シーン 122
作戦当日。
今夜、予定通り「夜襲」を決行する。
時刻はそろそろ日付が明日に変わろうかと言う頃だ。
大聖堂への侵入ルートはすでにセシルの部下によって確保されている。
作戦自体の説明も事前に受けているため、あとは滞りなく遂行するだけだ。
この作戦の主な目的は二つ。
一つ目は教皇から直接教義の内容が間違いであったことを認めさせる。
二つ目は教義を改めて正しい情報にすることだ。
まず、一つ目がうまくいかない限り、二つ目には繋がらない。
それに、誤りを正すとしてもすぐに正しい情報が浸透するかは不透明だ。
どこまで予定通りにことが運ぶのかはわからないが、やれるだけのことをするしかない。
「…なあ、この国で一番影響力のある人物ってやっぱり陛下だよな?」
隣で準備を進めるセシルに思いついた質問をしてみた。
辺りはすでに暗くなっているため彼女は烈火石の僅かな明かりを頼りに装備の確認をしている。
「ん?まあ、そうなるな。その次が教皇、それから大臣、貴族たちと続くが、それがどうした?」
「最悪の場合を考えておこうと思ってさ。勢い余って教皇を殺してしまうかもしれないだろう?」
「その辺りは何ともわからないな。ただ、極力作戦の遂行は穏便にやるつもりだ。あまり騒ぎを大きくしたくはない。夜を選んだのもそのためさ」
昼間は信者たちの出入りが多く騒ぎになればパニックになる可能性がある。
夜は活動している衛兵やパルチザンの構成員も極端に減るため二人で乗り込むにはこれ以上の時間帯はない。
万が一に備えセシルが周囲の殺気に注意しながら潜入することになった。
「バーサーカーに出会ったら躊躇わず殺せ。それと、銃は極力使うなよ。音で侵入したことがバレてしまうからな」
「その点は抜かりない。これを使う」
手にはサフラから借りてきた鞭がある。
殺傷能力は刃物に劣るものの使い慣れているだけに心強い武器だ。
それに銃が全く使えないと言うわけではない。
僕はホルダーから銃を取り出して願いを込めた。
「…それは?」
「消音器を取り付け銃だ。それで、これが音を小さくする装置。試してみようか」
僕は空に向かって弾を三発放った。
いつもより半分くらい音が小さいだろうか。
銃身の先端につけた消音器のおかげで通常より銃身が長くなっているものの殺傷力は変わらない。
「ふむ…。まあ、その程度なら多用しなければ平気か。だが、万が一の時に使う程度に留めておいてくれ」
「わかった。お前はどうするんだ?得意の二刀流でいくつもりか?」
「いや、今回は隠密行動だからな。もちろん剣も持っていくが、主に今回使う獲物はコレさ」
そう言って右足の太ももに装備した短剣を取り出した。
どこかで見覚えのある形状をしている。
「櫛状」の細工が施された特徴的な短剣だ。
「それは…ソードブレイカーか。お前が短剣を使うとは意外だな」
「相手の武器を破壊して、無力化するにはちょうどいいからな。それに、これは私が使いやすいように長さを調節してあるんだ。大剣までは無理だが、鉄製のサーベル程度なら破壊可能だ」
よく見ると黒い金属で作られている。
特徴のある色から想像するにテイタン製だろう。
長さもショートソードほどあり刃渡りは五十センチほどある。
「それを見ると思い出すよ。あのホリンズも使っていたものだからな」
「あぁ、私も見ていたよ。あの化け物じみた動き…ヤツは本当に人間なのか?」
「どうだろうな。仮に人間だったとして、俺がどうにか出来る類の相手じゃないだろうな」
「珍しく弱気だな。キミのことだから「任せろ!」とでも言うと思っていたが」
「一度実際に戦っているからな。ヤツが本気じゃなかったのは十分わかってるつもりだよ」
「戦士の勘と言うやつか?まあ、キミがそう言うのなら間違いはないんだろうさ」
準備が整い地下に潜った。
帝都の地下には大規模な排水施設が広がっている。
主に生活排水がそのまま流れ込むため水は濁り悪臭が立ち込めている。
あまり長時間は居たくない場所だ。
鼻を押さえながらセシルの後についていくと彼女は立ち止まって天井を見上げた。
どうやら内部へ侵入するための入口にたどり着いたようだ。
「ここか?」
「あぁ、この上はちょうど食堂だ。今は無人の時間帯だから忍び込むには最適だろ?」
セシルは慣れた様子で「鉤爪」の付いたローブを頭上に放ると、忍者のようによじ登りはじめた。
ロープの長さは地上から入口まで四メートルほど。
彼女は腕の力だけで器用に登りきり、内部の安全を確認すると手招きをした。
僕も彼女に習ってロープをよじ登る。
「…ここからは声の音量に気をつけろ。なるべく気配を消すんだ」
「わかった」
気分は忍者だ。
文字通りの忍び足で真っ暗な廊下を駆け抜けた。
窓から差し込む月明かりのおかげ足元までシッカリと見えている。
時刻は深夜なので周りに気配はない。
これなら教皇のところへすぐにたどり着けるだろう。
そんなことを思った時だった。
前を走っていたセシルが立ち止まり舌打ちをした。
「…やはり簡単にはいかないか」
廊下の先に目を凝らすとぼんやりと人影が浮かんでいる。
距離は十メートルほどあるだろうか。
普通、この程度の距離なら気配を感じるはずだ。
それなのに僕は気が付かなかった。
「ネズミが二匹入り込んだか。生きて帰れると思うなよ、賊が!」
暗い廊下に声が響いた。
声の感じから中年の男性だろう。
その瞬間、闇の中から殺意が溢れ襲い掛かってきた。




