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シーン 17

 翌朝。

 昨日買ったばかりの真新しい衣装に着替え旅支度を済ませた。

 今まで世話になったトレードマークとも言うべきジャージは役目を終え、今はバックパックの底にある。

 サフラも新しいワンピースに袖を通し、その上からカーキ色のポンチョを纏った。

 丈は長めなので裾は太股の辺りまで届いている。

 フードも付いているので雨風を凌ぐのはもちろん日中の日差しから肌を守るのにも役立つだろう。

 元々サフラは色白なタイプなので、多少日焼けをした方が健康的に見えるかもしれない。 

 ただ、紫外線は肌に良くないと言うので、遮れるものなら浴びないに越したことはないだろう。

 最後に部屋の中を見渡し忘れ物がないことを確認すると宿をチェックアウトした。


 二人で連れ立って路地を抜けるとザワザワとした喧騒が聞こえてきた。

 喧騒の原因は臨時キャラバンギルドに詰めかけた旅人や行商人たちによるものだ。

 建物の中に入れない利用希望者たちが順番待ちの列を作っている。

 長さにして十数メートルと言ったところか。

 朝なので旅立つには最良の時間帯ではあるがこの混み具合は一目で異常とわかる。


 「混んでるな。何かあったのか?」

 「うーん、何だろうね?」


 しばらくすると近くで話をする男たちの声が聞こえてきた。

 聞き耳を立てると街道の途中にある「ロックケイブ」と呼ばれるトンネルに見たこともない怪物が現れたと言う。

 驚いたのは今朝早く出発した商隊がその怪物に襲われたようだ。

 男たちの話から怪物はゴブリンと良く似た特徴があるらしい。

 しかし、身体は見上げるほどの巨大で腕力も並なゴブリンとは比較にならないほど怪力だったと言う。


 たった一人生き残った若い男性の目撃証言によると、並みの人間が両手持ちでやっと持ち上げられる「ツーハンデットソード」と呼ばれる巨大な剣を片手で軽々と扱い、一振りで馬車を両断したと言う。

 同行していたバウンティーハンターはまるで赤子の手を捻るようになぶられ、着ていた甲冑ごと真っ二つにされたらしい。

 それが事実ならロックケイブに現れた怪物は並みのハンターの手に負える相手ではないことになる。

 黙って話を聞いていた男の一人がある名前を口にした。


 「…ソイツは「バレルゴブリン」に違いない。バレルゴブリンはゴブリンが数多くの人間を喰らい、巨大化したゴブリンの化け物だ。見た目はただの身体の大きいゴブリンだが、腕力は上位種のオークやトロールを軽々と上回る。ヤツの旺盛な食欲は小さな村一つを一晩で食い散らすと言われるほどだ。下手をするとソイツは、単純な力だけなら孤島の悪魔と呼ばれるジャイアントに匹敵するかもしれん…」


