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シーン 117

 夕食時。

 早速できたばかりの味噌を使って味噌汁を作ってみることにした。

 ただ、中に入れる具材まで考えていなかったため中身の具材は家にあった物を使う。

 急遽食料庫を漁って具材となる野菜をした。

 味噌汁とは言っても野菜を多く使うため今回は豚汁に近い物になる。


 「レイジ様、下準備が出来ました」


 ペオは指示した通り具材の下処理を終え次の指示を待っている。

 彼は元々手先が器用なので包丁の扱いにも長けていた。

 相変わらずの手際の良さに感心してしまう。


 「とりあえず実際に作ってみるからエールと一緒に見て勉強してくれ」


 まずは鍋で湯を沸かすところからだ。

 実際、元の世界では週に一、二度は作っていた。

 レシピを教えてくれたのは母方の祖母だ。

 祖母は鍵っ子だった僕を小学校の低学年くらいまで毎日のように面倒を見てくれていた。

 そのため「家庭の味」と言えばほとんど祖母が作ったものだ。

 ただ、それからしばらくして祖母は体調を崩し亡くなってしまったため、当時の僕は酷く落ち込み何日も泣き続けたほどだった。

 そのような理由から味噌汁は僕が作れる料理の中でも特に思い入れの深い一品だ。

 祖母のレシピを思い出しながら鍋で具材を煮込んでいく。


 「レイジ様、味噌はいつ使うんですか?」

 「具材に火が通ってからだ」


 ペオは見たことのないレシピに目を輝かせている。

 鍋から立つ香りは元の世界で作っていたものと比べても大差はない。

 味見をしてみたところ少し塩分が気になったが許容範囲だろう。

 濃い味の方がご飯が進むためこの世界の食材を作った最初の味噌汁としては悪くない出来だ。


 「こうやって作るんですか。濁っているスープは初めて見ました」

 「そうか?確かにこんな色のスープは珍しいよな。エールはどうだ?見た感じだけど作れそうか?それほど難しくはないと思うが」

 「はい。これでしたら出来ると思います」

 「ペオはどうだ?」

 「大丈夫です。これもお店で出す予定なんですよね?」

 「あぁ、みんなの評判がよければそうするつもりだ。夕食時に意見を聞いて最終判断をしようと思う」


 完成した味噌汁は見た目や香りは元の世界で作っていたものとほとんど大差はない。

 上々の滑り出しに気分も上向きだ。


 「さて、あとは盛り付けだが…」


 ここで僕の思考が停止する。

 そう言えば器のことを考えていなかった。

 家にある器は全て洋食器なので味噌汁に適した「椀」はなく底の浅いスープ皿しかない。


 「レイジ様、どうしたんですか?」

 「悪い、器のことをすっかり忘れていた」

 「器ですか?ウチにあるものではダメなんですか?」

 「まあ、食べる分には問題ないが、雰囲気がな」

 「雰囲気…ですか。では、今までのメニューもお店の雰囲気に合う物を新たに用意しなければなりませんね」

 「そうなるな。ただ、こっちの食器と形が違うからオーダーメイドで対応してもらえる店でもあればいいんだが」


 出来れば本格的な物を一式揃えたいところだ。

 味噌汁の器も陶器や銀製の物より味のある木製の椀に漆が塗ってあれば文句はないのだが。

 そこまでの品質を求められるとは思っていないが可能な限り希望に添う物を見つけようと思う。


 「ご希望の物があれば僕が探してきます」

 「希望って言ってもな…。そうだ、この町に木地師なんているか?」

 「キジシ…ですか?それはどう言った職業の方でしょうか?」


 物知りなペオでも木地師は知らないようだ。

 そもそも木地師と言う者や存在しないのかもしれない。

 居ないことを前提に彼にもわかるよう説明をした。


 「なるほど、木工職人のことをそう呼ぶんですね。勉強になりました。それでしたらお願い出来そうなお店がありますよ」

