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シーン 49

 深夜。

 暗い部屋の中で目を覚ました。

 窓からは月明かりが差し込んでいたので真っ暗と言うわけではなく、ぼんやりと人の顔がわかる程度の薄暗さだ。

 しばらくすると闇に目が慣れて夜目が利くようになった。

 意識を失ってから数時間ほど眠ってしまったらしい。

 今は眠る前に感じていた悪寒も引いていることに気付いた。

 このまま身体を休めれば朝には良くなっているだろう。


 ここで体調とは別のあることに気が付いた。

 それは身体の左半身が妙に温かいと言うこと。

 他にもモチモチとした柔らかな感覚が肌を通して伝わってくる。

 おまけに布団から右足が外に出ていてスースーした。

 実際にこの目で確認したわけではないが身体から伝わってくるこの感じには大方の察しがつく。


 この他にも何故か服を着ていないことに気が付いた。

 僕は裸じゃないと眠れない裸族ではない。

 むしろ、ジャージなどルーズな寝間着姿の方が落ち着くタイプだ。

 それより何よりこの温かく柔らかな感覚の正体は…。

 「僕ら」は生まれたままの姿でいた。

 ただ、僕が服を脱いだ覚えはないので眠っている間に脱がされたのだろう。

 僕は無意識に息を呑んだ。

 そして、耳を澄ませば小さな寝息が聞こえてくる。


 きっとこれは夢だろう。

 そう現実逃避をして目を閉じるものの感覚が鋭敏になって眠ることができない。

 寝返りをうつこともままならずまるで金縛りにあった気分だ。

 実際には自分自身で故意に身動きできないよう戒めているのだが。

 そんな気持ちを知ってか知らずか、サフラは僕をまるで抱き枕のように抱きしめ、足まで絡めてきた。

 きっと世の男性陣がこの姿を見ればこの上ないご褒美と思っただろう。

 僕も他人事なら「羨ましい」とか「リア充爆発しろ」などと罵るかもしれない。

 しかし、実際に体験するのと聞くのでは大違いだ。

 「据え膳食わねば男の恥」と言う言葉もあるが、今は恥でも構わないとさえ思ってしまう。

 生前は年齢イコール彼女いない歴だったためもちろん交際経験もない。

 免疫がない僕には刺激が強いを通り越して生殺しの気分だ。


 「…お兄…ちゃん…」


 突然サフラの寝言が聞こえた。

 一体どんな夢を見ているのだろうか。

 うなされる様子はないのできっと悪い夢ではないのだろう。

 すっかり眠れなくなってしまったので視線だけを窓の外に見える夜空に移した。

 異世界とは言え時が経てば朝と夜が交互にやってくる。

 時間の流れも前世とは変わらないのでそれを自然に受け入れることができた。


 ここで一つ自分自身に質問を投げかけることにした。

 それは僕とサフラの関係についてだ。

 僕にしてみれば彼女は偶然命を救った少女で、サフラにしてみれば命を助けられたら恩人と言うことになる。

 この認識は変わらないし、今後も続いていくものだ。

 彼女のことは何があっても守ると決めているので少なくとも僕からこの関係を解消することはない。

 むしろ、サフラが僕をどのように思っているのかわからない部分があった。

 その前に引っかかることと言えば、サフラが僕を呼ぶ時に使う呼称だ。

 自然に「お兄ちゃん」と呼ばれるようになり、特に否定もしなかったので定着して現在に至っている。

 歳もそれほど離れていないし、彼女のように可愛い子からそう呼ばれれば正直言って嬉しい。

 しかし、僕らは本当の兄妹ではない。

 もちろん見た目も似ていないし血の繋がりもない。

 何より特徴的な髪や瞳の色が違う。

 こうした違いは他人から見てもすぐに兄妹ではないと気付くだろう。

 サフラにしてみれば歳の差から便宜上そう呼んでいるのかもしれない。

 もちろん本人に確認したわけではないので真相は文字通り闇の中だ。


 ただ、今朝のことといい今のこの状況は兄妹の領分を超えているのではないだろうか。

 中には一部で近親者の恋愛話も耳にすることはあるが、一般的な意見ではアブノーマルな関係だと一線を引いている。

