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シーン 45

 静寂に包まれた宿の中で異質な気配を感じ取った。

 これは先ほどまで相手をしていた敵と殺気だ同じだ。

 まだ倒していない敵が残っていたらしい。

 僕は慌ててサフラの居る客室に飛び込んだ。


 「サフラ、無事か!」

 「…来たか。まったく、よくも私の計画を邪魔してくれたものだな。いやはや、完全に君の実力を低く見積もり過ぎていたらしい」


 暗い部屋の中でラトキフが僕の渡したマインゴーシュを手に立っていた。

 しかし、一緒にいたサフラの姿は確認出来ない。


 「ラトキフさん…何を?サフラは、サフラはどこに居るです?」

 「騒がれては困るのでね、少し眠ってもらったよ。何、人質というヤツだ」


 ラトキフは不敵な笑みを浮かべた。

 そして、手にしたマインゴーシュを傍らのベッドに向けた。

 そこにはベッドで横になって眠るサフラがいる。

 規則正しい静かな寝息が聞こえるので言葉の通り眠っているようだ。

 今の彼には先ほどまでの温和な印象はどこにもなく表情からは悪意がにじみ出ている。


 「何を言って…サフラに何をした!」

 「特に何も。ただ、薬で眠ってもらっただけさ。彼女は大事な商品になるのだからね」

 「商品だと?貴様…ヤツらの仲間か!?」

 「ご明察。私はテューポン。テューポン・ラトキフ。傭兵団オルトロスの長だ。と、言っても君のおかげで今は私一人になってしまったがね…」


 ラトキフは自らをテューポンと名乗った。

 彼からは相変わらず殺気がもれている。

 僕は苦々しい気持ちが抑えきれず思わず唇を噛んだ。


 「貴様…初めからこのつもりで!」

 「心外だな。元々私が直接手を下すつもりはなかったのだよ。だが、こうなったのは君のせいだ。まあ成り行きというヤツだがね。私はただ君に興味を持ったのさ。いや、君の持つ武器にと言うべきかな」

 「貴様もエキドナと同じか!」

 「同じ…か。それはそうだ。彼女は私の妻だった。最愛の者を奪われた気持ちが君にはわかるかい?」


 テューポンは眉間にシワを寄せ高圧的な態度と共に刺すような視線を投げかけてきた。

 先ほどまでラトキフと名乗っていた時の雰囲気とはまるで別人だ。

 化けの皮が剥がれて本性が剥き出しになっている。

 そんな状況だった。


 「先に仕掛けてきたのはお前たちだろう!」

 「先、か。君は少し勘違いをしている。思い出せ、私は見ていたぞ。君が私の部下を気絶させたところを。仲間の証であるバンダナを奪い仲間に成りすまして先に攻撃を仕掛けたのは君だ」

