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シーン 42

 気配を殺して注意をしながら階段をゆっくりと下りて行く。

 そして、ギリギリのところから顔を覗かせて一階の様子を伺った。

 一階は二階の廊下と同様に真っ暗で様子がよくわからない。

 ただ、人の気配は感じないので近くに誰も居ないのだろう。

 安全を確認したところで行動を開始した。

 まず、一階に着いてまず確認しなければいけないことがある。

 そう、バドックの安否についてだ。

 鶏を絞めたような悲鳴が聞こえたので安否については大方の予想がついている。

 バドックの部屋の前に付くと異変に気が付いた。

 部屋の入口には争った形跡があり扉には鍵が破壊された跡がある。


 恐る恐る入口から中を覗くと剣を握ったまま仰向けで床に倒れるバドックを見つけた。

 予想はしていたが実際にそれを目にすると気持ちを表す適当な言葉が見当たらない。

 首筋に指を当てて脈を確認したところすでに息を引き取ったあとだった。

 背中には鋭利な刃物で刺された痕があり心臓を一突きにされている。

 まだこの世界に来て日が浅いこともあるが、どうしても人の死に顔を見るのは耐えられない。

 ましてや先ほどまで一緒に食事をしていた相手となると言葉に出来ない感情が押し寄せてくる。

 それが決して仲の良い間柄ではなかったとしても。

 今はどうすることもできないが全てが終わったら弔うと心に決めた。


 宿の中は不思議と静まり返っている。

 一通り一階の客室を見て回ってみたが特に危険は見つからなかった。

 ただ、一緒に泊まっていた別の客や店主の姿が見当たらない。

 遺体は見つかっていないので連れ去られたと考える方が自然だろう。

 しかし、何者かに連れ去られたとすれば何かしら抵抗はするものだ。

 ところが現場には争ったような形跡はなく鍵も壊されてはいなかった。 

 ここである疑問が浮かんだ。

 彼らは本当に人質になったのだろうか。

 人質と言うのはメリットの反面デメリットも存在する。

 人質は生きていなければ価値はない。

 そのためどうしても人質を管理する人員を割く必要がある。

 また、人質が反抗をする場合もあるので注意が必要だ。

 それに何故彼らはバドックを除いた全員が連れ去られたのか。

 仮に人質だったとしてもあれほど多くの人間を連れて行く必要はない。 

 だとすれば他の人たちはどこに行ったのか。

 ここへ来て首筋の違和感は先ほどにも増して強くなっていた。


 そんな中、外では再び宿を取り囲むように気配を感じた。

 先ほどより数は多くないものの明確な殺意を持っていることはわかる。

 僕は裏口に移動してカーテンの隙間から外の様子を伺った。

 すると、すぐ近く男が通り過ぎて行くのが見え、相手も僕のことに気が付いた様子だ。

 腰にはショートソードを携帯している。

 僕は男が完全に通り過ぎるタイミングを図りながら外へ飛び出し、背後から銃のグリップで後頭部を殴打した。

 多少手加減はしているが不意打ちなので身を守る時間はない。

 男は一瞬で意識を失い前のめりに倒れた。 


 男を見ると肩口に赤い布を巻いているのに気が付いた。

 おそらく仲間を見分ける目印なのだろう。

 僕は男から布を奪い取り近くにあったロープを使って腕を後ろ手に縛りあげた。

 これで目が覚めても抵抗は出来ないだろう。

 ついでに頭に巻いていたバンダナとショートソードも頂くことにする。

 完璧な変装とまではいかないが暗闇の中では仲間と思わせることもできるだろう。

 縛り上げた男は人目につかない物影に移動させた。

 落ち着いたところで改めて真っ暗な村の中を見渡してみる。

 正確な人数まではわからないが把握できる気配はすでに両手の指を超えていた。


 「おい、お前、持ち場はどうした?」


 不意に背後から男の声がした。

 声の主は中年から初老と言ったところか。

 距離が離れていたため顔は見られていないが、肩口に巻いた赤い布を見て仲間だと思ったようだ。

 この男を殺すのは簡単だが発砲音を聞きつけて仲間が駆けつけて来るとも限らない。

 この場は穏便にやり過ごすに越したことはないだろう。


