シーン 24
夕方。
ニーナは見覚えのある男を連れて戻ってきた。
彼女の横に居るのはこの町へ初めて来た日ハンターギルドの前で因縁を吹っ掛けてきたハンターの男だ。
男は僕の顔を見ると急に顔を曇らせた。
その表情は一目で不機嫌そうだとわかるほどはっきりしている。
しかし、僕は特に気にしていない。
間にニーナが居るからだ。
もしこれが偶然にも町中で再び出会っていたとしたら険悪な雰囲気になっていたかもしれない。
もちろん、僕が先に仕掛けるのではなく相手の方から因縁を吹っかけてくるパターンになるだろう。
「二人とも、遅くなった。こいつが先ほど話したハンターのクオル。クオル=レスターだ。二人は顔見知り…だったな」
「まぁ、そうなるな」
「…ニーナの言っていた凄腕の男、貴様だったのか」
「また会ったな。もう会うことはないと思っていたが」
「それはこちらのセリフだ。まったく…」
お互いに悪態を付きつつ視線で牽制しあった。
クオルは敵意を剥き出しにいているがすぐに噛み付いてくると言う気配はない。
それでもあまり居心地がいい状況ではないのは言うまでもない。
できることならサフラと二人でこの場を立ち去りたい気分だ。
サフラもどこか警戒しているらしく少し表情が強張っている。
「やめておけ、二人とも。私たちは同じ志を持った同志だ。余計な争いは起こさないでくれ」
「俺は別にそんなつもりはないんだがな。無理をしてバレルゴブリンを倒そうなどとも考えていない。ニーナがどうしてもと言うからわざわざこんなところまで来てやったんだ」
クオルは不機嫌な気持ちをあらわにした。
彼の気持ちがわからないわけではない。
むしろ同じ気持ちだった。
「…不本意だが俺もこの男と同感だ。俺もサフラを危険に晒したくはないんでね。クオル、お前がどれほどの実力の持ち主かは知らない。だが、協調性を乱すようならこの話はなかったことにさせてもらう」
「ほぉ、言うじゃないか。この場で決着をつけてやってもいいぞ?」
「望むところだが?」
売り言葉に買い言葉とはこのことだ。
こう言った相手には自分を低く見せると後々面倒なことになる。
時には天狗の鼻を折ると言うことも必要だろう。
その気になればすぐに銃を抜いて眉間を打ち抜くことだってできるのだから。
要は相手の出方次第で全てが決まると言っても過言ではない。
今の僕は少々気が立っている。
だから不快感を殺気に変えて思い切り彼にぶつけた。
「バカ者、いい加減にしろ!」
突然ニーナがクオルの頭にゲンコツを一発お見舞いした。
責められたクオルも先ほどまでの勢いは失くし子犬のような目でニーナを見ている。
どうやらこの二人の間には主従関係がはっきりと構築されているらしい。
もちろん誰がどう見てもニーナの立場が上だ。
牙を折られた獣のように凄味をなくしたクオルはただのどこにでも居る青年になってしまった。
そんなやり取りが面白かったのか黙ってやり取りを見つめていたサフラが小さく笑った。
ただし、楽しそうに笑っているサフラの手は短剣の柄に掛けられている。
もし、このまま厄介ごとが起きればすぐさま加勢に入るつもりだったのだろう。
ニーナもそのことには気づいていたらしくいち早く仲裁に入ったようだ。
「…すまんニーナ。つい熱くなった」
「ついじゃない!まったく、約束と違うじゃないか。本当に手の掛かるヤツだ。話がややこしくなる、お前はしばらく黙ってろ」
「あ…あぁ…」
ヘビに睨まれた蛙とはこういうことを言うのだろうか。
クオルはすごすごと後ろに下がり背中を向けて座り込んでしまった。
自分は話に関わるべきではないと理解しての行動だろう。
何故か長身のクオルの背中が小さく見えた。
「さて、話を先に進めよう。まずはこいつを選んだ経緯から説明した方がいいか?」
「そうだな。どんな剣を使うのか、そう言ったところから説明してもらえるとありがたい」
「わかった。少し長くなるから座って話そう」
まず、ニーナはクオルとの出会いから話し始めた。
二人の出会いは今から約一年前のこと。
出会った場所は帝都から半日ほど歩いた町にあるハンターギルドだったと言う。
ニーナはいつものように懸賞金を受け取りにギルドのカウンターに立っていたらしい。
それを後ろで見ていたクオルが因縁を吹っ掛け口論になったようだ。