 「あれは正当防衛だ」

 「過剰防衛の間違いじゃないのか?」

 「そんなものは結果論だ。それに、元々銃を奪うことが目的だったんだろう?俺を襲うと言う明確な動機があったはずだ」

 「なるほど。君と口論していても不毛のようだ。腕も立ち頭も回る…面倒な男だな」


 テューポンは気が変わったのか再びサフラに向かってマインゴーシュを突き付けた。


 「き、貴様、サフラを解放しろ!」

 「よく吠える男だ。その気になればこの娘の命を奪うことくらいワケはないのだよ。状況をよく理解したまえ」

 「くッ…」

 「やはりな。君の弱点はこの娘か。人質にして正解だった」

 「…お前の目的はコイツだろ」


 僕はホルダーから銃を取り出してテューポンに見せた。

 彼の目的が最初から銃なので気を惹くには十分な効果があるはずだ。


 「そう、それだ。おっと、下手な真似はするなよ?この娘の命が惜しければだが」

 「わかった…取引だ。コイツを渡す代わりにサフラを解放しろ」

 「ほう、なかなか悪くない条件だ。いいだろう、銃を床に置いて両腕を上げたまま後ろに下がれ」

 「…わかった。その代わり、取引には応じてもらう」


 銃を床に置いて指示された通り両手をあげて後ろへ下がった。

 数歩下がるとすぐに壁がありそれ以上は後ろへ下がれない。


 「利口だな。まあいい。そこを動くなよ」


 テューポンはマインゴーシュの切っ先を僕に向けたまま落ちていた銃を拾い不敵な笑みを浮かべた。


 「素晴らしい。これが銃か。思ったよりも軽いな。これで人を殺せるとは到底思えないが…」

 「取引は成立だ。サフラを解放しろ」

 「ん?取引とは何のことだ。身に覚えがないな」

 「貴様…」

 「君は青いな。そんな取引を私が応じると思ったのかね?」

 「くッ…」

 「私は君を恨んでいるのだよ。妻や仲間たちの仇だ。死んで償え。確か、これはこう使うのだったな?」


 そう言って引金に指を掛けた。

 この距離では身体をどう反転させようと避けられるのは不可能だ。

 そして、無常にも真っ暗な室内に乾いた発砲音が響き渡った。

 同時に腹部に感じたことのない傷みが走る。

 撃たれたと確信すると全身から力が抜けそのまま膝を突いた。

 まだ意識は失っていないが身体から血の気が引いていくのがわかる。


 「素晴らしい。この程度の力で人を殺せるのか。まるで神にでもなった気分だな」


 テューポンの高笑いが聞こえた。

 僕は血を失ったショックで意識を失いそのまま前のめりに倒れ込んだ。

 意識が途絶える直前、これが二度目の死だと受け入れたその時、僕の中で何かが弾ける音が聞こえた。

 ちょうどよく乾いた小枝を折ったような小気味のいい音だ。

 次の瞬間には暗転していた視界に光が戻った。

 同時に腹に感じていた痛みが嘘のように引いている。

 身体には力が戻り意識もハッキリとしていた。

 例えるなら寝覚めのいい朝を迎えた気分だ。

 理由はわからないが僕はまだ死んでいなかった。

 何故生きているのか、そんなことは後で考えればいい。

 そうなればやることは一つ。

 油断しているテューポンから銃を奪い返すことだ。


 「死んだか。本来ならもっと惨たらしい死をくれてやるつもりだったが、興が醒めたな」


 テューポンは手にした銃に酔いしれていた。

 もはや僕への興味を失い初めて手にした銃を興味深げに眺めている。

 そして、その興味すら失ってベッドで眠るサフラの値踏みを始めた。

 彼が完全に背中を向けたところで僕は音もなく起き上がり一度だけ床を蹴って飛び上がった。


 「!?」


 テューポンが気付いた時には僕の放った飛び蹴りが首筋に決まった後だった。

 体重を乗せた一撃を受けると彼の身体はそのままの勢いで顔面から反対側の壁に吹き飛んだ。

 期せずしてプロレスの「延髄切り」に相当する技が決まり彼は動かなくなった。

 プロレス経験はなかったが無我夢中で蹴りを出した結果だ。

 体重を乗せていた事もあり意識を奪うのは余りある一撃だった。

 我ながら自分の身体能力が恐ろしく思う。

 しかし、何故か息が切れていることに気が付いた。

 この息切れは緊張からくるものだ。

 あと一瞬遅れていれば殺されていたかもしれない。

 それほど追い詰められた状況だったのだから。


 呼吸が落ち着いたところでテューポンを縄で縛り上げ拘束した。

 このまま命を奪うこともできるがエキドナと同様に罪を償わせる必要がある。

 仮に目覚めて暴れだしても再び気を失わせればいい。

 それがダメなら命を奪うのはその後でも遅くないだろう。

 ここで疑問が浮かぶ。

 僕は何故生きているのだろうか。

 痛みを覚えた腹部を触ると服に穴が空いていた。

 それが前後にあり背後の壁には弾痕が残されている。

 しかし、貫通したはずの身体には傷跡が残っていなかった。

 まるでタネのわからない手品を体験した気分だ。

 しかし、腹部に感じた痛みは本物だった。

 床には血痕も残されているが何故か傷がない。

 少し冷静になって先ほど銃弾を受けた時のことを思い返した。

 そして、意識を失った直後に聞こえた音を思い出す。