 「ホントか?」

 「はい。レイジ様がお留守の間に町の中をくまなく歩きましたので。すでに亭主の方とも面識があります」

 「おいおい、お前どれだけ行動力があるんだよ」

 「処世術の基本は人脈と情報ですからね。あとは少しの度胸さえあれば大概のことは何とかなるものですよ」


 この歳にしてそこまで言い切るペオには感心するばかりだ。

 一体どんな営業活動をして顔を売っているのだろうか。

 情報の収集能力は大手の新聞記者並みと言ったところだろう。

 きっと彼のことだから裏の裏まで手を回して普通では手に入らない国家機密なども握っている可能性もある。

 そこまで行くともはや諜報員のレベルだ。

 もちろんこれは想像なのでどこまで裏の世界に精通しているのか未知数ではある。

 しかし、彼に任せろと胸を張られたので頭の中にあるイメージを伝えて調達の依頼をしておいた。

 どうやらペオも自分なりに思いつくアイデアがあるらしい。

 珍しく彼から主張してきたため内容を聞いてアイデアに了承をしておいた。

 ただ、今日のところは家にある物で代用するしかない。


 「…えっと、これがレイジの作りたかった料理だよね」


 サフラは目の前に用意された味噌汁を不思議そうに見つめている。

 確かに僕も味噌汁がこのような形で出されれば困惑するだろう。

 味噌汁は底の浅いスープ皿に盛り付けてある。


 「まあ、とりあえず一口食べて感想を教えてくれ。みんなの反応次第で店のメニューに入れるか決めるから」


 試食の前に味見をしたが元の世界の頃とほぼ遜色のない味だった。

 そのため今回は単純にこの味がこの世界の住人に受け入れられるか率直な意見を求めている。

 最初に手をつけたのはニーナだ。

 スプーンを使い恐る恐る味噌汁を口に含むとワインのテイスティングのように舌の上でスープを転がした。


 「うむ…こんなスープは飲んだことがない。これがレイジの故郷の味か」

 「素直な感想を聞かせてくれ、口に合いそうか?」

 「私は嫌いな味ではない。ただ、見た目のインパクトが強くてな。慣れれば問題ないとは思う」


 味には問題がないらしい。

 どちらかと言えば濁った色のスープに抵抗があるようだ。

 僕の場合は昔から慣れ親しんだものなので気にならないが、以前テレビで外国人が同じような反応をしていたのを思い出した。

 続いてサフラとペオ、それにマオとエールも手をつけた。

 四人の反応はそれぞれ微妙に違っていたものの不満を言う者は居ない。


 「みんな意見を聞かせて欲しい。この料理、この国の人たちに受け入れられそうか?」


 意志の確認は目を閉じた状態での多数決にした。

 これなら家族に加わったばかりの二人も周りの意見に流されることはないだろう。

 確認の結果、ある一名を除いて賛成派が多数になった。


 「わかった。みんな、ありがとう。結果は賛成が多数だったよ。メニューに加える方向で調整しようと思う」


 夕食が終わり各々がくつろいでいる中、僕は唯一手を上げなかった者を呼び出した。

 他のみんなには知られないよう家事の途中でタイミングを見計らい自然に部屋を抜け出す。


 「…お呼びでしょうか、レイジ様」

 「うん。キミに聞いておきたいことがあってね」


 待ち合わせの場所に指定した裏庭でマオが待っていた。

 何故声を掛けられたか大筋で理解しているらしい。


 「…先ほどの件でしょうか?」

 「あぁ。キミだけが反対派だったからどんな理由があったのか聞きたくてね」

 「そうでしたか。理由と言っても味に問題があるわけではありません。むしろ、私の好きな味でした」

 「そうなのかい?じゃあ、何でまた…」

 「これは女性としての意見になると思いますが、いささか食べにくいと感じました。ですので、もしあのまま提供するのでしたら女性にはあまり評判はよくないと考えました。ですが、これはあくまでも店でメニューとして提供する場合の話です」

