シーン 11
翌朝。
目が覚めたのは宿の部屋だった。
ベッドには昨日命を救った子こどが眠っている。
僕はあれから子どもをベッドに寝かせ、壁に背を預けて眠ってしまった。
おかげで尻も背中も痛くて仕方がない。
窓の外には一晩中燃え続けた民家の焼け跡が見える。
焼け残った残骸からは薄らとした白煙が青空に伸びていた。
宿が無事だったのは風上に建っていたからだ。
他にも延焼する建物や物が近くになかったことも幸いした。
生き残った村人たちは戦いが終わったことを知ると、残った建物を守るため必死の消火活動を始めた。
宿が焼けなかったのも村人たちのおかげだ。
朝日に照らされた村内にはところどころに無数の死体が転がっている。
一部は炎に焼かれている死体もあった。
肉が焦げる香ばしい臭いが漂う中、昨晩見た光景が脳裏に蘇る。
同時に胸が締め付けられるような動悸を覚えた。
取り返しのつかない現実が僕を苛む。
しばらくすると動悸も落ち着き呼吸も楽になっていく。
不意にベッドから視線を感じ、煤けた顔の子どもが身体を起こしてこちらを見ていた。
その顔は不思議なものを見るようだが、怯えたり怖がったりする様子はない。
「…ここ、どこ?」
「ここは宿の部屋だよ。昨晩のことは覚えているか?」
「…少しだけ。…怖かった。お父さんとお母さん…死んじゃった…」
昨晩のことを思い出し子どもは小さくすすり泣いた。
ただ、それも長くは続かず、袖で顔を拭って再び僕を見ている。
「とりあえず顔を洗おうな。ちょっと待ってろ、桶を借りてくる」
そう言って部屋を出ようとすると、子どもは慌てて駆け寄り服の裾を掴んだ。
「…行かないで」
「大丈夫。すぐに戻るから」
「…お父さんもお母さんも…そう言って死んじゃった…」
「そう…だったのか。すまん。だけど俺は大丈夫だ。言っておくがお兄ちゃんはとても強いんだぞ?昨日の怪物もお兄ちゃんが全部倒したんだ」
「…本当?」
「あぁ、だから心配しなくていい。でも、怖がったら我慢しなくていいんだ。そうだ、桶、一緒に取りに行くか?」
「うん」
嬉しそうに頷いたのでそのまま連れて部屋を出た。
受付で桶を借りようと思ったが、そこには店主の姿がなかった。
呼びかけてみたが返事もなかったので、仕方なくその足で井戸へと向かった。
桶があれば顔を洗うのに便利だろうと思ったが、井戸に設置された釣瓶から直接顔を洗うこともできる。
だからどうしても桶が必要と言うことはない。
宿の裏手に出てみると、表側とは違う風景が広がっていた。
表側と違って被害はなく小鳥が囀り求愛のダンスを踊っている。
井戸は裏口を出たすぐ近くにあった。
早朝と言うこともあり先客の姿はない。
ここで一つ思い出したことがある。
そう、考えて見ればまだこの子の名前を聞いていなかった。
中性的な顔立ちをしていて性別もよくわからない。
髪の色は昨晩の炎を思わせる真っ赤な色をしており、肩の長さで切りそろえられている。
身長は僕の肩ほどだ。
「えっと…自己紹介がまだだったな。俺はレイジ。お前、名前は?」
「サフラ。サフラ=アリアベル。今年で十四歳です」
「サフラか。イイ名前だな。それに十四歳ってことは俺の五つ下か。…ん?その名前…女の子…だよな?」
サフラは一瞬不思議そうな顔をしたが頷いて応えてくれた。
よく見ると男の子より少し丸みのある身体付きをしている。
昨日は無我夢中でわからなかったが、言われてみればすぐに納得できた。
ただ、初見で性別がわからなかったのは、やはり顔が煤けているからだ。
でなければ暗がりで判断がつかなかったと弁明を入れておきたい。
顔を洗うと赤い髪とは対照的な白い肌が朝日に照らされた。
初めからこの顔を見ていれば女の子だとわかっただろう。
整った顔立ちをしているし、美少女と言っても過言ではない。
髪の長さから活発な印象だ。
まだ少し残る幼さの中にも力強さのある瑠璃色の瞳は一心に僕へと向けられている。
「腹減ってないか?」
「お腹空きました」
「だよな。よし、朝食にしようか」
建物に戻ると受付に店主が戻っていた。
しかし、その顔は申し訳なさそうな顔で酷く肩を落としている。
話を聞いてみると昨晩の襲撃で食糧を備蓄していた倉庫が焼かれたと言う。
食糧庫は村全体で共有となっており、備蓄していた食材が全て焼けてしまったらしい。
宿の中には豆や干し肉などいくらか保存食が残されているようだが、今後の生活を考えると提供することが難しいと言われた。
薄っすらと瞳に涙を浮かべるところを見ると嘘は言っていないらしい。
確かにあれだけの事件に遭ったのだから、気持ちは痛いほどわかった。
無理強いをして「よこせ!」と催促することもできない。
だからと言って、それで腹のムシが納得するわけもなかった。
そうなれば頼れるのは自分しかないと思うのは普通の考えだ。
幸いリュックの中には昨日買っておいたバゲットが二本ある。
