シーン 32
ドワーフ討伐に向かう朝を迎えた。
時間は夜明けを迎える少し前、ちょうど辺りが白々と明るくなり始めた頃だ。
ニーナは知り合いのハンターから周辺の地図を受け取り現地までの案内役を務めることとなった。
彼女は地図と太陽の位置関係から大まかな方角を割り出して現在位置を確認している。
まるで船乗りのようだ。
僕とサフラはその後を追いながら周囲への警戒に務めた。
しばらくすると辺りの景色は一変する。
先ほどまで居たロックバレーの景色は徐々に荒涼とした荒地に変わっていく。
この辺りは帝都に通じる街道から離れているため人の姿はない。
代わりに筋肉達磨のような亜人たちが闊歩しているのでどうしてもその都度戦闘になってしまう。
戦闘と言っても僕らにしてみれば一方的な暴力だ。
そのため苦戦を強いられることはない。
どちらかと言えば群がる蝿や蚊を払うのと同じ感覚だ。
「歯ごたえがないな。まあ、楽が出来て助かるが」
「ゴブリンなんてどこに居ても同じさ。それより、キミの腰に差している短剣、なかなか出番が無いんじゃないか?使っているところを見たことがないな」
「そうだな。飾り程度に提げている感じだよ」
彼女が指摘する通り、まだ本来の「相手の剣撃をいなす」と言う用途で使う機会は少ない。
最初はこの短剣を盾の代わりに戦闘を組み立てようと考えていたが、実際に戦ってみると相手が近付いて来る前に事が済んでいる。
先日トンネルの中で戦った時はこれまでに経験のない圧倒的な数だったが、優秀な前衛たちが活躍してくれたおかげで結局出番は回ってこなかった。
しかし、銃撃を避けて近付いて来る相手の攻撃に対して咄嗟に対処ができるのか疑問は残る。
個人的にはあまり余計な心配事は作りたくない。
出来るならこのまま出番がない方がいいと思っている。
「それは勿体ないな。どうだ、私が稽古をつけてやろうか?」
「いや、遠慮しておくよ。本気でやったら殺されそうだ」
「ハハハッ、大丈夫だ、手加減はするよ」
「手加減か、考えておくよ」
いつも気になっていることだが、僕とニーナが話しをしている時のサフラは、普段にも増して物静かで大人しい。
直接確認したわけではないが、空気を読んで成り行きを見守っているらしく、必要な時にだけ参加すると言うことを徹底している。
女性は総じてお喋りが好きと言う印象だったが、サフラについて言えば例外らしい。
それでも僕と話す時には饒舌になることもあり故意に自制しているだけだろう。
僕にしてみればもう少し積極的になって会話を楽しんでもいいと思っている。
しかし、本人がそれを望んでいなければ無理強いをする必要はない。
そんな思いを知ってか知らずか、ニーナはよくサフラに話し掛けることがある。
ニーナにしてみればサフラに対して恋心に似た親しい感情を抱いているので、積極的に接したいと言う思惑があるようだ。
僕としては下手なことさえしなければそのまま見過ごすのだが、たまに出る過激な言動は毎回肝を冷やしつつ最大限の警戒している。
「サフラちゃん、荷物重たいだろう?私が持とう」
「大丈夫です。これも身体を鍛えるにはちょうどいいんですよ」
「健気だねぇ。ますますサフラちゃんのことが好きになってきたよ」
サフラは誰が見てもわかる程度に頬を赤らめている。
ニーナについては言葉の真意がどこまで本気なのかはわからないが、衝動的にサフラを連れ攫うのではと心配でならない。
彼女のことだから僕が気を許した隙に本気で実行しかねない危うさがある。
僕らはこの後ゴブリン、クローラー、コボルトと遭遇した。
ニーナの話ではそろそろオークが出没するエリアに入るらしい。
オークは身長が二メートルほどある大柄の亜人でゴブリンの上位種だと言われている。
その実力はゴブリンの上位種と称されるだけあり、一体でゴブリンの数体分に相当するらしい。
並のハンターでもオークを一人で倒せれば一人前と言われるほどで、ハンターの実力試験でもしばしば討伐対象に選ばれる強敵だ。
オークの中には人間から奪い取った武器を使う個体もあり、ボウガンや長剣を使いこなし兜や鎧も身に付けていたりする。
知能も人間並みに高くゴブリンよりも狡猾なので戦闘の際は細心の注意を払う必要があるようだ。
ニーナも過去に何度かオークとの戦闘を経験しているらしい。
三体程度なら同時に相手にしても平気で立ち回れるそうだ。
話をしていると視線の先にオークの姿を見つけた。
遠くからでもオークだとわかるのは全身が水色をしているからだ。
緑色が特徴のゴブリンに比べ水色の体色は荒野ではよく目立つ。
そのため注意さえしていれば発見するのは簡単だ。
オークが手にしているのは丸太で出来た原子的な棍棒だった。
鎧などの防具は装備していないが、腰に巻きつけた布で下半身を覆っている。
武器が棍棒と言うことで刃物に比べて殺傷力は劣るものの、全力で殴られれば頭蓋骨が粉々になるだろうとニーナは言った。
仮に鋼鉄製の兜を装備していたとしても衝撃で脳震盪を起こすか首の骨が折れてしまうだろう。
