シーン 16
再び宿を出て食事にでかける。
先ほど歩いて飲食店の位置は大体把握しているため、あとはどこにするか決めるだけだ。
そんな中、一軒目に訪れた酒場から罵声や怒声が聞こえてきた。
おまけにガラスの割れる音までしている。
どうやら酒に酔った客同士が口論をしているらしい。
夕食に限ったことではないが落ち着いて食事をしたいため厄介事は御免だ。
路地までハッキリと聞こえてくる声は、一方が低い声の男性、もう一方は女性だった。
会話の内容から夫婦やカップル同士の口論というわけではないらしい。
発言の中には物騒な言葉も含まれて居る。
「このアマ、よくも俺様を侮辱してくれたな!ぶっ殺してやるッ」
「ふふッ、貴様ごときが私を殺れると思うなよ。ゲスが!」
「上等だ、表へ出ろッ!」
男が啖呵を切るとケンカを女性の方もまんざらではないらしい。
ケンカを酒の肴にしていた男たちも助長して野次を飛ばしている。
それに煽られた二人が店の外へと飛び出してきた。
男性の方は中年の大男で腕にはハンターの紋章を着けている。
実力のほどはわからないが、ハンターと認められるには相当の実力がなければならない。
ゴブリン程度なら簡単に倒せる実力をもっているのだろうと推測できる。
ただ、食事中のため武器は携帯していない。
きっと前世の世界ならプロレスラーか総合格闘技の選手に転職できそうな立派な体格で、素手でも簡単に人を殺せそうだ。
しかし、お世辞にも顔はカッコイイと形容することはできず、残念ながら表舞台でスポットライトを浴びるようなタイプではない。
動物に例えるなら「ブルドック」だろうか。
対する女性は僕と同じか少し年上と言った年頃で、ポニーテールにした黒髪が腰の辺りまで伸びている。
顔も可愛いと言うより美人のタイプで、身長も僕と同じくらいだ。
見たところ特別筋肉質というわけではないが、柔軟性に富んだしなやかな体型は、バレエや新体操の選手を思わせる。
動物に例えるならば猫科のそれだが、身体から微かに滲み出る殺気は、まるで獲物に狙いを澄ました「豹」のようだ。
こちらも武器は所持していないが、男性とまともに組み合えば無事では済まないだろう。
「望み通り表に出てやったぞ。それで、私をどうするって?」
女性は男性を挑発しながら早く仕掛けて来いと手招きをしている。
それを見た男性は顔を赤くして憤り考えもなしに一直線に駆け出した。
足はそれほど速くないが大柄の巨体が迫ってくる様子は迫力がある。
女性は余裕の笑みを浮かべると身を低くし素早く脚を掛けた。
戦いなれているのか動きに無駄がない。
男性は差し出された脚に躓くと、前のめりに倒れこんで盛大に砂埃を上げた。
顔面から思い切り地面に激突したため、一目で痛い転び方だとわかる。
顔を上げると擦り傷まみれで鼻血まで出ていた。
その表情は怒りに染まり米噛みには青筋が浮かんでいる。
「おやおや、醜い顔がさらに醜くなったぞ?見るに耐えんな」
「貴様…殺してやる」
男性は噛み締めるように呟くと落ちていた石片を拾い女性に向けて投げつけた。
至近距離とは言え、女性は涼しい顔で身を翻すと、石片は後方へ逸れていく。
しかし、女性の後方には僕らが居る。
僕は慌ててサフラの身体を抱き寄せると、石は彼女の居た場所を通り過ぎていった。
対応が遅れていればサフラは怪我をしていただろう。
当たりどころが悪ければ命の危険だってある。
その瞬間心の中で何かが弾ける音がした。
厄介事は嫌いだがそれ以上に理不尽なことを許せない。
今にも爆発しそうな怒りを何とか押し殺し、サフラを安全なところへ移した。
「サフラ、ちょっと待ってろ」
サフラの返事を待たずそのまま二人の間に割って入った。
「何だ貴様ッ!邪魔する気か」
「おやおや、人のケンカに手出だしとは感心しないな」
