シーン 18
ここであることを思い出した。
それは転生時に要望した内容の一つだ。
確か神様に「異性にモテる」と言った趣旨の要望をしたような気がする。
もしかするとこれも転生時に付与されたボーナスの一つなのだろうか。
外見は転生前と大きく変わっていないので間違ってもイケメンと呼ばれる顔でもない。
見た目が魅力的と言うわけではないため、内側から異性を虜にするフェロモンでも出ているのだろうか。
今となっては神様に確認することも出来ないのでここは前向きに解釈することにした。
「ふぅ~露天は天井がなくて気持ちがいいな」
「天井って、露天風呂なんだから当たり前だろ」
「ん?何だ知らないのか。女湯には内湯があるんだ。さっき通って来た受付と脱衣所がある建物とは別にね。それでさっきまで内湯でくつろいでいたんだが、キミの連れていた女の子を見つけてね。もしかしたらと思ったんだ」
「え?」
「いや、だから内湯だ。室内にある風呂だよ」
「いや…そんなことは説明されなくてもわかるよ。ふむ…なるほどな。サフラが入って来なかったのはそのためか」
「まぁ、そう言うことだな。私のように気にしない者ならいいが、彼女のように女性らしい娘には些か刺激が強いだろうな」
男湯には内湯がなかったので女湯だけ特別な造りになっている。
女性客を取り込む上では必要な配慮だ。
それなら男性にも内湯を作るべきなのだが、きっと女性よりも利用者が少ないと見越してのことだろう。
需要のないものを作るほど余裕はないらしい。
詳しい事情はわからないが大方そんなところだろう。
「それよりレイジ、今朝の話を聞いたか?」
「バレルゴブリンのことか?商隊が一つ壊滅したらしいな」
「あぁ、十数人のキャラバンだったらしいが一名を残して全滅だ。ほとんどが非戦闘員だったと言うのもあるが、生存者の証言が確かならかなりの強敵だぞ」
「そうらしいな。並みのゴブリンとは別物と考えていいだろう。まぁ、退治されて安全が確認されるまでしばらく足止めだ」
「ほう?キミなら真っ先に討伐に向かうと思っていたんだが、意外だな」
言葉通り意外そうな顔をされた。
正確にはほとんど目を合わせることが出来ないため視覚よりも聴覚から情報が情報源になっている。
「俺にはサフラがいるからな。アイツを危険に曝すような真似はしたくないんだよ。まぁ、昨晩のオッサンみたいに直接被害があれば別だが、基本的にこちらから動くことはないよ」
「なるほど。守るモノがいる者とそう言う考えになるのか。わかった、貴重な意見として受け取っておこう。私にも守るべきモノが居ればそう考えるかもしれないからな」
「何だアンタ、今までずっと一人だったような言い方をするんだな?」
「その通りだよ。いや、正確にはキミが連れていた子と同じ歳くらいまでだな。今は止まり木を転々とする渡り鳥だよ」
「渡り鳥って。腕にはかなり覚えがあるんだろう?身のこなしを見る限り、昨日のオッサンなんて足元にも及ばない感じだったからな」
体格差のある大男と対峙しても平然としていたところを見ると、実力もさることながら踏んできた場数がそれを裏付けている。
挑発的な中にも落ち着きを払い、隙を見せれば隠していた牙でガブリと喉元を噛み付かれてしまいそうだ。
「昨日も言った通り私はバウンティーハンターだからな。今までに何百匹もの怪物を倒しては報奨金を得て生活してきたんだ。昨日の男程度ならオークやトロール数匹に出くわすのと比べれば些末なことさ」
「随分物騒なことをあっさり言うんだな。やっぱりアンタとは敵として相手をしたくはない…」
「フフ、そう敬遠しないでくれよ。一人が長いと言ってもたまには人恋しくなるんだぞ?」
「あくまで手合わせという話だ…真に受けなくてもいい」
「ふむ、なかなか釣れない男のようだな。冗談だったのだが」
言葉の通り本当に残念そうな顔をした。
心なしか声のトーンも下がり気味だ。
別に敬遠をしたわけではなく、あくまでも自衛手段の一つとして間に受けないようにしただけなのだが。
こういう場合は正直な話をするに限る。