全身を強靭な筋肉で覆われているため存在自体が凶器と言っても過言ではない。
まともな力比べならオークに勝てる人間そうは居ないだろう。
オークは僕らに気が付くと棍棒を振り上げて迫ってきた。
背丈が高く鬼のような形相は威圧的で並みの旅行者なら恐怖で身を竦ませるだろう。
ニーナは僕らに手を出さないよう指示をして剣を抜いた。
彼女が持つのはオークションで落札したミスリル銀製のサーベルだ。
そして、ポシェットの中から投擲用のナイフを取り出しタイミングを計っている。
次の瞬間、ナイフを顔面に向けて思い切り投げつけた。
空を切ったナイフは狙い通り眉間の辺りを捉え深く突き刺さっている。
オークが傷みで怯んでいる隙にニーナは一気に間合いを詰めていく。
そして、剣先が届く射程距離に入ると走ったままの勢いを生かして脇腹、背中、首筋と連続で斬りつけて真横を通り過ぎた。
その動きはまるで踊っているように優雅で見ている僕らも見とれてしまうほどだ。
オークは首筋に受けた傷が致命傷になり断末魔の声を上げて倒れた。
「ふむ。このオークはまだ若いな。見た目の威圧感と実力がまるで伴っていない」
ニーナは倒したークを分析しながら眉間に刺さっていたナイフを抜き取り素早く降って返り血を払うとポシェットの中に戻した。
オークを三体相手にしても動じないとはよく言ったもので、自信があってこその堂々とした立ち振る舞いだ。
「ニーナさん、カッコイイです!」
「誉めてくれるのかい?嬉しいねぇ」
「踊っているみたいで、何て言うか、とても優雅な動きでした」
「そうかい?私はただ、オークの動きを封じる急所を狙っただけさ。最初に斬りつけた脇腹には細かな神経が集まっているし、何より狙いやすいんだ。背中もそう。背中の方は的が小さくて狙いにくいから、あまり知られていないようだけどね」
ニーナの解説にサフラは目を輝かせている。
どちらかと言えば、サフラはクオルのような力で圧倒するタイプではなく、ニーナのように素早さを生かしたタイプだ。
つまり、手本にするなら僕やクオルよりもニーナを参考にする方が適切と言うことになる。
「先を急ごうか。正午までには目的地に着きそうだ」
僕らはひたすら荒地を歩き続けた。
ニーナによれば目指している薬草の群生地はすぐそこだと言う。
そして、ようやく目的地にたどり着いた。
辺り一面には紫色の花をつけた薬草が咲き乱れ、ほのかにラベンダーに似た香りを漂わせている。
ニーナによると「ラベンディア」と言う品種で語感もラベンダーに似ていた。
この場所は大陸でも数少ないラベンディアの群生地だ。
「この近くにドワーフが居るのか?」
「情報によればこの辺りらしい。ただ、今のところ気配はないな」
「気配を悟られて別の場所に移動したのかもしれない。薬草採集だけが目的ならすでに用を済ませた可能性もあるな」
「とりあえず周囲を探してみよう。万が一見付けても深追いはしないこと。安全第一だ」
僕らは手分けをしてドワーフを探すことにした。
目的のドワーフに遭遇してもすぐに駆けつけられるよう、お互いにあまり離れないよう気を配っている。
そして、たまに手を挙げて合図を送り一目で無事が確認出来る工夫もした。
しかし、探すと言っても荒地には身を隠せる場所がほとんどない。
周囲にあるのは腰の高さほどある岩か立ち枯れた木の幹くらいだ。
そんな中、僕から数メートル離れたところで捜索していたサフラが突然悲鳴をあげた。
慌てて振り返ると身長が百三十センチほどの筋肉質の男がサフラの腕を取り、刃渡りが三十センチほどある短剣を突きつけている。
顔に蓄えた髭や体型の特徴から手配書に描かれていた男と一致した。
「誰だ!お前たちも私を殺しに来た人間か!?」
「その手を離せ!少しでも妙なマネをすれば殺す」
「妙なことを言う男だ。そんな位置から私を殺そうと言うのかね?人質も居ると言うのに」
「簡単なことだ。お前を殺すくらい造作もない」
捕らえられているサフラは何とか逃げ出そうと機会を伺っている。
しかし、思いのほか強く腕を掴まれているらしく逃げられない様子だ。
ここであることに気が付いた。
一つはドワーフと普通に会話が出来ると言うことだ。
これまで戦ってきたゴブリンやオークは一切言葉を話すことはなかった。
その点からドワーフは人間と近しい存在と言うことになる。
そして、他にも気になったことは事前に聞いていた血を好む残忍な性格とかけ離れていると言う点だ。
ドワーフの特徴が話に聞いた通りであれば、血の気を好む恐ろしい亜人でなければならい。
もしそうであれば、わざわざ人質を取ると言う面倒なことをするだろうか。
事前に聞いていた特長通りなら、そんな面倒なことはせずそのまま殺してしまうはずだ。
人質という面倒な方法を取るのには何かの意図があるのだろう。
だから、僕もすぐに銃を使って命を奪うことはせず、対話によってこの場を治められないか試みてみることにした。




