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シーン 114

 帰り道はドボォイの中を淡々と歩き不干渉領域の中ほどにある出口に案内された。

 本来ならこのトンネルはミッドランドにまで通じているが、防犯上の規則から僕らが移動できるのはここまでらしい。

 また、出口の近くにはマンイーターが好む湿地もないためいきなり襲われる心配はないそうだ。

 順調に行けば不干渉領域の出口までは半日ほどの距離らしく地上には岩山に偽装した管理所が設けられている。


 「案内出来るのはここまでだ。出来れば不干渉領域を抜けたところまで案内したかったんだが、規則でな」

 「いや、ここまで来れば十分だ。助かったよ」

 「そうか。では、また会えるのを楽しみにしている」

 「国王やコルグスにもよろしく伝えてくれると助かる」


 世話になったケルドに別れを告げ帰路を急いだ。

 早ければ明日の夕方にはたどり着けるだろう。

 ドボォイの外は寒冷地用の装備は必要なく飲み水が凍る心配もない。

 屋根の上には相変わらずセシルが待機をして馬車に迫る危険をいち早く排除している。

 揺れる荷台の中でミュージアムで見た「アルマ」についての話を思い出した。

 人間たちが「神」と呼ぶ古代人たちの認識はドワーフで大きな違いがある。

 もちろん間違っているのは人間側の知識だ。

 この違いを正すことがお互いの理解を深める一歩になるだろう。

 そのためには宗教に詳しい人物に接触する必要がある。

 候補を挙げるとすれば皇帝と教皇、またはその側近と言ったところだろうか。

 教皇は町の西にある大聖堂の主でもある。

 ただし事前にアポイントメントをとっておかなければ接触することは難しいだろう。

 その前にこの事実をどう皇帝へ報告するべきか、この問題も解決しなければならない。


 「…この後のことでも考えているのか?」


 目を閉じていたアルマハウドが声を掛けてきた。

 どうやら僕の姿を見なくても考えていることがわかるらしい。

 ちょっとした超能力者のような技術だ。


 「ん?あぁ、ちょっとな」

 「陛下にはどう説明するつもりだ?」

 「嘘を言っても仕方ないからな。ありのままを話すつもりだ」

 「まあ…そうなるだろうな。ただ、結果が結果だ。陛下はお前の働きを聞いてどう思うか、私はそこが心配なのだよ」


 出発の前に「煮るなり焼くなり」と啖呵を切っている。

 皇帝の捉え方一つで僕の生死が分かれるのは間違いない。

 「下手をすれば…」と言うこともあるだろう。

 考えただけで背筋が冷たくなる。

 どちらにしても今から過去の結果を今から変えることはできない。

 「なるようになる!」と開き直るつもりはないが最善は尽くしたつもりだ。


 「そうだな。やれるだけはやったんだ。これでダメなら諦めもつくさ」

 「ほう?随分と潔いな。もう少し足掻いてもいいとは思うが」

 「俺としては全力を尽くしたつもりだからな。あとは陛下に誠意を見せるしかないだろう?」

 「確かにな。陛下は義理堅い一面がある。下手なことを言わなければ逆鱗に触れることもないだろう。私も同席して事情を話すつもりだ」

 「それはありがたい。頼りにしている」


 実際、頭の中ではどのように対応しようか考えはまとまっている。

 あとはその通りに告げて納得してもらうしかない。


 「レイジ、私も協力するからね」

 「あぁ、きっと大丈夫だ。後ろ向きになっても仕方ないからな」


 僕を支えてくれるサフラも感謝した。


 「さすがにあの地下空間で見たことを言葉で伝えるのは難しいが事実は事実だからな」

 「問題はそこだな。証明できそうな物はこのペンダントしかないし、物的証拠がないのはかなりのハンデになるな」

