シーン 13
石畳の街道は帝都から放射状に広がっている。
もちろん今歩いている街道も例外ではない。
この道を辿っていけばいずれは帝都に辿り着くことができる。
石畳のおかげで街道を行き交う人は地図がなくても迷わなくて済むと言うわけだ。
国中を渡り歩く一人前の行商人ともなれば街道沿いにあるほとんどの宿場町や村の位置を把握しているらしい。
場所さえわかっていれば、突然野宿という心配は避けられる。
草原はただでさえ人を襲う亜人が徘徊しているため、知っていると知っていないでは死活問題だ。
特に、旅慣れていない貴族や裕福な豪商たちはハンターギルドから派遣されたハンターを数名連れて移動をしている。
それだけ草原を移動するのは大変なのだ。
危険を一人で退けられるハンターや僕のような旅人なら話は別だが、戦闘経験のない連れが居る場合は考え物だろう。
まだサフラとは出会っていくらも時間が経っていないため、次の町へ向かう道中はお互いの身の上話が中心となった。
「サフラは帝都に行ったことはあるのか?」
「はい。何度か。帝都は人がた~~~くさん集まるスゴイ町です」
「そうか、そいつは楽しみだな。そうだ、それなら隣町にも行ったことがあるんだろう?あとどれくらいかかるんだ?」
「えっと…あと一時間くらいですね」
サフラは道端に目をやってそう告げた。
視線の先には土が小高く盛られた盛土が見える。
さらに、盛土の頂点には一抱えほどある大きな石が据えてあった。
彼女の説明によれば街道沿いの道端に数キロの間隔を空けて配された「ポストストーン」と呼ばれる構造物のようだ。
これは平安時代末期から普及した一里塚と似た役割があるらしい。
似たという表現なのは、道路標識の役割だけでなく、盛土の中心に置かれた石が日時計の役目も果たしているからだ。
ちなみにこの世界では一日が約二十五時間ほどで、暦については多少の誤差はあるものの地球とほぼ変わらないらしい。
ただ、この世界に転生して以来、時計を見る機会がなくなってしまったのでまったく実感がなかった。
ブレイターナにも時間の概念はあるものの、日本人特有の電車の時刻表のような習慣はないようだ。
人々は日の出と共に活動し夜になれば眠るだけだとサフラは言った。
「そういえば、お兄ちゃんはニホンって所から来たんだよね?私、聞いたとことのない国でビックリしちゃった」
「あぁ、この国では馴染みがないみたいだな。物凄く遠い場所だから仕方ないけど」
「そうなんだ。私もいつか行けるかな?」
「どうだろうな。もしかしたら行けるかもしれないし、行けないかもしれない」
「どう言うこと?」
「言葉の通りさ。大丈夫、もし機会があれば連れて行っていくよ」
連れていけるものなら連れて行ってやりたいが、実際のところ僕自身も帰り方を知らないのだから、それは戻れないのと同じだ。
それを聞いて少し不思議そうな表情を浮かべたが、すぐに持ち前の笑顔で返してくれた。
街道を進むと草原地帯から徐々にゴツゴツとした岩が剥き出しになった風景へと変わってきた。
サフラによればウエストランドとミッドランドの境に位置する「ロックバレー」と呼ばれる地域のようだ。
その名前の通り岩石が形作った渓谷で、痩せた土地のため草木はほとんど生えていない。
また、岩石の多くが鉄分を多く含んだ赤錆色をしており、ロックバレーの中心地には品質のよい鉄鉱石を産出する鉱山もある。
次の町はそんな鉱山開発のために発展した比較的中規模な町だ。
町の特産は鉄を使った加工品で、特に鉄製武具は大陸でも有数の産地として知られている。
周りの景色が荒涼とした岩石の冷たい雰囲気に変わってきた頃、目指していた町が見えてきた。
「到着しましたね」
「そうだな。じゃあ、先に用事だけ済ませよう」
「はい。えっと、ギルドは町の西側にはったはずです」
場所を知っているサフラの後についてハンターギルドを目指した。
鉄工業の盛んな町というだけあり鉄を精製する溶鉱炉から伸びた煙突は猛烈な勢いで灰色の煙を吐き出している。
町の一画には採掘されたばかりの鉄鉱石が山積みされ、必要に応じて工房の中へと運ばれていく様子を見ることができた。
その近くには燃料となる石炭も山積みにされている。
これまでの町とは違い町には活気があり行き交う人の数も今まで以上に多かった。
