シーン 10
ゴブリンに襲われた現場から一時間ほど歩くと村が見えてきた。
街道沿いの小さな集落でローヌルの町とは違って高い建物はない。
宿屋があるか不安になるところだが、見つからなかった時に改めて考えればいいだろう。
仮に宿が見つからなかったとしても、次の町か村へ向かうには時間の関係上夜になってしまう可能性が高い。
どうしても見つからなければ風雨が凌げる場所を探して野宿となる。
村の入口を潜り村内を見渡した。
まばらに村人が行き交っているが旅人の姿は見つからない。
どうやら旅人があまり立ち寄らない村のようだ。
その理由はすぐにわかった。
情報集にと声をかけた村人によれば、村の中には小さな宿屋が一軒あるだけだという。
村には珍しい名物や特産品などもなく、行商人や旅人には魅力の乏しい場所らしい。
加えて最近この近くに住み着いたというゴブリンのコミュニティーがあり、物騒だという噂が広がってからは旅人があまり立ち寄らなくなったそうだ。
ただ、村にはハンターが二名と見習いが二名の計四名がハンターギルドから派遣されて駐在しているため最低限の治安は維持されているのだとか。
現に村人がゴブリンに襲われたという事件は今のところ起きていない。
話をしてくれた村人は心配こそしているものの生まれ故郷である村を離れる気はないようだ。
最低限の治安が守られているのであれば過度に心配をする必要もないだろう。
村人に教えてもらった宿は村の中心部にあった。
建物の外観は木造で三角屋根が特徴の平屋の木造建築だ。
しかし、丈夫な木材を組み合わせているため決して脆い造りではない。
ただ、昨日泊まったホテルがかなりの高級店だっただけに、比べてしまえばかなり見劣りはする。
それでも野宿に比べれば天と地ほどの差があるのは当然だ。
カウンターには年老いた宿の主人が立っていた。
早速部屋の空き状況を確認すると一部屋だけ空いているという。
こうして何とか今日の宿を確保することができた。
鍵を受け取って廊下の一番奥にある客室へと向かう。
鍵を開けて客室に入るといきなりベッドが目に飛び込んできた。
部屋の大きさは昨日宿泊した部屋の半分くらいの広さだろうか。
調度品も最低限のものしかなく、ベッドはシングルサイズになっている。
ベッドの上には少し硬めの枕と最低限の寒さが凌げる毛布が置かれているだけだ。
しかし、この際贅沢は言っていられない。
そしてこの晩、僕にとって忘れられない一日が始まることをまだ知らなかった。
深夜。
村人が寝静まった頃、村の入口で人知れず悲鳴が上がった。
声の主は村を警護していたハンターで何者かの一団に襲われ命を落としたのだ。
その後、謎の一団は村の中へ強引に押し入り、家々を襲い次々と火を放っていった。
その光景はまるで戦争のようだ。
僕が騒動に気が付いたのは家屋の半数が炎に包まれ、武装した緑色の一団が新たな家を襲おうと言うまさにその時だった。
この時、僕は酷く後悔した。
窓から微かに見えた姿に背筋が冷たくなる。
あれは夕方、僕を襲ったゴブリン共だとすぐに気が付いた。
リーダー格の一回り身体の大きなゴブリンは、振りかざしたサーベルで村人を八つ裂きにし、切り落とした首をサッカーボールのように蹴飛ばして小躍りしている。
あまりに残忍なその光景に思わず目を背けてしまった。
同時に後悔の念が沸々と込み上げてくる。
あの時、全てのゴブリンを殺しておけば…と、後悔の念が津波のように押し寄せてきた。
そんな間にもまた一人と村人が蹂躙されていく。
止まらない一方的な暴力の中、雄々しい叫び声が闇夜を切り裂いた。
声の主は甲冑を着たハンターの男性だ。
彼の手には両手持ちの大剣が握られている。
どうやら怪力が自慢のハンターらしい。
彼が放つ大振りの剣撃は一撃でコブリンの身体を両断した。
その姿を見る限り高い実力の持ち主だろうとすぐに察しがつく。