下手に言い訳をすれば後でボロが出るかもしれない。
彼女のようなタイプに裏切られたことはないのでこちらの手の内を明かしても害はないだろう。
「…正直なところ見ず知らずの相手には敬意を払って警戒するようにしている。気にするな」
「見ず知らずねぇ。さっきあれほど舐めまわすような視線で身体を見られたんだが、あれでは足りなかったかな?」
ニーナの言葉に思わず脈が早くなる。
同時に顔が熱くなるのを感じた。
「ば、バカ言うな、内面的な問題だ。見た目は関係ない。むしろ安心感のある相手ほど、出来る限りの警戒をするようにしている…」
「ハッハッハッ、やっぱりキミはからかいがいがあるな。大丈夫だ、そこまで気にしてはいないよ。見られて減るものじゃないからな」
あまり感情を表に出さないタイプかと思えば突然の大笑いだった。
近くでくつろいで居た男性客もコレには驚いたのか僕の顔を見て困り顔をされてしまった。
当のニーナは特に気にした様子はない。
どうやら感情のオンとオフがハッキリとしている性格のようだ。
逆に気に入らないことがあれば敵意を剥き出しにする性格のようで、そう考えれば昨日のケンカも頷ける。
僕は冷静さを取り戻すため一つ咳払いをして続けた。
「…それで、わざわざ世間話をしに来ただけなのか?」
「ん?あぁ、そうだな。キミに興味があったんだ。それより、キミがバレルゴブリンについてどう考えているか疑問があったんだ。あわよくば共闘をと思ったんだが…なかなか難しそうだな」
「さっき言った通りサフラを危険な目に遭わせたくないんだ。よほどの理由がない限り協力は無理だぞ」
有益な内容ならいざしらず危険を承知で奉仕活動をするほど今の僕に余裕があるわけではない。
人のために無償の愛を注げる者には頭が下がるが、僕にはまだそれだけの器でないのだから。
タダで動けというのなら拒否権を行使して「無理だ!」と言わざるを得ない。
だが、それを聞いてニーナの目が怪しく光った。
「ではキミに有益な情報を教えておこう。先頃ギルドからバレルゴブリンの討伐者に支払われる懸賞金の額が決まった。金貨百五十枚だそうだ」
「なッ…ひゃ、百五十枚!?銀貨の間違いじゃないのか!」
「いいや、金貨であっているよ。何でも襲われた馬車にはある貴族に届け物をする途中だったらしいんだ。その積み荷の中に金貨百枚があったんだよ。一度魔物に襲われ奪われた物資は所有権が失われるから、それがそのまま懸賞金に上乗せされるというわけさ」
「なるほど。いや、待てよ?と、言うことは金貨五十枚分はギルドが負担するんだろう?たった一匹相手に過剰じゃないのか?」
「ギルド側もバカではないのさ。それにも考えがあって、長い間物流が止まるのは経済にとって不利益にしかならない。だから一日でも早く解決することが優先されたんだよ。ギルド側も早く事件を解決してメンツを守りたいと言う思惑があるんだよ。まぁ、今まで存在が確認されなかった個体だから私は一体だけで行動しているとは思ってはいないがね。ギルド側もそれを薄々感じているからこそ、その金額なんだろうさ」
賞金稼ぎと言う職業柄と経験からそう判断したのだろう。
懸賞金と言うのは討伐難易度を表す指標の一つにもなる。
転生した初日に倒したゴブリンの懸賞金の額を考えれば、奪われた荷物の金貨百枚とギルド側が負担する金貨五十枚分を合わせた金貨百五十枚と言う数字は決して安いものではない。
むしろ、この懸賞金が手に入れば数年は遊んで暮らせそうな額だ。
だから、僕らの他にも懸賞金欲しさにバレルゴブリンに挑むハンターや賞金稼ぎも少なくはないだろう。
ニーナもその一人で討伐の成功率を上げるために僕を誘ったと言うのはなかなか的を得ている。
話を続ける中で、今まで人前に存在を明かすことの無かったバレルゴブリンが何故逃げ場のないトンネルの中に現れたのかと言う疑問も持ち上がった。
トンネルは人の手で掘られているため天井の高さも幅もそれほど広くはない。
トンネルのイメージは現代社会のように車や電車が平気で行き来できるようなものと考えない方がいいだろう。
