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シーン 116

 試練は無事に乗り切ることができた。

 あとはフランベルクに任せて結果を待つだけだ。

 皇帝も以前から教皇には不信感を持っていたらしく、今回のことはいいきっかけになったらしい。


 「アルマハウド、助かったよ」

 「別に私は何もしていないよ」

 「いや、ナイスフォローだった。おかげで命拾いしたよ」

 「ふん、初めから危ない橋を渡るような真似をするからだ。お前のような生き方では命がいくつあっても足りないぞ」


 アルマハウドは少し眉をひそめて呆れた顔をした。

 確かに一歩間違えば命は奪われないまでも牢屋に入れられていた可能性もある。


 「性分なんでね。とにかく助かったよ」

 「そうか。私も今回のことで考え方を改めることにした。陛下にも私からできる限り働きかけてみるよ」


 これまで事実だと思っていたものが違っていれば物の見え方も変わってくる。

 その意味でアルマハウドは旅に出る前と今で感情に変化が見られた。

 僕らは城門の前で別れて帰路についた。

 一週間ぶりの我が家が恋しくて足が自然と早くなる。

 何よりペオに頼んでおいたモノがどうなっているかずっと楽しみで仕方がなかった。

 期待と不安が入り混じる中、ようやく我が家が見えてきた。


 「レイジ…アレ!」


 真っ先に気が付いたのはサフラだ。

 出発前との違いに驚いている。

 ニーナも同様に目を丸くしていた。

 僕はその出来映えに感心しつつ二人の驚きを密かに楽しんだ。


 「あれがペオに頼んでおいたものさ。驚いたか?」

 「…驚いたも何も、この短期間でよく準備出来たものだな」

 「さすがペオって感じだな。まあ、実は俺も少し驚いているよ」


 視線の先には我が家の一階部分が大きく変化しているのが見えた。

 一階部分は間口を大きく開き希望した通りの「食堂」に生まれ変わっている。

 食堂と言う形態をとっているため酒場とは違い「日本食」を提供する店だ。

 まだオープン前の段階だが店先から元気のいいペオの声が聞こえてくる。


 「ペオ、ただいま」

 「あッ!レイジ様、おかえりなさい。それにサフラさんもニーナさんも、皆さんご無事で何よりです!」

 「さすがペオだな。ほぼ予定通りか?」

 「はい。二日前に改装を終え、昨日は家具を運び入れました。今日は言い付け通り、レイジ様が出発した日に引き取った奴隷たちと、店の運営について話し合っていたところです」