この辺りは僕と彼の出会いに良く似ている。
どうやら誰彼構わず因縁を吹っかけているらしい。
それからすぐに実力を試すようにお互いに剣を交えニーナがクオルを切り伏せたと言う。
しかし、この時のクオルは左腕を負傷していたらしく満足に力が発揮できなかったらしい。
ニーナも彼が本気でないことを感じていたためお互いに全力でぶつかることはなかった。
もし本気同士でぶつかっていたら死人が出ていたらしい。
それから二人は何度かハンターギルドで顔を合わせることがあった。
この頃には交流のあるハンターからクオルの噂を耳にしていたためニーナも彼に興味を持っていたそうだ。
ただ、見ての通りコミュニケーション能力に難がありあまり積極的に関わりたいとは思って居なかったらしい。
クオル自身はある時期からハンターの中でも名の知れた実力者として認識されるようになったと言う。
きっかけはハンターギルドが「Bランク」に指定していたエルフを倒したことに起因している。
エルフ族は人間やドワーフでは扱えない魔法を使い一体だけで並みの実力を持ったハンター数人と互角に渡り合うとされている。
その中でも剣術と魔法を操るエルフはBランクに属しハンターの中でも単独で倒せる者はそれほど多くはないと言われるほどの強敵だ。
そんなエルフを辛くも討ち取ることに成功したクオルはいつしか「エルフキラー」と呼ばれるようになり知名度を上げていたと言う。
また、彼はエルフから戦利品として奪った「ブレイズソード」と言うミスリル銀製の剣を所持している。
ミスリル銀はテイタンと対をなす希少な金属でテイタンと同等の強度を誇りエルフ族が好んで利用する。
その製造法は謎とされエルフ族にしか精製できない貴重品だ。
また、ミスリル銀を用いた剣に特別な呪文を刻印することでさまざまな能力を付与することができるらしい。
クオルが持っている剣には古代文字を用いた魔法の術式が施され筋力を何倍にも増幅させる能力と炎を自在に操る魔力が込められている。
これにより念じるだけで刀身は炎を纏い、腕力を強化することで並みのハンターと比べ数倍の威力を持った剣を振るうことができるらしい。
その一撃は一振りでオークを切り裂き、厚さ一メートルほどある分厚い岩をバターのように溶断すると言う。
高温になる刀身は鉄さえも溶かすほどだ。
「なるほど、話はわかった。では、クオルに前衛を努めてもらい、俺たちが仕留めるという作戦か?」
「悪くない作戦だな。私は正直、彼と私だけでも倒せるんじゃないかと期待はしているんだがね。個人的にはキミの力を借りて確実に仕留めたいと思っている。どうだい、改めて聞くが協力をしてくれないか?」
「…お兄ちゃん、私も微力だけれど協力するね」
最後の一押しはサフラの一言だった。
彼女の中では討伐に参加する気でいたらしい。
これで退路は塞がれたことになる。
僕は覚悟を決めると大きく息を吐いた。
「…わかったよ。まさかサフラにまで背中を押されるとはな。ただし、危険だと思ったら深追いせず撤退する。これが俺が提示する条件だ。飲めないなら断らせてもらう」
「それはもちろんだ。私も力押しで無理やり済ませようとは思っていないさ。そのあたりの配慮はわきまえているよ」
「わかった。それなら話を先に進めよう。出発する日時なども決めないとな」
話し合いの結果バレルゴブリンの討伐は明日の正午と決めた。
残りの時間は準備や身体を休めるなどの時間にあてる。
ニーナは今夜の夕食時にメンバーの親睦を深めようと食事に誘ってきた。
しかし、クオルは聞く耳を持たずこの話は流れることになる。
前評判の通りコミュニケーションの難があるのは間違いなさそうだ。
僕も酒の入った席では血の雨が降る予感がしたため今回ばかりはクオルの身勝手さに感謝した。
経験上性格の合わない者同士が一緒に居るのは気苦労が耐えない。
きっと、クオルもそのことを理解しているためお互いに一定の距離が保てるよう身勝手に振舞っているのだろう。
彼自身、もう少し素直になれたらもっと違った生き方が出来るとは思うものの今さらそれを伝えたところで遅い様な気もする。
身内事ではないためあまり深く関わっても特に利益はないだろう。
この仕事が終われば再び他人に戻るのだから。




