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シーン 31

 翌朝。

 客室のドアを叩く音に起こされた。

 ドアを叩いたのはニーナだ。

 時間はまだ町が活動を始める少し前。

 現代の時間に改めるなら午前六時くらいだろうか。

 僕は眠い目を擦りながら渋々部屋のドアを開けた。


 「…何だよ…朝っぱらから」

 「ん?何だ、寝ていたのか。それは悪いことをした」

 「…悪いと思うなら帰ってくれ。俺は二度寝する…」

 「コラコラ!朝からこんな美人がモーニングコールに来たんだ、少しは喜んだらどうだ?」

 「…生憎だが眠たくてそんな気分じゃない…用がないなら帰ってくれ…」


 別にモーニングコールを頼んだわけではないのでこのまま帰ってもらっても一向に構わない。

 むしろ安眠を妨害されたのだからいい気はしないと言うのが本音だ。

 それに今すぐ話さなければならないことならまだしも、そうでないなら日を改めて欲しいところだ。


 「まったく…キミはマイペースだな」

 「寝ているのにお構いなしでやって来るヤツに言われたくないぞ」

 「酷い言われようだな。キミにとって必要であろう情報を持ってきたんだが…そうか、眠りたいなら眠ればいいさ」


 そう言ってニーナは背を向けた。

 しかし、そこまで聞いて本題を聞かないと言うのは後味が悪い。

 このまま二度寝をしても安眠できそうになかった。

 

 「…ちょっと待て。用件があるのならハッキリ言え。そこまで言われて帰られたら気になって眠れない」

 「ほう、それが人にモノを頼む態度か。我ながら心の狭い友人を持ったものだよ」

 「心が狭いのは余計だ。で、用件はなんだ?」

 「わかったよ。話と言うのはトンネルの件だ。二日前に私たちが戦って落盤が起きただろう?おかげで二、三日工事が必要なったらしい。だからしばらく通行止めになるそうだ。今朝から旅立つつもりなら必要な情報だろう?」

