シーン 33
僕はドワーフから視線を外さないようにしながら左手に短剣を握った。
銃を見たことがない相手ではこれが武器だと伝わり辛い。
それを理解した上で、一目で凶器だとわかる刃物をチラつかせ、相手の恐怖心を煽る作戦だ。
「手荒な真似はしたくない。大人しくその子を離せ。俺たちは殺し合いに来たんじゃないんだ」
「ふん、人間風情が何を言う。お前たちは野蛮な種族ではないか!仲間も多く殺された」
ドワーフは憤り声を荒げてサフラを掴む腕を力いっぱい握った。
これにはサフラも苦しそうな表情を浮かべている。
しかし、相手を刺激しないよう声は出さなかった。
心の中がサフラを早く救いたいと言う感情に染まっていくのがわかる。
ここでドワーフを殺すのは簡単なことだ。
相手が油断をしている隙に銃を撃てばいい。
僕の射撃は狙った通りの場所を撃ち抜くことができるのだから。
しかし、それではここへ来たドワーフを理解すると言う目的を反故にしてしまう。
だから僕は出来る限り心を落ち着けて対話を続けた。
「待て!話し合えば分かるはずだ。だからその子だけは傷付けないでくれ」
「レイジ、ドワーフに何を言っても無駄だ!いいからヤツを撃て!」
「ニーナ、待ってくれ!きっと話し合えばわかるはずだ」
「おっと、下手な真似をしてみろ、コイツの命はないぞ!」
ドワーフは腰に差していた刃物を取り出しサフラの首筋に突きつけた。
そして、鋭い眼光で睨みつけ僕らに警告をしている。
それを見て僕は確信した。
やはりこのドワーフはサフラを人質にしてはいるもののすぐに殺すつもりはないらしい。
ただ、それが真意と言う保証はないため対応は慎重に行う必要がある。
「何が望みだ」
「私に構うな!そして消えろ、野蛮な人間共め」
「俺たちは野蛮なんかじゃない。お前に危害を加えようとも思っていないんだ」
「ふん、そんな話が信じられるか!現にそこの娘、その位置からナイフを投げようとは思うなよ?コイツの命が惜しくはないのか」
「お前…どこまで非道なんだ!サフラちゃんを離せ!」
言い争いは平行線のままだった。
下手に刺激すれば何をしでかすかわからない。
粘り強く説得するのも大事だが時には武力行使も必要と言うことか。
しかし、それではこれまで繰り返されてきた歴史と変わらない。
その間にもサフラは精神的に疲弊しているらしく徐々に息遣いが荒くなっている。
この状況を打開するためにもあまり長引かせる訳にはいかなかった
僕は仕方なく銃口をドワーフが刃物を持っている手へと照準を合わせる。
「何だ貴様、妙な物を向けよって」
「最後通告だ。その子を離せ」
「そんなもので何ができる。私に脅しは利かぬぞ?」
「一瞬で…終わらせる」
そう言って覚悟を決め、サフラに突きつけられた短剣を持つ手を撃ち抜いた。
弾は周囲の空気を震わせながら飛び出すと狙い通り手の甲に直撃する。
しかし、風穴が開くほどの傷ではない。
手の甲をかすった程度だ。
それでも出血するほどダメージは与えている。
ドワーフは突然の痛みに襲われ短剣を投げ出し掴んでいた手を離した。
同時にサフラへの注意も散漫になっている。
その隙にサフラは逃げ出すと僕らの方へと駆け寄ってきた。
サフラは僕の胸に飛び込むと怯えた様子でドワーフを見ている。
彼女の身体は恐怖で震えていた。
一時的なショックによるものだが、しばらくすれば落ち着くだろう。
ニーナはサフラの手を取って無事を喜んでいる。
対するドワーフは何が起こったのかわからないと言った顔だ。
ドワーフは痛む手を押さえながら僕を睨みつけている。
「き、貴様…何をした!」
「ただ引金を引いただけさ。特別なことは何もしていない」
「ぬかったわい…奇っ怪な武器を操りおって…」
「その気になれば頭を撃ち抜くことだって出来るさ。抵抗するのは止めろ。出来れば殺したくない」
「…貴様、何が目的だ」
「言っただろう。話し合いに来たと。ドワーフとは何かをこの目で確かめに来たんだ」
「確かめる…だと?理解しようともせず、一方的に戦争を仕掛けてきた人間風情が何を今更…」
