シーン 21
宿への帰り道。
ニーナが何やら興味深いことを言い始めた。
それはこの町でよく使われている「黒色火薬」についての情報だ。
火薬は鉱山の発破によく使われるため町中には火薬を専門に扱う問屋がある。
ただし、取り扱いが難しいため原則として一般への販売は行われていない。
ただ、例外としてその原則を破って販売している業者もあるらしい。
黒色火薬は覚えている範囲では火縄銃の火薬として利用されたり打ち上げ花火の発射薬に使われたりしている。
しかし、現在の現代になると無煙火薬の発明によりだんだん姿を消していった。
それでも、使い方次第ではそのまま兵器転用も可能な代物だ。
火薬は少しの火気でも爆発する恐れがあるため扱いは極めて慎重に行わなければならない。
「ふむ…それで、そこまで話したと言うことは何か知っているんだろ?」
「キミはなかなかせっかちな性格なのかい?まぁ、気になるというのはわからないでもないがね」
「あまり回りくどい話が好きではないだけだ。それで、火薬を使った武器でも開発されたのか?そうだな、例えば大砲や鉄砲。もしくはそれに関連した爆発物か?」
「…キミは一体何者なんだい?時々不思議に思うよ」
「詮索するのは構わないが、これが俺という人間だ。それに、火薬を使った物で思い付くので他に思いつくものは花火くらいのものだろ?」
「ハナビ?」
今度はサフラが不思議そうな顔をした。
どうやらこの世界に花火はないらしい。
その理由は火薬が一般的なものではなく扱える人材も数えるほどしか居ないというのが理由のようだ。
確かに使い方を誤れば取り返しのつかない事故を招くことがある。
娯楽に利用される花火でさえ一歩間違えば大惨事に発展するのだから。
ただ、花火を見たことのないサフラに説明するのは難しいため今回は適当にごまかしておいた。
ニーナが何故驚いたのかを聞いたところ兵器転用に関する火薬の情報は公には伏せられているからだった。
鉱業目的の利用でさえ皇帝陛下の許可証がなければ扱えないようになっている。
そのため一般に火薬がどんなものか知らない者の方が圧倒的に多い。
しかし、ニーナはある筋から国家機密に関わる火薬の兵器転用の情報を得ていた。
具体的な兵器の使用方法は堅牢な城塞を突破する攻城戦兵器だと言う。
大口径の砲門を備えた移動式の砲台と言うところまではわかっているらしく、その研究が廃坑になったトンネルの中で行われているらしい。
だから僕が「大砲」と口にした時点でニーナは驚いたようだ。
機密情報で誰も知らない兵器の名前など言い当てれる者が居るとすれば研究者か僕のように前世の知識を持った転生者くらいだろうか。
もちろん、この世界の常識からは逸脱しているが現代社会に当てはめれば特別おかしいことでもない。
世界大戦が終わり平和になった日本では無縁になりつつある兵器だが、海外では今も当たり前のように戦争や内紛が起きている。
そのたびにテレビを通じて見るリアルな情報があるからこそこうした知識を忘れないでいられるのだと思う。
「別にどこかから情報を仕入れたわけじゃないさ。日本という国にも大砲はあるんだよ。厳密にはもっと高精度なものがね」
「…やはりわからないな。キミは何者なんだい?」
「言っただろ?俺は旅人だよ。それ以外の何者でもないさ」
「ふむ…まぁ、そう言うことにしておこう」
「それで、その国家機密級の兵器…これから何があるんだ?」
「…やはりキミは察しがいいな」
どうやらニーナはかなり深いところまで情報を仕入れているらしい。
その情報を誰かに喋りたくてうずうずしている感じだ。
彼女は少し間をおいて続けた。
「近々、帝都で大規模な傭兵の募集が行われる。集められたら兵士はドワーフ族の住むノースフィールドに送り込まれ、ドワーフの殲滅作戦の駒として扱われるのさ」
「殲滅作戦?」
「あぁ、作戦名はまだ仮称だが「北方大遠征」と言うらしい。その作戦の要になるものをここで研究している…と、信頼できる情報筋からの話さ」
つまり、長年敵対してきたドワーフ族に対して攻勢を掛ける要の兵器を研究しているらしい。
具体的にどの程度まで開発が進んでいるのかはわからないが、ニーナの口振りではある程度のめぼしがついているようだ。
ドワーフ族は厳寒の大地であるノースフィールドで生き抜くため地下に都市を作って生活している。
都市を中心に延びた地下トンネルは蟻の巣のように張り巡らされ総延長が数百キロにも及ぶそうだ。
彼らは太陽と決別して生活しているが決して闇の中で暮らしているわけではない。
トンネルの中には「光苔」と呼ばれる光を放つ植物があり、その光を集めて太陽の代わりにしているようだ。
これにより真っ暗な地下世界は常に照らされた状態となり他の植物の光合成も助けている。
「話はわかった。それで、お前はドワーフに恨みでもあるのか?」
「いや、直接的な恨みはないよ。ただ、ドワーフやエルフは人類共通の敵だ。ヤツらはゴブリンやオークなどとは比較にならないほど危険なんだ」
「すまない、俺は元々この国の生まれではなくてな。それに故郷にはゴブリンもドワーフもエルフも居なかったんだ。だから正直なところ人類共通の敵と言われてもピンと来ないんだよ」
「…キミは何者何だ?」
