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シーン 14

 「終わったぞ。怖かったか?」

 「…うん。それ以上にビックリしちゃった。それ、不思議な武器だね?」

 「不思議…だな。俺にもどういう仕組みなのかわからないけど、こういう物だと認識してる」

 「そうなんだ。うん、怖がったけど、もう平気」


 そう言って裾から手を離すといつもの笑みを浮かべた。

 この笑顔を見ていると許された気持ちになるのは何故だろうか。

 気が付くと太陽は少し西の空に傾いていた。

 いつもならそろそろ昼食を食べている時間だ

 しかし、昼食を食べる習慣のない彼女はどう思っているだろうか。


 「なぁサフラ、お前って昼にお腹は空かないか?」

 「え?どうして?」


 案の定不思議そうな顔をされてしまった。

 やはり僕はこの世界では異質な存在らしい。

 朝からこの町を目指してひたすら歩いて来たのだから、それなりにカロリーを消費している。

 そうなれば当然腹が減るので、いつものように昼食を食べたいと思うのは前の世界では当たり前のことだった。

 こういった感覚の違いは今後誤解が生じる可能性がある。

 早いうちに共有しておいて損はないだろう。


 「サフラ、日本って国ではな、朝昼夜と飯を食うんだ。だから俺は物凄く腹を空かせている」

 「そうなの?」

 「あぁ。お前は腹減ってないのか?」

 「うーん…少し減ってるけど、我慢できないほどじゃないよ?それに、毎日三食食べるのは貴族かお金持ちの商人さんくらいかも?」

 「でも、腹は減ってるんだよな?だったら食べればいいよ。リュックの中にバゲットがある。朝みたいに干し肉を挟んで食べようぜ」


 近くを見渡して座れる場所を探すと、町の一画に公園らしき広場を見つけた。

 公園らしきという表現になったのは遊具や砂場など子どもが遊ぶ設備が設けられていないからだ。

 広場には丸太で作った簡単なベンチがあるだけで、公園と言うより空き地のような場所だった。

 そんな場所でサンドイッチを作り二人で頬張る。

 気分は妹とのピクニックだ。

 実際に妹が生きていたならサフラくらい大きくなっていたかもしれない。

 そう思うと不思議な気持ちになる。


 「食い終わったら買い物に行こう。旅の装備を整えたり、服も買わないと。あと、今日の宿も見つけないとな」

 「お買い物?うん、行こう行こう。そうと決まれば急がなくっちゃね」


 サフラは目の色を変えると手にしていたバゲットの残りを一気に口に放り込んだ。


「ちょ…お前、慌てて食べると…」


 言い終える前にサフラは胸を叩いて苦しみ始めた。

 思った通りパンを喉に詰まらせたらしい。

 期待を裏切らないところは可愛らしいが、当の本人はそれどころではないらしい。

 水筒を手渡すと喉に詰まったパンは流れていったようだ。


 「お前なぁ、楽しみなのはわかるけどそんなに急ぐことはないだろう?店は逃げたりしないぞ」

 「…ごめんなさい」

 「そう落ち込むなって。次から気をつければいいさ。さて…そろそろ店を見に行こうか」

 「は~い」


 元気よく返事をしたサフラとはぐれないよう手を繋ぎ、露店商が軒を連ねる大通りを目指した。

 露店には各地から集められた様々な工芸品が並び、食材から日用品、旅に必要な携行品までいろいろ取り揃えられている。

 サフラは一店ずつ見て回り目当ての物がないか目を光らせた。

 ちなみにサフラが欲しがっているのは着替えの下着とワンピースだ。

 基本的にこの世界の女の子はドレスがワンピースを着るのが普通らしい。

 中にはパンツルックにTシャツのような軽装をしている子もいるようだが、そう言った子の多くは下級市民たちで、男女の隔たりがなく単純に労働力として扱われる。

 言わば奴隷のようなものだが、最低限の人権は認められているので、厳密に言えば奴隷とは異なっている。

 つまり、女の子らしい格好をしていなければ周りから下級市民と見られてしまうので、滅多なことがない限り平民の女の子はワンピースを着るのが一般的だ。

 ちなみにドレスは上流階級の皇族や貴族、一部の富裕層が着る服という認識らしい。


 それらを踏まえた上で自分の体型にあった物を探すのだが、素材やデザインだけでなく縫製や刺繍の細かさなどの条件を挙げていくと、なかなか好みの物が見つからないようだ。

 難しい顔をしながらの品定めが続き、僕は黙って後ろで見ているという時間が続いた。

 身体にあった物が見つかりづらいのは立体裁断されたワンピースが無いからだ。

 市場に出回る衣類はほぼ全て型紙の上で寸法に基づき加工する平面裁断となっている。