「無関係じゃないさ。そこのブサイクなオッサンが俺の連れを危険に晒したんだ。悪いが俺も仲間に混ぜてもらうぜ」
睨みを利かせて男性を見た。
対峙してみると男性の大きさがよくわかる。
僕より頭一つ背が高く、肩幅も一回り近く大きい。
ただ、武器を持っていないので怖さは半減だ。
こちらは武器を携帯しているのでいざと言う時は銃を使えばいい。
男性は僕の実力を低く見ているらしく油断をしている。
その証拠にニヤリと口元を歪めて不敵な笑みを浮かべた。
人間は慢心する生き物だとテレビに出ていた偉い学者を名乗る中年の男性が言っていた。
特に自分よりも弱い者が相手の場合はそれが顕著に現れるらしい。
この男性も例外ではなくそう思っているのだろう。
油断をしていればそれだけ付け入る隙が多くなる。
「舐めるなよ、小僧がッ!」
やられ役の悪党よろしく、男性は拳を振り上げて迫ってきた。
直線的な動きなので避けるのはさほど難しくはない。
身体を逸らすと拳は空を切った。
男性は避けられると思っていなかったらしく、前のめりになってバランスを崩している。
僕は間髪入れずに隙が出来たところへ狙いを澄まし、握り締めた拳を鳩尾にえぐり込ませた。
殴った感触はグローブをつけてサンドバックを叩いた時とよく似ている。
ドスンと言う重たい音と共に衝撃が内臓に伝わり、表面上ではわかりにくいダメージを与えた。
思い切り体重を乗せていたため、思っていた以上のクリーンヒットとなっている。
殴った僕も清々しい気持ちになるほどだ。
男性は堪らず口から胃液を吐き出すと身体を「くの字」に折り曲げ腹を抱えてうずくまった。
痛みに耐えかねてのた打ち回り、悶え苦しんでいる。
その姿は「見苦しい」の一言で、決して同情をしようとは思わない。
自業自得と言うヤツだ。
「俺はこれで満足だ。あとは煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
すぐ近くでことの成り行きを見守っていた女性に声をかけた。
女性は目を丸くしていたが、それ以上の反応は見られない。
この程度で驚かないということは彼女も相当腕には自信があるのだろう。
こんな大男とまともにケンカをしようとするのだから、少なくともそれくらいの実力は持っているようだ。
「なるほど、見たところなかなかの使い手らしいな。いやいや、面白い余興だったよ。何、キミが世間知らずのバカにお灸を据えてくれたおかげで気持ちが晴れたよ。私がわざわざ手を下すこともないだろう」
女性はすでに男性に対する興味を失い、代わりに僕を珍しい物でも見るような熱い視線を送ってくる。
美しい女性に見られることに関して言えば悪い気はしないが、まじまじと見られるのは得意ではない。
周りでは騒ぎを見ていた通行人たちが一部始終を目撃している。
この世界に警察や犯罪人を裁く法律はあるのだろうか。
どちらにしても正当防衛は証明されるはずだ
「…そうか。邪魔をしたな」
「何、気にすることはないよ。私はニーナ。ニーナ=クリステルだ。バウンティーハンターをしている」
「俺はレイジ。見ての通り旅人だ」
「そうか。見慣れない異国の衣装だが、どうやらまだ私にも知らない世界があるらしい。キミほどの腕なら賞金稼ぎかハンターになれそうなものだが。そうか、旅人か」
「就職先については検討中だ」
「ふふッ、面白い男だな。まあいい、機会があればまた会うこともあるだろう」
「次ぎ会うときは敵同士で無いことを祈りたい」
少し皮肉を込めて言ったつもりだったが、ニーナに声を上げて笑われてしまった。
一体何が面白かったのかはわからないが、少し話をした中で感じた印象は決して悪くない。
ただ、厄介事に巻き込まれていたところを見るとあまり人当たりの良い性格ではなさそうだ。
言い換えれば不器用なのだろう。