 あれは小枝を折ったような小気味のいい音だ。

 ただ、ここは部屋の中なので音を出しそうな小枝が落ちているはずもない。

 何より音は僕の身体から聞こえていた。

 思い出しながら音がした箇所をまさぐるとポケットの中から二つ割れたコインが出てきた。

 これは魔具商人から買ったミスリルのコインだ。

 よく見ると身代わりを示す文字が消えていることに気が付いた。


 「コイツが身代わりになったっていうのか?」


 半信半疑ではあるが事実として二つに割れたコインがここにある。

 だから信じずにはいられなかった。

 たった金貨二枚で購入したものだが、これで命が助かったのなら安い買い物だ。


 「そうだ、サフラ!」


 僕は慌ててベッドに駆け寄り眠っているサフラの様子を伺った。

 規則正しい寝息を聞けば安らかに眠っていることがわかる。

 しかし、彼女の名前を呼びかけても返事がない。

 頬を叩いて刺激をしてみたが目覚める気配はなかった。

 同時に脳裏には「もう目覚めないのでは…」と言うネガティブな言葉が浮かんだ。


 「嘘だ。おいサフラ、起きろよ!なぁ!!」


 肩を強く揺すると微かに反応があった。


 「う…う…ん…もう少し…もう少しだけ…」

 「ね、寝言?おい、サフラ、朝だぞ!起きろ」


 いつものように肩を揺らして呼びかけてみるとゆっくりと目が開いた。


 「え…あ、あれ?真っ暗だよ?」

 「よ、良かった。いや…実はまだ夜なんだ。何も覚えてないのか?」

 「うん…お兄ちゃんが出て行ってから、ラトキフさんが綺麗なスカーフがあるって言って…それがすごくイイ匂いで…あれ?この後の記憶がないよ」


 その状況を聞いて脳裏にぼんやりと映像が浮かんだ。

 それはテレビドラマや推理小説にあるようなハンカチにクロロホルムを染み込ませ意識を失わせるアレだ。

 ただ、クロロホルムが使われたのであれば目覚めた時に頭痛や吐き気などの症状があると言われている。

 しかし、見たところ彼女にそんな素振りはなかった。


 「体調はどうだ?頭が痛いとか吐き気がしたりはしないか?」

 「うん、少し眠たいけど起きてられないほどじゃないかな」


 様子を見る限り体調は悪くなさそうだ。

 どうやら使われた薬物はクロロホルムではないらしい。

 元々、クロロホルムは中世以降フランスとドイツの学者などが発見したものだ。

 つまり同じ薬品が発見されている可能性は低い。

 だとすれば別の薬物ということになる。

 ただ、今のところ後遺症になるような症状は見られなかった。


 「そうか。もし、体調が悪くなったらすぐに言うんだぞ。あと、今日はここでは寝られない。別の場所に移ろう」

 「何で?事件は解決したんだよね」

 「あぁ。明日コイツらをハンターギルドに引き渡せば完全解決だ。それより、まだ他にも残党が居るかもしれない。用心のためにここを離れるんだ。少なくともこの宿はコイツらの根城になっていたいみたいだからな。できるだけ安全そうな場所を探す」

 「うん、わかった。この人は?」

 「捨て置く。このまま朝まで放置しても問題はないだろう」


 僕らは荷物をまとめて外へ出た。

 まだ延焼を続ける火事は続いているもののすでに風が凪いでいる。

 これ以上風に煽られて被害が拡大する可能性は低いだろう。

 このまま朝まで燃え続けるだろうが今さら火を消したとしても手遅れなので放置するしかない。

 村の中をよく見ると焼け残った家々は風上に集中していることに気付いた。

 その中で明かりのついた家を探し玄関のドアを叩く。


 「すみません、どなたかいらっしゃいませんか?」


 しかし中からの反応はない。

 ドアに手を掛けると鍵はかかっておらず悪いとは思いながら中に入ってみることにした。

 室内は家財道具が散乱し、その中で血を流して倒れている住民の姿を発見する。

 現場の状況から傭兵たちに蹂躙された後のようだ。

 ただ、幸いなことにサフラは僕が邪魔で中の様子を見ていなかった。


 「…人、亡くなってたの?」

 「あぁ。でもお前は見なくてもいい」

 「そう…だね」


 村のあちこちには僕が撃ち殺した傭兵が転がっている。

 ただ、辺りが暗くて死に顔が確認できないのは不幸中の幸いだった。

 しかし、朝になれば嫌でも目に付くようになる。

 そんなことを考えつつも今は身体を休めるのが先決だ。

 別の家に移動をして室内を覗いてみたが先ほどの家と同じく蹂躙された後だった。

 辺りに人の気配は感じないので生き残っているのは僕らだけなのだろう。

 諦めず村の中を歩き回ったがついに誰も見つけることができなかった。


 その中で被害が少ない建物を見つけた。

 建物は農具や収穫した作物を収納しおく倉庫で屋根があるため一夜を明かすのに十分だ。

 中には馬に与える干草が積んであり棚には馬車用の幌布を置いてあった。

 干草の上に布を被せればベッドになるだろう。

 急いで寝床の準備をすると壁を背にして二人で肩を寄せ合った。

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