「俺たちはドワーフのことを野蛮な種族と教えられている。だが、お前は話に聞いているドワーフ像とは違った。お前たちは本当に野蛮な種族なのか?」
ドワーフはそれを聞いて表情を歪めた。
不服そうな顔付きで明らかに機嫌が悪いとわかる。
「野蛮なのはお前たちだろう。私たちは人間たちに命を狙われ、その報復でお前の仲間たちを殺す。それだけだ。それに、最初に危害を加えてきたのは貴様たちだ!」
「…ちょっと待て。我々の認識ではドワーフは憎むべき存在。天敵のようなものだと教えられている。それは我々にとって共通の認識だ」
「娘、貴様たちはそうやって私たちドワーフを迫害してきたんだ。私たちはただ平穏で静かな暮らしを望んでいると言うのに…」
憤るドワーフの様子を見る限り話に聞いていた野蛮な印象はどこにもない。
彼の言葉が本当なら身を守るために仕方なく戦ってきたと言うことになる。
「もう一度言う。俺たちはお前を殺しに来たんじゃない。わかればゆっくり頷いてそこに座ってくれ」
するとドワーフは指示通りに動いてその場に腰を据えた。
しかし、その様子はどこか諦めにも似た雰囲気が漂っている。
僕は極力不信感を与えないよう気を付けながらゆっくりとした言葉で続けた。
「よし。では、コイツを使って止血しろ」
僕はポケットからハンカチ変わりの布切れを取り出し、小さく丸めて目の前に放ってやった。
それを見てドワーフと状況を見守っていた二人は驚きを隠せず目を丸くした。
「レイジ!何故そんなヤツに情けをかける?危険だ、いいから早く止めを刺せ!!」
「見ろ!野蛮なのは貴様たちの方だ」
「…ニーナさん、お兄ちゃんを信じてあげて。それに、あの人、私には悪い人には見えない…かな」
「サフラちゃん…」
「そう言うわけだ。ニーナ、この場は俺に預けてくれ」
「…わかった」
ニーナはサフラの説得によってひとまず落ち着きを取り戻した。
しかし、何かの拍子にスイッチが入ることもあるため油断は禁物だ。
僕はサフラに目で合図を送り彼女が暴走しないよう注意する意図を伝えた。
「まったく…一番わけがわからないのはお前だよ。何故止血までさせる?」
「お前はサフラを捕らえはしたが殺さなかった。その気になればすぐにでも殺せたはずだ。そこに疑問を持った」
「ふん…変わったヤツだ。人質を取ったのはあくまでも戦いを有利にするためだ。多勢に無勢では分が悪い」
「それならば一人でも確実に殺して戦力を減らすべきだろう?」
「人間と言うのは強欲な生き物だ。それをした仲間たちは怒りに任せて殺されてしまったよ…」
「強欲か。あながち間違いではないな。もしあの場でサフラを殺していたら、俺は間違いなくお前を殺していた」
「…だろうな。お前の放つ殺気…あれは尋常ではなかった」
ドワーフは話を続けながら傷口に布を巻いて簡単な止血をした。
それ以外では怪しい動作もなく大人しく指示に従っている。
万が一にも危険だと判断すれば、その時は躊躇わずに撃てばいい。
僕の甘い判断からサフラの村で経験した悲しい思いをするのはたくさんだ。
「少し話を聞きたい。わかる範囲で答えてくれ」
「…わかった」
「まず、お前はここで何をしていた?」
「薬草の採集だ。それと、薬の精製。採集した薬草からオイルを蒸留していた」
「姿が見えなかったが、今までどこにいた?」
「下だ。足元に穴を掘ってラボラトリーを兼ねた倉庫を造った。入口の穴はいくつかある。間違って踏み外すなよ?」
ドワーフの指差した先には人が一人収まるほどの穴が見える。
ちょっとマンホールくらいの大きさだ。
中は暗くてよくわからないが目を凝らすと近くにいくつか同じ穴が見つかった。
どうやら足元には地下空間が広がっているらしい。
「では次の質問だ。ここに来る前に聞いたが、人を襲ったと言うのは本当か?」
「あぁ…何人か殺しもした。もちろん先に仕掛けてきたのは人間の方だ。私はちょうど薬草を摘んでいた時でな。…これがその時受けた傷だ」
そう言ってドワーフは腕を捲くると包帯が巻かれた傷跡を見せた。
この説明が確かなら背後から受けた矢傷らしい。
相手は二人だったがそのうちの一人が逃げ出してハンターギルドに報告したようだ。