「いや、だからそれはさっき聞いたし、たった今説明したところだろう。あまり詮索はするなよ」
とりあえず言えるのはこの世界で僕が異質な存在であると言うこと。
ただ、知らないことが多すぎて混乱しているのも事実だ。
何故、異種族間で対立しているのか、そこがわからなければ共通の認識を持つことが難しい。
だから、詳しい説明を聞いておかないとこの先も同じ疑問を持つようになる。
幸いなことにニーナは悪いヤツではなくちゃんと説明をすればわかってくれる相手だと思う。
「…サフラちゃん、こんな男とは見切りをつけて私のところへ来ないか?」
「コラコラコラ!いきなり何を言い出すんだ!」
信頼出来ると思っていた矢先にこの発言が飛び出すとは思っても見なかった。
当の本人は至って真面目と言う顔をしているのが気に食わない。
「何だ、私は思ったことを口にしたまでだが?」
「余計にタチが悪いわ!まったく、お前は信頼を出来る相手だと思っていたんだがな…。勘違いだったようだ」
「ふッ…これはまた早計だな。私にはキミが何者なのか何て実はどうでもいいんだよ。からかっただけだ、気を悪くするな」
「まったく…それで、知ってることを教えてくれるんだろう?」
「あぁ。ただし、誰でも知っているありふれたことばかりだがね」
それだけ断ってニーナは説明を始めた。
まず、この世界の成り立ちについてだ。
世界に広く浸透する宗教の教義では、かつて天上界に住む神々がこの世界を作ったとされている。
神はまず巨人族を創った。
しかし、彼らは旺盛な食欲から地上のすべてを食べ尽くそうとしたので、困った神は巨人族を外界の孤島に幽閉してしまった。
これは今も存在する巨人族ジャイアントのことだ。
続いて神はドワーフとエルフを創った。
彼らは信仰心が厚く賢い種族として神の従順なしもべになるはずだった。
ところがお互いに似たところがあることからドワーフとエルフは仲が大変悪かった。
お互いに小さなケンカが絶えずやがて両者は北と南に別れて戦争を始めてしまった。
困った神は最後に人間族を創った。
人間はドワーフのように頑丈な身体を持っておらず、エルフのように長寿ではない代わりに爆発的な繁殖力を持ち環境への適応力も高かった。
人間は少しずつ勢力を拡大しながらやがて大陸の中心に都市を築いた。
これが今の帝都の基礎になっている。
人間は神の教えに従いドワーフとエルフの仲裁役を務めるはずだった。
ところが神の教えに逆らい争いを続ける両種族は聞く耳を持たずやがて人間を敵として認識するようになる。
こうして過去に何度も大きな戦争を繰り返し、三者は三つ巴の睨み合いをすることになった。
ちなみに亜人種や魔物たちは神が創り出した失敗作だと言われている。
本来なら人間に代わって亜人種が両者の仲裁役を務めるはずだった。
ただ、亜人種たちは粗暴で自制が利かず、神さえも見捨てた存在だと言う。
また、ドワーフとエルフの攻勢にあって勢力を延ばせないまま今のような形で存在している。
もちろん人間も亜人たちを敵対視しているのは言うまでもない。
こうして人間は神の名の下に数々の聖戦を繰り広げ「神に選ばれた種族」を自負している。
人間の存在意義は世界の安定と平和のためと言うのが一般的な常識だ。
「…これが誰でも知っている世界の常識だよ。おそらくサフラちゃんでも知っているさ」
ニーナがアイコンタクトをすると黙って聞いていたサフラは頷いて応えた。
「ふむ…話は大体わかったよ。宗教の教義は知らないが要するにドワーフとエルフは人類共通の敵と言うことだろう?」
「その通りだ。ヤツらは我々の仲間を多く殺した。国民の中にも家族を殺されて恨みを持つ者は少なくないんだよ」
「だから戦争か。道理といえば道理だな。腑に落ちないところもあるがとりあえずはわかったよ」
全てが理解できたわけではないがこれがこの世界の常識と言うことらしい。
気になることはまだ残っているが時間が経てばわかることもあるだろう。
話が盛り上がり一区切りついたところでちょうど宿へと帰ってきた。
ニーナは三階に部屋を取っていたので夕食まで部屋で休むらしい。
僕らも一度部屋に戻って夕食の時間を待つことにした。
夕方。
外はすっかりオレンジ色の夕焼けに染まっている。
この星でも地球と変わらない営みが繰り返されていることを実感する。
窓の外を眺めながら物思いに更けていると部屋のドアがノックされ扉が開いた。
「二人とも、そろそろ夕食にしよう」
「…ニーナ、中から返事があるまでは扉を開けるんじゃない。マナーをわきまえろ」
「あれ~そうだっけ?まあまあ、気にしないで飯に行こうじゃないか」
「まったく…急いで準備するから表で待っててくれ」
準備を整えて宿を出た。
向かったのはニーナがオススメと言う酒場だ。
酒場は中央通りの外れにあり店内は落ち着いた雰囲気らしい。
外観は一般的な酒場の佇まいと遜色がなく入口には看板変わりの酒樽が並んでいる。
ここは旅人がほとんど訪れない穴場らしく席に座る客たちは服装から町の住民だとわかった。
席に座った僕らはニーナがオススメと言うメニューを適当に注文した。
「かしこまりました」
気さくそうな女性店員は最後にメニューを復唱して奥へと消えて行った。