 「は、はい。今、そこの物陰で用を足してて、これから持ち場に…」

 「何?あれほど先に済ませておけと言ったのに。まったく…時間がないんだ、急げよ。さっき、隊にお頭が合流した。作戦は最終段階だ」


 男はそう告げると自分の持ち場と思われる方向に走って行った。

 急いでいるところを見るとこの状況の逼迫加減がよくわかる。

 そして、彼は僅かだが情報を残していった。

 一つはこの一団のリーダー格が合流したと言うこと。

 もう一つは作戦が最終段階ということだ。


 まず、ここで疑問なのは何故リーダーが遅れて合流したかと言う点だ。

 考えられるのは、この他にもいくつかグループがあり仲間を引き連れて来たと言う説。

 仮にそうだとすれば敵勢力は今よりも増えたことになる。

 敵が増えればそれだけ戦局は不利になるため、できればこの仮説ははずれて欲しいところだ。

 別の仮説を立てるとすれば単独行動をしていたリーダーが合流したパターンだろう。

 ただ、こう考えた場合、何故リーダーが単独行動をしていたかと言う疑問が残る。

 何か理由があるにしろ今の状況では確証には至らないので考え込むだけ不毛だ。


 もう一つの疑問である「最終段階に入った作戦の内容」について考えてみる。

 こんな小さな村を多勢で襲うと言うからには何かワケがあるのだろう。

 ただの略奪にしても人を殺して火を放っているところを見ると村そのものを焼き払おうとしているように見える。

 仮にそうなら最終段階という時点でかなり状況が悪くなっていると容易に想像できた。

 そうなると現時点で村人の大半は殺されたか捕らえられたのだろう。

 僕は無意識に唇を強く噛んでいた。

 唇から少し出血してしまったらしく口の中に鉄の味が広がる。


 立ち止まっていると前方から数名の男たちが近付いてきた。

 各々武器を持ちいつでも戦えると言った様子だ。

 その中で一番年配の男が僕を見つけ足を止めた。


 「貴様、何故このような場所に居る。作戦は始まっているんだぞ」

 「すみません。急に腹が痛くなって…」

 「腹痛?それで持ち場から離れたと?」

 「は、はい…すみません」

 「貴様、顔を見せてみろ」

 「え?それはちょっと…」


 僕はすでに銃に手を掛けていた。

 危険があればいつでも抜けるようになっている。

 出来れば人は殺したくない。

 殺してしまえば後味が悪いに決まっているから。

 きっと悪夢も見るだろう。

 道徳的に考えてもやはり抵抗がある。

 そんな思いを知って知らずか、男はズイと近寄り顔を覗き込んできた。

 そして、眉根をひそめ持っていた剣のグリップを握り締めたのを確認した。


 「貴様、仲間ではないな?」

 「い、いえ、そんな事はありません。何かの間違いです」

 「知らない顔だ。貴様、何者だッ!」


 もはや何を言ってもダメだった。

 ここは潔く身を守ることを優先するしかない。

 本当ならこんな役回りは遠慮したいところだがこればっかりは仕方ないだろう。

 殺らなければ殺られる。

 そんな状況だ。


 「…命乞いをするなら今だぞ?」

 「何?やはり貴様、仲間ではないな!貴様一人で何ができる!?」

 「一応忠告はした。お別れだ」


 僕は素早く銃を抜いて男の額に弾を放った。

 思えばこれが初めての人殺しだ。

 引金を引く瞬間まではゴブリンやオークを倒すのと同じ気持ちだった。

 しかし相手が倒れた時には心が罪悪感に支配されていた。

 倒れた男は真っ赤な血を辺りにぶち撒け物言わぬ肉塊になっている。


 「き、貴様!」

 「お前たちも殺す。顔を知られたからには生かしておけない」


 罪悪感を振り払い二人目に銃口を向ける。

 二人目の時はいくらか罪悪感が薄れていた。

 すでに一人殺しているため殺すことへの躊躇いが鈍くなっている。

 一応、これは正当防衛とも言えるので僕はそれを信じて引金を引いた。

 発砲音と同時に二人目の男も同様に一瞬で命を刈り取られ仰向けに倒れこむ。

 そして三人目。

 僅か数秒の間に仲間が二人も殺され気が動転しているようだ。

 それを証拠に手に持った剣がカタカタと鳴っている。

 おそらく恐怖に心を支配されてしまったのだろう。