 「そう言うわけか。通れないのであれば仕方ないな…。正直なところそのつもりだったんだ。無駄足にならなくて助かったよ」

 「だろう?つまり、これでもうしばらくこの町に留まることが決まったわけだ」


 そう言ってニーナは悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

 別にこれはニーナに限ったことではないがこの手の笑みを浮かべるタイプはロクなことを考えていない場合がほとんどだ。

 むしろ厄介事ではなかった試しなど二十年近く生きて一度もなかった。


 「…用件を言え。事と次第によっては断らせてもらう」

 「予防線を張られたか、まあいい。用件と言うのはこれだ」


 ニーナはポシェットの中から皺だらけになった紙切れを取り出した。

 無造作に収納されていたのであまり大事な物ではなさそうだ。


 「何だこれ…手配書?」

 「見たままの物だよ。ハンターギルドが一般向けに依頼を出す討伐対象の手配書だな」

 「それで、何でこんな物を見せる必要があるんだ?」

 「私とキミの仲だろう?言わなくてもわかると思ったのだがな」

 「…討伐の協力ならしない。他を当たってくれ」


 それだけ言ってドアを閉めてやった。

 廊下からはニーナの慌てた声が聞こえてくる。

 このまま鍵を掛けてしまえば部屋に入ることはできない。

 大人しく諦めてくれれば二度寝が出来そうだ。

 しかし、ニーナはドアをドンドンと叩いて開けろと催促してきた。

 あまり騒ぎ立てるとサフラが目を覚ましてしまう。

 仕方がないのでドアを開けてやった。


 「まったく、キミというヤツは…。こんな仕打ちを受けたのは初めてだよ」

 「そうか。それはいい経験になったな」


 そう言って再びドアを閉めてやった。

 さすがに二度目となれば動揺も少ないだろう。

 これで待望の二度寝だ。

 そう思っていた矢先の出来事だった。

 ドアから刃渡りが二十数センチはあろうかと言う刃物が生えている。

 一瞬「こんなオブジェはあっただろうか?」と一瞬現実逃避をしてみたが、同時に背筋が冷たくなるのを感じ現実に引き戻された。

 同時にドア越しから突然のカウントダウンが聞こえてくる。

 素直に開けなければ命が危ないと本能が告げた。

 しかし、この状況では今さら開けたところで危険かもしれない。

 それでも開けないより多少はマシだろう。

 カウントダウンが終わるギリギリまで我慢して恐る恐るドアを開けた。


 「ふむ。惜しい…」

 「何が惜しいんだ!冗談にも程があるだろう!!」

 「決まっているだろう?粛清してやろうと思ったんだ」


 口元は笑っているが目は座っていた。

 わずかに殺気のような気配が漏れているのを肌で感じる。

 「コイツはマジだ!」と脳内では危険を知らせる鐘が絶え間なく鳴り響く。


 「…やめてください、ごめんなさい。目が笑ってないです」

 「ふむ、素直に謝られては無碍に怒るわけにもいかないな。まあいいさ。それより討伐の件だが何もすぐに返事をしろと言うわけではないよ。サフラちゃんと相談して決めるといい。話はそれだけだ。また時間を見て確認に来るよ」


 ニーナは僕の肩をバンバンと叩き上機嫌になって自室へと戻っていった。

 一人取り残された僕はようやく過ぎ去った嵐の背中を見送りゆっくりドアを閉め大きな溜め息をつく。

 気持ちが落ち着いたところでベッドに腰を下ろしニーナが置いていった手配書に目を落とした。

 そこには似顔絵とともに懸賞金の額面とCランクと言う討伐難易度、それに出没場所などが記されている。

 似顔絵の感じから人間に良く似た目つきの悪い男が描かれていた。

 似顔絵のイメージから骨が太そうな骨格と筋肉質な印象を受ける。

 おそらくこれがドワーフなのだろう。

 下段には小さな文字で対象についての情報が記載されていた。

 情報によればこの町から北に半日ほど歩いた荒野に一ヶ月ほど前から当該の討伐対象が棲みついているようだ。

 また、少なからず被害者も出ているらしい。

 ドワーフが出没するエリアは乾いた荒れ地でしか育たない珍しい薬草が群生しているらしい。

 ドワーフはそれを狙って現れたようだ。

 この薬草は鎮痛作用に優れ冒険者が好んで愛用している。

 ちなみに先の戦いで負傷したダイドに使用したのもこの薬草を原料にした物だ。

 今回は相手がドワーフと言うこともありギルドとしては早急に対処したいのだろう。

 人間とドワーフにどのような因縁があるのかは知らないがドワーフのことを詳しく知るいい機会かもしれない。

 サフラが目覚めるまでの間ずっと手配書を見ながら物思いに更けた。


 サフラはいつもの時間に目を覚まして大きな伸びをする。

 昨晩はグッスリと眠れたらしい。

 寝起きなのでニーナの依頼は彼女が落ち着いてから話すことにする。

 身支度をしていつものように部屋で朝食を済ませた。


 「サフラ、ちょっといいか?」

 「どうしたの?」

 「今朝、ニーナが来てこれを置いて行ったんだ」

 

 僕はサフラに手配書を手渡した。

 彼女はそれを真剣な様子で眺めている。

 そして、暫く思案してから口を開いた。


 「…このドワーフをニーナさんが狙ってるんだよね」

 「そうだな」

 「ランクはC。危険…だよね」

 「そうだな」

 「お兄ちゃんはどう思っているの?」

 「本音を言えば戦いたくはない。危険だからな。だけど、この先ずっと関わらずに居られる相手ではないと思っている。だから、この際ドワーフってヤツをこの目で見たいと思うんだ」

