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シーン 35

 僕らは疲れた身体を引きずって宿に戻ってきた。

 正直ハンターギルドから宿までどうやって歩いてきたのかよく覚えていない。

 慣れていないことなので仕方がないが、不意に大きなため息が出てベッドに腰を下ろした。 

 思えば今までずっとニーナが一緒に居たのでサフラと二人きりになるのは久しぶりだ。

 これまで戦い続きで少し疲れていたのでしばらく何もしないで呆けてしまった。

 今は気楽な旅人だが仮にハンターの職に就けば召集一つで駆けつけなければならない。

 それを思えば旅人と言う立場は行動に制限がなくていい。

 金銭的に困った時はバウンティーハンターを気取って懸賞金を稼ぐこともできる。

 それに、僕らにはすでに当分遊んで暮らせるだけの資金があるため、うまくやりくりをすれば数年間は収入が無くても大丈夫だろう。

 もちろん贅沢をしなければの話ではあるが。


 「ようやく落ち着いたな」

 「うん。いろいろなことがあったもんね。お兄ちゃんかっこよかったよ」

 「ありがとな。それにサフラも活躍してたじゃないか」


 自衛手段を持つサフラはすでに守る対象からパートナーになっている。

 もちろん危険な目に遭えば真っ先に助けに向かうが、クローラーやゴブリン程度なら彼女一人に任せでも問題はない。

 おかげ立ち回るのも随分楽になった。

 初めはサフラに武器を持たせるべきではないと思ったが、それは大きな間違いで今では良かったと思っている。

 サフラは僕が思っている以上に芯の強い子だ。


 「それでだ、今後について話し合っておこうか。当面は帝都に向かうのを優先したい。あと、これから俺たちが暮らす場所も決めようと思う。今のところ金には少し余裕もあるし、持ち家なんてものを考えてる」