 つまり、オーダーメイドでもない限り満足のいく物を見つけるのは難しい。

 それに、サフラは先ほどから山積みにされた安価なセール品ばかりを見ているため、品質の悪い物ばかりしか手に取っていなかった。

 確かにセール品はどれでも銅貨五枚以下という安さだが、せっかく身に着けるのだから少しくらい贅沢をしていいと思う。

 だから僕は品定めをするサフラに口出しをしてみることにした。


 「サフラ、アレなんてどうだ?」

 「どれどれ?」

 「そこの壁に掛けてあるヤツだ」


 指を差した先には薄い水色のワンピースが壁に掛かっている。

 一つずつハンガーに掛けて展示されているので、山積みになったセール品に比べて使われている生地や仕立てがいい。

 立体裁断ではないが、セール品に使われる薄手のブロード生地ではなく、チノクロス風の肌触りと厚みのある生地が使われている。

 店主に聞いたところ素材までは把握していないようだが、長く着るならばオススメだと背中を押された。

 値段も銀貨五枚と破格に高いわけではない。

 今は懐具合もいいので買えるときに揃えておいて損はないだろう。

 次にいつ買い物が出来るのかわからないので、安物よりも長持ちする服の方が助かる。


 「コレ、きっと似合うと思うぞ。ちょっと後ろを向いてみな」


 サフラを後ろ向きに立たせて背中にワンピースを合わせてみた。

 丈は膝より少し下で大きめのようだ。

 この世界では厳密にサイズを定めて製作されていないため、製作者が独自に平均的な身長を割り出して作る場合がほとんどだ。

 極端にサイズが違う場合はオーダーメイドになるが、このワンピースだけ見れば大きすぎると言うこともないので適正サイズの内だろう。

 ちなみに露店ではブティックのような試着室がないため服選びは思ったより大変だ。

 判断基準は見た目と服の上から合わせる方法しかない。


 「サイズはちょうど良さそうだな。色は水色で涼しげだし、これからの時期にもピッタリだろ?」

 「でも、これ…お金」

 「気にするな。でも、気に入らないなら別のものを探せばいい。無理に買う必要はないからな」

 「違うの。初めにコレを見てイイなって思ったの。でも、銀貨五枚はちょっと…って」


 申し訳なさそうにするサフラはモジモジとして浮かない顔をしている。

 たぶん昨日言った贅沢は出来ないという言葉を気にしているのだろう。

 確かに贅沢は敵だ。

 使えるお金も湯水のようにあるわけではない。

 それに、次もまとまった収入があると言う保証もなく、先々の生活はいまのところ不透明だ。

 それでもこの程度の出費は必要経費と考えてもいいだろう。

 二人で初めての買い物は慎重になるより思い切り使って記憶に残しておきたい。


 「昨日言ったことを気にしてるなら心配しなくていいぞ。俺たちにはさっきもらった懸賞金があるだろ。最初なんだし少しくらい贅沢したってバチは当たらないさ」

 「本当?」


 サフラは上目遣いで見上げてきた。

 いつの間にこんな必殺技をいつ覚えたのだろうか。

 言うまでもなく僕の心にクリティカルヒットを与えた。

 「止めて、レイジのヒットポイントゲージは真っ赤よッ!」状態というヤツだ。

 こんなに熱烈な視線で見詰められれば何でも買ってやりたくなるのは僕だけではないと思いたい。

 言葉にはしなかったが「お兄ちゃんに任せろ!」と胸を張り大きく頷いて応えておいた。

 もし、今の状態でサフラがもう一度上目遣いをすれば、完全にヒットポイントはゼロになっていただろう。

 戦わずして僕を瀕死に追い込むとは末恐ろしい娘だ。

 この勢いで世の中の男どもを手玉に取っていくのだろうか。

 本人にそんな気はないだろうが、きっとやろうと思えば出来てしまいそうなところが恐ろしい。

 末はサフラ帝国を建国して逆ハーレムを…。


 「お兄ちゃん?」


 サフラの声で我に返った。

 彼女は不思議そうに僕の顔を見ている。

 僕の脳内では勢いを増した妄想が危うく大気圏を突き抜けて宇宙空間に飛び出しそうな勢いだった。

 サフラは首を傾げて見つめているが、僕が何を思っていたのかわからないようだ。

 仮に心を読まれて居たとすれば「私、もうお婿に行けない!」と返せばいいだろうか。

 もちろん婿に行く予定もなく、妻を娶る予定なので関係のない話ではある。


 「あ、あぁ。気に入ったなら買ってもいいんだぞ?」

 「うん。せっかくお兄ちゃんが勧めてくれたし、コレにするね」

 「わかった。店主、コレを貰う」

 「毎度あり。今後ともご贔屓に」


 代金を支払い別の露店を覗いた。

 今度は下着を買わなければならない。

 しかし、如何にも男子禁制の雰囲気が漂う女性物の下着店に近付くのは遠慮したいところだ。