まだ昼食の目処が立たないので一人一本とはいかないが、半分に分けて干し肉を挟めば満腹感は得られるだろう。
部屋に戻ってさっそく準備に取りかかった。
朝食はものの数分と掛からず出来上がり、僕らはそれをまるで兄妹のようにわけあう。
元の世界で僕は一人っ子で、一人の食事も珍しいことではなかった。
ただ、厳密に言えば僕には妹が居たらしい。
妹は生まれた直後、産声をあげなかった。
死産だった。
母親は酷く悲しんだと父親に聞かされたことをよく覚えている。
きっと妹が居たとすればサフラと同じか、それよりも少しお姉さんといったところか。
成り行きで助けたとは言え、不思議とサフラは良く懐いている。
突然両親を亡くして泣き出したいと思うだろうに、悲しい表情は見せず至って気丈に振る舞っていた。
一体どうすればここまで強くなれるのだろうかと疑問に思う。
幼く見えてたくさんの苦労をしてきたのだろうか。
ただ、今は二人で食事をするこのささやかな時間を大切にしたい。
「ごちそうさまでした」
「旨かったか?」
「はい。とてもおいしかったです」
「そうか、それはよかった。そう言えばサフラ、お前、この後どうする?」
それはどうしても確かめておかなければならない質問だった。
襲撃を生き延びたとは言え、未成年のこの子がこれからどうやって生きていくのか、その心配をしなくてはならない。
近くに親類縁者でも暮らしていれば引き取ってもらうと言う手もある。
ただ、それを聞いたサフラは俯き加減で、何か言いたそうな雰囲気だとすぐに気が付いた。
「どうした?サフラ」
「あのね、お兄ちゃん…私、お兄ちゃんと一緒に行きたい」
「え!?」
サフラは思っても見なかったことを口にした。
それに驚いて目を丸くしているとサフラは続けた。
「…お父さんもお母さんもいなくなっちゃったから、私は一人では生きて行けません。だから、私を助けてくれたお兄ちゃんの側で、できる限りお兄ちゃんを支えて生きていきたいの」
「支えたいって…何言って…お前さ、親類は居ないのか?叔父さんや叔母さんくらい近くに居るだろう?」
「えっと…たぶん探せば居ると思う。ただ、お父さんとお母さん、元々この村の出身じゃないから、誰が親類なのかは私にはわかりません。それに、居たとしても会ったこともないから…不安だし…」
確かに親類とは言え見ず知らずの間柄では不安があって当然だ。
だからと言って、成り行きから命を助けた僕と今後一緒に行動するというのはどうだろうか。
まだこちらの世界へ転生して三日目という事実も、彼女の要望に快諾できない要因の一つだった。
今は明日の暮らしの目処さえ立っていないのだから。
下手をすれば明日は野宿なんてこともあり得る。
頭の中でグルグルと考えをめぐらしていると、サフラは静かに僕の手を取って握りしめた。
温かく小さな手が震えている。
彼女にしてみれば藁にもすがる思いなのだろう。
正直、僕のどこに希望を見いだしているのかはわからない。
今、こうして二人で食事済ませたところだが、三日前まではどこにでも居る普通の男子学生だった。
もちろん、当時の僕が普通だったのかという点は、今になってはもはや自称の域を出ないのだが。
不可抗力ながら神様によって力を与えられ、右も左もわからないこの世界へ迷い込んだのはまだ記憶に新しい。
仮にこの転生がゲームや小説の中のように、当初から何らかの目的があるのなら、神様に要望を要求した時点でもう少し真面目に考えていたところだ。
例えば、人々を苦しめる大魔王を退治する勇者というベタベタな物語だとか。
しかし現実は違っていた。
何となく希望した世界で人より少しばかり高いステータスとチート武器を手に入れた他は、この世界で暮らす人々と変わらないはずだ。
時間が経てば腹も空くし眠くもなる。
命だって一つしかないのだから、心臓をナイフで刺されば死んでしまうだろう。
次に死ねば神様に助けられることもないはずだ。
そんな僕に彼女をこの先ずっと守っていけるのだろうか。
その問題さえ何とか出来れば話しは変わってくるのだが。
「…贅沢は、出来ないぞ」
不意に口をついて出たのは考えていたのとは違う言葉だった。
本当は断ろうと思っていた。
僕に彼女を養えるわけがない。
そう思っていた。
だけど僕は…。
「はい。大丈夫ですよ、お兄ちゃん」
サフラは大きく頷いて笑みを浮かべた。
本心ではサフラを守ってやりたいと思っていた。
この世界で一人きりになってしまったという境遇が重なり、他人事には思えなくなっていた。
ここで僕が見捨てれば彼女は生きていけるのか。
明日には命を落としているかもしれないのではと不安になってしまう。
だから彼女を悲しませないよう、快諾ではなく条件を提示した。
初めから覚悟が出来ていれば困難にぶつかった時もある程度は冷静に対処できるだろう。
短い間に目まぐるしく思考をめぐらせた結果、僕は大きな決断を下した。
今、この時から彼女を守っていこうと。




