シーン 41
人生は山もあれば谷もある。
決して平坦な道ではないがなるべくなら歩きやすいところだけを進んで行きたいものだ。
だから当たり前のことだが厄介事はない方がいいに決まっている。
しかし、この世界に来てからと言うもの、そう言った願いは叶わなくなってしまったように思う。
これまでいくつかの厄介事と付き合ってきたためか、最近は「ソレ」が起こる前にある前兆が現われるようになった。
それは首筋に感じる違和感と言う形で体現されている。
今も首筋が敏感に危険を感じ取りこれから起こるであろう「ソレ」に向けた警鐘を鳴らして始めた。
ここでこれまでの経緯を振り返ってみたいと思う。
僕ら一行はあれから日暮れの前に小さな村で宿を取った。
街道筋にある小さな村だがちゃんと宿も完備している。
僕らはそれぞれが一度客室に入って準備を整え揃って食事をすることになった。
帝都へ向かうまでの短い付き合いだが少しでも親睦を深めようと言う狙いだ。
しかし、バドックは終始無愛想で結局最後まで声を聞くことはなかった。
それからしばらくして宿の外に不穏な気配を感じ取った。
その直後、一階の部屋で休んでいたバドックが突然悲鳴を上げ宿の中は騒然となる。
同時に首筋の違和感は鈍い痛みへと変わっていった。
「悲鳴!?嫌な気配がする」
「な、何…この嫌な空気…」
宿の外からむせ返るような殺気を感じ取った。
まるで肉食獣が獲物を捕まえる前に見せる静かな殺意だ。
しかしこの殺気はゴブリンやオークが発する一方的な悪意ではない。
むしろ何者かに向けられた明確な殺意を感じる。
そんな殺気を放つ気配が一つ、二つ、三つと増えていき、気が付いた時には複数の殺気が宿を四方八方から取り囲んでいた。
「…マズいな。サフラ、身を守る準備だ。必要なら煙袋も使う」
「この気配…やっぱりアレだよね?」
「あぁ間違いない。まったく…亜人なら心おきなく戦えるのにな。胸くそ悪いぜ」
まだ敵の姿は確認したわけではないがこの殺気は人間が発するものだ。
ニーナやクオルが亜人に向けていたモノとよく似ている。
今は状況が把握できていないので下手に動き回るのは危険だろう。
こう言う時は冷静に物事の経過を観察することも必要になる。
特に相手が多勢であれば尚更だ。
「ここから感じる気配だけで五人。いや、もっと居るだろうな」
「少しずつ数が増えてるよ。どうしよう…」
「相手の目的がわからないがバドックさんの悲鳴から察するにお友達ってワケじゃなさそうだ」
「お兄ちゃん…私、人に刃物を向けたことがないの。戦うの嫌だな…」
「俺だって出来れば人殺しなんてしたくないさ。ただこっちの命が危ないって言うなら話は別だ」
「うん…私、ちゃんとできるかな…」
「やるしかないだろう。相手がニーナみたいなヤツらじゃないことを祈ろうぜ」
僕らは気配を殺して廊下に出た。
一階から殺気を感じるもののまだ二階はまだ安全のようだ。
今の内に同じ階に部屋を取ったラトキフとメイリーンと合流することにした。
まずは隣の部屋に居るラトキフからだ。
扉の前で中に呼びかけると怯えた声のラトキフが出迎えてくれた。
「レ、レイジ、これは一体…」
「宿が何者かに襲撃を受けています。一体誰がこんな…」
「お兄ちゃん、窓の外に五人、うんん、八人くらい見えるよ」
カーテンの隙間から様子を伺っていたサフラが深い溜め息を漏らした。
相手はそれぞれが武装をして統率された動きで宿を取り囲んでいる。
相手がただの悪漢なら制圧は簡単だろうが統率された動きをする相手となれば話は別だ。
ゴブリンのように本能に従順で次の行動を予測しやすい相手ではないだけにやりにくい。
「仕方ない。向こうの目的や出方がわからない以上こっちから動くのは危険だ。とりあえずメイリーンさんと合流して作戦を立てよう」
「あぁ、彼女も心配しているはずだ」
メイリーンの部屋は同じフロアの角部屋で近くには非常階段もある。
非常階段は逃げ出す退路として申し分ないが、敵が潜んでいる可能性もあるので迂闊に近付くことはできない。
僕らは息を潜めながら真っ暗な廊下を移動してメイリーンの部屋の前に立った。
バドックの悲鳴が聞こえたあとから一段と外に居る敵の数は増えているものの、一階は不思議と静まり返っている。
この静寂が平穏によるものなのか、それとも嵐の前の静けさなのかはわからない。
どちらにしても手遅れになる前に手を打つ必要がある。
「メイリーンさん、レイジです。入ります!」
一言断って中に入った。
鍵はかかっていなかったので扉はすんなりと開いた。
しかし室内は真っ暗でメイリーンの姿はない。
「居ない?どこに行ったんだ」
「お兄ちゃん、メイリーンさんの武器がないの。もしかしたら、一人で外へ…?」
「その可能性は否定できないな。彼女、腕に自信があるようだったから。ただ、いくら実力者でも多勢が相手では勝ち目がない」
「は、早く助けに行きましょう。バドックさんもどうなっていることやら…」
バドックの安否については何となくだが把握できている。
さっき廊下を歩いた時はすでに一階から人の気配はしていなかった。
仮にバドックが無事なら応戦しているだろう。
戦って居ないとしても少なからず物音や声が聞こえるはずだ。
