シーン 50
目が覚めたのは正午を過ぎた頃だった。
あの後サフラは安心して眠ってしまい僕はそれを見て密かに彼女を守ろうと改めて決意した。
それから眠ったのがちょうど日の出の頃だっただろうか。
今は昼なので十分に睡眠時間を確保出来たことになる。
目覚めると身体が軽くなっていた。
昨日までの倦怠感が嘘のようだ。
今回のことで働き過ぎは身体に良くないと言う教訓が身を持って記憶に刻まれた。
サフラは眠たそうにあくびをして目を覚ました。
布団から起き上がった彼女はいつの間にか服を着ていた。
どうやら僕が気付かない間に着替えを済ませていたらしい。
さすがに昨晩の裸姿では僕の精神衛生上好ましくないため配慮してくれたのだろう。
僕も彼女が朝の身支度をするわずかな時間に着替えを済ませた。
やはり服を着ていた方が落ち着く。
中には裸じゃないと眠れないと言う者も居るが僕はそちら側の人間ではないようだ。
「レイジ、今日はギルドに顔を出すんだよね?」
「あぁ、少し時間が空いたけど手続きは終わってる頃だからな」
サフラは自然と僕の名前を呼んだ。
僕としても名前で呼ばれた方が気楽でいい。
時間は昼を過ぎていたので朝昼兼用の簡単な食事を済ませてから宿を出た。
ハンターギルドはいつものように変わらぬ佇まいで屈強な男たちが出入りする様子が見える。
中に入ると何故か男たちの視線を集めてしまった。
理由はわからないがあまり注目されるのは得意ではない。
相手にすると面倒なので気付かない振りをした。
受付には以前と同じ男性が座っている。
「おや、アンタかい。昨日来なかったから心配したよ」
「少し体調を崩していたもので」
「そうかい。あぁ、例の件で来たんだろう?準備は出来てるよ」
そう言って書類と懸賞金の入った皮袋がカウンターに置かれた。
書類にはいつものように詳細が書かれている。
ただし、今回は亜人の討伐ではないので書かれている内容も少し異なっていた。
まず、一番の違いは倒した相手の名前が書かれていること。
そもそも亜人に名前があるのか定かではないが人間相手なら少し調べればわかることだ。
特に、指名手配犯ともなれば悪名が通っているので調べるのは難しくない。
種類の項目に目を落とすと傭兵団オルトロスについて詳細に記載されていた。
まず、リーダー格であるテューポンについての記述を見ると、名前、年齢、出生地、前科などが続き指名手配の懸賞金として金貨三枚と記されている。
下の段にはもう一人のリーダー格であるエキドナの項目があった。
しかし、記載されていたのはエキドナではなく本名と思われる名前だ。
どうやら偽名を使っていたらしい。
他にも知らない名前がずらりと並びその数は四十を越えている。
同時に僕が殺害した数も明らかになった。
こうして実際に数字を目にする改めて自然と罪の意識が芽生えてきた。
僕の言い分としては正当防衛だがテューポンの言う通り過剰防衛だったように思う。
だからと言って殺してしまった傭兵たちが生き返るわけでもないのだが。
「しかし凄い数だな。これを一人で殺ったとは…アンタ何者だい?」
「ただの旅人ですよ。ここではない遠い国から来ました」
「遠い国…アンタまさかバレルゴブリンを倒したって言う仲間の一人か?」
「えぇそうですが、何故それを?」
「昨日ちょうどそんな情報が入ってきたんだ。止めを刺したのはバウンティーハンターの若い女のだと聞いているが、それをサポートしたのは若い旅の男だったとね。何でも見たことも無い武器を使うとか」
どうやらハンターギルドは独自の情報網を持っているらしい。
そもそもバレルゴブリンの討伐はハンターギルドの威信に関わる大きな事件だったのだから関係者である彼が知っていても不思議ではないだろう。
詳しく話さなくても僕のことをある程度知っているようだ。
「彼らもなかなか手強かったですがバレルゴブリンは別格でしたね。そう思えば彼らはかわいいものですよ」
「なるほど。確かにバレルゴブリンは剣の一振りで馬車すら両断する怪力の持ち主だったと聞いている。それに比べればいくら人間が束になろうと話にならないと言うわけか」
「そう言うことです」
「まあいい、ワシは一介のギルド職員に過ぎないからな。踏み込んだ話はこれで止めておくよ。あぁ、最後に、これはウチの支部長からだ。受け取っておけ」
そう言って見覚えのある紋章が描かれた金属の板を渡された。
聞けばハンターギルドが実力を認めた一般の旅人やバウンティーハンターに渡されるものらしい。
これを持っていれば自身の実力が並みのハンター以上だと証明することができる。
ただ、これはあくまでも実力を証明するものなのでハンターの一員になったわけではない。
「これは持っているだけでいいんですか?」
「そうだな。基本的には提示を求められた時にすぐ取り出せるといいだろう。これからもギルドに顔を出す機会があれば余計な説明を省けるはずだ」
「なるほど。それは助かります」
「話は以上だ。また何かあったら顔を出しな」
要件を済ませてギルドを後にした。
この後の予定はすでに決めている。
それは保存食の調達だ。
まずは主食になるパンを買わなければならない。
バゲットは日持ちがするため一度に数日分購入すれば頻繁に買い足す必要はない。
いつもは先々を見越して二、三日分購入している。