特に行商人の姿が多くあり遠方から工芸品や武具を買い付けに来ているようだ。
町のあちらこちらには露店が並び自慢の商品を売ろうと、店主たちは鼻息を荒くして商品の説明をしている。
そんな町中を抜けると重厚な丸太造り建物が見えてきた。
ローヌルにあったハンターギルドの建物とよく似ており、入口付近には甲冑姿の男たちが出入りする姿が見える。
どうやらここが目的地のようだ。
「サフラ、お前はここで待ってろ」
「どうして?」
「女の子が立ち寄るような場所でもないだろ?」
「平気。こういう所は慣れてるから」
どうやら彼女はハンターギルドへ来るのが初めてではないらしい。
本人が慣れていると言うので問題はないだろう。
建物の中は表向きの外観と同様にログハウスを思わせる室内で、ほのかに木の香りが漂い心なしか精神的に落ち着く感じがする。
初めての場所に目を奪われていると、室内に居た強面の男たちの視線を集めた。
どうやら見慣れない服装と女の子を伴った姿は物珍しいようだ。
異世界に来て未だにジャージ姿では浮いてしまうのも無理はないが、ここは我慢するしかない。
あとで洋裁店を探して衣類を調達しよう。
あまり居心地のよい場所でもないので急いで受付を済ませることにした。
受付には初老の男性が座っている。
シワの深い顔付きをしているが、全体から感じられる雰囲気は温和な印象で近寄りがたいといった感じはない。
「どうも。えっと…この書状を見せればわかると言われて来ました」
プラウフ村長代理に貰った書状を受付の男性に手渡した。
彼の言葉が確かならこれでわかるはずだ。
「…どれ、…なるほど、アンタがゴブリンを倒した旅人かい。変わった服装だったから、もしかしたらと思ったが、そうかいそうかい」
「えぇ、あの村には偶然居合わせただけです。ゴブリンを屠れたのは運が良かったからでしょう」
こう言う場合は謙遜しておくに限る。
下手に目立てば動きにくくもなるし下手をすれば厄介事に巻き込まれる可能性もあるからだ。
僕の対応に好感を持ったのか、男性はウンウンと頷き、事前に用意されていた書類を取り出した。
そこには倒したゴブリンとコボルトの数、討伐日時、討伐場所などが詳細に記されている。
特に気になったのは討伐数の項目だ。
そこには内訳としてゴブリン二十四体、コボルト三体とある。
どうやら事前に街道で倒したゴブリンの数も含まれているようだ。
「恐ろしい数だな。ウチから派遣していた若いのも二人亡くなった。アンタ、どうやってこの数を捌いたんだい?」
男性の目が怪しく光った。
疑心にも似た雰囲気を微かに放っているが、それは好奇心の延長のようにも見え、決して敵意のようなものは帯びていない。
正直なところ銃の存在を他人に明かすのはあまり好ましくないが、またどこかで追求されることもあるだろう。
ここで白を切れば一時的に逃れられることはできるがそれでは解決にはならない。
信じて貰えるか不安だが正直に答えることにした。
「…コレで仕留めました。銃という武器です。弓やボウガンのように金属の弾を飛ばして相手を撃ち倒します」
「ほう…これが遣いの若造の言っていた異国の武器かい。小さな武器だが、これでねぇ…」
男性は一応納得したのか銃をしまうように言った。
背後ではザワザワと屈強な男たちが何かを言い合っている。
ただ、それを気にしていては世の中をうまく渡って行くことはできない。
障らぬ神に祟り無しとはよく言ったものだ。
「アンタ、このことはあまり口外しない方がいい。出来る限り目立たぬようにな」
「えぇ、肝に銘じておきます」
「それと、これが懸賞金だ、受け取んな。中身についてはこの書類の通りだ。詳しく説明するのは野暮だろう?」
そう言って悪戯っぽい笑みを浮かべながら懸賞金の入った革袋と詳細を明記した書類を渡してくれた。
革袋は初めて受け取った懸賞金とは比べ物にならないほど重く、それを後ろで見ていた男たちも俄かにざわついている。
さすがにこれはやり過ぎだろうとは思うが、正当な対価であれば受け取らない手はなかった。
まだ中身の確認はできないが下手をすれば僕ら二人が一年間くらいは平気で暮らせるくらいあるだろうか。
突き刺さるような視線には目もくれずサフラの手を引いて建物の外へ出た。
