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シーン 46

 朝。

 昨晩は周囲への警戒を切らさなかったおかげでほとんど眠ることができずほとんど疲れが取れていなかった。

 ただ、眠れなかった原因はそれだけではない。

 初めて犯した殺人が悪夢として蘇りその度にうなされて目が覚めた。

 しかし、隣で眠っていたサフラは一晩中起きることはなく安心した様子で規則正しい寝息を立てている。

 寒さをしのげる様肩を寄せ合ったのは正解だったらしい。

 隣で眠る天使が居てくれたおかげでまだ僕は僕のままで居られたような気がする。


 僕はサフラを起こさないよう注意しながら背中を預けていた壁から身体を起こした。

 時刻はまだ午前六時くらいだろうか。

 時計がないため正確な時間はわからない。

 ただ、時間を気にしたところで何かが変わるわけでもないので気にしないことにする。


 早く起きたのにはわけがある。

 今日は今回の首謀者二名と部下の一名をハンターギルドに引き渡さなければいけない。

 三名を連行するには馬車が必要だ

 それについてはテューポンが使っていたものをそのまま使えばいいだろう。

 手綱さばきには自信がないが車のようにバックや縦列駐車などの高度なテクニックが必要ないのが救いだ。

 それに、いざとなればテューポンに手綱を持たせ後ろで見張ればいい。


 サフラを起こして早速行動を開始した。

 まずは馬車の回収だ。

 馬は厩舎で休んでいるためそれを迎えに行かなければならない。

 途中、遺体の横を通るのは正直堪えた。

 中には脳漿をぶちまけている遺体もありホルモンの類が苦手な僕には見るに耐えない。

 きっと今夜も悪夢にうなされることだろう。

 サフラも僕と同じ気持ちらしく通り過ぎるまでの間両手で目を塞いでいる。

 何とか厩舎にたどり着いた頃には二人揃って顔色が青くなっていた。


 「…大丈夫か?」

 「うん…何とか…」

 「亜人なら平気なんだけどな…」

 「人とは違うからね…。私、まだ心臓がドキドキする…」


 サフラは両手で胸を押さえ何とか気持ちを落ち着けようとしている。

 僕も胃液が逆流する不快な感覚があるものの泣き言は言っていられない。

 今は気持ちを強く持って乗り切るしかなかった。


 「サフラってさ、馬の扱いは出来たりするか?」

 「出来るよ。お父さんに教えてもらったからね」

 「え?マジか!」

 「うん。冬の間お父さんと一緒だったからね。その時に教えてもらったの」 

 「じゃあ、御者頼めるか?」

 「うん。やってみるね」


 サフラは手際よく飼い葉と水を用意して馬に与えた。

 その間に馬具の準備をしながら馬車の点検をする。

 特にトラブルなどはなく馬が餌を食べ終えるのを見届けて厩舎をあとにした。

 サフラは巧みに手綱を操って落ちている遺体に注意しながら馬車を進める。

 この馬車は一頭が幌の付いた四輪の荷台を引く標準的な物だ。

 荷台は数人の大人が乗っても平気なほど広い。

 そのため一度にたくさんの荷物を運ぶのに重宝する。

 また、荷台を引く馬の数を増やせば運べる量も増えるようだ。

 ただ、駆け出しの行商人であればこの程度の馬車でも十分仕事になる。

 イメージとしては前世で言うところの軽トラックに相当する乗り物だろうか。


 僕らはまず広場でグッタリとしているエキドナを見つけた。

 かなり衰弱はしているもののまだ息はあるようだ。

 身体をよく見ると弾が貫通した箇所の銃創がなくなっていた。

 ただ、服には弾が貫通した穴がしっかりと残っている。

 どうやら彼女もまた身代わりのコインを持っていたらしい。

 僕は目覚まし代わりに井戸から汲み上げた水を頭から浴びせかけてやった。


 「起きろ。死んではいないんだろう?」

 「貴様…こんなことをして…ただで済むと思うなよ…」


 エキドナは僕を睨みつけた。 

 しかし、疲れ果てているのか昨日までの勢いはない。

 

