シーン 40
馬車の前に立ちはだかるオークはそれぞれが棍棒を持ち革のパンツ一枚という出で立ちでこちらを睨んでいる。
他に敵が潜んでいないかと辺りの気配を探ってみたがどうやらこの三体だけのようだ。
オークたちは険しい表情の顔からは涎を垂れ流しこちらの様子を見ている。
そんな醜い姿からオークのことを「神に創られた失敗作」と呼ぶ者もいるようだ。
見ていてもあまり気分のいい相手ではないため素早く仕事をこなすことにした。
まず右手で銃を構え左手のマインゴーシュをチラつかせて牽制をする。
おそらく銃だけで片が付く相手なので左手の短剣は飾りに過ぎない。
それでもいざと言う時に役に立つので保険の意味合いもある。
むしろ相手が凶器だと認識するのが難しい銃を見せるより刃物を手にした方がわかりやすいだろう。
これは以前ゴブリンと戦った時に学んだことだ。
案の定オークたちは鈍色を放つ短剣を見て警戒した。
しかし、相手が僕一人だとわかるとそれぞれが不用意にも距離を縮めてきた。
銃の射程圏内は視認出来る範囲だがオークにそんなことがわかるはずもない。
まずは見せしめに一番先頭のオークに弾丸をお見舞いした。
弾は眉間を貫いて易々と命を刈り取っていく。
それに驚いたのは残りのオークと馬車の中に居たサフラを除いた三人だ。
「い、今何をしたんだ?」
「急にオークが倒れたぞ。見ろ、頭から血を流している」
倒れたオークの周りにゆっくりと血だまりが広がった。
全身が水色のオークだが身体を流れている血の色は紫色のようだ。
血液の色が紫色なのは多くの亜人種で共通らしい。
僕にしてみれば赤色の血ではないためいくらか殺すことへの躊躇が削がれる結果となった。
仮に赤色だったらこうはいかないだろう。
形だけは人と同じだが紫色の血液は見ていて気持ちのいいものではない。
紫色の血液は相手が怪物であることを印象付けるには十分な特徴だった。
続けて残りのオークの処理に取り掛かる。
一体目と同様に撃ち倒すのも悪くないが僕の実力をわかりやすく伝えるには多少のデモンストレーションも必要だろう。
オークには動揺が広がっているので狙い撃つのは簡単だ。
まず相手を無力化するためにそれぞれの棍棒を持っていた手を撃ち抜いた。
弾は狙い通り手の甲に当たり二体のオークは棍棒を手放した。
いかに恐ろしいオークとは言え武器がなければただの青い大男だ。
それでも全身を分厚い筋肉で覆われているため殴られれば致命傷は避けられない。
油断をすれば命に関わる場合も考えられる。
距離を詰められないよう注意しながら戦況を優位に進めていく。
僕は銃口を手前に居た一体に向け、動きを止めるために太ももを撃ち抜いて機動力を奪う。
ここで背後から気配と共に足音が聞こえた。
「お兄ちゃん、一体は私にやらせて」
「一体はって…」
言いかけたところで言葉を飲んだ。
サフラは冗談を言う子ではない。
もちろんその場の感情にも流されるような性格でもないため彼女なりに何か考えがあってのことだろう。
「…わかった。でも、危ないと思ったらすぐに助けに入るからな」
「うん、ありがとう。見ててね!」
そう言ってサフラは足を撃たれ動けないオークの横を通り過ぎもう一体のオークに立ち向かった。
利き手を負傷してはいるものの依然として人を殺すのに十分過ぎる凶悪な攻撃力を持っている。
それでも彼女は眉一つ動かさずスティレットを抜いて距離を詰めていった。
オークは自分の身長の半分ほどしかないサフラを見て笑みを浮かべている。
おそらく自分よりも弱そうだと判断したのだろう。
人間でもそうだが目に見える情報に判断力を奪われがちだ。
物事の本質は目に見えるモノの外にあったりするが、このオークにはそれがわからないらしい。
サフラは一瞬にしてオークの視界から消えた。
いや、これはオークの目線の話だ。
実際には身を屈め一度だけ地面を強く蹴ってオークの脇を駆け抜ける姿がはっきりと見えた。
身体の小ささもありオークには高速で移動したように見えただろう。
それを証拠に彼女の姿を見失って一瞬動きが止まっていた。
サフラはその隙を見逃さず手にしたスティレットで目を見張るような攻撃を開始する。
オークの横を通り過ぎる瞬間にスティレットを脇腹に深く突き刺し駆け抜ける勢いを利用して素早く短剣を引き抜いた。
そして、オークが異変に気が付いた時にはすでに背後に回り次の攻撃に移ろうとしている。
オークは遅れてやってきた脇腹の痛みに気を取られサフラに注がれていた警戒を解いた。
彼女はその隙を見逃さず背後から心臓に向けてスティレットを深く突き刺し止めの一撃を放つ。
その瞬間オークは断末魔の悲鳴をあげて巨体が沈んだ。
この間戦闘を開始して数秒の出来事だった。
「あれは「バックスタブ」か!?」
背後でバドックの動揺した声が聞こえた。
どうやらバックスタブと言うのはサフラが最後に行った突き攻撃の名前らしい。
「あんな小さな子がオークを…信じられない…」
「そうね。たとえ武器を持っていなくてもゴブリンよりは強敵よ。私でも戦って勝てるかどうか…いいえ、武器を持っていたら敵わない相手だわ」