「お兄ちゃん、凄いです!私、こんなにたくさんのお金見たことないッ」
「あぁ、これで金銭的には当面は大丈夫だろうな」
革袋と一緒に手渡された書類に目を落とすと、討伐したゴブリンについての記載があった。
通常の場合、ギルドではゴブリンをEランクと格付けをしているが、リーダー格のゴブリンはDランクとされていた。
説明書きによれば複数の討伐依頼が掛けられたらお尋ね者だったらしく、ゴブリン族では稀な他種族との交流を持って人々を襲っていたらしい。
今回はコボルトを味方に引き入れて村を襲撃していたが、確認されている限りではオークやグレムリンと行動を共にしていたという目撃例もある。
ちなみにオークはゴブリンより上位の種族でグレムリンはゴブリンと同等程度の能力を持つ怪物だ。
ただし、これは生前から引き継いだ知識なので正確なことはわからない。
おそらくそう大きく違ってはいないだろう。
二人で和気藹々と話をしながら町の中を散策していると不意に背後から声がかかった。
振り返ると腰に長剣を差した若い男が立っている。
二の腕にはハンターの紋章を着けており、見た目の印象から歳は僕より少し年上と言ったところだろうか。
身体は細身だがバランスのよい体形で、水泳選手のように無駄のない筋肉がついている。
初対面の相手に対して高圧的な態度と表情は自信の現われだろう。
ただし、纏っている雰囲気は普通ではなく敵意すら感じる。
「アンタ、ゴブリンとコボルトを三十体近く倒したっていう旅人だろう?バウンティーハンターか何かかい?」
「…いや、そうではない。わけあって帝都を目指す旅の者だ」
「子連れで二人旅か?初めに断っておく。俺はお前がゴブリンを倒したなんて信じられないんだ。一度手合わせ願いたい」
男は不敵に笑みを浮かべながら剣の柄に手を掛けた。
人の往来がある場所にも関わらず戦うつもりらしい。
それを見てサフラはジャージの裾を掴み小さく震えた。
「大丈夫だ、サフラ。俺を信じろ」
「おいおい、ガキがブルってるぞ?泣き出すんじゃないだろうな」
「心配ない。お前を黙らせればすぐに落ち着くさ」
「言うねぇお前。全力で叩き潰したくなってきた」
「奇遇だな、俺もギルドのヤツらから鬱陶しい視線を向けられて気が立ってたところだ。憂さ晴らしにはちょうどいい」
男は口元をニヤリと歪めて剣を抜いた。
一見どこにでも売っていそうな銀色の剣だが、刀身には何らかの文字が刻まれている。
ただ、他に特徴的な装飾などはない。
男はそのまま剣を振り上げ駆けてきた。
足はあまり速くないが切っ先が間合に入るのだけは避けたい。
僕は素早く銃を抜き振り上げられている男の剣に向けて弾を放った。
発砲音と同時に弾は狙い通りに刀身を捉え金属の甲高い音が鳴り鳴り響く。
その反動で剣は後方へと押し戻され、男はバランスを崩して尻餅をついた。
「…貴様、一体何を…」
「たった一発、その剣に向けて弾を撃っただけさ。お前には見えなかったのだろう?先に断っておくが、人の頭程度ならザクロのように砕けるぞ」
何が起こったのかわからないがと言った男に対し、蔑むように見下げ出来る限り低い声で脅しをかけた。
男が持つ剣の刀身には微かに弾痕が残り、それに目をやると剣と僕とを交互に見ている。
よく見ると表面が少し陥没しているようだ。
男はゆっくりと立ち上がり剣を鞘に収めた。
「…噂通り奇っ怪な武器を使うようだな。わかった、今日のところは退こう」
「何だ、もう終わりか?威勢の割に潔いんだな」
「…人間、引き際が肝心だろう?」
「同感だ。お前の仲間にもよく伝えておけ、次は警告では済まさない」
出来る限りの殺意を込めた視線を投げかけると、男は一瞬身震いして背を向け、雑踏の中に消えていった。
命を奪おうとは思っていないが、仮に逃げる背中を狙おうにも一般人に当たってしまう。
逃走ルートを見る限り人垣を縫うように走っているため、勢いだけのバカというわけではないようだ。
腐ってもハンターといったところか。
男が立ち去ったのを見届けてサフラの頭を撫でてやった。
ずっと裾を掴んだままだったので少し生地が伸びている。
それだけ力が入るほど緊張していたといことだろう。
だから僕はできる限り優しく接して肩を抱くと、サフラを支配していた緊張はゆっくりと解けていった。