 「私もね、ドワーフは見たことがないの。ほら、彼らはノースフィールドに住んでいるから。基本的に私たちの暮らす地域とは別だし」

 「北の地は寒いんだったな。確かドワーフは地底に暮らしているって聞いたけど、実際どうなんだ?」

 「うん。地下にトンネルを掘って暮らしているんだって。私もそうやって聞いただけなんだけどね」


 二人の認識はここまでだ。

 ドワーフがどれほど危険なのかと言う知識は一切ない。

 一つわかっているのはドワーフも人間と同様にエルフを敵対していると言うことだ。

 それ以前に何故三者が争っているのだろうか。

 まずはそこから学ぶ必要がありそうだ。

 サフラに聞いてみたところ「古の時代」から争いが絶えなかったということしか知らないらしい。

 小難しい歴史の知識と言うより昔話の一説として覚えている感じだ。

 相手のことはよく知らないが「危険と聞いているから近寄らない」そんな認識だった。


 「お前はドワーフをよく知ろうと思ったことはないか?」

 「うーん…思ったことはないかな。ほら、ドワーフが「悪」って言うのは常識だからね」

 「それは乱暴な考え方じゃないか?でも、それが一般的な認識と言うことか。じゃあ、こう考えたことはないか?ドワーフは実は優しい種族だった、とかさ」

 「うーん…そう考えたことはないかな。ほら、この手配書に書かれている似顔絵、すごく恐そうでしょ?これを見たら優しい何て思わなよ」

 「なるほど…確かに、言われてみれば凶悪そうな顔をしているな」


 手配書の男は揉み上げと繋がった立派な髭を蓄え、顔の半分以上が毛に覆われている。 

 一見すれば熊のようにも見えた。

 ある程度誇張して描かれているとは思うが、目付きの鋭さとあいまって、似顔絵の人物は凶悪犯そのものだ。

 この絵を描いた絵師に直接話を聞けば早いのだろうが、手配書を見る限りでは、畏怖や恐怖の印象しか感じられなかった。

 もちろんこれを見てドワーフが優しい種族などと言う幻想を抱くのは難しい。

 しかし、僕は元々この世界で育ったわけではなく、現代社会の中で見て感じて経験したことを大切にしたいと思う。

 この思いをサフラと共有ができないか考えてみた。


 「俺はさ、この国の生まれじゃないから、ここの常識とは少し認識が違うんだ。そりゃ、全てが敵だと思えば何もかも悪く見えてくるけど、日本の常識に当てはめれば、まずはその常識を疑いたくなるんだよ」

 「うん。私はお兄ちゃんがそうしたいってい言うならこの話受けてもいいって思うよ。お兄ちゃんに何かあったら私が全力で守ってあげるね」

 「頼もしいな。まあ、お前の手を煩わせることはないと思うけどな。わかった、そうと決まればニーナに話をしてみよう」


 ニーナが僕らの元に訪れたのは正午を過ぎてからだった。

 午前中は町の中を歩き回りドワーフについての情報を集めていたらしい。

 ついでに温泉にも入っていたらしくサッパリした顔をしている。


 「ニーナ、今朝の件だけど二人で相談したんだ。協力するよ」

 「そうか。キミならまだしも、サフラちゃんならわかってくれると思っていたよ」

 「お前…だからあの場ですぐに答えを求めなかったのか」

 「どう取ってもらっても構わないよ。ね、サフラちゃん」

 「は、はい。私も、ドワーフは見たことがないので、一度見てみたいと思っていました」

 「そうか。実を言うと、私もヤツらを見たことがないんだよ。話に聞くドワーフ像はどれも凶悪だろう?それほど危険な相手なら一度手合わせしてみたと思ってな」

 「そういうことか。お前もクオルとよく似てるところがあるよな」

 「冗談はよしてくれ。ただ、私としては協力が得られて嬉しいよ。では早速だが明日ヤツが目撃された場所に行ってみよう。今日は準備をするなり休むなりして明日に備えるんだ」

 「わかった。必要な物があったら言ってくれ。可能な限り揃えておくよ」


 新しく情報を仕入れてきたニーナによれば、ドワーフが居る場所まで町から歩いて半日ほどの距離らしい。

 つまり単純に往復するだけでも一日近く掛かることになる。

 馬車でも使えばもう少し早く移動できるが、そんな高価なものを所有しているはずもない。

 現場も街道から離れているため同行する商人など居るはずもなく、考えるだけ無駄なことだ。

 そのため万が一に備えて野宿に必要な準備をするようにと言われた。

 基本的には食料と水、それに防寒具を事前に用意しておくことになる。

 他にも突然の雨に備えた雨具と着替えがあると便利のようだ。

 この他に必要な小物類はニーナが集めてくれるらしい。


 準備をするサフラは遠足にでも行くような子どものように楽しげだった。

 それを横目に僕は少し身の引き締まる思いだ。

 現地では何が起こるかわからない。

 最悪の事態を想定すればバレルゴブリンとの戦いで負傷したダイドのようになる可能性もある。

 だから出来る限りの準備をしておいて、それでダメなら諦めもつく。

 念入りに荷物を確認すると少し早めに休んで明日の出発を待った。

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