シーン 109
今日はいよいよドワーフたちの本拠地であるノースフィールドの地下世界に足を踏み入れる。
初めは陸路を進むとばかり思っていたが僕らは要塞の地下室へ案内された。
「ここが「ドボォイ」の入口だ」
彼らによれば地下空間のことをドボォイと呼んでいるらしい。
案内役のケルドはドボォイに通じる巨大な鉄製の扉の前でそう教えてくれた。
ちなみにこうした入口は各地にありドワーフなら許可証さえあれば利用できるようだ。
このトンネルはミッドランドとの国境付近にまで繋がっているらしく、危険な不干渉領域も安全に渡ることができるのだと、ケルドは自慢げに教えてくれた。
コルグスがどうやって不干渉領域を渡って来たのか不思議だったが真相はこう言うことのようだ。
「地下なのに明るいな」
「光苔の一種だ。日光ほどではないがこれで植物も育つ」
ケルドはトンネルの壁面をナイフで削り眩しく光る苔を手にとった。
植物ではあるが自ら光合成を行わないらしい。
代わりに空気中の酸素を吸収してそこからエネルギーを取り出し発光しているようだ。
他の植物はこの光を利用して光合成をするため地上と同じように炭素の循環が行われている。
ただ、一つ難点なのはこの苔が枯れるまで光を放ち続ける点だ。
おかげで地上が夜になってもドボォイの中は明るいまま。
そのため眠る時はアイマスクを使用するか遮光カーテンで暗闇を作り出すしかないようだ。
また、光苔は繁殖力が強く枯れてもすぐに次の世代が芽吹くため特別な管理は必要ないとケルドは付け加えた。
「この苔、帝都に持ち帰ったらみんな驚くだろうな」
「やめておけ。光苔はデリケートな植物だ。繁殖力は強いが一度でも根付いた場所を離れればすぐに枯れてしまう」
「そうなのか?」
「あぁ、だから悪いことは言わない、諦めろ。こいつらはこの場所でしか生きられんよ」
光苔で「一儲けを!」と考えてみたがどうやら甘くはないらしい。
ドボォイに入って驚いたのはトンネルの広さだ。
荷台の高さが二メートル以上ある馬車でも難なく通ることができる。
道幅も広く作ってあり馬車がすれ違うことも可能だ。
それでいて壁面は掘削したままのゴツゴツとした岩肌でコンクリートによる補強は一切行われていなかった。
物理学や土木の知識は皆無に等しいがこうして形を保っているのが不思議だ。
ケルドによればこの辺りの岩盤はほかに比べて頑丈に出来ているため特別な補強などは必要ないらしい。
他にもドボォイの中は凍てつく地上とは違い気温が一定で過ごしやすい。
ちょうど冬から春の変わり目と同じくらいの気温だろうか。
トンネルよりも深い場所にはマグマが流れその熱で温度が保たれているらしい。
「レイジ、ちょっといいか?」
「何だ?」
手綱を握っていたニーナが僕を呼んだ。
マンイーターとの戦いがあってから御者を担当するのは彼女の役目になっている。
「昨日あれから何があった?」
「え…?」
ニーナの言葉で思わず昨晩の出来事が思い出された。
その光景はまさに走馬灯のように脳裏を駆け巡っている。
「その顔をみる限りやはり何かあったんだな」
「い、いや別に?」
「とぼけなくてもいい。私はこう見えて観察力は鋭い方なんだよ。それにキミは感情が顔に出やすいからな。私じゃなくともすぐに気が付くさ」
サフラにも言っていたが僕の表情を見ただけで何を思っているのか大体の察しがつくらしい。
伝える手間が省ける反面、隠し事が出来ないデメリットの方が大きいような気がする。
「別に大したことじゃないさ。気持ちの整理ってヤツがついただけだ」
「ほう?ついにサフラちゃんを娶る覚悟が決まったのか」
「ば、バカ言ってんじゃねぇよ。そうじゃなくて、俺がこれから成すべきことだ」
「成すべきこと?」
「あぁ、俺に関わる全てのヤツらを幸せにしたいんだ」
「おいおい、一夫多妻宣言か?まあ、貴族なら本妻の他に妾を囲むのは珍しくないが…。それでも女の私に堂々と公言するとは思ってもみなかったよ」
ニーナはいたずらっぽく笑みを浮かべた。
どうやら確信犯らしい。
このまま誤解されたままでも構わないが下手に噂を広められても困ってしまう。
だから僕は少し大袈裟な身振りを交えて彼女に応えた。
「違うっての!まったく…分かってて言うのは趣味が悪いぞ」
「いいじゃないか。私とキミの仲だろ?」
「どんな仲だよ!」
「えっと…恋人同士…とか?」
「はあ!?」
思わず大きな声をあげてしまった。
自分でも驚いてここまで大きな声を出したのは久しぶりだ。
「おいおい、そこまで驚くことはないだろ?冗談…だったんだが」
「わ、悪い…」
「まあ…何だ、実際、私たちの関係って何なんだろな?」
「関係って…そんなこと考えなくてもわかるだろう?」
「え?」
「家族、だろ」
「家族…か。そうだな。さしずめ、私はキミの姉と言うことになるのかな?」