疑い始めればきりはないが、一つの仮説として力に絶対の自信がある怪物なのだから、やってくる犠牲者を逃さないためではないかと言う結論に至った。
実際に現場となったトンネルの内情を知っているわけではないが、この世界の技術ではそれほど立派と言うこともないだろう。
仮にトンネルを通らない場合は基本的に迂回路と言うものは存在しない。
つまりウエストランドとミッドランドを隔てる山脈を避け、石畳の街道ではない原野を進むことになる。
原野となれば怪物の巣窟になるような危険な場所もあるため、よほどの実力をもったハンダーでもない限り無事に通り抜けることは不可能だ。
そのため、人を狩るという目的においてトンネルの中は格好の狩場と言うことになる。
「キミの仮説が正しいならやはりその線が濃厚だろうな。まったく、面倒な相手だよ」
「それで、アンタは一人でも戦うつもりなのか?」
「いいや。さすがに死にたくはないんでね。勝算がなければ挑むつもりはないさ。ただし、キミが協力してくれるなら私は喜んで討伐に向かおうと思っているよ」
「まぁ…それについては考えさせてくれ。さすがに金貨百五十枚は魅力だからな」
「そうだろう?今ならキミの取り分が六、私は四でいい。どうだい、悪い話ではないだろう?」
「待て、普通は半々が相場だろう?随分と気前がいいな。さすがにそこまで気を使われると気味が悪いぞ」
「じゃあこうしよう。キミと彼女、それぞれ三割と言うことにして、合わせればちょうど六割だ。これなら文句はないだろう?」
「…ハッキリ物を言え。返答次第では断らせてもらう」
別に悪い話ではない。
ただ、相手の意図がわからない場合は注意が必要だ。
お互いに気が知れた者同士でどちらかの立場が上の場合なら話は別だが今回はそう言った事情もない。
現にこうして裸の付き合いをしてはいるが、これでお互いの距離が縮まったとは到底思えなかった。
身体の距離と言うことではなく心の距離と言う意味でだが。
現時点ではどちらが上や下と言うこともないので隠し事があるのなら明かしてもらわなければ信頼することはできない。
「ふむ…キミはなかなか…。いや、慎重なのは長生きの秘訣とも言うからな。否定するのは止めておこう。わかった、理由を話す。私が欲しいのは目先の懸賞金よりもバレルゴブリンを倒したという事実だ。今は無名のバウンティーハンターだが、名前が売れていた方が何かと動きやすくてね。ギルドからも信頼を得られるわけだ」
ニーナの説明によればバウンティーハンターと言う存在はハンターギルド内での信頼度は低いらしい。
ハンターギルドと言う組織は縦の繋がりで成り立っている。
そのため、どうしてもバウンティーハンターは部外者と言う存在になってしまうようだ。
しかし、例外としてより多くの討伐依頼を達成した者は実力を買われて信頼度を増していくと言う。
また、討伐難易度が高ければそれだけの実力を証明することになるので信頼度もうなぎのぼりのようだ。
「…なるほど。もっともらしい理由だな。まぁいい、それで納得しておくよ。だけど、そんな回りくどい方法を取るより試験を受けて正式な一員になったらどうだ?その方が早いだろう」
「残念ながらそれは私の望むところではないんだよ。あくまでは私はバウンティーハンター希望なんだ。それに、ハンターと言うのは便利なようで不便な職業なのさ。常に義務が付いて回るからね。ギルドの命令はそのまま皇帝陛下の命令でもある。つまり、何があっても命令に従わなければならない。逆らった場合には相応のペナルティーもあるから、私の性格上向いていなくてね。誰にも縛られず好き勝手に生きたい私の想いとは別なんだ。それに、私が見る限りキミはどちらかと言えば私と性格が似ていそうだから、ハンターよりはバウンティーハンターの方が向いていると思うよ」
ハンターは組織に護られる変わりに義務を負わなければならない。
そうなればニーナの言う通りハンターになるのも考えものだ。
こちらの都合がある程度考慮されるとしても命令という言葉はあまり好きではない。
むしろ、嫌いだ。