 「私もそのペンダントだけで納得してもらえるとは思えない。この他に何か決定打が必要だろう」

 「決定打?」

 「そうだな…」


 そう言ってアルマハウドは考え込んでしまった。

 いくら皇帝と旧友と言っても立場がまるで違う。

 僕も親友から「実は…」と胸のうちを話されても言葉だけを聞いて信じられる範囲には限りがあるだろう。

 国王が言っていたように実際にあのミュージアムに行って事実を確認する方が早いとは思うものの現実的に考えてそれは無理だろう。

 前世のように写真やビデオで撮影したものを証拠として提出できれば問題はないが、ここは近代科学の常識が通用しない異世界だ。


 「…ヤツが陛下にどうやって報告をするか、これが鍵になるだろうな」


 そう言ってアルマハウドは天井を見上げた。

 いや、見ているのはそのさらに上にいるセシルだ。

 彼女は皇帝の側近でもある。

 アルマハウドの見立てでは彼が説明をするよりも彼女の話す言葉を信用するだろうとのことだった。


 「なるほどな…。確かに、身の安全を預ける最高責任者だからな」

 「一度、彼女とは腹を割って話す必要がありそうだな」


 思えばドボォイを出てからセシルとは話をしていなかった。

 彼女は僕らの護衛役であり監視役だ。

 万が一僕に不穏な動きがあれば皇帝から暗殺命令も出ている。

 それだけ彼女は信用されている立場だ。

 馬車はしばらく進んで馬を休める見晴らしのいい草地で止まった。

 ドボォイを出てからずっと歩き続け腹を空かせていたのだろう。

 馬は一心不乱に草を食んでいる。

 時刻は夕方だが日の入りにはもう少し時間がありそうだ。


 「セシル、ちょっといいか?」


 屋根の上で見張りをしていたセシルに声をかけた。

 彼女は周りへの警戒を続けたまま小さく頷き、屋根に上りやすいよう手を貸してくれた。


 「どうした?」

 「ちょっと相談があってな」

 「大方、さっきアルマハウドと話していたことだろ?」

 「聞こえていたのか?」

 「これでも耳はいい方でね。それで、私にどうしろと言うのだ?」

 「わっているくせにそんなことを聞く必要があるのか?」


 よく見るとセシルの口元はいたずらっぽく歪んでいる。

 彼女は確信犯的に僕を試すところが多々見受けられ今回もその一環らしい。

 一人で秘かに楽しんでいるようだがあまり褒められた趣味ではない。


 「すまんすまん。わかっている。私もこの目で見た一人だからな。キミを陥れるようなつもりは毛頭ない」

 「そうか。それで、お前から見て陛下は納得してくれそうか?」

 「率直に言えば、確率は半々。あとはキミの努力次第だろう」

 「努力…か。いつもそのつもりなんだがな。これでは足りないということか?」

 「そうは言っていない。キミはよくやっているよ。いや、我々が驚くほどにね。そのままのキミで居ればいいさ。それよりも、私は次にキミがどんな突飛な行動を起こすか、そこに興味があるのだよ」

 「興味か。まるで傍観者みたいな言い方だな」

 「その通りだよ。元々私は陛下の「剣」であり「眼」なのだから」


 フランベルクと言う組織は一言でいえばエリート集団だ。

 それこそ実力だけではなく知力も要求される。

 その点において彼女は僕の目から見て時より異質な存在に見えることがある。

 一言で表すなら「曲者」と言ったところだろうか。

 虎視眈々と機会を伺う捕食者の一面を持ちつつも何者にもなびかない飄々とした顔も持っている。

 特に厄介なのは後者の性質だ。

 何を考えているのかまるでわらないのはあまり気分のいいものではない。

 きっと、カジノでポーカーをすればディーラーや参加者を容易に欺き大金を巻き上げていくタイプだろう。

 自分では実直なタイプだと思っている僕とは正反対だった。

 