 話を要約すると物凄く手強いゴブリンと言うことらしい。

 ちなみに「バレル」とは「樽」を意味する言葉なので、見た目からそう呼ばれているようだ。

 ゴブリンの他にもオークやグレムリンなど「バレル」を冠した亜人が確認されている。

 そのどれもが狡猾で並みのハンターには手に負えず、必ずチームを組んで挑むようにとギルドから通達が出るほどだ。

 特に今回確認されたバレルゴブリンはこれまでに討伐されてきた個体よりも身体が大きく、これほどに肥大化するまで存在が確認されなかったのは奇跡に近い確率だと言う。

 つまり、それだけ知能が高く人間欺く知性を兼ね備えていることになる。


 「…お兄ちゃん、恐いよ」

 「心配するな。町にはハンターギルドもあるし、賞金稼ぎだって居るんだ。今すぐどうこうって話じゃないだろ」

 「…だけど」

 「何、心配なら安全が確認されるまでこの町を出なければいい。急ぐ旅でもないから、その辺りの融通も利くだろ」


 言葉の通り、初めから急ぐ旅ではない。

 帝都へ行くという目的だって、行かなければ「世界が破滅する」と言う終末論に発展するわけでもない。

 ただ成り行きで目的地に定めのだから。

 僕としては安全が確認されるまでは何日でもここに留まればいいと思っている。


 「そうだな、じゃあこうしよう。安全が確認されるまでこの町を出ない。それまではまた宿を取って買い物をしよう」

 「本当?」

 「あぁ、あと美味しい物も食べよう。何なら昨日買ったラスクを買い足そうか?」

 「え、いいの?」

 「当たり前だろ。さて、と。そうと決まれば時間が勿体ない。売れ切れちまう前に買い物だ!」

 「やった~」


 僕らはまず宿探しから始めた。

 出来れば昨日利用した宿ではなく別の場所をそうと話し合った。

 サフラがオススメしてくれた宿も悪くないが、せっかく泊まるなら知らない場所を開拓しようと言うのが理由だ。

 そうすれば再びこの町を訪れた時に宿屋選びの選択肢が増えることになる。

 この世界の現状を知るためにも積極的に開拓しておいて損はないだろう。

 たくさんの旅行者か訪れる比較的中規模な町なので、安宿から高級ホテルまで幅広い選択肢がある。

 中には貴族が遠征の際に泊まる宮殿のような宿もあり、「超」が付くほど高級なスイートルームを完備したところもあるそうだ。

 そう言った場所の多くは身分証明が必要になるため貴族階級ではなければ宿泊するのは難しい。

 どちらにしても僕らには縁のない場所なので泊まるのは庶民的な宿で十分だ。

 一つ条件を挙げるとすれば客室にバスルームを併設している宿を選びたい。

 バスルームと言ってもこの世界では湯は贅沢なモノなので、湯船に水を張っただけの言わば「水風呂」が主流だ。

 お湯に浸かれるのは皇族や貴族階級の金持ちだけなので、庶民は行水をして身体の汚れを洗い流すしかない。

 ちなみに最初に泊まったローヌルの宿と昨日泊まって宿にはバスルームがあった。

 出来れば温かい湯に浸かり疲れを癒したいところだが、贅沢は言っていられないので行水で我慢するしかない。


 「この国で風呂って言えば行水なんだよな。日本では湯に浸かる習慣が普通だったから驚いたぞ」

 「そうなのえっと、もしかしてお兄ちゃんって貴族の出身…なのかな?」

 「いいや、一般人だよ。まぁ、こっちとは生活様式がまったく違うから、どう説明していいか迷うんだけどな。出来れば温かい湯に浸かりたいな。例えば温泉とか」

 「温泉?あるよ、この町に」

 「え?あるのか、温泉」

 「うん。ちゃんと温かいお湯に浸かれるの。露天風呂って言うんだよ」


 まさかこの世界に温泉があると言うのは驚きだった。

 でも、よく考えれば温泉の元になる源泉は地熱によって温められた地下水が地中から湧き出したものなのだからあったとしても不思議はない。


 「ここの温泉は少し変わってて、お湯の色が赤くて不思議なの」

 「へぇ、それって含鉄泉ってヤツじゃないか。湯に含まれてる鉄分が酸化して赤く見えるんだ」

 「え、そうなの?」