 「なるほどね」


 彼女の言い分として食事の提供方法に問題があるそうだ。

 日本人には食器を手に持って食べる文化がある。

 反対にブレイターナでは西洋諸国と同様食器には触れずに食べる文化だ。

 スープでもスプーンを使ってみんな器用に食べている。

 つまり、たくさんの具材が入った味噌汁はスプーンで食べ辛いとのこと。

 特に気になるのは食器とスプーンが接触する音らしい。

 これはこの国のマナーとして相応しくないためとマオは付け加えた。


 「申し訳ありません…私のような者がこんな出過ぎたことを…」

 「いや、いいんだ。むしろ、そう言う意見は貴重だよ。他にも理由はあるかい?」

 「いえ、他にはございません」

 「そうか。ありがとう参考になったよ。一応それについての対応策は考えてあるからね。あとはペオの働き次第かな」

 「そうなのですか?」


 緊張した表情のマオはそれを聞いて少し安心したようだった。

 元々僕は彼女を叱ろうと思っていたわけではない。

 最高の状態でメニューを提供するにはそれぞれが感じた問題点を事前に知っておく必要がある。

 その点では彼女の意見はとても参考になり改めて課題と向き合う機会となった。


 「あぁ、それについてはペオから事前に指摘があったからね」

 「そ、そうでしたか…すみませんでした」

 「謝らなくていいよ。キミはキミの意見を大切にしてくれたんだろう?自信を持っていいんだよ」

 「ありがとうございます、レイジ様。やはりペオさんの言われた通り、レイジ様は不思議な方ですね」

 「そうかな?」

 「はい。レイジ様のような素晴らしい考えをお持ちの方に拾っていただき大変感謝しております」


 そう言ってマオは深々と頭を下げた。

 僕は別に頭を下げさせようと思っていたわけではない。

 一人の家族として対等に接したに過ぎないのだから。


 「頭を上げてよ。俺はただみんなと仲良くやりたいだけなんだからさ。ほら、言っただろ家族だって」

 「はい…」

 「何か不便なことがあったら遠慮なく言ってくれていいから。キミたちの幸せが僕の幸せでもあるんだからさ」


 裏庭に来たついでに彼らがこれから生活する部屋を見せてもらった。

 一日で完成したと言う部屋は母屋と隣接しており扉一枚で繋がっている。

 室内は六畳ほどあり二人で使うのは少し狭く感じた。

 それでも彼らは自分の荷物をあまり持っていないため物で溢れかえっていると言うことはない。

 寝起きをするくらいに使うなら問題はないだろう。


 「この部屋、ペオのアイデアだよね」

 「はい。ペオさんが大工の方にお願いをして作ってもらいました」

 「うん。この作り、ペオらしいな。もう少し贅沢にしてもよかったのに。俺に遠慮をしたのかな」

 「いえ、お部屋をいただけると思っていなかったので嬉しいです」

 「家族と言ってもプライベートは大切だからね。何か必要な物があれば何でも言っていいから。着替えとかはどうしている?」

 「それはこちらに引き取られた当日にペオさんがお金を渡してくれました。必要な物はそれで揃えるようにと。その日のうちに最低限の物は揃えさせていただきました」

 「なるほど。それこそペオらしいな」


 ペオは僕が彼にした通りの対応をしたらしい。

 何もかも買い与えるのではなく自主的な行動を促すと言う考え方を何も教えずとも理解していた。

 やはり出来る使用人と言うのは主が発するであろう数手先の言葉を読んで行動できるようだ。

 よく見ると部屋の隅に衣装ケース代わりの木箱が置かれ中に衣類が収納されている。

 ただ、部屋の都合上まだベッドが設置されていないため床に直接布団を敷いているらしい。

 日本人の感覚ならそれでも平気だろうがベッドで眠る習慣のあるこちらの世界では不便だろう。

 あとでペオに部屋を拡張するよう伝え、その際にベッドの設置も行えばいいだろう。

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