 僕が彼に言い付けた仕事は「我が家の一階に日本食堂をオープンせよ!」だ。

 そのために必要な経費や人員を試算して出発の前の日までに提出するように言っておいた。

 そして、提出された企画書の内容に目を通し、問題がないと判断したため計画が進行している。

 特に驚いたのは改装工事だ。

 彼がどんな根回しをしたのかはわからないが、四日間で工事を終えたと聞き正直驚いた。

 普通、職人の手配や資材の確保など手間のかかる作業を経てようやく工事が始められる。

 この世界には資材を一手に扱う業者もホームセンターのような店もない。

 一体、彼はどんな魔法を使ったのだろうか。

 話に聞くと僕が彼にこの計画を依頼した日、つまりドワーフとの和解に向けた作戦を実行に移すため家族会議をした日にまで遡る。

 彼はこの翌日から行動を開始しており、僕に提出した企画書が確実に受理されると見込んでいたらしい。

 そのため、実質的な作業時間は三週間近くあったことになる。

 そして、僕らが早く戻ってくることさえ予想し、職人たちに工事を急がせ、足りない人員は彼と新しく迎えた奴隷を使って賄ったようだ。


 「なるほど。すでに出掛ける時点で根回しは済んでいたのか」

 「はい。ただ、三日も早くお帰りになるとは思ってもいませんでしたので、出来ればオープンをと考えていたところまでは至りませんでした」

 「いや、十分に驚いたぞ。それで、そっちに居るのが新しい従業員か?」


 僕はあえて「奴隷」とは言わなかった。

 そう言ってしまうと僕自身が下劣な人間に堕ちてしまうような気がしたから。

 ペオもそれを聞いていたずらっぽく笑った。


 「こちらは姉のマオ、それと弟のエールです」

 「姉弟なのか?言われてみればよく似てるな」

 「男爵様、この度は私たち姉弟をお引き取りいただき、ありがとうございました」


 姉のマオが深々と頭を下げ隣に居たエールもそれに習った。

 どうやらこうするようペオに教え込まれているようだ。

 それを証拠に視野の端で縦に頷く彼の姿を見つけた。


 「固くならなくていいよ。それと、ウチの方針は君たちを奴隷として扱わない。家族として迎え入れるからそのつもりで頼む」

 「ほら、言った通りだろう?レイジ様はこう言う方だからね」


 どうやらペオは彼らに僕の性格を話していたらしい。

 それを聞いて二人とも目を丸くしていた。

 二人はイーストランドの生まれで聞くところによればペオとも出生地が近いらしい。

 奴隷になったきっかけは天候不順による作物の不作から口減らしのために売られたそうだ。

 彼らは六人兄弟の次女と三男で歳は二つ離れている。

 姉のマオは背がニーナほどあり長身でスタイルがいい。

 どうやら奴隷商人の元でそれなりにしっかりとした食事を与えられていたようだ。

 奴隷商人にとって奴隷は商品なので体調管理は大切な仕事でもある。

 マオの顔は整っていて可愛いと言うより美人だ。

 弟のエールは幼い頃から料理人になることが夢で簡単な料理なら作ることが出来るらしい。

 エールも姉に似て美形だが身長は僕より少し低かった。


 紹介が終わるとペオは余談として彼らを採用した経緯を教えてくれた。

 他のみんなには聞こえないよう耳打ちで話をしてきたのは彼なりの気遣いからだろう。

 まず、料理店を開くと言う当初の目的から料理に精通した人物の採用を考えていたそうだ。

 しかし、奴隷の中に「元料理人」と言う経歴の人物は見つからなかったらしい。

 そこで、「料理に興味がある」、または「料理を作ったことがある」と言う範囲に採用枠を広げたところ、奴隷商からエールの名前があったそうだ。

 さらに、接客係に向いた人材として姉のマオを紹介されたらしい。

 彼女は自分より年下のペオに対し、礼儀正しい挨拶をしたため、彼はその器量の良さと容姿に惹かれたようだ。

 特に、彼らが姉弟と言うことも考慮したようだ。

 もちろん、彼らを選んだのはそれだけではない。

 整った容姿の二人は彼らを目当てにする客も居るだろうと考えたそうだ。

 特に姉のマオの容姿は「美しい」の一言で、メイド服をアレンジした店の制服は少しスカートの丈も短めになっている。

 スカートから伸びる長い足は男性のみならず女性からの注目も集めるだろう。


 「レイジ様、事後報告になってしまい大変申し訳ありません。彼らの住む部屋を裏庭に増設してしまいました」

 「お?そんなことまで考えてくれてたのか。さすがペオだな」

 「お叱りになられないんですか?」

 「どうしてだ?」

 「い、いえ、使用人の僕がご主人様の意見も聞かず勝手に…」

 「ペオは良かれと思ってやったんだろう?それに俺たちは家族じゃないか。新しく増えた家族のために何かしてやることに理由が必要か?」

 「レイジ様…」


 それを聞いてペオは泣き出してしまった。