「どうだろうな?確かに俺より年上だが、たまに子どもっぽいとこがあるだろう?」
「キミは失礼なヤツなのか?大体、女性に対して年齢の話をするのはタブーだろ!」
今度は少し眉間にシワを寄せて怒りを露にした。
こんなやり取りをしていて思うのは彼女の表情が多彩に変わることだ。
感情表現が豊かと言うべきか、落ち着きが無いというべきか。
後者をそのまま伝えたらまた機嫌を悪くしてしまいそうだ。
「悪かったよ。そんなに怒るなって」
「べ、別に怒ってなどいない。当たり前のことを言ったまでだ。まあ…あれだな。成り行きで居候をしているが、迷惑…か?」
「何言っているんだ。そんなわけ無いだろ。お前が来てからサフラがどれだけ助かってると思ってる?そりゃ、ウチのエンゲル係数は右肩上がりになったが…」
最初は二人だった家族がいつの間にか四人に増えていた。
サフラとは違いニーナとペオの二人は半ば強引に仲間入りしたが今にして思えばいい思い出だ。
「あ~、ニーナさんと何話してるのかな~?」
荷台に居たサフラも御者台にやってきた。
サフラは隅に腰をかけたため僕が真ん中に挟まれ両手に花状態になっている。
悪い気はしないがサフラとは昨日のことがあってからまともに話せていない。
別に意識をしているつもりはないが心と身体が無意識に反応してしまっているようだ。
サフラもそのことを気にしているのか今日はいつになく積極的な感じがする。
「えっと、レイジが巨乳好きって話だっけ?」
「ちょ、適当なこと言うなよ!家族の話だろ!!」
「あ~すまんすまん、そうだったな」
「まったく…」
サフラは驚いた様子だったがニーナの冗談だと知ると苦笑いを浮かべた。
「家族の話…今頃ペオはどうしてるだろう?」
「俺が頼んだ仕事をしてるだろうさ」
「あ~、秘密って言ってたお仕事?一体何をお願いしたの?」
「それは帰ってからのお楽しみだって言っただろう?まあ、驚くかどうかはペオの働き次第だけどな」
「何だろうね、ニーナさん」
「わからないな。レイジはいつも突飛なことを考えるから私には想像がつかないよ」
「ですよね~」
こうして見るとサフラとニーナは姉妹のようだ。
歳こそ離れてはいるが普段はしっかりしているサフラは実年齢より大人びて見える。
反対にニーナはこうして何気ない話をしている時は子どもっぽい思考になる。
どちらも僕にはないものだがそれが二人の長所でもある。
「それよりだ。何か感じないか?」
「何か?」
「ん?」
どうやら二人には感じないらしい。
そんなことを思っていると荷台からセシルもやってきた。
「ドワーフの気配だな」
「あぁ、お前も感じるか」
「アルマハウドも何かを感じ取ったらしい。まあ、それが何かまではわかっていないようだったが」
「なるほどな。そろそろ都市が近いってことか」
「察しがいいな、お二人さん」
先導していたケルドが驚いていた。
彼には周囲の探知能力はないらしい。
ただ、見知った場所のためそろそろ近いと言うくらいの感覚は持ち合わせていた。
彼によればこれより数分進んだ先に巨大な空間が現われるらしい。
まだ、その場所は目指すドワーフの町ではないが高速道路のサービスエリアのような場所のようだ。
そうした場所は地下水が湧き出る泉があり砂漠のオアシスのような場所と考えていいだろう。
しばらくするとサッカーグラウンドほどの空間が現われた。
「な、何だこれ?」
思わず声を上げてしまった。
まさに驚嘆に値する場所だ。
今までは景色の変わらないトンネルの中を歩き続けたためこの場所を見て驚きを隠せなかった。
驚いた理由は木々が生い茂った林を見つけたからだ。
地上では見たことの無い木々が立ち並び近くには石を組み上げて作った小屋のようなものも見える。
コルグスによれば小屋は宿として使う簡易施設らしい。
野営に使うテントと同じ役割をしているようだ。
「ここでしばらく休憩を取る。馬に水を与えるといい」
この空間は「シーオ」と言うらしい。
シーオの中は緑が豊富で先ほど歩いてきた場所よりも空気が濃い印象だった。
多くの植物があることから実際に濃度も高いのだろう。
緑を見て心が少し安らいだ。
シーオの中には厩舎もあり飼葉もたくさん用意されている。
元々大食漢の馬なので遠慮なく使わせてもらうことにした。
ちなみに飼葉となる植物は地上から運び込まれた物がほとんどだと言う。
他にも地下で手に入らない物資はこのトンネルを通じてドボォイの中を流通しているようだ。
経済は人間たちほど発達していないが、金銭で物を売買する仕組みは同じで、必要とあれば金や銀と交換することも出来る。
ミッドランドで流通する金貨や銀貨は額面通りの価値で取引することはできないが、ノースフィールドの基準で換金してくれるらしい。
実際、そのレートでは損をしてしまうため情報として理解しておいた。
交換するにしても緊急時に限られるだろう。




