シーン 22
しばらくすると料理が運ばれてきた。
昨日の酒場とは違いイタリアテイストの鮮やかな料理が皿に盛られている。
真ん中に置かれた皿にはパスタとピザ、それと各々にサラダとスープが付いたディナーセットだ。
続けて別の店員が葡萄酒の入ったボトルとグラスを三つ持ってきた。
服装や雰囲気から察するにソムリエなのだろう。
「さぁ食べよう。これは西の果てにある港町の料理さ。二人とも遠慮なく食べるんだよ」
「私、真ん中のお皿の料理初めて見ます」
「パスタとピザか。魚介が乗っててウマそうだな」
「レイジは料理にも詳しいのかい?」
「あぁ、たまに食べる機会があったからな」
「ふむ…まぁいいさ。何だか私もキミの言動にあまり驚かなくなってきたよ」
「慣れてきたんだろ?気にするだけ無駄だよ」
きっと、ニーナの中で僕に対する認識がめまぐるしく変わっているのだろう。
普段クールなニーナも少し動揺した様子で目が笑っていない。
「そうだ、レイジ。キミは葡萄酒を嗜むのかい?」
「いや、飲んだことはないよ。日本では二十歳を過ぎるまでは飲んではいけない決まりだったんだ」
「へぇ、それはもったいないな」
「若いうちから飲むと頭がバカになりやすいそうだ。まぁ、飲む量にもよると思うがな」
「お酒は二十歳を過ぎてから!」と言う常識はこの世界にはないらしい。
男女は共に十六歳で一人前の大人と認められるので酒はその頃から解禁されるそうだ。
サフラはまだ飲めいためニーナが無理に勧めると言うことはなかった。
変わりにと言わんばかりにニーナはグラスに並々と注がれた葡萄酒を差し飲めと催促してくる。
そんな姿を見て少し引いてしまった。
「さぁ、飲め!」
「お…おぅ」
正直、酒を飲むのは今回が初めてだ。
両親共に酒は嗜むタイプだったので遺伝的に見ても酒に弱いとは考え難い。
仮に飲めなければニーナに何を思われるか少し気になるところではある。
余計な事を考えながらグラスを口に運んだ。
「…ん?ウマい」
「そうだろう。なかなかイケる口じゃないか。ほら、開けた開けた」
促されるままに飲み干すと次の葡萄酒が注がれた。
あまりアルコールは感じない。
ニーナによればこれくらいが普通だと言う。
中には度数の高めのモノもあるらしいが幸か不幸かこの店には置いていないらしい。
話をしながらの夕食は楽しかった。
ただ、途中から楽しくなり過ぎて実はほとんど記憶がない。
「…キミ、飲み過ぎだぞ?」
「だ~いじょ~ぶだって」
「いやいや…大丈夫には見えないから…。悪いことは言わない、止めておけ」
これが最後に交わした会話の記憶だ。
呂律が回っていないのは否めないが気分が高揚していたのでまったく気にならなかった。
そして今、僕は宿のベッドで横になっている。
頭痛がして頭が重い。
おまけに少し吐き気もある。
これが二日酔いと言うものか。
初めての体験は異世界の酒場なのでとても印象深いものになった。
もちろん悪い意味で。
痛む頭に手をやりながらベッドの傍らに視線を移した。
サフラは不安そうな顔をして僕の顔を覗き込んでいる。
正直ここまでどうやって帰ってきたのか覚えていない。
途中で粗相をしていなければいいが不毛なので考えるのは止めておこう。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「…ん、あぁ…心配かけたな」
「はい、お水」
「すまん…」
「無理しないでもう少し休んだ方がいいよ。ニーナさんも昨日は少し飲み過ぎちゃったみたいで、まだ寝てたから」
「そっか…悪いな」
「気にしないで。私ももう少し休むね」
再び身体を横にするとすぐに睡魔が襲ってきた。
次に目が覚めたのは正午を少し過ぎたと頃だ。
よく眠れたので二日酔いの不快感は和らいでいる。
少し頭がぼんやりするのは眠り過ぎたからだろう。
これなら無理さえしなければ活動に支障はない。
サフラはソファーに腰を掛け小さく寝息を立てていた。
結局、夕方近くまでゆっくり身体を休めて宿を出た。
目的はもちろん鍛冶屋に行くためだ。
そろそろ注文しておいた品物が出来ている頃だろう。
サフラは高ぶる気持ちが抑えきれないのか心なしか早足で先を急いでいる。
鍛冶屋に着くと店主が出来上がったばかりの短剣を眺めうっとりとしていた。
まるで我子を愛しむ父親のような優しい顔だ。
「おぉ、ニーナとお二方。待ってたよ」
「完成したんですね!」
「おうよ!嬢ちゃんのために丹精込めて仕上げておいたよ」
「ありがとうございます!」
「何、こんな可愛い子に使ってもらうんだ、コイツも本望だろうさ」
出来上がったスティレットはグリップに赤い革が撒かれている。
使われている革はノースフィールドに生息する希少な草食動物のものらしい。
鮫肌のようにザラザラした革は滑り難いと定評のある品物だ。
鍔の部分も赤を基調とした金属が使われている。
店主によるとテイタンを精製する途中で炉の中に赤い色素の鉱物を混ぜて作るらしい。
ただし、不純物を混ぜる関係で正規のテイタンよりも強度は落ちるようだ。
それでも鋼鉄と同等の強度はあるため心配ないと言う。
「さすが、期待通りの仕上がりだ。私にも一本欲しいくらいだよ」
「ニーナには短剣よりも長剣がいいだろう。どうだい、久しぶりに整備していくか?」
「いや、今のところは大丈夫だ。また必要な時にでもお願いするさ。それより、御代の件だが…」
「ん?あぁ、本体、鞘、特製のベルトを合わせて…そうだなぁ、金貨五枚でどうだ?」
「わかった。では、これでお願いするよ」
そう言ってニーナは躊躇することなく財布から金貨を取り出して代金を支払った。
もちろん僕らに確認は取っていない。
予想外の出来事にさすがの僕も動揺を隠せない。
「ちょ、ちょっと待ってくれニーナ。何も代金を支払ってもらうことはないぞ」
「いいや、これは私からの餞別だ。それより、大事に使ってくれればそれでいいよ。それに、その剣を見ていつも私の事を思い出すだろう?」
「ニーナさん、本当にいいの?」
「あぁ。その代わり、素敵な女になるんだぞ?」
「はいッ」
金貨五枚と言えばかなりの大金だ。
命の危険さえ感じるゴブリンを討伐した懸賞金の倍以上の額でもある。
ただ、サフラの心地いい返事を聞いたニーナは満足そうだった。
ここは無下に好意を断るよりも受け入れておくべきだろう。
僕からも礼の言葉を述べておいた。
店主は最後の調整に腰に巻くベルトの位置を調節してくれた。
グリップはサフラに合わせて少し細く仕上げてあり長く握っていても疲れない仕様になっている。
サフラも力が入れやすいと喜んだ。
さらに店主は粋な計らいとして鉄製のナイフを頂いた。
こちらはスティレットより少し小型なので護身用としてよく用いられる。
携帯に便利なので常に持ち歩いても気にならないらしい。
武器として使う以外にも包丁の代わりに使うこともでき切れ味も抜群だと言う。
スティレットには切れ味を重視した刃が付いていないためこれは非常に助かる代物だ。
サフラの手に合わせてグリップも薄くしてある。
店主に礼を言って店を出た。