 「えッ、お家買うの?」

 「ずっと宿暮らしじゃ大変だろう?住むところくらい落ち着いた方がいいと思ってさ」

 「そうだね。うーん、お家ね。どこに住めばいいんだろう?」


 この世界に来てまだ数えるほどしか経っていないため物の相場がよくわかっていない。

 生活に直結する食料品や宿泊料などの相場については大方の察しはつくようになってきた。

 しかし家の相場となるとまったく想像がつかない。

 土地、建物、立地によって相場は異なるだろう。

 出来れば周辺の利便性にも極力こだわりたい。

 もちろん値段が安いからと言って亜人の出没する荒野に立つ家など分け有りの物件はもってのほかだ。

 欲を言うなら治安が安定していて人の行き来や物流の多い町が有力な候補になる。

 今ある知識で言えば最有力候補は帝都になるだろう。


 「他にどんな町があるかわからないけど出来れば帝都がいいと思うんだ。人や物や情報が集まりやすいし、ハンターギルドの本部もあるから治安も良さそうだしな」

 「うん、賛成。でもどうやって見付ければいいのかな?」

 「不動産屋に聞いてみれば早いだろう」

 「フドウサンヤ?」


 唐突に困った顔をされてしまった。

 聞くところによるとこの世界に不動産業と言うものはないらしい。

 通常、土地や家を買うには持ち主に直接交渉すると言うのが一般的のようだ。

 その持ち主を探すには町の有力者や情報通に話を通してもらわなければならない。

 つまり、直接現地に行って情報収集をするしか方法はないようだ。


 「それなら現地に行ってみないと話にならないな」

 「そうなるね。周りに帝都について詳しい人が居ればいいんだけど…」

 「生憎だがそんな知り合いは思いつかないな」

 「私も。誰か信頼できる人が居ればいいんだけど、それも現地で探して見るしかないね」

 「そうだな。あと、この国のことをよく知りたい。図書館みたいなところがあると便利なんだが…」


 サフラは「図書館」と言う言葉にまたしても困った顔をした。

 どちらかと言えば困った顔を通り越してビックリした顔になっている。

 理由を聞いてみるとこの世界において紙がとても貴重な物で「本」はその最たるものだと言う。

 彼女の話が正しければ本の内容はともかく一冊で金貨一枚程度に相当する価値がある。

 そんな本を無数に集めた図書館は宝の山というわけだ。

 ちなみに、この世界にも図書館はあるらしい。

 しかし、前世のように庶民が気軽に利用できるものではなく一部の上流階級だけに開放されている。

 これには仮に欠損や破損があった場合でも保障できるだけの地位や財力が必要と言うことが理由らしい。

 だから一般人が本を気軽に閲覧することはおろか目にすることも稀のようだ。


 「日本では紙なんて当たり前だったんだが…場所が違えば文化も違うってことか」

 「ホント、お兄ちゃんの住んでいたニホンって凄いところだね」

 「こっちの常識で考えたら異常かもな。他にもいろいろと違うところもあるし、まだまだ違いはありそうだ」

 「ニホンっていう国はお金持ちなのかな?」

 「いや、みんながみんな裕福なわけじゃないさ。一応、努力すればある程度は不自由なく生活できる国ではあったけどな」


 日本が裕福かと言えば疑問はある。

 国際的に見れば先進国ではあるものの誰もが何不自由なく暮らしているわけではない。

 経済の発達で格差も広がり住みにくいと漏らす者もいる。

 これは持論だが裕福と感じる価値観は心のあり方にあるように思う。

 僕は僕で前の世界ではそれなりに満足をしていた。

 いや、満足していたと思い込んでいたのかもしれない。

 「臭い物には蓋」ではないが、極力嫌なモノを見ないようにもしていたし、都合の悪い事は「知らない」の一点張りでやり過ごすこともあった。

 それに比べればこの世界は表と裏がハッキリしている。

 特に戦いの時はそうだが、勝ち負けで優劣が決まるのは、本当の意味で実力が全てだ。

 物理的に弱肉強食の関係が明確になっている点が前の世界とは明らかに異なっている。

 もちろん前世でも間接的に弱肉強食の世界だったのだが。


 ここで一つ疑問に思うのはこの世界における教育水準についてだ。

 僕は死神がくれた「特別ボーナス」の恩恵と思われる効果もあり、言語、読み書き、計算など前の世界で当たり前に出来ていたことが通用するようになっている。

 しかし、サフラによればこの世界には学校というものがないらしく、読み書き計算の教育を受けられるのは貴族などの上流階級だけだと言う。

 サフラの場合、父親が冬の間だけ行商人になっていたので独学ではあるものの簡単な読み書きと計算の方法を教えてもらったそうだ。

 特に計算は商売人にとってかなり重要なスキルになるため繰り返し何度も教えられたらしい。

 おかげで瞬時に暗算ができるようになり本人もそれが自慢なのだとか。

 サフラが教育を受けたのは特別だったが別の子どもたちは両親が熱心な場合を除いて基本的に読み書きや計算はできない。


 そのため文字による伝達方法はあまり発達していないようだ。

 町の中にある看板も文字で書かれた物は少なく、伝えたい物をイメージしたイラストや図形で表現されている。

 ちなみに酒場の場合は看板を掲げる代わりに店先に酒樽を並べているので文字が読めなくても何の店か伝わるようだ。

 メニューについては直接店員にオススメを聞けば問題ない。


 「それにしてもサフラって出会った頃に比べて少し変わったよな。何ていうか少しずつ自分を表に出すようになったって言うのかな?」

 「うん。やっぱりね、私はお兄ちゃんを支えたいの。だから昔のままじゃダメだと思ってね。守られているだけのサフラはこの剣を買ってもらった時にこっそりお別れしちゃいました」


 そう言って腰に差したスティレットの柄に手を置きそれを愛おしそう眺めた。

 本人が言うように彼女が決定的に変わったのはこの短剣を買い与えた時からだ。

 剣術は自分の身を守る手段でもあり誰かを守る手段でもある。


 「あまり気を張らなくてもいいんだぞ?必要な時に必要な分だけその力を使えばいいさ」

 「うん。でも本当なら戦いのない世界だったらいいのにって…そう思う時があるの。変だよね」

 「いや、変じゃないさ。俺だってそう思う。誰も悲しまない世界、それは理想だよな。でも、そんな世界なんてありはしない。この世界にいる以上少なからずどこかで誰かが悲しんで誰かが笑ってる。それが現実さ」

 「…うん。だから私は…ううん私たちや私たちに関わる人たちだけは、ずっと笑顔で居られたらって、そう思うの」

 「あぁ、悲しい思いはもうたくさんだ。そうだよな?」


 サフラは小さく頷き唇をかみ締めた。

 両親を失くしてまだ日も浅いと言うのに彼女はすでにしっかりと前を向いている。

 人は辛いことを乗り越えて成長する生き物だと聞いたことがあったが、今の彼女がまさにそれだ。

 たくさんの後悔と悲しみは人を強くする。

 僕もあの日、サフラを助けたあの日、強く生きようと決めた一人だから。

 きっとこの先もまだたくさんの後悔をしていくだろう。

 それでも僕は僕の出した答えを否定はしたくない。

 その一つ一つが僕と言う人間を作っていくのだから。

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