シーン 115
ようやく帝都に戻って来ることが出来た。
思えば長い道のりだった。
特に不干渉領域での滞在期間中は気が休まる時間がほとんどなかったのは言うまでもない。
サンドマン程度の外敵ならセシル一人でも十分だがマンイーターの他にも手強い魔物はたくさんいる。
中には徒党を組んだ集団もあり全員総出で馬車を守ると言うシーンもあった。
平時の時でもすぐに対処出来るよう備える必要があり常に意識していなければいけない。
それでも誰一人欠けることなく無事に戻って来ることが出来たのはみんなの協力があったからだ。
旅の行程はちょうど一週間。
元々、想定していた期間より三日ほど早くなった。
振り返ってしまえば一瞬だがとても濃密な時間だったように思う。
ただ、このまま家に戻り安穏と過ごすわけではない。
これから僕らが成すべきことは皇帝への報告だ。
下手をすれば死期を早めるような危ない橋さえ渡らなければいけない。
強く握り締めた手のひらには薄らと汗が浮かんでいる。
そして、少し動悸がして息苦しい。
可能ならば逃げ出したくなる状況だ。
もちろん逃げ出すと言う選択肢はなく退路はすでに塞がれている。
このまま悩んで頭を抱えても仕方がないことだ。
旅をサポートしてくれた馬車を厩舎に預け、僕らはその足で皇帝の下を目指した。
相変わらず人で賑わう町は出発前と変わらない。
それよりも、爵位持ちが三人も揃って歩く姿は意識をしていなくても自然と視線を集めてしまう。
最近まで気が付かなかったが爵位持ちの人気はある種の「アイドル歌手」のようで、非公式のファンクラブまで作る者までいる。
特にアルマハウドの人気は凄まじく大会を二度も優勝した経歴は伊達ではないらしい。
彼に対して黄色い声援が飛び交う中、握手を求めるファンたちに対し、全てストイックにやり過ごしていた。
対する僕は彼ほどの人気はなく時より名前を呼ばれて笑みを返す程度だ。
また、セシルの知名度は僕やアルマハウドより遥かに低かった。
それもそのはずで、存在自体は知っていても彼女がどんな人物なのかと言う情報は基本的に伏せられている。
一応は国家機密と言う名目だが、実のところ彼女がそれを望んでいないと言うところが大きい。
アルマハウドの例もあるように名前が知られれば四六時中ファンたちに追い掛け回されるのは目に見えている。
彼女なりの自衛策と言ったところだろう。
むしろ、胸に勲章を身に付けていなければ町の美人なお姉さんと言った印象だ。
しかし、この場で彼女がフランベルクのリーダーだと疑う者や気が付く者はいなかった。
「…随分人気だな。握手くらいしてやればいいのに」
先ほどからファンの呼び掛けに応えないアルマハウドの顔色を伺ってみた。
不満の色は見えないが内心は面倒とでも思っているのだろう。
心なしか近づいてくるファンを遠ざけるように、一点を見詰めて誰とも目を合わせていなかった。
実際、誰か一人に気を許せばたちまちファンが群がり身動きが取れなくなってしまうだろう。
そうなれば自分や相手ばかりではなく周りの通行人にも迷惑が及ぶ。
下手をすれば「パニック」と言う事態にも陥るだろう。
群衆たちをかき分け、ようやく城門の前までたどり着くことができた。
さすがにここまで追いかけてくるファンは居らずアルマハウドも安堵している。
セシルが入口で警備を担当していた兵士に事情を話すと固く閉ざされていた巨大な扉が開いた。
「私は一足先に陛下に報告を済ませておく。陛下と上で待っているよ」
そう言ってセシルは奥へと駆けていった。
彼女が皇帝に連絡を済ませる間、アルマハウドの案内で中庭に移動した。
庭の真ん中には東屋があり小鳥たちが優雅に歌っている。
ここには束の間の休息があった。
「綺麗なところだね」
「こんな所に一般人が入っても大丈夫なのか?」
「私が同行しているから平気だろう。それに、お前も爵位持ちだ。誰に注意されることもないさ」
「わ、私はどうすればいい…宮殿は…初めてなんだが…」
落ち着いているサフラに対してニーナはいつもの冷静さがまったくなかった。
場違いなところに来てしまったと動揺を隠せないで居る。
「落ち着けよ。サフラだって初めてなんだぞ?」
「そうですよ、ニーナさん。こう言う時は楽しまないと」
「あ、あぁ…そうだな。すまん」
ニーナは大きく深呼吸をして気持ちを静めるように努めていた。
このような彼女の姿を見るのは珍しいことだ。
「さて、そろそろいいだろう。陛下も待っている頃だ」