 一瞬、何か酷いことを言ったのだろうかと罪悪感に駆られたが、サフラが素早く動いてペオを抱きしめた。

 その姿はペオの姉のようだ。


 「偉いね、ペオ。一人で大変だったでしょ?」

 「…サフラさん」

 「私も驚いちゃった。ペオはいつも頑張って私たちを驚かせようとしてくれるよね。私、そんな姿を見て凄いなって思うの。ペオが家族になってくれて本当に良かった」


 それを聞いてペオはサフラの胸の中で声もなく泣いた。

 彼はシッカリしているように見えてまだ成人にも満たない年頃の男の子だ。

 普通、彼くらいの年齢ならまだ親に甘えたい年頃か思春期が始まる微妙な時期だろう。

 それなのに彼は周りの大人以上に気配りが出来て頭の回転も早い。

 さまざまな状況への適応能力が高く相手の心を読む能力にも長けている。

 まさに「超」が付くほど天才的な感覚と言っても過言ではない。

 それは以前の勤め先で体罰と共に刻まれた経験則に裏付けられている。

 しかし、一見して完璧に見える彼にも人並みに子どもの心が残っているらしく、サフラの優しさに触れて堪えきれなくなったようだ。


 「…すみません。もう大丈夫です」


 ペオは涙を拭うといつもの表情に戻った。

 こうした切り替えの早さも彼の特徴の一つだ。

 サバサバしていると言うより物事の飲み込みが早いと言うべきだろう。


 「それで、進捗状況はどうなってる?」

 「えっと、あとはメニューの確認と食材の仕入先の選定ですね」

 「じゃあ先にメニューを考えよう。具体的な話は進んでるか?」

 「いえ、ちょうどこれから話し合うと思っていたところでした」

 「そうか。じゃあ、みんな揃ってることだし、それぞれ意見を出すって言うのはどうだ?」

 「あ、それイイかも。私ね、チャーハンがいい」


 真っ先に声を上げたのはサフラだった。

 むしろ、チャーハンは和食ではなく中華だ。

 ただ、彼女にとっては僕の作る料理の中で一番好きなものと言う理由で候補に挙げたらしい。

 続けてニーナが意見を出し、ペオも気に入ったメニューの名前をあげた。


 「これで一巡か。ペオ、実際どれくらいのメニューに対応できそうなんだ?」

 「僕も飲食店の経営は初めてなので、正直なところ実際に営業をしてみないとわからない部分が多いんです」

 「だよな…」


 いくらペオが天才的な感覚を持っていると言ってもこの歳にして飲食店の経営経験があるはずもない。

 ただ、ペオは出来る限りの想像力を働かせ一品の提供に掛かる時間を算出して具体的な数を伝えてきた。

 この辺りの対応力の高さはさすがと言うべきか。


 「なるほどな。確かにそれなら対応できるかもしれないな。よし、じゃあそれで一度調整してみよう。ダメなら臨機応変に対応すればいいさ」


 話し合いの結果、提供するメニューの大枠が決まった。

 これが決まれば次に控える材料の供給先も選定しやすくなる。

 一日の営業でどれだけの材料が必要になるのか、これはオープンしてからでないとわからないことだが、その辺りもペオに任せておいて問題ないだろう。


 「あ、それともう一つ。レイジ様、例のモノですが以前話された通りの変化が見られました」

 「お、そうか!ペオ、悪いが持ってきてくれ」


 ペオはエールと協力して店の奥から「ある物」を運んできた。

 二人が運んできたのは以前仕込んでおいた味噌の樽だ。


 「こんな感じになってます」


 樽の中を覗くと大豆の発酵が進み味噌の形ができあがっていた。

 匂いもよく知る味噌とほとんど大差がない。

 どうやら試験的に使用したイースト菌が麹菌と同じ働きをしたようだ。

 また、醸造期間も通常のものより早くおよそ一ヶ月で完成した。

 詳しいメカニズムはわからないが、この世界では発酵と言う概念が前世とは違うらしい。

 大豆が変化したのを見る限り、今回使用した菌の繁殖力が強いように感じる。


 「上出来じゃないか?正直、出来すぎて驚きだ」

 「これ、何に使うの?」

 「味噌って言うんだけどな、味噌汁って言うスープの材料だ」

 「ミソシル?」

 「じゃあ、今晩はこれを使って味噌汁を作ってみるか。ペオ、頼んでおいた物は見つかったか?」

 「はい。西の町から運ばれてきた食材の中にレイジ様が仰っていた物を見つけました」

 「そうか。じゃあこれで食材は揃ったな」


 ペオに頼んでおいたのは出汁を取るために必要な乾物だ。

 ワカメと思われる海藻類と鰹に良く似た魚の加工品を見つけてくれたらしい。

 魚の加工品は使用する前に火で炙り、完全に水分を飛ばしてから、削り節の要領でナイフを使い薄く削って使う。

 あとは夕食の時間に調理をして味を確かめるだけだ。

 これが成功ならメニューに加えようと思っている。

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