 僕は僕でサフラを養うと決めた時から父親のような気持ちで接しているし、今もそうだと信じている。

 可愛い子ではあるが異性としてではなく父性の延長で愛でていた。

 今までそう思っていたのだ…。

 こんな時だから自分の気持ちに向き合ってみることにした。

 僕にとってサフラとは何か。

 少なくとも今朝までは恋愛の対象ではなくあくまでも保護する対象だった。

 保護と言っても身を守る能力はそこいらの成人男性よりもずっと高い。

 武器を持たない手負いのオークならば瞬きする間に一蹴してしまうほどなのだから。


 仮にこの先サフラが自立を希望したらその時はどう考えるだろうか。

 父性を持って接する僕ならきっと寂しく思うはずだ。

 ドラマに描かれる頑固親父よろしく「貴様に娘はやらん!」とか言ってしまいそうだ。

 ただし、最終的には彼女の幸せを最優先に考えるので本人の意思を尊重するつもりでいる。


 ここでまたしても新しい疑問が浮かんだ。

 サフラに女性としての魅力があるのか無いのかと言う点だ。

 正直に言って今は判断が難しいが将来楽しみなのは間違いはない。 

 しかし、父性を持って接しているため、このまま成長しても変な気は起こさないだろう言う自信があった。

 現に、人生の中でも滅多にお目にかかることは無く、ちょっとエッチな漫画やアニメの中でのみ見られる突発的なイベントに巻き込まれている。

 それでも一切手を出さずまな板の鯉のように微動だにしていない僕が居る。

 ここまで来ると僕自身が不能者と勘違いされてしまいそうだが、決してそんなことはない。

 人並みの男子学生よろしく、成人向け雑誌も読めばビデオも見る。

 それに美人が目の前を通れば思わず目で追ってしまう自信があった。

 実のところこの世界に来てからと言うもの「アッチ」についてはすっかりご無沙汰なのだ。


 それでも身体と言うものは正直に出来ていてしっかりと男性自身に血液が集中しているのがわかる。

 だからどんな言い訳をしても申し開きが立たない。

 いや、起っているのに立たないとはおかしな話ではあるが…。

 頭を冷やそうにも身動きが取れないので対処のしようがない。

 煩悩はすでに手の付けられない次元に旅立とうとしている。

 いつ平常心を留めるタガが外れてもおかしくない状況だ。

 一体僕が何をしたと言うのだろうか。

 身の覚えの無い罪をきせられた気分だ。

 これを冤罪と言うのだろうか。

 誰か腕のいい弁護士を知っているのなら今すぐに紹介してもらいたい気分だった。

 「アナタとは法廷で決着をつけましょう!」と言いたい。


 「…うふッ…お兄ちゃん、起きてたんだ」


 突然サフラの声が聞こえた。

 どこか挑発的だが決して嫌な気分ではない。

 表向きはサディストを自称する僕だがマゾヒズムの気持ちがわからないわけではない。

 むしろ「たまには受身で」と言うのも新鮮で乙なものだ。


 「…あ、あぁ。さっき目が覚めたところだ…」

 「寒気はなくなった?」

 「ん?あ、あぁ、おかげでよくなったよ」


 「おかげ」などとは言ったものの何が「おかげ」なのだともう一人の僕が影で笑っていた。

 むしろここは紳士を気取って「ごちそうさま」と言うべきなのだろうか。

 紳士と言っても変態紳士の間違いではあるが。

 ただ、そんなことを言えば軽蔑されてしまいそうなので飲み込んで心の奥へ深く沈めた。


 「お兄ちゃん、どうして外を見てるの?」

 「つ、月が綺麗だからな」


 言い訳としては苦しいがそう伝えるしか方法は無かった。

 間違っても意識してしまうからなどとは口が裂けても言えない。


 「お月様?私も見たいな」


 そう言ってサフラは布団から身体を起こした。

 その拍子にまだ幼い二つの果実が窓から差し込む月明かりに照らされる。

 やはりと言うべきか、想像通りサフラも生まれたままの姿だ。

 同時に僕も生まれたままの姿である事を理解した。


 「な…なぁ、これは…どういうことなんだ?」


 ここまで来れば状況を説明してもらうしかない。