アルマハウドが先を歩いて皇帝の居る部屋を目指した。
以前、一度訪れた場所なので特に目新しい感じはしないが、初めての二人の反応はそれぞれ違っていた。
サフラは目を輝かせているものの、ニーナは借りて来た猫のようになっている。
普段とは違うニーナを見るのは初めてなので、悪いとは思いながらもこっそり一人で楽しんでしまった。
「準備はいいか?」
アルマハウドは扉の前で立ち止まった。
この扉の向こうで皇帝が待っている。
「あぁ、俺はいつでもいいさ。だが…」
隣を見ると完全にいつもの余裕がないニーナが小さく震えていた。
たぶん、並みの人間なら彼女のようにパニック状態の一歩手前に陥ってしまうのだろう。
それだけ皇帝と言う人物には威厳があり、彼の前では誰もが萎縮してしまう。
むしろ、普段と変わらないサフラが普通でないと言うべきか。
神経が図太いと言うより遊園地でアトラクションを楽しむと言う感覚に近いだろうか。
きっと絶叫マシーンも終始笑顔で遊び尽くすようなタイプだろう。
ニーナは対照的にお化け屋敷の前で怖い怖いと震える小さな子どものようにも見える。
「ま、待ってくれ…今、深呼吸するから」
「それなら、手に「人」って字を書いて飲み込めよ」
「ヒト?」
「あぁ、こうやって書くんだ」
空中に文字を書いて形を教えてやった。
「それは、どう言う意味なんだ?」
「日本では人間って意味の文字だ。こうやって手のひらに書いて飲み込むと緊張がほぐれるんだよ。まあ、気休めのおまじないなんだけどな」
「そうなのか?」
「まあ、俺はあまり信じてないけど効くヤツには効果あるみたいだぞ」
これも一種の自己暗示だ。
信じるか信じないかで効果の有無が決まると言っても過言ではない。
ただ、僕はあまり信じていないためこれで安心できたためしがないのだが。
サフラも試しにやってみたが効果は実感できなかったらしい。
むしろ、彼女としては今のところ緊張はしていないためこれ以上落ち着くことはないのが原因だ。
「…ふう。少し落ち着いた」
言葉の通り身体から震えが消えている。
どうやら彼女は暗示に掛かりやすいタイプのようだ。
「では…行くぞ」
アルマハウドが扉を開けると以前見た絨毯が王座に続いている。
その先には王座に座った皇帝が待っていた。
「戻ったか。大儀であった、報告を聞こう」
表情や声に変化はなくセシルからは特に詳しい報告を受けていないようだ。
「ただいま戻りました。陛下もお変わりないようでなによりです」
「堅苦しい挨拶はよい。成果を聞こうか」
いきなり本題を切り出されてしまった。
これでは弁明をする暇がない。
元々嘘を言うつもりはないが想定をしていた内容が前後してしまった。
ただ、この程度のことはアクシデントとは言えない。
落ち着いて対応すれば問題ないことだ。
問題があるとすれば伝え方だろうか。
ここは普段通り話し方を心がけるのがいいだろう。
変にキャラクターを演じてしまえば不審に思われてしまう。
「えぇ、それでは率直にお伝えします。今回の旅で得られた物は「コレ」とドワーフ王との友好関係です」
僕は国王から貰ったペンダントを差し出した。
「これは…以前見たものではないか?」
「いえ、以前の物は持ち主に返しました。こちらは新たにいただいたものです」
「そうか。それで、友好関係と言ったが、これから両国で国交が始まるとでも言うのか?」
皇帝はまだ表情を変えていない。
ただ、まっすぐ僕を見て話の内容に嘘がないか見抜こうとしている。
その瞳はまるで全てを見透かすようだ。
「いえ、そうではありません。友好関係と言っても今のところ今回参加した者たちだけです」
「つまり…和解は成功しなかったと?」
ここで皇帝の目つきが変わった。
鋭く刺さるような視線は威圧的で皇帝らしい威厳に満ちている。
この返答次第では僕の立場が悪くなるのは明白だ。
今後のためにも言葉選びには一層の慎重さが求められる。
「これは私が思うところなのですが、今回はまだ和解に向けた途中と考えます。ですから失敗と言うわけではありません」
「一度会っただけでは足りないと申すか?」
「はい。それに我々とドワーフの間にはかつての溝が残ったままです。その根本的な問題を解決しなければ前へ進めないと判断し、今回は和解に至りませんでした」
「根本的な理由とは?」
ここからが本題だ。
この答え方次第で僕の命運が決まってしまうかもしれない。
もちろん全力を尽くしてダメなら諦めもつくが、それには話を最後まで聞いてもらう必要がある。