「臨時収入も入ったし久しぶりに食料の調達だ。まずはパン屋に行く」
「パン屋さんは大通りにあったよね。いい匂いがしてたよ」
「あぁ、他に欲しいものがあったら言うんだぞ?」
「そうだね。じゃあ、ジャムを買おうよ。パンに付けたら美味しいと思う」
「ジャムか。よし、パンを買ったら探しに行こう」
パン屋はどの町でもほぼ共通した商品を取り揃えている。
前世のように菓子パンや惣菜パンと言ったバリエーションは乏しいがバゲットの味や形はどこの店で買ってもほとんど違いはない。
値段もよほど原料が高騰しない限り一律の料金体系だ。
僕らはバゲットを購入してサフラが希望したジャムを探しに行くことにした。
ジャムと一口に言っても種類が豊富なので選ぶ楽しみがある。
ジャムを売っているのは一部の雑貨店とジャムだけを専門に扱う店の二種類があり、専門店の方が希望したものを手に入れやすいそうだ。
「サフラはどんなジャムがいいんだ?」
「えっと、イチゴとかオレンジを使った甘いジャムがいいかな。レイジは?」
「そうだな、俺もジャムって言えばイチゴのイメージが強いかもしれない」
「じゃあ、イチゴのジャムを探そうよ。専門店だと試食もできるし気に入った物が見つかると思うよ」
店に向かう道中サフラは上機嫌になって僕の手を取った。
繋いだ手から彼女の温もりがダイレクトに伝わってくる。
昨晩のこともあり妙に意識してしまうのは仕方の無い。
僕とは対照的に彼女は頭の中がすでにジャム色に染まっているらしく特に意識した様子はなかった。
専門店は大通りの中にあった。
近くにはセレブ御用達と思われる高級店が多く立ち並びジャムを売る店の概観もどこか格式の高い印象を漂わせている。
そう思わせるのは大理石と思われる石材をふんだんに使った建物が原因だ。
中に入ると燕尾服で正装をした男性を見つけた。
この世界にも燕尾服と言うものがあるらしい。
男性は僕らを見つけると無駄のない足運びで歩み寄り深々とお辞儀をしてきた。
「いらっしゃいませ。当店へはどのようなご用件でお越しでしょうか」
「えっと、イチゴを使ったジャムを見せてもらいたいのですが…」
「イチゴのジャムでございますね。それでは商品をお持ちしますので、あちらに掛けてお待ちください」
あちらと示された方向には商談用に設けられたブースが見えた。
丸テーブルと椅子が置いてある。
僕らは指示された通り二人並んで席に着いた。
「な、何だろう、少し緊張しちゃうね」
「確認するけど、ここジャム屋だよな?」
「うん…そうだと思う」
お互いに顔を見合って確認した。
看板を見て店に入っているので間違いはないだろう。
店員にもジャムを要望して待つように言われているで確かにジャムを売る店のはずだ。
ただ、その不安を煽るのはやはり店の雰囲気だろうか。
店内も大理石と思われる石材をふんだんに使い入口から店内に真っ直ぐ伸びた赤い絨毯が敷かれている。
何より出迎えてくれた店員の所作は今まで入ったどの店の店員と比べても別格の品格を持っていた。
店の調度品も高級品ばかりで揃えられている。
普段とは違う環境の中で居心地が悪さをかみ締めているとようやく店員が戻ってきた。
手には何種類かのジャムが乗った銀色のトレーを持っている。
高級店なのでジャムの乗るトレーはおそらく銀製だろう。
「お待たせいたしました。こちらがこの店で扱っているジャムでございます」
「たくさんありますね。どれも少しずつ色が違うみたいですが、説明してもらえますか?」
「かしこまりました」
店員は運んできたジャムをテーブルの上に並べ説明を始めた。
一口にイチゴジャムと言っても種類があり使われているイチゴの種類や製造法によって大別されるらしい。
中には店が独自に製造するオリジナル商品もあり話を聞いているだけも目移りをしてしまう。
結局、店員のオススメと言う商品に目が留まった。
試食もさせてもらったが味は申し分ない。
サフラにも確認したところ簡単に了承を得ることができた。
「じゃあコレを」
「承知しました。では、こちらは銀貨七枚になります」
「では、これで」
「確かに。本日はご足労いただきありがとうございました。今後ともご贔屓によろしくお願いいたします」
店を出る時には店員から最敬礼をされ見送られた。
ジャム一瓶が銀貨七枚と言うのはかなり高価なものだ。
ただ、説明の最中に味見をしてみたが他のものとは一線を画す品質で値段に見合うだけの価値を持っていると判断した。
買い物をする際は必ず気に入った物を買おうと決めているので少し高くても満足のいくものであれば惜しむ必要はない。
むしろ、毎日使ったとしても二人で半月程度は使えそうなのでそれを考えれば法外に高い買い物だったとも思えなかった。
「ジャム、美味しかったね」
「あぁ、あんなジャムは初めてだ。さすがに高いだけのことはあるよな」
「そうだね。でもビックリしちゃった。だって銀貨七枚だもん」
「確かにな。でも店の雰囲気からしてあれくらいが相場なんじゃないか?店員の接客も良かったし商品と雰囲気とサービスの値段みたいなものだろ」
「そうかも。あぁ早くパンに付けて食べてみたいな」
サフラの頭の中は完全にジャム色に染まっていた。
こんな姿を見ると歳相応の女の子に見える。
いつもはしっかりした面が目に付きやすい彼女だが今回は普段とのギャップがあり新鮮に見えた。




