シーン 26
足元には倒したゴブリンの死体が無数に転がっている。
おかげで足場は悪く注意しなければならない。
そんな中、背後から気配を感じた。
サフラもそのことに気が付きスティレットを握り締めている。
現れたのは遅れてやってきた仲間のゴブリンだった。
まだ状況が理解出来ていないらしく混乱している様子だ。
サフラは鍛冶屋の店主に貰った鉄製のナイフを取り出し左手に構えた。
スティレットとナイフの両手持ちになった彼女は体勢を低くして駆け出す。
コブリンは対応が遅れ立ち尽くしたままになっている。
しかし、すぐにゴブリンは持っていた棍棒を振り上げサフラに襲い掛かった。
僕は思わず加勢しようと思ったが射線上にサフラの姿があり助けることができない。
サフラは右手のスティレットで棍棒を受け流すと左手のナイフで横腹を切り裂いた。
それを見た瞬間僕の心配は杞憂に終わる。
ナイフの切れ味は想像以上でゴブリンは切られた脇を抱えて動きを止め、サフラは容赦なくスティレットを背中から心臓に突き立てた。
彼女にとってこれが初めての戦闘だったが臆する様子はない。
むしろ、これだけ淡々と仕事をこなす姿に感動さえ覚える。
「ふぅ…」
「サフラ、お前本当に今回が初めての戦闘か?」
僕は思わず思ったことを口にした。
それを聞いてサフラは元の位置に戻りながら答えた。
「うん。ここが薄暗いおかげかな?本当なら怖いはずのゴブリンの顔が見えにくいから平気だったよ」
「そうか…でも、慣れた頃が一番危険だからな?」
「うん、気をつけるね!」
僕らが話をしている間にも戦いは続いている。
そんな中クオルとダイドの会話が聞こえてきた。
「…ふむ、歯ごたえがないな。本当にこんなヤツらにエヴァンスたちがやられたって言うのか?まったく、油断しやがって…」
エヴァンスと言うのは先のバレルゴブリン討伐で戦死したハンターの名前だ。
クオルより五つほど年上だがハンターに登録した時期が重なり同期という扱いになっている。
ダイドにとっては後輩にあたる人物だ。
実績もかなりありギルドからの信頼も厚かったと言う。
クオルも彼には心を開いておりいくつもの戦線を共に戦った同志だったようだ。
「クオル、余計なことを考えるな。悪い癖だぞ」
ダイドはゴブリンを斬り伏せながら彼に注意を飛ばす。
ただし、顔を見ることはなく目の前の敵を黙々と斬り捨てている。
その振る舞いに隙はなく相対するゴブリンは一太刀も浴びせられないまま断末魔の悲鳴を上げるばかりだ。
「ダイドさんは真面目だなあ。こんな相手、目を閉じてても倒せますよ?」
そう言って本当に目を閉じゴブリンを次々に斬り伏せていく。
一見、無謀にも思える戦い方だが彼は敵の動きを気配で察知して事前に行動を予測できるらしい。
この方法なら例え暗闇の中でも戦うことができる。
ニーナもまるで背中に目が付いているような独特な戦い方だ。
どうやら彼女も気配を察知して戦うことができるらしい。
さすがに僕はそこまでの域に達していたいため今のところ暗闇の中で戦うことはできない。
そのため確実に仕留められる相手だけに的を絞って引金を引いていく。
サフラは背後に注意しながら前衛の戦いを見守っている。
その横顔に緊張した様子はなかった。
きっと、先ほどゴブリンを倒したと言う自信から恐怖心を感じていないのだろう。
実際この戦いがここまでスムーズに運んでいるのには一つの理由があった。
戦闘が始まる直前にダイドはポシェットから「テニスボール大の球体」をゴブリンの中心に投げ込んだ。
これは炸裂するとゴブリンが嫌う匂いを撒き散らす「匂い玉」と呼ばれる道具だ。
この匂いを嗅いだゴブリンは動きが鈍くなり注意力も普段より散漫になるらしい。
それを証拠にゴブリンたちは統制力を無くし浮き足立っている。
匂いの主成分は桧のような樹木から抽出したオイルで人間には無害な代物だ。
このオイルには殺菌効果もあり悪臭を中和する効果もある。
匂い球が炸裂した瞬間には桧風呂のような匂いもした。
おかげでトンネル内に充満していた腐臭がいくらか浄化されたような気がする。
「クオル、ヤツらの動きがおかしい、注意しろ!」
最前線で戦っていたダイドがクオルに注意の檄を飛ばした。
ダイトが指摘した通り、つい先ほどまで浮き足立っていたゴブリンたちの動きが少しずつ機敏になってきている。
その様子は何かに怯えているようにも見えた。
「おいおい、マジかよ!こいつはヤバい気配だ。コ間違いない、お目当ての化け物だぞ!」
クオルが闇に目を凝らすと並のゴブリンとは違うシルエットが浮かんできた。
まだ完全に姿は見えていないがバレルと呼ばれるのに相応しい樽型の体形で天井に届くかと思われるほど巨大な身体をしている。
「…くッ、ここまで巨大なゴブリンが居たとは!」
「なんだアイツは!大きさが尋常じゃないぞ!!」
ダイドは恐ろしさに身を震わせた。
ニーナも自分の目が信じられないなと言った様子だ。
そう感じるのも無理はない。
頭がトンネルの天井に届くのではないかと言うほど巨大だった。
正確にはわからないが身長は三メートルをゆうに超えているだろう。
また、名前の由来になった体型は胴回りが風船のように膨れた肥満体型だ。