僕はドボォイのさらに奥深くにあるミュージアムでの出来事を話した。
目で見た情報を口で伝えるのは難しいが、誠意を持って接すれば必ず伝わると信じている。
その中で「人間が神の子孫ではない」と言う話題に差し掛かったとき時、皇帝の表情が曇った。
眉間にはシワが寄り口元が真一文字に堅く閉ざされている。
ただ、そこで横槍をはさむことはなく最後まで話を聞いてくれた。
万が一、途中で話が中断していたら見聞きしたことを全て伝えられなかっただろう。
皇帝の真摯な対応に感謝しつつ全ての報告を終えた。
「…それで、そなたが見聞きしたことを信じろと申すか?」
「この場で全てを信じていただけるとは思っておりません。ですが、これは私たちが見聞きした事柄の全てです」
「仮にそなたの言葉が本当であったとしよう。しかして、それをどう証明する?」
「実際のところ陛下にも同じ映像を見ていただければ早いとは思いますが、ノースフィールドはまでは早くても三日ほどかかります。御身がこの都を離れるのは得策ではないでしょう」
「では、そなたは私にどうしろと申すつもりだ?事と次第によっては…わかっておるな?」
皇帝の視線がさらに鋭くなった。
僕がまな板の上の鯉なら皇帝はよく研いだ包丁だろう。
誰が見ても僕の立場が弱いとわかる。
ここでアルマハウドに助け舟をだした。
今まで沈黙を守ってきたが僕のアイコンタクトに気が付き彼は一歩前に出た。
「陛下、お言葉ですが私からもお願いいたします。この者、レイジのお伝えした内容に偽りはありません。そちらに控えるセシルも同様にございます」
セシルは王座の影に隠れていた。
姿は見えなかったが気配は感じていたため、アルマハウドに言われて姿を現した。
「セシル、そなたも同じだと申すか?」
「はい、陛下。私もこの目で確認いたしました」
「そうか…」
皇帝はそれだけ言って目を閉じた。
どうやら彼女の一言が決め手になったようだ。
さすがに多大な信頼を置いているだけのことはある。
ただ、そこで歯切れがよく次の言葉が出てこなかったのは、まだ完全に現実を飲み込めていないからだろう。
しばらく目を閉じたまま考えを巡らせるとゆっくりと口を開いた。
「…わかった。今回の件は保留とする。そなたにはまた日を改めて遣いを出すとしよう」
「では、遠征は?」
「そちらも保留だ。真実が確認できるまでは攻め込むつもりはない」
「わかりました。では陛下、ここで一つお願いしておきたいことがございます。よろしいでしょうか?」
「言ってみろ」
皇帝に会ったら頼んでおきたいことがあった。
それは宗教に関する情報だ。
この間違いが両者の考え方を分ける元凶と考えている。
その誤った情報を誰が扇動したのか、これを正さなければ和解への道に光は差さない。
皇帝にそのことを伝えると再び眉間にシワが寄った。
「…そのことか。残念ながら私は関知していない。宗教上の取り決めは先代の皇帝、つまり父上の代から教皇に全権が移譲されたのでな」
「では、教皇が全てを管轄していると?」
「そうだ。ただ、数年に一度、教本の内容を改めることがある。その規則を作ったのは先代の教皇だ」
「内容を改める?」
「言ってみれば、彼らの都合のいい内容に書き換えることも可能だ」
「つまり、その内容を元に布教をすることも可能だと?」
「そう言うことだ。ただ、さっきも言った通り、私はそのことに関知していない。知りたければ直接問いただす必要があるな」
情報の出所がわかった。
ただ、これで全ての裏づけが取れたわけではない。
この情報に間違いがないか調書を取る必要があるだろう。
できれば誰か専門の密偵を頼み確かな情報を得たいところだ。
それを皇帝に伝えるとある組織の名前があがった。
「それならばフランベルクに一任しよう。彼らはその道のプロだ。きっと成果をあげてくれるだろう。セシル、よいな?」
「はい、仰せのままに」
これで尻尾を掴むことができれば状況が大きく進展するはずだ。
調べるには数日を要するらしく調書を作成するまでにしばらく時間が欲しいと言われた。
「果報は寝て待て」ではないが、事の成り行きがうまくいくよう祈るしかない。
これで一連の報告は全て終了だ。
まだ確定したわけではないが、一時的に「北方大遠征」を保留にすることになった。
残るは本格的な中止に追い込むため詰めの作業が必要だ。
そして、ドワーフたちとの交流が始まった時、ようやく僕の仕事が成功したことになる。