 「それにしてもだ。お前ともあろう者が気付いていないわけではないだろう?」

 「何のことだ?」

 「ホンキで言ってるのか?」

 「いいや、もちろん気付いているよ。そろそろ出かけようと思っていた頃さ」

 「…悠長だな」

 「性分なんでね。おっと、断りもなくキミの言葉を借りてしまった、許せ」

 「余計なこと言ってないでさっさと行って来たらどうだ?」

 「わかったよ、この旅の指揮官はキミだ。私はそれに従うただの傭兵だからね」


 セシルは笑みを浮かべて屋根を強く蹴り、背面宙返りをしながら空に高く舞い上がった。

 先ほどから背後に二つの気配を感じている。

 もちろん敵意と悪意を備えた招かれざる客だ。

 セシルが飛んでいった方向を見ると草むらに鋭い角を生やしたウサギが見えた。

 ウサギと言って大きさはよく見る野うさぎとはまるで違う。

 距離があるため詳しくはわからないが小型自動車ほどはあるだろうか。

 草に擬態した緑色の毛並みは意識していなければ見つけるのは難しい。

 ただ、天を穿つように伸びた長さ角は七十センチほどあり隠すつもりがないのか草むらの中から外に突き出され丸見えになっている。


 「ほう、アルミラージュか。だが、彼女の遊び相手には不足だな」


 御者台で休んでいたニーナがセシルの戦いぶりに目を奪われている。

 彼女が口にしたのはどうやらあの魔物の名前らしい。


 「強いのか?」

 「まあ、並みのハンターならそこそこ手を焼く相手だろうな。気をつけるべきはあの角だ」

 「確かに鋭くて危険だな」

 「ヤツは見た通りのウサギだからな。蹴り足で体当たりをしながらあの角で突き刺す攻撃をして来るんだ。貫通力だけなら鉄製の鎧に穴が空くほど強力な一撃だぞ」


 しかし、ニーナの言った通りセシルにはいささか物足りない相手だった。

 まず、雷を帯びた一太刀目で一体を黒焦げにし、残っていた一体の角を剣で真っ二つにした。

 どうやら角は横からの攻撃に弱いらしい。

 彼女ほどの腕なら折ることも可能のようだ。

 角を折られアルミラージュは攻撃手段を失い巨大なウサギになり下がっている。

 そのまま特に見せ場もなく巨大なウサギは切り伏せられた。


 「おーい、コイツを晩飯にしよう」


 セシルは倒したばかりのアルミラージュの近くで手を振っている。

 言葉の通り夕食の一品に添えようと言う魂胆らしい。


 「…マジかよ。食えるのか?」

 「見た目はアレだが、元はウサギだからな。少し淡白だが、味付けをすれば十分に食べられるよ」


 ニーナの口ぶりではアルミラージュを食べたことがあるらしい。

 元々、日本でもウサギを食べる文化はあったが食生活の多様化とペットとして接する機会が多くなったことでウサギを食べることに抵抗を持つ人もいる。

 僕も前世ではウサギを食べたことはなかった。

 初めて食べたのはこちらに来てからだ。

 以前、ニーナが獲物として森で捕まえた野ウサギは淡白な味だったが苦手な味ではなかったのを覚えている。

 だからと言って先ほどまで僕らの命を狙っていた巨大なウサギを食べると言うことに抵抗がないわけではない。

 むしろ、家畜の牛よりも大きな身体をしている。

 セシルは慣れた手つきでウサギを解体すると美味しそうな部分だけを切り取って戻ってきた。

 元々、この場所には休憩のために足を止めたが彼女の提案でこの場所を今晩の野営地に決めた。


 「美味そうだろ?」

 「あ、あぁ…見た目は肉だからな」

 「どうした、浮かない顔をして。ウサギを食べたことないのか?」

 「いや…野ウサギ程度ならあるんだが、あれほどデカいヤツは初めてだ」

 「そうか。まあ、そんなことは気にせず食べようじゃないか。さあ、準備準備」


 セシルは腹が減っていたのか、手早く焚き火の準備をすると、一抱えほどある肉の塊をそのまま火の中に放り込んだ。

 豪快と言うより大雑把な調理法だがこの方が早く火を通すことができる。

 あとは焦げた部分を取り除き中のよく焼けたところを食べるというわけだ。

 出来上がったモノを恐る恐る口にしてみたが、見た目の豪快さとは違い野ウサギと変わらない味だった。

 きっと、前世の僕ならウサギと言われなかったら気付かないほど臭みもなく食べやすい。

 この世界にはまだ僕の知らないモノが溢れている。

 自然の恵みに感謝しつつみんなで夕食を囲んだ。

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