ニーナはそのまま上機嫌で現場を後にした。
足元には男性がまだ腹を抱えて苦しんでいる。
一見したところ命に別状はない。
このまま捨て置いても問題ないだろう。
それに、最初に手を出してきたのは男性の方だったので助けてやる義理もない。
僕はサフラの元に戻って手を取った。
少し手が震えているのは緊張によるものだろう。
そっと肩を抱き寄せて彼女の小さな身体を包み込んだ。
「…お帰りなさい、お兄ちゃん」
「ただいま」
「うん、もう大丈夫。やっぱりお兄ちゃんは強いね」
「アレくらいは朝飯前さ。って、ここは晩飯前って言うべきか?」
「ふふッ、そうだね。私、お腹空いちゃった」
「そうだな、俺もだ」
サフラが落ち着いたところで店探しを再開した。
先ほどから空気を読まない腹の虫がグウグウと鳴き叫び、早く食べ物をよこせと催促してくる。
すぐに夕食を食べるとすればニーナたちが騒ぎを起こしていた店に入るのが最善だ。
ただ、先ほどの乱闘で店内は荒れ、ちょっとした騒ぎになっている。
二人が暴れまわって破壊した食器や料理が床に散乱しているのが原因だった。
これでは落ち着いて食事が出来ない。
諦めて別の店を探していると、先ほどの店からほとんど歩かないうちに次の酒場を見つけることができた。
店内は先ほどの騒ぎとは無縁で落ち着いた雰囲気がある。
僕らは空いた席に着くとメニューを見ながら料理を注文した。
注文したのはガーリックトーストとジャーマンポテト、それとソーセージの盛り合わせだ。
メニューを見る限り北欧系の料理が充実している。
しばらくすると料理が運ばれてきた。
料理が出来る早さから作り置きではと心配になったが、湯気が立っていたため無用な心配だった。
この世界には便利な電子レンジやオーブントースターの類は存在しない。
料理が温かいと言うことは作り置きではないことを意味している。
食事を進めながら今後のことについて話し合った。
ここから帝都までは特に交易も盛んで人通りも多いらしい。
気をつけるべきは旅行者を襲う亜人や魔物で、不意な襲撃には細心の注意が必要だ。
出来ることなら可能な限りの頭数を集め、多人数で行動を共にした方が危険性は小さくなる。
そして、この町には少人数での旅をする人向けの珍しいサービスがある。
それを運営する組織は「臨時キャラバンギルド」と呼ばれ、少数で旅をする者同士のマッチングを図るのが主なサービスの内容だ。
臨時キャラバンギルドの利用者の多くは金銭的な理由でハンターを雇えない旅人や商人たちで、共通の利用目的は安全に街道を渡ること。
臨時キャラバンを組むには最低限のルールがあり、必ず一名は馬車を持った行商人が参加して商隊のリーダーとなる。
他の参加者は亜人や魔物に襲われた際に全力で馬車を守る義務を課せられるが、目的地まで馬車での移動が出来るためお互いに利害関係が成り立つ。
そのため、参加者は必ず武器を携行しなければいけないが、旅人と言うのは最低限の護身用ナイフくらいは持ち歩いているためそれほどシビアな制約とはならない。
サフラも父親と行商に出掛ける際は臨時キャラバンをよく活用していたらしい。
その方がハンターを雇い入れるよりも安価に済むし、場合によってはハンターを連れているより安全な場合もある。
臨時キャラバンには単独で行動するバウンティーハンターも顔を出すことがあり、運がよければ心強い仲間と旅をすることが出来るからだ。
臨時キャラバンを募集するには臨時キャラバンギルドへ申し込みが必要となる。
利用の際は最低限の身分証明や名前、出身地や戦闘経験などを明記した書類を提出し、それらの情報を元にマッチング作業が行われる仕組みだ。
また、一回につき銅貨五枚の登録料を支払えば利用でき、ハンターギルドと同様に各地で支部を展開しているようだ。
「へぇ、便利なシステムがあるんだな」