 手っ取り早く人心を掌握するには恐怖と暴力を与えるに限る。


 「さて、あとはお前だけだな。どうだ?命乞いをしてみるか?」

 「こ、殺さないでくれ!お願いだ!」

 「ふむ、他に言うことはないのか?」

 「な、何でも言うことを聞く。だからお願いだ!」

 「何でもか。では話を聞かせてもらおう。おっと、まずは武器を捨てろ」


 男は指示に従って持っていた剣を放り投げた。

 他にも武器を持っている可能性はあるが下手な動きをすれば即座に殺せばいい。

 ただ、今のところ不穏な動きは見当たらなかった。


 「よし、まずは一つ目の質問だ。お前たちは何者だ?」

 「お、俺たちはオルトロス…傭兵団だ」

 「傭兵団?ただの殺戮集団じゃないのか?」

 「殺しは俺たちの生活の糧だ…。殺さなければお頭に殺される」

 「では、そのお頭とは何者だ?」

 「我々を束ねるリーダーだ。二人居る」

 「二人?オルトロス…そうか、オルトロスは二つの頭を持つ犬の怪物だったな。なるほど、そう言う意味か」


 リーダーが二人居ると言っても実質的にはどちらかが主導権を握っているはずだ。

 そうでなければ組織として混乱してしまう。


 「二人のうちどちらがお前たちを統率している?」

 「え、エキドナと言うリーダーだ。冷徹な方でオークやトロルなんかとは比べ物にならないほど恐ろしい…」

 「エキドナ…確か神話ではオルトロスの母親にあたる怪物の名前か。大層な名前をつけたものだな」

 「な、なあ、アンタ、助けてくれるんだろ?」

 「ん?あぁそうだったな。まだ質問がある。返答次第では生かしてやってもいいぞ」

 「わ、わかった。だから殺さないでくれ…」


 僕は本質時にサディストな一面を持っている。

 普段は何とも思っていないため私生活には支障はないがこう言った状況はどちらかと言えば興奮してしまう。

 怯える男を見てさっきから口元は緩みっぱなしだった。


 「次の質問だ。お前たちの言う作戦とはなんだ?」

 「こ、この村に恐ろしく腕の立つ旅人が居ると言う情報があった。そいつは見たこともない武器を使うらしい。それを奪うのが目的だ」

 「ほう?見たことのない武器か。では、たぶん俺のことだな」

 「え?」

 「お前が言った武器、それはきっとコイツのことだ」


 驚く男の太ももに向けて弾を放った。

 致命傷にはならないが相手を無力化するには十分な効果がある。

 同時に長い間放置しておけば出血多量にもなるだろう。


 「おっと、これは驚いた…。大腿骨は外しておいたが、声一つあげないとはな」

 「我々は…戦の前に薬で痛みを感じないようにしている…」

 「なるほど…薬物常用者か。合点がいった」

 「た、頼む…止血させてくれ…。痛みは感じないとは言えこのままだと死んでしまう…」

 「ダメだ。話が終わっていない。お前たちはどこから俺の情報を得た?」

 「お、お頭からだ。お頭は珍しい武器や魔具を収集している。お頭はアンタの武器を気に入ったらしい」

 「武器の収集か。だから俺が滞在するこの村を襲ったと?」

 「あ、あぁ、家々を襲ったのは物資の補給だ。我々は常に食料を欲している…」


 男の顔が青ざめてきたのに気が付いた。

 思ったより出血が激しいらしい。

 きっと太い血管を撃ち貫いてしまったためだろう。

 こう言った拷問の類には精通していないため加減がよくわからない。

 下手をしたらこのまま死んでしまうだろう。

 元々、生かして帰すつもりは毛頭ないのだが。


 「わかった。ありがとう、助かったよ。では、お別れだ」

 「え、あッ…」


 何か言おうとしていたらしいがそれに気が付いたのは男が事切れた後のことだ。

 とりあえず必要な情報は得られたので成果はあった。

 先ほどから首筋を襲っていた違和感の正体にたどり着いたらしい。

 情報が正しければオルトロスを名乗る傭兵団が僕を狙っている。

 具体的には僕の持っている銃だ。

 相手のリーダーに関する情報は今のところ名前だけしかわかっていないが男の怯えようからしても相当な実力者だろう。

 手遅れになる前に先手を打った方がよさそうだ。

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