それがないと言うことはすでに亡くなったかそれとも拘束されて外に連れ出されたことになる。
長年バウンティーハンターを生業にして生活をしてきたので腕にはそれなりに覚えはあるはずだ。
そう考えれば彼を拘束して宿の連れ出すにはリスクがある。
そうなると考えられる答えは前者を選択する方が自然だ。
同時にそんなバドックを制圧できるほどの敵勢力が攻めて来たことを意味している。
「今は動かない方がいい。この暗闇だ、どこに敵が潜んでいることか…」
「ラトキフさん、襲撃してきた相手に何か心当たりはありませんか?」
「心当たり…そう言えば国中を移動する傭兵団の噂を聞いたことがある」
「傭兵団?」
「えぇ、彼らは戦争を生業する殺人集団です。時には亜人と戦うこともあるそうだが、その本業は人間を殺すことだ。ヤツらは国民の安全を守るハンターとは対極の存在と言われている」
ラトキフによれば傭兵団の目的は村々を襲い食料や金品を奪うことだ。
山賊や海賊のイメージと言えばわかりやすいだろうか。
彼はこの襲撃もその一つだろうと付け加えた。
「クソッ…相手が人間だと調子が狂うな。何とかして解決策を見つけないと…」
「仮にヤツらが傭兵団だとしてもこれ以上の情報は持ち合わせていない。申し訳ないが契約通り私を守って欲しい」
契約と言うのは臨時キャラバンを結成する時に交わした約束のことだ。
臨時キャラバンのリーダーである行商人は馬車の旅を保障する義務を負うが、同行者は最優先で行商人を守るしなければならない。
他にも細かな契約を交わすケースもあるようだが、今回は無事に帝都へ着くというのが目的であるためこの他の契約は交わしていなかった。
「俺から離れなければ守るのは難しくはないはずです。だけどいざとなれば馬車を捨てる覚悟だけはしておいてください」
「わかった…」
僕らが様子を伺っていると外で動きがあった。
宿を取り囲むように配備されていた人員が一斉に動き出しみんな同じ方向へ移動を始めている。
向かったのは食品などを扱う雑貨店だ。
窓から様子を伺っていると一団は躊躇なく店の扉を破り片っ端から金品を奪い取り袋に詰めていく。
そんな状況の中、建物の中から男性の悲鳴が聞こえてきた。
どうやら無差別に殺戮を繰り返しているわけではなく本来の目的である食料の調達を優先しているようだ。
しかしここで一つ疑問が残る。
何故一階にいたバドックだけが襲われ二階にいる僕らに危害を加えられなかったのかと言う点だ。
「…急に辺りが静かになった。でも、何だこの違和感は…」
僕の首筋はいつにも増して不快感が押し寄せていた。
それは次第にジワリとした痛みに変わっていく。
耐えられないほどの痛みではないが長く続けば精神的に参ってしまいそうだ。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「…何でもない。ただ、嫌な予感がする」
「こ、ここは安全なのか?必要なら外に逃げなければ…」
「落ち着いてください。とりあえず今は安全でしょう。どうやら相手も俺たちのことまで把握していないみたいだ」
「そ、そうか…」
しかし、安堵が広がったのはその一瞬までだった。
外では別の悲鳴が上がった。
今度は女性のものだ。
窓から確認しようにも暗い村の中では一体何が行われているのかわからない。
少しでも明かりがあればとは思うものの、それは同時に僕らの位置を相手に知らせる事にもなる。
もどかしい気持ちと不安が増大していった。
そんな中一件の民家から煙が上がった。
どうやら襲撃した建物に火を放ったらしい。
鉄筋コンクリート造の建物ならすぐに延焼することはないが、この世界の建物は木造の簡素な作りなのですぐに炎は広がっていく。
放火された建物はあっという間に炎に包まれ巨大な松明のように村を照らした。
「あ…あ…あッ…」
それを見てサフラは頭を抱えた。
どうやら自分の村が襲われた記憶を思い出してしまったらしい。
肩を震わせ呼吸が早くなっている。
「サフラ、落ち着け!俺はココに居るぞ」
「はぁ…はぁ…。うん…手…握っていて」
サフラは動悸がするのか苦しそうに左手で胸を押さえた。
今、僕ができるのは少しでも彼女の不安を取り除くことだ。
そのためにもこの状況を早く打開しなければならない。
ただ、それが簡単に出来れば苦労はしないのが面倒なところだ。
解決策が見つからない現状では下手に動けば生命に危険がある。
そんな中、一団がまた別の家を襲い始めた。
このままでは再び宿が標的になるのは時間の問題だろう。
これ以上状況が悪くなる前にこちらから動くしかなさそうだ。
「…俺が行く。サフラとラトキフさんはここに居てくれ。サフラ、危険があったら自分で身を守るんだ。お前なら出来る」
「お、お兄ちゃん…」
「ラトキフさん、アナタはコレを。何も持っていないよりはいいでしょう」
腰に差していたマインゴーシュを抜きラトキフに手渡した。
彼が腰に差しているナイフよりは頼りになるだろう。
「でも…キミは?」
「コイツがあれば十分です。短剣は飾りみたいなものなんで」
「そうか。必ず無事で帰って来てくれ」
「えぇ、もちろんそのつもりですよ」
二人の無事を祈って部屋の外に飛び出した。