 僕が無実であることを立証すると同時にこうなった成り行きを聞いておかなければこの先ずっと夜になるたびに悶々と過ごすことになりそうだ。


 「あ…うん…そう…だよね…」


 さすがに自分の姿を思い出して恥ずかしくなってしまったらしい。

 サフラはおずおずと布団の中に引きこもってしまった。


 「えっと…サフラ?」

 「男の人の身体を温めるのは、女の子の役目…だから」

 「え?」

 「だ、だから、風邪を引いて寒がってる男の人が居たら、お、女の子がこうやって温めてあげるの」


 恥じらいながら説明されたため内容がまったく頭に入ってこない。

 その仕草や言葉遣いだけで息が止まってしてしまいそうだ。

 ここは強い気持ちで望まなければ悶え死んでしまうだろう。

 出家して徳をつんだ高僧の気持ちで心の中を無にした。


 「そ、そうなのか。わ、悪かったな」


 言葉は明らかに不審者のそれだ。

 それに一体何が悪かったのかがわからない。

 世話をかけてと言う意味でなら言葉の通りだが、今回はこちらからお願いしたわけではないので素直に「ありがとう」で良かったような気もする。

 風邪が原因で頭が働かないのか、それとも単純に動揺しているのか、それさえわからない状況だった。


 「げ、元気になったなら、もう大丈夫だね」

 「あ、あぁ。ありがとな」


 お互いに目を合わせなかったのは示し合わせたからではない。

 同時に雰囲気が気まずくなってしまった。


「 …そ、そういえばさ、サフラは何で俺のことを「お兄ちゃん」って呼ぶんだ?」

「え?」


 沈黙を破って質問したのは先ほど疑問に思っていた内容の一つだ。

 特に当たり障りはないだろうと思って投げかけたものだが、予想に反してサフラには寝耳に水と言った様子らしい。


 「だからさ、お前っていつも「お兄ちゃん」って呼ぶだろ?何か理由があるのかなって」

 「そ、そうなんだ。えっとね、うーん…何でだろう?お兄ちゃんはお兄ちゃんだから、お兄ちゃんって呼んでるんだけど、変かな?」

 「いや、特に違和感があったわけじゃないんだけどさ。ほら、俺たち、本当の兄妹でもないのにお兄ちゃんなんて呼ばれたら、他人は不思議に思うんじゃないか?」

 「うーん…そう言われればそうかも?」

 「まあ、特に理由が無いのならいいんだけどさ」


 月明かりに照らされたサフラの横顔は少し赤みがかっていた。

 もちろん僕の風邪がうつったわけではない。

 恥じらいによるものだ。

 サフラは少しモジモジしてから口を開いた。


 「えっとね…ホントはお兄ちゃんじゃなくて「レイジ」って呼びたかったの」

 「え?それならそうと最初からそう呼べばいいじゃないか」

 「えっとね…でも、お兄ちゃんは私の大切な人だから…何て言うか…名前で呼ぶのは恥ずかしくって…」

 「恥ずかしいって…」


 そんなことを恥ずかしがっているのなら今の状況はどうなのだろう。

 布団の中に入っているためお互いに素肌はさらけ出しているわけではないが一糸纏わぬ生まれたままの姿には変わりない。

 僕にしてみればこっちの方が恥ずかしい。

 下半身もだいぶ落ち着いてきたとは言え何かあれば再び起き上がる危険性がある。

 何はともあれ僕も健全な男子だったと言うことだけは証明されたようだ。


 「俺もさ、お兄ちゃんって呼ばれるのは嫌いじゃないんだ。いや、昔は妹が居れば何て思った時期もあったら、正直嬉しかったよ。でも、ホントは名前で呼びたいと思ってるなら遠慮なんてする必要はないんだぞ?」

 「名前で呼んでいいの?」

 「あぁ、好きに呼べばいいさ。ただ、変なアダ名は勘弁してもらいたいけどな」

 「じゃあ…レイジって呼んでもいいかな?」

 「あぁ、俺はすでにサフラって呼んでるしこれで対等だな」

 「嬉しい、レイジ…」


 闇の中でサフラの目に光るものが見えた。

 僕はそれをそっと指で拭うと彼女は安心したように笑みを浮かべて目を細くした。

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