた。