突然の攻勢に浮き足立つゴブリンだったが、リーダー格のゴブリンが空に向かってサーベルを突き上げ、突然雄叫びを上げた。
次の瞬間、闇夜を切り裂くように暗闇から矢が飛び出しハンターの右肩に命中した。
矢は奥深くに刺さり肩から血が流れ出している。
ハンターは激痛に悲鳴を上げ大剣を投げ出して膝をついた。
それを見たゴブリン共の志気は一気に高まり、動けなくなったハンターを取り囲むと一斉に襲い掛かってそのままなぶり殺しにされてしまった。
そんな出来事が繰り広げられた直後、宿のすぐ近くにゴブリンの一団が迫っているのが見えた。
手には燃え盛る松明を手にしている。
宿は木造なので火を放たれれば数分もしないうちに炎が建物を覆いつくすだろう。
僕は後悔の念に苛まれながらも今成すべきことを理解した。
殺らなければ殺られてしまう。
この蹂躙を止められるのは僕しかいないのだと。
急いで装備を整えると部屋を飛び出した。
宿の入口付近にはすでに数体のゴブリンが入り込み、手当たり次第に設備の破壊を始めていた。
宿の店主は逃げ場を失い受付カウンターの裏で丸くなっている。
それを見つけたゴブリンは手にしたサーベルで今まさに襲いかかろうとしていた。
僕はあわやと言うギリギリのタイミングでゴブリンを撃ち倒し、すぐさま残っていたゴブリンにも銃弾を浴びせかけた。
弾はすべて急所を捉えゴブリンは崩れ落ち沈黙する。
「大丈夫ですか!」
慌てて店主に駆け寄ると酷く怯えた様子で奥歯を震わせていた。
身震いはしているが特に外傷などは見当たらない。
恐怖からくる一時的なショック状態だがしばらくすれば治まるだろう。
「ゴブリンは俺が殺ります。アナタは扉に鍵を掛けて他の宿泊客を守ってください」
返事は聞こえなかったが答えを待っている時間はなかった。
外から扉を閉めゴブリンの群れへと駆けて行く。
辺りは家々が燃える炎で昼間のように明るかった。
それと同時に夜風に煽られた炎で熱風が吹き荒れている。
まだ息苦しさまでは感じられないがあまり長くは戦っていられないだろう。
左腕の袖で煙を吸わないようにしながら銃でゴブリンを一体ずつ仕留めていく。
射程距離の長い銃は剣のように敵に接近する必要はない。
弓のように毎回矢を継ぐ必要もなく実に効率的な武器だ。
一体また一体と殺していくうち、リーダー格が僕に気が付いて先ほどのような奇声を上げた。
同時に闇夜を切り裂くような矢が一直線に向かってくのが見えた。
だが、先ほどハンターがやられるところを見ていたため、攻撃を予測するのはそれほど難しくはない。
重心を少し傾ける程度の動作で矢をかわすと身体のすぐ真横を通り過ぎていった。
驚いたのはリーダー格で、その動揺は他のゴブリンにも伝播していく。
統制力を失った一団は烏合の衆も同然だ。
逆に虚を突く形になった僕は容赦なくゴブリンを葬っていく。
ただ無慈悲に、冷徹に引金を引き続けた。
そんな乱戦の中、闇の中から全身を青白い体毛に覆われた二足歩行の怪物が姿を現した。
顔はイヌ科のそれで、鼻筋が伸びピンと立った耳が特徴的だ。
直感的にそれが「コボルト」だとわかったのは、ローヌルのハンターギルドにあった手配書の特徴と一致していたからだ。
コボルトもゴブリンと同様に集団で生活をしている。
しかし、今回のように協力して刈りをする姿は珍しい。
ゴブリンのリーダー格がコボルトに命令を出しているところを見ると、コボルトはゴブリンの支配下にあるようだ。
コボルトの手にはボウガンが握られている。
先ほど矢を放った犯人はコイツだった。
目を凝らすと闇の中に数体のコボルトが確認できる。
しかし、ボウガンを持っているのはこの一体だけで、残りは短剣や棍棒を手にしていた。
ゴブリンと同様に武器は個体によってさまざまのようだ。
僕は真っ先にこのボウガンを持ったコボルトを撃ち殺した。