もう少しニーナからバウンティーハンターついて話を聞きたいところだがそろそろサフラが湯から上がっている頃だろう。
正直なところ長湯のし過ぎでのぼせる一歩手前だ。
「…わかった。とりあえず討伐の件は保留にさせてもらう」
「あぁ、それでいい。自由意志は何より尊重されるからね」
情報をくれたニーナに礼を言って風呂を出た。
思っていた以上に長湯をしてしまったため身体は桜色に染まっている。
血行もよくなり身体の芯から温かい。
風呂上がりはよく冷えたコーヒー牛乳を身体が欲しいところだが、生憎そんな気の利いたものなどあるはずもなかった。
いちごミルクでもいいが、それも無理と言うものだ。
いや、ここは炭酸の利いた清涼飲料でも…。
考えるだけ虚しくなるので無心で着替えて外に出た。
建物の外では先に風呂から上がっていたサフラが待っていた。
一緒に出ようと約束しておいて僕が遅れていては立つ瀬がない。
何だか昭和の名曲を思い出しそうなワンシーンだ。
季節が冬でマフラー代わりの赤いタオル首に掛けていれば歌詞通りだろうか。
残念ながら僕が生まれる前に流行った歌なので知識はこの程度しか持ち合わせていない。
「悪い、待たせたな」
「ううん、そんなに待ってないよ。あッ、そう言えばね、内湯で昨日会ったお姉さんを見たよ。目が合ったらすぐ露天の方に行っちゃったけど」
「それならさっきまで中で一緒だったよ。いろいろ情報を教えてもらったんで遅くなったんだよ」
「そうなんだ。あッ!」
サフラは僕の背後を見て驚くと目を丸くした。
微かに背中から気配を感じる。
これはあまり望ましくない気配だ。
大袈裟に言えば厄介事の匂いがする。
「やぁ、レイジ。また会ったな」
気配の主は遅れて風呂から出てきたニーナだった。
着衣から覗く素肌は綺麗な桜色に染まり艶っぽい。
先ほどは生まれたままの姿を拝ませてもらったがこれはこれで魅力的だ。
風呂から出たタイミングもほぼ同じだったので特に不思議はない。
ただ、先ほどの話もあるため少し時間が欲しいところだ。
討伐に参加すると言う相談をまだサフラに打ち明けていないのだから。
「やぁ、じゃない。さっき散々話していたじゃないか?」
「おっと、愛する彼女との甘い時間を邪魔して悪かったよ。だから怒らないでくれ」
「茶化すなよ。サフラとはそんなんじゃない。俺の家族だ」
サフラもウンウンと頷いている。
「何だ、面白くない。でも、キミたちは全然似ていないな。腹違いなのか?それに、彼女の髪の色といい瞳の色といいイーストランドの出身だろ?確か赤髪の一族が暮らしていたはずだ」
ニーナは気になることを言った。
その言葉が正しければサフラのルーツの手掛かりになるかもしれない。
彼女の話だけでは情報が乏しくそれ以上多くは語ってくれなかった。
「それで、アンタはこれからどうするつもりだ?」
「暇だからね。キミたちの後に着いて行こうと…」
「勘弁してくれ」
僕は食い気味に即答した。
ほぼ初対面であるにも関わらず気さくに接してくれるのはありがたいが、まだ相手のことをよく知らない状況では少し距離を置くのも悪い手ではない。
「何だ、本当にキミは釣れないヤツだな。お姉さんは悲しいよ…」
女と言うのは男にない武器を持っている。
そう、涙だ。
どうみてもニーナの泣き方は嘘にしか見えないが隣に居るサフラは心配そうに見つめている。
今は何を言っても聞き入れてもらえないだろう。
本当に、これだから女と言うのは…。
女性を否定したいわけではないが、性別による差別はあまり好ましくはないだろう。
ただ、そういうところも含め、男は女に弱い生き物だという自覚はある。
結局、僕は彼女が納得する提案をしなければならないようだ。
その譲歩を受け入れるか否かは彼女次第ではあるが。
「…わかった、晩飯の時に落ち合おう。それで我慢してくれ」
「釣れないねぇ。まぁそう言うことにしておこうか」
思った通りの嘘泣きだったが、とりあえずこの場はうまく切り抜けることが出来た。
僕らは夕食の前にこの場所で待ち合わせることを約束してニーナと別れた。