ラトキフとメイリーンは口々にサフラを賞賛する声をあげた。
どうやら今の戦いでサフラの方が目立ってしまったらしい。
どちらにしても戦う前より僕らの株は上がっただろう。
サフラは返り血に染まったスティレットを素早く振って血を払い鞘に収めた。
「お兄ちゃん、どうだった?」
「正直驚いた。やるな、サフラ!」
「うん。少し緊張したけどね。でも落ち着いてやれば平気だったよ」
「そうなのか?それよりお前いつの間にそんなに強くなったんだ?いや元からか?」
「うーん、いつからだろうね?でも、今のはニーナさんの動きを参考にしたんだよ」
そう言われてニーナがオークを屠った時のことを思い出した。
言われてみれば今の動きはニーナと同じような太刀筋だ。
最初に突きを入れた脇腹も急所の一つだと言っていたし、背中から心臓へ的確に突きを入れて息の根を止める様子も一致している。
「一度見ただけで動きを真似たのか?凄いな」
「ニーナさんほどじゃないよ。もっと修行しないとね」
サフラの動きを見てニーナが言っていた「末恐ろしい」と言う言葉を思い出した。
今の動きは素人が簡単に真似のできるものではない。
ニーナの言っていた通り優秀な師匠を見つければ一気に腕前が上達することだろう。
本人の向上心も高いのでニーナと肩を並べる日もそう遠くはないはずだ。
そこへ馬車の中に居たメイリーンも飛び出してきた。
手にはチェーンウイップを携えている。
「こんな若い子たちが戦っているのにお姉さんだけ黙って引っ込んでいるのもカッコ悪いでしょう?」
子どものような笑みを浮かべつつまだ息のあるオークに向けて鞭を振るった。
オークは足を撃たれて地面に這いつくばっているがまだ戦意を完全に失ったわけではない。
メイリーンは確実に命を刈り取るよう脳天に向けて渾身の鞭を振るう。
すると頭蓋骨が陥没する嫌な音が聞こえオークは動かなくなった。
僕が思うに刃物で切り殺されるより鈍器のようなもので殴られる方が死に方としては凄惨だと感じている。
苦痛を味わいながら息を引き取ったオークに不思議と同情をしてしまう。
「さっきは疑って悪かったわね。アナタたちがバレルゴブリンを倒したって話、私は信じるわ」
「わかってもらえればいいんですよ」
「きっとあの堅物のおじ様も納得している頃よ」
「そのようですね」
全ての戦闘を終えて馬車に戻ると不意にバドックと目が合った。
しかしバドックはすぐに目を逸らしてしまう。
どうやら自分の間違いを認めあわせる顔がないようだ。
「レイジ、疑って悪かったよ。キミの持つ武器、あれは本当に恐ろしい武器だな」
「あまり自慢をするものでもないですよ。俺の住んでいた国では極当たり前の武器ですから」
「そうなのか。いやはや、心強い味方がついてくれて嬉しいよ」
「いえ、俺たちは与えられた役目を果たしただけです。それに馬車で旅をさせてもらっているのでこれくらいは当たり前ですよ」
馬車は再び帝都に向けて走り始めた。
周りの風景は少しずつ移り変わっていく。
ゴツゴツとした岩場が徐々に少なくなり辺りには毛足の短い草地が広がり始めた。
ラトキフによればこの辺りがウエストランドとミッドランドの境目になるらしい。
ミッドランドは他の地域に比べて比較的低地にあたる。
海抜で言えば限りなくゼロに近いようだ。
また、海からも遠いため湿度が低く一年を通して比較的過ごしやすい気候だと言う。
途中、帝都から西の港町を目指しているキャラバンが横を通り過ぎていった。
進行方向からキャラバンが来たと言うことは道路状況は悪くはないのだろう。
正午を迎えたのは馬車の中だった。
僕らはいつものように腹を空かせている。
普段のようにリュックの中から食料を取り出し何食わぬ顔で昼食を食べ始めた。
それを見て他の三名は驚いた様子だ。
「キミたちは昼も食事をするのかい?」
「ラトキフさんはお腹空きませんか?」
「まあ少しは何か食べたいとは思うが、食べ物を口にする事はほとんどないよ」
「それもこの国の習慣ですか?俺が暮らしていた日本と言う国は誰でも朝昼晩と三食の生活が普通だったんですよ」
「誰でも…それは国が裕福という証拠だね。羨ましい限りだ」
「そんなことはないですよ。この国よりは秩序が保たれているように思いますけどね。でも、俺が思うに表向きはって感じですけど」
日本は物理的な戦争がない代わりに経済と言う別の戦争がある。
直接命を奪うと言うことはないが間接的に命を奪われている人もいるだろう。
それは貧困や格差と言う形で現れてくる。
富める人はどこまでも富み貧しい人は明日の生活すら見えない世界。
だから表向きには秩序が保たれていると言う解釈をしている。
「そんなに素晴らしい国なら一度は行ってみたいものだね」
「とても遠いところなので馬車でもたどり着けるかどうか…」
「そんなに遠いのかい?」
「えぇ、まあ…」
ラトキフは歯切れの悪い僕の答えに少し疑問を持った様だがそれ以上突っ込んだ質問はなかった。
あまりお互いを詮索しては今の関係を壊してしまうこともある。
どうやら彼は人との繋がりを第一に考えているらしい。
今回もそう言った思惑が働いたのだろう。