同時に地面に落ちたボウガンに向けて銃弾を数発撃ち込む。
ボウガンには無数の穴が開き弦を切ることに成功した。
こうなってしまえば武器としての能力は失われる。
仮に別の誰かが拾っても脅威はない。
残ったのはもはや敵とは呼べない勢力だ。
仮に一斉に飛びかかられたとしても負ける気はしなかった。
予想外だったのはゴブリンが襲ってこなかったことだ。
力量の違いを本能的に悟ったのだろう。
尻込みをして動かない敵に対し、鴨を撃つ猟師の気分で逃げ惑う亜人共を次々に殺害していく。
夜闇に無数の発砲音がこだまし、気付くと辺りに動く者はなくなっていた。
ただの一匹もこの場から逃さず、静かになった戦場で、完全に亜人共の掃討が終わったことを知った。
まだ耳には発砲の余韻が残っている。
そんな中、子どもの泣き声が耳に飛び込んできた。
辺りを見渡して声のする場所を探すと、赤々と燃え盛る炎に包まれた民家を見つけた。
入口の扉が激しく燃えているため逃げ場がないのだろう。
今まさに命の危険が迫っている、そんな状況だった。
僕は近くにあった井戸から急いで水を汲み上げ、全身に浴びると一心不乱に泣き声のする家の中に飛び込んだ。
水は思ったよりも冷たかったが今はそんなことが気にならないほど神経が興奮状態になっている。
おまけに身体は転生前より強化され肺活量も何倍にも増大しているため、息継ぎをしなくても数分は平気だろう。
窓を破って家の中に飛び込むとすでに室内は火の海だった。
炎は天井まで達しているため、いつ建物が崩れるかわからない。
耳を澄ませて声の主を探してみたが、いつの間にか声は聞こえなくなっていた。
焦る気持ちを抑えつつ気配を探ると、机の下で小さくなっている子どもを見つけた。
もう声はしていないが、微かに手が動いているのが見える。
一心不乱に子どもを小脇に抱えると、入口のドアを蹴破って外へ飛び出した。
そのまま安全な場所まで子どもを運び、呼吸が楽になるよう仰向けに寝かせる。
顔が煤けているので性別の判別は出来ないが、今はそんなことは重要ではない。
微かに息がありまだ死んではいなかった。
ただ、このまま放っておけばどうなってしまうかわからない。
すぐに救命処置をする必要があった。
体育の時間に学んだ救命処置の方法を思い出しながら、出来るだけ自発呼吸が楽になるようアゴを引いて気道を確保する。
身体に火傷は見当たらない。
あの炎の中で無傷だったのは不幸中の幸いだ。
ただ、心配なのは熱風と煙が原因で起こる気管内部の熱傷だった。
穏やかに続く呼吸だけを見ればその心配もなさそうだが、予断を許さない状況には間違いない。
僕はアスリムト町長にもらったリュックの中に鎮痛作用のある薬草があるのを思い出した。
痛みを抑えるだけでなく傷を癒す効果もあるので、身体の内部の炎症にも効果はあるだろう。
井戸から水を汲み、乾燥した薬草を手で細かく砕いて水に混ぜ、そのまま口の中に流し込んだ。
少々乱暴なやり方だがこの際贅沢は言っていられない。
「死ぬな!死ぬんじゃないぞ!!」
必死に呼び掛けると、声が届いたのか閉じていた目がゆっくりと開いた。
「…お兄ちゃん…誰?」
「俺はレイジだ。いいか、無理に喋るんじゃないぞ。でも、痛いところがあったら言うんだ」
煤けた顔をゆっくりと上下に動かして応えてくれた。
しかし、それ以上応える元気はないらしく、すぐに目を閉じてしまった。
様子を見ていると次第に呼吸は落ち着き、やがて寝息へと変わっていく。
どうやら薬が効いて眠ってしまったようだ。
規則正しく繰り返される寝息に安堵しながら燃えていく家々を眺めた。
これは僕が甘かったばかりに起こってしまった悲劇だ。
怪物共に情けを掛けた僕への罰だと思った。
この夜、燃え盛る炎の中で強く生きることを胸に誓い、長い夜が更けていった。