「最初に考えた人は凄いよね。私も臨時キャラバンがなかったら旅なんて出来なかったもん」
「あぁ、確かに凄いな。それじゃあ、明日になったら一度様子を見に行ってみようか」
「は~い」
僕らが夕食を終えた頃、一人の男性が店に入ってきた。
身なりからして行商人だろうか。
辺りを見渡して誰かを探しているらしい。
そうして僕はその男性と目があった。
いや、あってしまったと言うべきか。
男性はにこやかに笑みを浮かべこちらに向かって歩いてきた。
冷静に考えてみれば見知らぬ男性が笑みを浮かべて近寄ってくるという光景は少し恐怖すら覚える。
相手が可愛い女の子なら話は別だが、一端の大人が誰か助けを求める場合は必ずと言っていいほど厄介事と相場は決まっている。
もちろんこれは僕の経験上なので、そうでない場合もあるとは思うが。
「やあ、キミがフィガロを倒したと言う旅人だったね。あぁ、すまない。私は行商人をしているジャンセンと言う。いや~素晴らしいカウンターだったよ。見ていて晴れ晴れした気持ちになったよ」
ジャンセンと名乗った行商人は饒舌に話しかけてきた。
僕は警戒しながら彼の問いに答えることにした。
「…それで、何の用なんです?僕らはあまり暇ではないのですが」
「あれあれ、警戒されちゃったかな。別に堅苦しい話をしに来たんじゃないんだがね。臨時キャラバンのお誘いに来たんだよ」
「えッ、臨時キャラバンに?そういうことなら話を聞きましょう」
ちょうど臨時キャラバンの話をしていたところだ。
話を聞いて損はないだろう。
断るにしても話を聞いてからでも遅くは無い。
「話が早くて助かるよ。じゃあ、さっそく本題に入らせてもらう。キミに是非、私が主催するキャラバンに参加して欲しいんだ。噂によるとキミは先日ゴブリンの集団襲撃事件を一人で解決したそうじゃないか。初めは半信半疑だったが、先ほどキミの身のこなしを見て考えを改めたよ」
「それはどうも。でも、あれは一応、フィガロとか言うオッサンを制圧するのに必要な最低限の力を出したまでですから」
「つまり、本当の実力はもっと上だと?」
「その辺りはどう捉えてもらっても構いませんよ」
軽く値踏みをされているような気がしたため謙遜をしつつ牽制をしておいた。
ジャンセンはそれを聞いて納得したような顔をしている。
「そうですか。実はですね、私は港町パスティオールから行商で帝都に向かう途中にこの町へ立ち寄ったんですよ。それまでは護衛にとフィガロ、つまりキミが倒したハンターを雇っていたのだけれど、人間性にいろいろと問題があってね。道中険悪な雰囲気で困り果てていたところなんだ。そんな所へキミが現れた。だから私はキミとのケンカを口実にして彼との契約を破棄し、臨時キャラバンを募集することにしたんだ」
「なるほど、そう言うわけでしたか。確かにあの暴漢は口も悪いが顔も悪い。さぞ苦労したでしょうね」
「わかっていただけますか?いや、全くその通り」
あまり人のことを悪く言うものではないが、さすがに同じ感情を共有できる仲なら許さるだろう。
本題から脱線してしまったので話を戻すことにした。
「それで、臨時キャラバンの件ですが、一晩検討させていただきたい。連れも居ますので二人で相談をします。承諾となれば明日、臨時キャラバンギルドの方で声を掛けさせてもらいます」
「そうですか。見ず知らずなのだから慎重になられるのは当然だ。では、私はこの辺で。他にも目星を付けている旅行者がおりますので。それでは、良いお返事をお待ちしています」
ジャンセンは話が済むと店を出て行った。
「…お兄ちゃん?」
「…ん?あぁ、何でもない」
去っていったジャンセンの後ろ姿を見たまま呆けてしまっていたらしい。
他に目星を付けた者がいるなら僕が参加しなくとも彼は困らないだろう。
僕らは支払いを済ませて宿に戻った。




