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シーン 121

 今日は朝から雨が降っている。

 帝都は大陸の中心部あるため沿岸部に比べて雨雲が発生しにくい環境なので、雨が降ったとしても月に一、二回程度降ればいい方だ。

 ただ、今日の雨は小雨なので傘がなくても気にならない程度ではある。

 ニーナによれば季節の変わり目、特に乾季から雨季へと変わる時期は頻繁に雨が降るらしい。

 その言葉が正しければそろそろ雨季が近いのだろう。

 こんな日は小雨とは言え積極的に外出する人が少なくなる。

 今日ばかりはオープン以来繁盛している食堂も閑古鳥が鳴くだろう。


 そんな午前の穏やかな時間。

 見慣れた大男が家を訪ねてきた。

 町中でも一目でわかる甲冑姿は彼のトレードマークと言っていい。


 「レイジ、セシルから言付かって来た。少しいいか?」

 「久しぶりだな、アルマハウド。今ちょうどみんな出払ってるところだ」


 雨具代わりのマントを預かりリビングに案内した。

 どうやら急ぎの用件らしい。

 大体の察しはついているため結果がどうなったのか楽しみだ。

 彼はソファーに着くなり本題を切り出してきた。


 「お前の指摘した通り、やはり教皇が秘密を握っていることがわかった。そこからさらに調べを進めたところ、ある男の名前も一緒に浮上してきたんだ」

 「ある男?」

 「あぁ、ホリイだ」

 「…ホリンズのことか!」

 「我々の調べた結果、このホリイと言う男はホリンズと同一人物だろうと結論付けられた。ただ、妙なのは教皇とヤツとの関わりだ。先代の教皇がヤツと初めて接触したのが今から七十年前。つまり、それが確かならヤツの年齢は百歳近くになる」

 「確かに百年近くも同じ姿を留めるのは変だな。人違いじゃないのか?」

 「いや、帝国図書室の古い文献にヤツの特徴を記した書物が見つかったんだ。ローブの姿、ニホンと言う異国からの使者、そして、「預言者」と言う文言がな」


 話を整理するとドワーフの王が会ったと言うホリイを名乗る男と特徴が似ている。

 そして、ホリンズの本名は「堀井=ホリイ」だ。

 この奇妙な符合が偶然とは考えにくい。

 以上の理由からホリンズだろうと断定された。

 彼が転生者と言うことを考えれば死神の力で長寿化を図ることも可能だろう。

 それを確かめるには直接会って話してみるのが一番早い。

 ただ、気軽に会える相手でもないのは言うまでもないだろう。


 「仮にその男がホリンズだとして、ヤツの狙いは何だと思う?」

 「セシルの話では帝国を転覆させようと裏で情報操作をしたのではないかと言うことだ。この仮説は教皇側の利害とも一致する」


 昔から皇帝と教皇は対立関係にあったそうだ。

 原因は権力闘争でどちらが国を治めるかでいがみ合っていたらしい。

 そんな中、先代の皇帝は教皇に「ある権利」を認めさせる代わりにこの争いを終結させるよう申し入れた。

 その内容が教義の「改訂権」で、教皇はそれを承諾して長きに渡る不毛な争いは終わったと言う。

 しかし、解決したのは表面上の問題で実質的な支配を望む教皇の野望が消え去ったわけではない。

 むしろ、この権利を与えたことで状況が悪い方へと向かっていったと言える。


 「教皇は宗教の力で人心を掌握するつもり何だろう?それとホリンズがどう結び付くんだ?」

 「今のところ詳しいところまではわかっていない。ただ、この百年近くの間、歴史の要所にホリイと言う名前が出てくるんだよ。これが何を意味しているか、少なくともこの男が良い結果をもたらしていないのは確かだ」