手には情報の通りツーハンデッドソードを携え醜悪な形相でこちらを見据えている。
その立ち姿は日本のおとぎ話に登場する「鬼」のようだった。
虎柄のパンツや角こそないが、手にした巨大な剣を軽々と振り上げこちらを威嚇している。
「…来るぞ、避けろ!」
いち早くニーナが周りに注意を呼び掛ける。
それとほぼ同じタイミングでバレルゴブリンは剣を勢いよく振り下ろした。
剣が振り下ろされた場所の近くには数体のゴブリンが居たがバレルゴブリンは構わず八つ裂きにする。
トンネルの中に巻き添えになったゴブリンの断末魔が響いた。
他のゴブリンたちは仲間が同士討ちになったことをあまり気にはせず前線に立つ二人の元へ我先にと群がっている。
状況から察するにバレルゴブリンに対する恐怖心から我を忘れているらしい。
バレルゴブリンに殺されるくらいなら玉砕する覚悟のようだ。
「仲間でもお構い無しかよ!」
「クソッ、雑魚が邪魔で近付けない」
「みんな、陣形を乱すな!雑魚を優先して倒すんだ」
「俺が援護する。群からはぐれたヤツは任せろ!」
それぞれバレルゴブリンの不意な攻撃に備えつつ次々にゴブリンを狩っていく。
僕は全体を見渡しながら集団から離れたゴブリンを狙い撃ち、牽制を兼ねてバレルゴブリンの腹に銃弾を数発撃ち込んだ。
しかし、弾は貫通せず分厚い皮下脂肪が邪魔をして致命傷にはならい。
「レイジ、ヤツに弾は効かないらしい。私たちの援護に回ってくれ!」
拳銃は元々人間用に開発されたものなので人智を超えた怪物には効かないらしい。
正確に急所を撃ち抜くことができれば倒すことも出来るはずだが、周りにいるゴブリンが邪魔でなかなか集中が出来なかった。
その間にもトンネルの奥から新たなゴブリンが湧き出してくる。
これではいくら精鋭のハンターを送り込んでも討伐は難しいだろう。
長期戦になれば数の利があるゴブリンが優位だ。
ただ、ゴブリン一体ずつの能力は低く前線の二人が次々に斬り捨てていく。
「…ハァハァ…切りがない…」
「ダイドさん、飛ばし過ぎだ!」
「…若いのに心配されるようじゃあ、俺もまだまだのようだな…」
「ダイドさん、危ない!」
僕が声を掛けた直後、バレルゴブリンが振り下ろした大剣がダイドを襲った。
きっと並みの攻撃ならば冷静に対応出来たのだろう。
いつものように左手の盾で受け流したに違いない。
そこからすぐさま反撃に転じる、そう言う算段だったと思う。
ダイドは反射的に盾で剣戟を受けた。
しかし、馬車すら両断する一撃は盾の装甲をものともせずそのままの勢いを保ったまま地面に向けて振り抜かれた。
ダイドは辛うじて即死を免れたものの左腕の二の腕から下が切り落とされている。
「う…うあぁぁぁッ!」
洞窟の中にダイドの悲鳴が響き渡る。
腕は一瞬で切り落とされたためすぐに痛みが襲わず、地面に落ちた自分の腕を見てようやく痛みを自覚したようだ。
切り離された腕からは大量の血が流れ出している。
すぐに止血しなければ命が危ない状況だ。
戦場に言い知れない緊張が走った。
「ダイド!早く戦線を離れるんだ!!」
「俺が援護する、クオル、ダイドさんを頼む!」
「任せろ、うおぉぉぉッ!」
クオルは叫びながら敵陣で孤立するダイドの救出に向かった。
動けないダイドに群がるゴブリンは僕が後ろから撃ち倒している。
クオルは真っ赤に焼けただれる刀身を振るって進路を切り開いた。
ゴブリンたちは真っ赤な刀身に身体を焼かれた仲間を見て危険を感じわずかに距離を取っている。
クオルはこのチャンスを見逃さずダイドを抱えて後方支援をする僕らの方へと駆けてきた。
「クソ…出血が酷い。サフラ、止血する。それまでの間、援護を頼む」
「う、うん、わかった!」
サフラが盾になっている間に僕は止血用の布で二の腕を強く縛り、鎮痛作用のあるハーブをダイドに飲ませてやった。
ハーブは即効性がしばらくすれば痛みは引いていく。
ただ、一時的に痛みを和らげるだけなので根本的な解決にはならない。
問題は斬られた傷口だ。
止血のために布を巻いているため出血は止まっている。
それでもこのままでは容体が悪化する危険があった。
傷口から細菌が入り込むことも予想されるため何とかして適切な処置をしなければならない。
「…ダイドさん、悪いッ」
クオルはそう言って真っ赤に燃える刀身をダイドの傷口に押し当てた。
燃え盛る刀身が傷口を焼いていく姿は見るに耐えない。
白い煙があがり傷口が姿を変えていく。
「ぐあぁぁぁッ」
トンネルの中に再びダイドの悲鳴が響く。
思わず目を背けたくなる光景だ。
しかし、クオルは取り乱すことなく作業を続ける。
僕はようやく理解した。
これは今出来る最良の処置なのだと。
「…そうか、傷口を焼いて止血を」
「今はこれしか方法がないんだ。ダイドさん、命があっただけでもラッキーだと思ってくれ」
傷口が焼かれたことで布による止血がなくても出血が止まった。
あまり良い治療法とは言えないが今はこれしかないと言うのも事実だ。
ダイドは苦悶の表情を浮かべ辛そうに呼吸をしている。
それでも、喉の奥から搾り出した小さな声でクオルに礼を言うと、気力が尽きて一時的に意識を失った。