 「これからお前たちをハンターギルドに引き渡す。わかったら黙って馬車に乗れ」

 「ギルド…律儀だねぇアンタ。ここで殺してしまえば話は済むって言うのに」

 「それが望みなら今すぐ殺してやる。だが俺たちは殺しがしたいわけじゃない。だから俺たちの正当性をギルドに認めてもらうためにお前たちを連行するんだ」

 「…なるほど。これだけ私の仲間を殺しておきながら「自分は悪くない」そう言いたいんだね…」

 「気持ちの問題だ。お前の仲間を殺した事実は変わらない。だがな、正当防衛だと認めてもらえればこのモヤモヤした気持ちが少しは治まるんだよ」


 嘘は言っていない。

 このまま「何もなかった」と自身に言い聞かせて旅を続けることもできるが、それではこのモヤモヤした気持ちが治まることはないだろう。

 ケジメをつけると言う意味でこれはどうしてもやっておかなければならない儀式のようなものだった。


 「今、お前たちって言ったね。他に誰が居るんだい?」

 「テューポンと名前も知らない部下の男だ。これからそいつらを迎えに行く」

 「あの人が生きているのかい…そうかい、わかったよ。そこをどいとくれ、邪魔だよ」


 エキドナは縛られたまま器用に身体を起こしその足で自ら馬車に乗り込んで行った。

 少し足元がおぼつかない様子なのでこのまま走って逃げることはできないだろう。

 大人しくなったのを見届け今度は部下の男を隠した物陰へと向かった。

 こちらはただ気絶をさせただけなので特に外傷はない。

 武器も奪って無力化しているので短剣をチラつかせて反抗心を削いでから馬車に押し込んだ。

 男は馬車の中でエキドナの姿を見つけて声をあげたが、僕が一喝すると黙って腰を降ろした。


 次は宿の二階に放置していたテューポンを回収する。

 昨日は首筋に蹴りを入れて手足を縛って放置をしてしまったがあのまま死ぬことは考え難い。

 サフラに馬車の二人を見張るよう言ってテューポンの元へと向かった。

 本来なら今の時間は旅人たちが旅支度を整えてチェックアウトをする頃だ。

 しかし、今は建物の中に誰の気配も感じない。

 遊園地にあるお化け屋敷のように静まり返った廊下を抜け階段を駆け上って二階へと移動をする。

 ここで用心のため左手に短剣を握った。

 しかし、テューポンが倒れていた部屋に着くとそこに姿はなかった。

 代わりに微かな血痕が点々と続いているのを見つける。

 傷を与えた覚えはないが、おそらく壁に顔面をぶつけた時に鼻血でも出したのだろう。

 どうやら縛られたままの状態で部屋を抜け出しどこかに姿を隠したようだ。

 仕方なく血痕を頼りに足取りを追った。


 血痕は一階へと続いていた。

 そして、その先で倒れているテューポンを発見した。

 手は後ろに縛られたままでピクリとも動かない。

 死んでいるのではと心配になったが聞き耳を立てると微かに寝息が聞こえてきた。

 どうやらここで力尽き眠ってしまったようだ。

 眠っているようだが突然起き上がって反撃されないとも限らない。

 ここからは注意しながらの対応となる。

 しかし、縛っておいた結び目が解けないよう何重にも結んでおいたため、その心配には及ばなかった。

 意識を確認するため足先で身体を揺すってみたが反応はない。


 「起きろ、お前を連行する」


 僕は眠っているテューポンの尻に蹴りを入れて手荒な朝の挨拶をした。

 彼は痛みに驚き慌てて身体を反転させる。

 しかし、両手を後ろ手で縛られているためすぐにバランスを崩して横に倒れてしまった。


 「き、貴様、やはり私を殺しに来たのか!」

 「違う。お前たちをハンターギルドへ引き渡し、俺たちの正当性を認めさせるコマになってもらう」

 「…そう言うことか。貴様、私を生かしておいたことを後悔することになるぞ?」

 「何とでも言え。ただし、少しでも反抗的な態度を見せれば望み通り心臓を一突きにしてやるからな」


 極めて冷静に、しかし、冷徹さを忘れないよう殺気を放って短剣を鼻先に突きつけた。

 その気になればこのまま殺すことも出来る。

 テューポンは僕の覚悟が本気だと悟ってすぐに無言になり大人しく指示に従った。

 馬車に戻るとサフラの様子がおかしいことに気が付く。

 話を聞くと先ほど馬車に乗せた部下の男が反抗的な態度を取ったらしく、制圧するために短剣の柄頭で頭部を殴打したようだ。


 「なるほど、それでアイツはのびてるわけか。サフラ、お前は正しいことをしたんだ。気に病むことはないんだぞ?」

 「…うん。私は大丈夫だったんだけどね、あのまま殺してしまいそうになった自分が怖かったの」

 「なるほど…まあ、悩むならそうなった時にすればいいさ。今はそうなってはいない。そうだろう?」

 「うん…」


 サフラを納得させてテューポンを馬車に押し込んだ。

 これで役者が揃ったことになる。

 あとはギルドへ出向いて状況を説明した後、彼らを引き渡せばいい。

 サフラによればここより半日ほど歩いたところに次の町があるようだ。

 馬車の速度なら正午を迎える前にはたどり着くだろう。

 サフラは手綱を握り馬車を巧みに操る。

 僕は右手に銃と左手に短剣を構え三人を見張りながらの移動となった。

 後ろ向きで馬車に乗るのは少し身体に堪えるが大切なことなのでやめることはできない。

 三人も僕に隙が無いことを察して反抗的な態度は見せなかった。

 次の町に着くまでの間、エキドナに気になったことを質問した。


 「エキドナ、一つ聞きたいことがある。お前、昨日撃たれた傷はどうした?」

 「フン、そんなことを聞いてどうするんだい?」

 「いいから正直に答えろ。女だからって反抗すれば容赦しない」


 短剣をチラつかせると彼女は萎縮して肩を震わせた。

 やはり脅すなら銃よりも刃物の方が恐怖を伝えやすい。

 短剣を構えておいて正解だった。


 「…きっと、エルフが持っていた銀貨のおかげだろうね。身代わりの魔法が掛けられた珍しい品だと聞いているよ」

 「お前もそれを持っていたのか。なるほど、合点がいった」

 「そうか、お前も銀貨を持っていたのか。死んだと思っていたが、なるほど…」

 「あぁ、撃たれた時はさすがに死んだと思ったがな」


 テューポンは苦虫を噛み潰したような顔をした。


 「勉強になったよ。今度から二度殺すことにしよう」

 「私はアンタを狙ったことを後悔しているよ。まったく…こんな若造にいいようにされて、死んだ方がマシだったよ」

 「殺して欲しいのならこの場で殺すことも可能だ。まあ、この状態で街道に捨て置けば亜人に嬲り殺さるだろうな」

 「アンタ、顔に似合わず残酷なことを思いつくんだね。私らよりよほど悪党じゃないか」

 「お前たちと一緒にするなよ。世の中、力のあるものが正義、そう言うことだ」


 死人に口なしとはよく言ったものだ。

 実際、死人は何も語らないし何も伝えられない。

 死んでしまえば肉の塊になって土に還るしかないのだから。

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