 「以前、ヤツは俺に仲間になれと言ったことがある。それも関係があると思うか?」

 「もしそれがヤツの本心なら、強い者を集めようとしているとも考えられるな。私はお前の力を誰よりも認めているのだから」


 最後にホリンズに会ったのはグリプトンを討伐した時だ。

 あの時、キメラの研究をしていると言っていた。

 そのことをアルマハウドに伝えると彼の表情が険しくなった。


 「…これはあまり公になっていないことだが、近年正体不明の魔物が各地に出没している。お前の言うことが本当ならその黒幕がホリンズと言うことになるな」

 「じゃあ、キメラ研究と教皇の思惑、この二つを結び付けることは出来るか?」

 「それこそ、両者が結託して帝国を転覆させ、皇帝の座を自分のものにしようとしているんだろう。お前の言うキメラは帝国を転覆させるだけの戦力になるかなら」


 ただ、やはりわからないのはホリンズの思惑だ。

 彼が教皇に荷担して得られる成果についてまだ腑に落ちていない。

 仮に彼自身が皇帝の座を狙っているのであればわざわざ教皇と手を組む必要などないはずだ。

 そんな苦労をするより足りない戦力をキメラで補い、帝都を蹂躙する方が早いだろう。

 それなのに何故彼は回りくどいことをするのか、それがわかれば問題解決の近道になる。


 「とりあえず話を本題に戻そう。ドワーフを敵だと主張したのは教皇で間違いないんだな?」

 「その通りだ。そして、ホリンズと言う男が何らかの理由で教皇に肩入れをしている」

 「じゃあ、ドワーフとの和解に向けて教皇の悪事を暴くことが先決だな。回りくどいやり方は好かない。教皇を直接問い詰めようと思うが、お前はどう思う?」


 アルマハウドは一呼吸置いて続けた。


 「…あまり得策ではないな。教皇は私設の護衛組織を持っている。フランベルクとは違いかなりの武闘派集団だと聞く。血の気の多い連中が待ち構える渦中へ飛び込むのは危険だろう」

 「一体どんなヤツらなんだ?」

 「自らを「パルチザン」と名乗っている組織だ。構成員の数は不明だが個々の能力は下位構成員でもゴブリン以上だと言われている」

 「じゃあ上位だとどれくらいなんだ?」

 「相手にもよるが、噂では幹部の中にリンカーが含まれているそうだ」

 「リンカー…つまり、少なく見積もってもニーナ以上の使い手と言うことか」

 「そう言うことだ。出来れば直接戦うのは避けた方がいいだろう。まあ、誰がリンカーなのかわからない以上、気をつけようがないとは思うが」


 他にも注意点として教皇の居る大聖堂は迷宮のような作りになっているらしい。

 これも外部からの侵入を難しくするために敢えてそのような造りになっているそうだ。


 「計画を練る必要があるな。セシルに会って直接話したい。面会はできるか?」

 「あぁ、午後からなら予定が空いてあるそうだ」

 「そうか。じゃあ、連絡を頼めるか?」

 「わかった。私は午後から用事が合って参加できないが、ちゃんと伝えておくよ」


 午後。

 半日近く降り続いた雨は上がり気温もいくらか下がっている。

 まだ雨が乾いていない石畳の路地を抜けセシルの待つ宮殿の執務室を目指した。

 セシルがいつも詰めている執務室は王座の間のすぐ近くにある。

 宮殿の中はちょっとした迷路のようになっているため衛兵に道案内を頼み執務室に入った。


 「…久しぶりだな。待っていたよ」

 「お前も相変わらず元気そうじゃないか。アルマハウドから連絡があったとは思うが話は聞いているか?」

 「あぁ、ちょうど私なりに計画を練っていたところだよ。立ち話も何だ、掛けてくれ」


 執務室の中は簡素な作りになっている。

 彼女がデスクワークに使う大きな机と来客用の応接セットが置かれているだけで他に目立った家具などは置かれていない。

 僕は指示された席に座るとセシルは対面のソファーに腰を下ろした。


 「彼から話は聞いている。詳しいことは省いて本題に入ろうか。キミは教皇に会って直接真意を問いただそうとしているそうだな?」

 「あぁ。そのための方法を探している」

 「彼からも聞いたと思うがパルチザンの連中が問題だ。ヤツらは話し合いが通じる相手じゃないからな」

 「一戦交えろと?」

 「あくまでも可能性の話だ。もちろん戦わないにこしたことはない。ただ、私が思うにヤツらはドワーフより厄介な相手なんだよ。まあ、ドワーフは好戦的でないとわかった今では比較の対象に出すのは間違っているがね」