 「日本では赤湯とも呼ばれてたな。確か、有馬とかが有名か」

 「アリマ?」


 サフラは言葉を反芻しながら首を傾けた。

 その様子から頭の上にクエスチョンマークでも浮いているのだろう。


 「日本にある地名だ。それよりその温泉はどこにあるんだ?」

 「えっとね、町の北側にあるトンネルの中だよ。昔、鉄鉱石を掘ってる最中に偶然見つかったんだって」

 「へぇ、洞窟風呂か。ん?さっき露天風呂って言ってなかったか?」

 「うん。えっとね、洞窟の中にあるのは源泉で、そこから外にお湯を引いてるの」

 「そう言うことか。なるほどな」


 露天風呂は町の北西にあるらしい。

 サフラに案内してもらうと確かに温泉があった。

 温泉特有の硫黄臭もしている。

 このまま風呂へとも考えたが手荷物もあるので今回は下見程度に留めておき宿探しを再開した。


 町の中を縦断するように歩くと中心部から少し南へ歩いたところに宿を見つけた。

 昨日宿泊した宿に比べて高級そうな雰囲気がある。

 建物は石造りで堅牢な作りだ。

 見た目には良い宿だがここに宿泊できるのか確認する必要がある。

 受付で確認したところ部屋にはバスルームもあり、希望していた条件を満たしていたのでサフラにも確認して今夜の宿を決めた。

 部屋は二階の角部屋だ。

 室内は清潔感がありベッドも大きく寝心地が良さそうだった。

 僕らは荷物を置いてさっそく露天風呂へと向かった。

 ちなみにタオルは風呂で借りることができるらしい。


 「サフラって温泉にはよく入るのか?」

 「あまり入ったことはないよ。ほら、村にはなかったから。でも、温かいお風呂っていいよね。水浴びは夏だと気持ちいいけど、冬は冷たくて大変だもん」


 これは生前によくあったことだが、風呂に入る時間が遅くなり湯が冷めていたことがあった。

 それを知らずに風呂に飛び込み悲鳴を上げたこともあり、それが日常的に繰り返されていると思うと言うまでもなく大変なことだ。

 そう思えば行水が当たり前に行われるこの世界ではみんな苦労しいるのだろう。

 感慨深い気持ちになっていると目的地にたどり着いた。


 佇まいは一見して山小屋のような作りをしている。

 簡素な木造の小屋だが温泉を思わせるロゴマークの入った看板も掲げられていた。

 サフラによると内部は受付と簡単な脱衣場があるようだ。

 風呂場は露天を謳っているので、もちろん野外にあるのだが、利用者のプライバシーを守るため周囲を三メートル近くある板塀で囲まれている。

 日本的な露天風呂のイメージなら板塀より竹垣の方が風情を感じるが、異世界でそこまでのクオリティーを求めるのは酷だろう。

 そもそもこの世界に竹はあるのだろうか。

 環境は地球とよく似ているので竹があっても不思議ではない。


 建物に入り受付で二人分の料金を支払うとタオルを二枚渡された。

 風呂に入る作法は前世とほとんど変わらず、タオルは湯船には浸けないこと、風呂に入る前には身体の汚れを洗い流し、長湯をしないよう徹底しているようだ。

 共同浴場という観点からもルールが徹底されているのはありがたい。

 サフラにはあとで落ち合うように言って青いカーテンが掛かった男性用の脱衣場へ向かった。


 中には旅人と思われる男たちが居た。

 彼らは気にせずに服を脱ぎタオルを首に掛けて歩き回っている。

 こういう時は下手に隠すより堂々としていた方が目立たない。

 郷に入れば郷に従えと言うことわざもある。

 それに、見られたところで減るモノでもないし、旅をしている身なのだから偶然居合わせた利用客と今後そう何度も顔を合わせることもない。

 こう言う時は一時の恥を忍ぶより解放感を味わって旅の疲れを癒すに限る。

 しかし僕は風呂場に通じる扉を開けたあと、呼吸も忘れてゆっくりと扉を閉めた。


 「…なん…だと!?」

 「なんだい兄ちゃん、入らないならどきなッ」


 あとから来た利用者の男性が声を掛けてきたので僕は慌てて道を開けた。