「遺体はどうした?」
「埋めたよ。私たちのやり方で埋葬しておいた」
「…信じられんな。ドワーフが埋葬などと…そんな話、聞いたことがない」
「娘、お前さんが思っている我々のイメージが間違っているんだ。我々は故人を偲ぶ。それが人間であろうとエルフであろうと変わりはない」
「わかった。最後に名前を聞きたい。質問はこれで終わりだ」
「…コルグス。コルグス=エルエミオンだ。薬剤師をしている」
「薬剤師のコルグスか。俺はレイジ。狭山令二だ。旅人をしている」
「レイジ…覚えておこう。それで、私はこの後どうなる?」
「こちらに危害を加えない限りお前の命を奪うつもりはないよ。このまま解放するつもりだ。ただ、この場所からは離れてもらう。出来ればノースフィールドへ戻ってもらいたい」
「…それだけか?」
「あぁ。不服か?」
「私は構わない。命が助かるならここを明け渡そう。だが、後ろの娘から殺気が漏れていてな…無事に帰れるか不安だよ…」
振り向くとニーナは眉間に皺を寄せコルグスを睨み付けていた。
殺気を感じ取れない一般人でもわかるほどの尋常ではない敵意が伺える。
「ニーナ、怒りを収めろ」
「しかし、レイジ!」
「心配ない。俺に考えがある。コルグス、俺たちはハンターギルドの依頼でここに来た。お前には多額の懸賞金が掛けられているんだ」
「なるほど、だから武装した人間が近くをうろついていたわけか…。で、お前さんはどうするつもりだ?やはり私を殺して首を持ち帰るのか?」
「さっきも言っただろう、ノースフィールドに帰れと。ここに居ればいずれまた命を狙われることになる。だから、ギルドには俺たちがお前を退治したと報告させてもらうよ。変わりに何か証拠になる戦利品をいただく。これが殺さない条件だ」
「ほう、なかなか面白いことを考えるんだな。確かに命あっての物種だ。それくらいは協力しよう」
「話が早くて助かる。ニーナもこれでいいか?」
「…まあ、それならギルドも納得するだろうな。問題は何を証拠に持ち帰るかだが…」
新たな問題はそこだ。
証拠品として提出するには説得力のあるものでなければならない。
コルグスの言うように首を持ち帰れば間違いはないが、それ以外となれば熟慮する必要がある。
「それならば…コレを持っていけ。お前たちには過ぎた代物だがな」
コルグスは首に掛けていたペンダントを外した。
「これは?」
「ノースフィールドでしか採れない金属を加工したものだ。我々は身分を表す物として使っている。金属の名は「ダマスカス鋼」。鋼よりも固くミスリル銀にも劣らない堅牢な金属だ。一部は武具の材料として使われる。製法は門外不出。ドワーフの限られた鍛冶師のみが扱える貴重なものだ…」
コルグスによればノースフィールドの出身であるドワーフしか身に着けていない物だから、説明が付くのではないかとのことだ。
この金属は、白金色のミスリル銀や黒色のテイタン、鈍色の鉄などとは違い、青と緑の中間の色合いをしている。
身近な鉱石で言えばトルコ石の色と言ったところだろうか。
「それだけ大切な物と言うわけか。なら、代わりに友好の証として伝えておくことがある。近いうちにドワーフの殲滅作戦が行われるそうだ。規模はわからないが確かな情報だ」
「レ、レイジ!お前…自分が何を言っているのかわかっているのか!?国家機密だぞ!!」
「ニーナ、すまない。だけど、俺は無益な戦いが嫌いなんだ。これで戦争が回避できるなら本望だよ」
「…その娘の慌てようといい、偽りではなさそうだな」
「そう言うことだ。そちらも準備を整えるなら早く戻って伝えた方がいい」
「まったく…お前はバカなのか?」
「そうかもな。いや、平和を愛するバカだよ」
「付き合いきれん…どうなっても知らないぞ!」
「苦労を掛けるな。これが俺と言うヤツだよ」
呆れるニーナの傍らでサフラは何故か微笑んでいた。
やはり僕はこの世界では異質な存在だ。
いや、異質だからこそ見えることもある。
きっと、コルグスとの出会いも何かの巡り合わせなのだろう。
今はまだこの世界に転生した意味が見出せていないものの、少しずつ前に進んでいる実感があった。