 セシルもパルチザンについてある程度の情報を持っていた。

 彼らは常に教皇の側に寄り添い護衛をしているそうだ。

 もちろん教皇が眠る時も必ず数名が寝ずの番をしているらしい。

 つまりどうしても彼らに接触するようになっている。


 「…厄介だな。何とかならないのか?」

 「ハッキリ言って現時点では打つ手が無い。やはり倒すしかないんだよ。ただな…問題はこれだけじゃないんだ」


 セシルは表情を曇らせた。

 どうやら彼らについて何か知っているらしい。


 「どうした、何かマズイことでもあるのか?」

 「キミは「バーサーカー」と言う者を知っているか?」

 「バーサーカー?何だそれは?」

 「痛覚麻痺剤の常習者の別名だ。文字通り、痛みを感じない戦士たちのことだよ」


 セシルによればパルチザンの構成員のほとんどが痛覚麻痺剤と言う薬を常用しているらしい。

 つまり、僕が心掛けてきた「殺さず」と言う考えは捨てた方がいいと言うことだ。

 彼らは腕が取れようが、腹に大穴が空こうが、攻撃の手を緩めない狂戦士として恐れられている。


 「殺さずに制圧するのは無理か。相応の覚悟が必要だな」

 「私は仕事で何人も殺めてきたがヤツらは別格だ。痛みを恐れない戦士ほど戦い難い相手もいない。それこそ、亜人や魔獣が可愛く見えるほどだよ」

 「…わかった。覚悟を決めよう。他に注意する点はあるか?」

 「とりあえず以上だ。あと、これは一つ提案なんだが、今回は私と二人で行動してみないか?」


 セシルは思ってもみないことを口にした。

 むしろ、僕としてはノースフィールドへ向かったメンバーで大聖堂へ向かおうと思っていた。

 しかし、彼女は自信あり気に笑みを浮かべている。


 「何か策があるのか?」

 「あぁ、私の部下が調べ上げた調書によると、地下の排水設備から内部へ侵入する経路が見つかったそうだ。そこから潜入しようと思うんだが、出来れば少人数の方が動きやすい。それに、キミほどの腕なら私も十分背中を預けることが出来ると思ってね」

 「買い被りすぎだ。俺だって万能じゃないんだぞ?」

 「いや、ノースフィールドの一件で、キミの持つ恐ろしく冷静な一面を垣間見て、私は確信したんだ。それに、キミは慎重さと大胆さも併せ持っているだろう?そう言うタイプは作戦の確実に成功させる可能性が極めて高いと、私なりに分析しているんだよ」

 「そりゃ、少人数の方が動きやすいのは確かだ。だが、そんなことで大丈夫なのか?下手をすれば殺されるかもしれないんだぞ。やはり戦力は多いほうがいいんじゃないのか?」

 「その点はキミと私の働き次第だろうな。まあ、私は遅れを取るつもりはないがね」


 セシルの目が妖しく光った。

 それを見て彼女が本気だと言うことが良くわかる。

 後には引けない状況と言うこともあり彼女の作戦に同意することにした。

 作戦の内容は全てセシルが決めてくれるらしい。

 進入する時間、内部の経路、予想されるパルチザン構成員との戦闘など、彼女が部下を交えて試算とシミュレーションをするそうだ。

 検討の結果、進入時間は深夜に決まった。

 夜襲と言うことで正攻法ではない点が少し気になるものの今回ばかりは綺麗ごとを言っていられない。

 何が何でも成功させると言う強い意志が必要だ。

 細かい情報は後から連絡があるらしい。

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