 男性は気にする様子もなく至極当然と言った表情で意気揚々と入っていく。

 僕が躊躇ったのは風呂場に女性の姿を見たからだ。

 平たく言うと混浴だった。

 午前中なのであまり利用客は多くないものの、それでも男女数名が湯船に浸かっていただろうか。

 湯の色はサフラの言った通り赤色だったので、湯船に浸かっている限りではプライベートな部分が見えることは無い。

 問題は湯船に浸かっていない時だろう。

 特に風呂に入る直前は無防備になるので混浴の経験がない僕には躊躇せざるを得ない。


 その間にも入浴を終えた男性がサッパリした様子で通り過ぎていった。

 もちろんプライベートな部分は隠されていない。

 文字通り全開だ。

 ここは僕の度胸を試されているのだろう。

 いずれにせよこのままここで立ち尽くしているわけにはいかない。

 自らに言い聞かせて気持ちを落ち着けると意を決して湯船に向かった。


 湯気が立っているおかげで全て丸見えと言うことはないがやはり慣れていないので気持ちが落ち着かない。

 利用客もマナーをわきまえているのか、ジロジロ見られと言うことはなかった。

 ただ、掛け湯をして風呂に入るまでの間、生きた心地がしなかったのは言うまでもない。

 これが普通の男湯だったらどれだけ気が楽だっただろう。

 本来なら羨ましい状況だが実際に体験するとなれば話は別だと痛感した。

 これも慣れれば気にならなくなるのだろうが、元々心構えのない状態では動揺を何とか抑えるだけで精一杯だ。


 湯は熱すぎず冷たすぎずと言った温度で体温よりほんの少し高めに保たれている。

 仮に熱い湯を好む江戸っ子のようなタイプなら「ぬるい!」とでも言ってダメ出しをすることだろう。

 ただ、僕は長く浸かっていたいタイプなのでこれくらいの温度はありがたい。

 周りには中年の男性が二人と三十代くらいの女性客が二人見える。

 まだサフラの姿はないがしばらくすれば現れるだろう。

 女性客も堂々としているので僕も気にしないようにポーカーフェイスを心がけた。

 初めは目のやり場には困ったが視線を空に移してぼんやりするのも悪くない。


 「…ん?キミは…レイジだったかな?」


 不意に声を掛けられた。

 声は空から降ってくる。

 この声はどこかで聞き覚えがあった。

 そう、昨日ハンターの男性と騒動を起こしたあのバウンティーハンターだ。

 振り向くと頭にタオルを乗せたニーナが腰に手を当てて仁王立ちをしていた。

 プライベートな部分は一切隠さず僕を見下げる形で立っている。

 そのアングルは丸見えを通り越して形容しがたい光景だ。

 水気を帯びた二つの瑞々しい巨大な膨らみとモデル並みくびれた腰、キュっと締まって上向いたヒップラインはパリのルーブル美術館に所蔵されるミロのヴィーナスを連想させる。

 いや、明らかにヴィーナスよりも果実の膨らみが大きい。

 素っ裸で生まれたままの姿は彼女が理想的なボディラインを有していることが一目でわかる。

 僕も生前は人並みの男子学生だったので、コンビニの片隅に置いてある成年向け雑誌を見るのが楽しみになっていたが、これほどパーフェクトな造形は今までに見たことがない。

 ほんの一瞬だったが見とれていた僕は慌てて目をそらした。


 「おいおい、なかなかウブだなキミは。顔が赤いぞ?」

 「ちょ、ちょっとのぼせただけだ!」


 言葉では否定したが動揺が滲み出てしまいバレバレだった。

 出来ることなら今すぐにこの場から逃げ出したい。

 ただ、今は下半身が大変なことになっているので出るに出られないのだが。


 「まぁいい。風呂とはそういうものだ。隣、いいか?」

 「あ、あぁ」


 しかし、ニーナは返事を聞く前に湯船に足を浸けていた。

 どうやら確認したのは社交辞令だったらしい。

 それにしても美人と入浴するなんて、前世ではとても想像も出来なかった事態だ。

 心なしか心拍数が高くなっていることに気が付いた。

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