 これでも気持ちは紳士なので野暮なことをしたくはない。

 出来ればサフラの買い物を遠巻きに観察したいところだが、彼女が強引に腕を組んできたので逃れられなくなってしまった。

 心の中で「これは不可抗力」と念仏のように唱えながら彼女に導かれ店へと近付いていく。

 周りから白い眼で見られるのではないかと心配だったが、下着店の女性店主に「彼氏?」などと茶化されてしまった。

 周りからはそう見えているのかもしれない。

 仲のいいカップルが一緒に買い物をする、そんな風に映っているのだろうか。

 茶化されたはずのサフラはすでに戦闘態勢で品定めを始めていたので店主の声は耳に届いていなかった。


 少し冷静になれたので恥を忍んで品定めに付き合うことにした。

 ただし、想像していたようなレースやフリルを豪華にあしらった、俗に言うパンティーの類は置いておらず、生地が薄いブロード地のシンプルなショーツばかり並ぶ。

 デザインもお尻に食い込むような過激な物や紐で固定するような物はなく、どちらかと言えばホットパンツに似たデザインで統一されている。

 違いがあると言えばサイズと色くらいだ。

 商品選びは少し大きめの物を選ぶのが普通らしくゴムの代わりに通された紐を使って固定する。

 男子学生が水泳の授業で履いた男児用のスクール水着と言えばわかりやすいかもしれない。

 また、ブラジャーは存在せず、代わりにTシャツに似た薄手の上着を羽織るらしい。

 現代で言うところのキャミソールに相当するものだ。

 例外的に胸をサラシのような布で固定する場合もあるが、たわわに実った果実のような大きい胸でない限り用いないらしい。

 中には女性のハンターや賞金稼ぎもいるが、その場合は鎧の下に着る緩衝材としてさらしを着用することもあるという。

 下着選びはワンピースの時に比べて早かった。

 理由は店主がオススメと言って二種類から僕の独断と偏見で一方を選んだからだ。

 この選択には本人も満足したらしく、異論はなかったのでホッと胸を撫で下ろすことができた。

 これでようやく下着店を離れることができる。

 安堵しながら次の店を目指した。


 「次はお兄ちゃんの服を選ぼうね」

 「じゃあ、あの店を覗いてみよう」

 「は~い」


 サフラは自分の買い物を終えて上機嫌だった。

 次に覗いたのは紳士服を扱う露店だ。

 店に並ぶのはこの世界では標準的なデザインの服ばかりで、女性物にくらべてデザイン性よりも動きやすさなど機能面に重きが置かれている。

 ズボンはデニム地の丈夫なタイプが主流で、値段が安くなるほど生地が薄くなるらしい。

 種類もデザインはほぼ同じで色合いだけが違うといった具合だ。

 前世でも普段着でデニムを履くことがあったので、ズボンについては違和感はなかった。


 問題は上着だ。

 店に並ぶ衣装のほとんどは中世のヨーロッパを舞台にした映画に登場する民族衣装とよく似ている。

 胸元がY字に大きく開き、肩から腕の部分がないノースリーブ状になった上着が目に止まった。

 作りはとても簡単で一枚布の中央に頭を出す穴を作り、腕が出る穴を残して左右を縫い合わせただけとなっている。

 縫製技術としてはかなり低いが、ズボン同様にデニム地の物が一番高価らしい。

 ただ、これだけでは寂しいので内側に着る長袖のシャツを選び、一回分の着替えを含めた六点の会計を済ませた。

 ちなみにこれだけ買っても銀貨三枚という価格は非常に安い買い物だと思う。

 女性物と比べて種類も少なく規格が統一されているのが主な理由らしい。

 

 続けて下着を選びに別の店へ移り、ボクサーパンツ風の下着を手に取った。

 商品の多くはゴワゴワとした麻布製で、表面が滑らかではないため慣れるまで大変そうなイメージがある。

 下着くらいは満足のいくものが欲しいところだ。

 商品を物色するとブロード地のパンツを見つけた。

 これなら今使っているものとそれほど遜色はない。

 予備も含めた代金を支払った。


 「これで俺の買い物も終わりだ。旅に必要な荷物は宿を取ってからにしよう」

 「それがいいね。私、いい宿知ってるの。こっちこっち」


 サフラに手を引かれてたどり着いのは三階建ての宿屋だった。

 昨日泊まっていた宿よりは贅沢な佇まいだが、ローヌルの宿よりランクは下だろう。

 思えばローヌルの宿が特別だったのかもしれない。

 きっとあの部屋は限られた者にしか提供されないのだろう。

 そうでなければあれほど豪華な部屋の造りは説明がつかない。

 そんなことを思いながら受付で手続きを済ませ、部屋の鍵を受け取って二階の角部屋に入った。

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