シーン 44
闇夜を切り裂くように何度も銃声が鳴り響いた。
そのたびに金属の甲高い音とともに鞭が弾を弾いていく。
先ほどから何度も弾を撃っても全て鞭による守りを崩すことは出来なかった。
やはりエキドナの言う通り生半可な攻撃は受け付けないらしい。
ただ闇雲に撃ち続けるだけでは何の解決にもならなかった。
この状況を打開する糸口を見付けなければならない。
僕の中で徐々に焦りが募っていく。
そんな時だった。
背中が何か硬いモノにぶつかり、驚いて振り向くとそこには民家の板塀があった。
つまりもう後ろに退路はない。
「追いかけっこは終わりだよ」
「それは…どうかな!」
僕は咄嗟にポシェットから火薬玉を取り出しエキドナの足元に向けて投げつけた。
殺せないまでも今の状況から抜け出せればいい。
それに爆発音や衝撃波なら鞭でも防ぐことは出来ないだろう。
足元で爆発した火薬玉は狙い通りエキドナの足止めに十分な効果を発揮してくれた。
目に見えるダメージは与えられなかったが予想通り衝撃波は有効のようだ。
「くッ、面倒な物を持ってるじゃないか」
「どうやらコイツはガードできないらしいな。殺傷能力が乏しいのは難点だが…」
距離を取りながら次の作戦を考える。
火薬玉も残りが少ないので慎重に使わなければならない。
本来は緊急時の逃走用にと考えていたので元から多用することは想定していなかった。
こんなことになるならあの時たくさん仕入れておけば良かっただろうか。
もちろん今となっては後の祭りだ。
ここで一つわかったことがある。
エキドナの鞭はどんな攻撃も防ぐわけではないらしい。
今わかっているのは弾を防ぐことと音や衝撃波は防げないことだ。
まだ他にも特徴があるはずだが現時点で得られた情報だけでは少ない。
「逃げてばかりとはだらしないね。アンタそれでも男かい?」
「俺もバカではないんでね、死ぬくらいなら意地でも逃げ回ってみせるさ」
「食えない男だねぇ。ちょこまかと鬱陶しい!」
思い切り振るった鞭を寸でのところでかわし反撃のチャンスを窺った。
これはエキドナの動きを見ていてわかったことだが、鞭を振るう瞬間に僅かな隙が生まれている。
その理由は手首のしなりを利用して先端に力を伝えるためのタイムラグだ。
そのため攻撃をするなら初動を突くのが有効だとわかる。
ただし隙と言ってもコンマ数秒程しかないので考えているより難しい。
距離を詰められないよう注意しながらチャンスを窺うしかなかった。
そんなことを考えていると不意にエキドナの背後から一本の矢が放たれた。
しかし、矢はエキドナの横を通り過ぎようとした瞬間に鞭によって弾かれ地面に落ちた。
「誰だい!邪魔をするのは」
「す、すんませんお頭」
「まったく、人の楽しみを邪魔するヤツはあとでお仕置きだよ!」
「仲間割れか。醜いな」
「黙りな!アンタの知ったこっちゃないよ」
今の動きを見てわかったことがある。
鞭は一定方向の攻撃に対してのみ自動的に反応していた。
この仮説が正しければ同時に別の方向から攻撃された場合どちらかが優先的に防御されると言うことになる。
つまり弓よりも銃の方が早く着弾するため少しタイミングをズラせば攻撃が当たるのではないか、と。
ただし、これは仮説に過ぎないので実際に試してみるまでは効果の程は不明だ。
それを確かめるためにもまずは僕に矢を撃たせるよう仕向ける必要がある。
思い立ったら行動する、これが鉄則だ。
「おい、後ろのおっさん。そんなおばさんの尻に敷かれて恥ずかしくないのか?」
「何だと、このガキ!そんなに死にたいなら今すぐ射殺してやる!」
「やめな!」
男はエキドナの制止を振り切って弦に指を掛け素早く矢を放った。
そのタイミングに合わせて銃を放つ。
しかし、先に着弾したのは銃弾の方だった。
おかげで矢は鞭に阻まれることなく僕に向かってきた。
それを寸でのところでかわし次の攻撃に備えながら再び男を煽った。
「おっさん、アンタ、弓手に向いてないよ。いや、元々弓手なんてやってんだ、近接攻撃も出来ない腰抜けなんだろうな」
「この野郎…頭にきた!俺の誇りに掛けて絶対に射殺す。絶対にだ!」
「やめなって言ってるだろ!頭を冷やせバカ者が」
「し、しかしお頭、アイツは俺を愚弄したんだ。この手で殺らないと気が治まらねぇ」
「やっぱり尻に敷かれてるんだな。アンタは自分では何も決められない雑魚だ。男じゃなくて女に生まれた方が幸せだったかもな」
「お、お頭、今だけは命令に逆らわせてもらいます。お叱りはあとで受けますんで」
「ちょ、ちょっと!?」
男は再びエキドナの制止を振り切って弓の弦に指を掛けた。
僕は矢の斜線軸がエキドナの近くを通り過ぎるよう計算して上体をズラし射撃のタイミングを窺った。
問題は矢が鞭に弾かれると同時に射撃できるかだ。
一度タイミングは見ているので先ほどより成功率は高いだろう。
男が射掛けるタイミングを見計らい弾を放った。
「今だ!」
「な、何ッ!?」
エキドナが僕の意図に気が付いた頃に彼女の腹に風穴が空いていた。
弾は完全に貫通している。
「き、貴様…これを狙って…いた…のか…」
「確証はなかったがな。だけどさっき矢が弾かれたのを見て気が付いたんだ。予想通りで助かったよ」
「お頭!」
「ちッ…こんな…ところ…で」
エキドナは腹を押さえたまま前のめりに倒れた。
しかし、言葉を発する余力があったのを見ると僅かに急所を外したようだ。
あと一撃あれば留めを刺すことはできるがまだ鞭を手放していないため何発撃っても防がれてしまう。
このまま放っておけば息を引き取る可能性はあるが、仲間が救命処置をする心配もあった。
万全を期すなら部下を全員殺す他はない。
「お頭ーッ」
「貴様、よくもお頭を!」
「これでお前たちの命運も尽きたな。俺を狙った罪、罪のない村人たちを殺した罪、死んで償ってもらうぞ」
もはや脅威ではなくなった敵勢力を制圧するのは群がるゴブリンを討伐するのと変わらなかった。
指揮系統も寸断されているので傭兵団は烏合の衆と成り果てている。
気が付くと全ての敵を撃ち殺していた。
辺りには再び静寂が戻り銃を腰のホルダーに戻した。
「終わったか。あとはコイツの始末だな」
倒れたまま反応のないエキドナをどうするか。
そこが問題だ。
コイツが全ての元凶と言ってもいい。
前世の感覚で言えば罪を犯した者を罰するのは司法の場だがこの世界にそこまでの法が整備されているのかわからない。
それでも何かしらの懲罰はあるだろう。
エキドナから鞭を奪い取り後ろ手に腕を縛り上げ逃げられないように足も縛っておいた。
これで目が覚めたとしても何もできない。
「あとは…サフラの安否だな。宿屋の方に気配は感じなかったし、無事だといいんだが」
僕は急いで宿へ駆け込んだ。
階段を駆け上がり急いでサフラとラトキフのいる部屋に向かった。




