シーン 110
シーオでの休憩が終わり再び歩き始めた。
ドボォイの中は景色が変わらないため単調な移動が続く。
地上であれば亜人や魔物に遭遇することもあるが地下のトンネルの中ではその心配がない。
手綱を握るニーナは眠たそうにあくびをした。
いつもなら周囲に警戒をするため緊張の連続だが今回ばかりは気が抜けているらしい。
気持ちはわからなくはないが少し気を抜き過ぎているような気もする。
先ほど休憩からどれくらい歩いただろうか。
腹時計が正確なら二時間くらい歩いたはずだ。
前方からたくさんの気配を感じた。
セシルもそれを感じたのかカーテンの隙間から実際に目で確かめている。
「いよいよだな」
「安心しろ、万が一襲われたら皆殺しにしてやる」
セシルは瞳の奥を光らせた。
冗談ではない雰囲気がすぐに伝わってくる。
しかし、今回はこちらから手を出せば負けだ。
ドワーフたちに極力不信感を与えないように心掛ける必要がある。
出来れば武器の携帯も禁止しておくべきだろう。
「いいか、二度とは言わないからな。絶対こちらから手を出すな。万が一の際も正当防衛以外は認めない!いいな?」
念を押すとニーナ以外の面々は頷き、御者台からは短い返事が返ってきた。
「そろそろ都だ。心の準備をしておけ」
ケルドが注意を飛ばすと眼前にシーオとは違う巨大な空間が見えてきた。
まだ入口の段階だが先ほどとは比べものにならないほど広そうだ。
入口を抜けると開いた口が塞がらなくなった。
それもそのはずで目の前には想像以上の巨大な都市が広がっていた。
実際の広さまではわからないが少なく見積もっても野球のグラウンド換算で十個分以上はあるだろうか。
地上なら土地を贅沢に使用できるがここはドボォイの中だ。
これだけの空間を作るにも相当の労力が必要になったことだろう。
それこそ一朝一夕で出来るものではない。
ドーム状になった天井までの高さは二十メートル近くあるだろうか。
町の中は二階立ての建物が目立った。
ここに暮らすドワーフの数は帝都ほどではないものの、町の広さに対する人口密度を考えれば都会と言うにふさわしいだろう。
ケルドの案内で大通りを抜け目的地である王宮を目指した。
時より僕らを見たドワーフたちが驚きの声をあげ、武器を手にした者までいた。
しかし、その都度ケルドの仲裁をしてことなきを得た。
彼の影響力はそれなりだがそれ以上にコルグスの名前を出したのが利いているようだ。
暴漢でさえも彼の名前を聞いただけで戦意を失った。
「ケルド、一つ聞きたいんだが、コルグスは何者何だ?」
その質問にケルドは少し呆れたように答えた。
「まさか、何も知らずにコルグス様を訪ねるつもりか…?」
「まあ、以前は込み入った話まではしなかったからな」
「そうか…ならば、王宮で不備がないよう教えておこう」
ケルドによればコルグスは「国家上級薬師」と言う役職に就いているらしい。
話に聞く限り「薬師」と言うより「医者」と言うニュアンスの方が強いだろう。
特に肩書きの中にある「上級」は限られた者にしか与えられない称号で、彼を入れても国中で三人しか居ないそうだ。
その中でも彼は別格で直接国王の診療ができる唯一の薬師でもある。
「国王を直接診療できる専門の薬師?」
「あぁ、コルグス様のお立場は士官ではないが国の中でも五本の指に入る有名人だ。知らぬ者など居ないよ」
「そうだったのか。じゃあ、俺は凄いヤツと知り合いになったもんだな」
「凄いなんてものじゃない。運が良かったなどと言うどころの話ではないぞ」
説明をするケルドは半ば呆れ気味だ。
国家の中でも「超」が付くほどの有名人にこれからアポ無しで会おうとしているのだから無理もない。
彼からペンダントを受け取っていなければここまで来ることさえ出来なかっただろう。
「あれが王宮だ」
ケルドは前方の大きな建物を指差した。
建物は岩盤を削りだして作られているらしく一部は壁と癒着している。
硬い岩盤をそのまま利用しているため頑丈に出来ているようだ。
城門の前には屈強そうなドワーフの衛兵が待機していた。
衛兵たちは僕らの姿を見つけると顔色を変えて槍を向けてきたが、この場もケルドの説得でことなきを得た。
実際、彼のような案内役がいなければここまで順調にやって来ることはできなかっただろう。
血の気の多いセシルのことだから僕が自制を促していなければこちらからケンカを吹っかけて死傷事件でも起こしていたに違いない。
「大臣に話をつけてくる。キミたちはここで待っていてくれ」
馬車を厩舎に預け大広間に案内されたところでそう告げられた。
しばらくすると仕立てのいい服を着た男が現われた。
隣にケルドが居るところを見ると彼が大臣なのだろう。
「ふむ…本当に人間がこんなところまで来てしまうとはな。正直、驚いて言葉も無い」
「アナタが大臣で?」
「如何にも。私はヨルムント。国王の世話役でもある」
「私はレイジ。使者として皇帝より遣わされました」
「話はケルドから聞いている。そなたらは我が兵を助けてくれたそうだな。その節、感謝する」
「いえ、当然のことをしたまでです。困っている者を助けるのは当たり前ですから」
「当たり前か。やはりそなたらは我々の知る人間像とは違うらしい。わかった、そなたらの希望通りコルグスに会わせよう。ついてまいれ」
ヨルムントの案内で王宮の東にある塔へと案内された。
石造りで堅牢な建物だが細部に細工が施されている。
「ここじゃ。中に入って待たれよ」
そう言ってヨルムントはどこかへ戻っていった。
「レイジ、どう思う?」
「何がだ?」
「あの大臣と言う男だ。ケルドの説明だけで我々を敵ではないと判断したと思うか?」
「どうだろうな。まあ、もし俺たちをどうこうしようって言うのなら、すでに兵隊に囲まれているんじゃないか?」
周囲の気配を探ってみたが近くに敵意を持った者はいなかった。
それを聞いてセシルも少し複雑な顔をしている。
「確かに…それは一理あるが…」
「お前たちの常識ではこれは異常なことなんだろう?だけど、実際はそうじゃなかった。これは俺が感じていた違和感でもあったんだよ」
「違和感か。確かに我々はドワーフと言うモノを敵として認識していたが…」
「目に見えるものだけを信じるなよ?まあ、これは俺の持論だけどな」
人間は目で見た情報を信じやすい傾向がある。
ただ、それが全てではないと言うことも事実だ。
今回の件もその一例だと言える。
真実だと思っていたことが間違っていたと言う話は珍しいことではない。
かつて信じられ現在は間違いとされる天動説も最初は思い込みで「そうだろう」と主張されてきた。
ただし、全てを疑えと言うことでもない。
疑心は争いの火種になることもあるため「全て悪だ!」と言う偏った考え方は控えた方がいいだろう。
何事も行き過ぎは誤解を生じさせる。
慎重にかつ大胆に物事を進めるというのが僕の考え方の基本にもなっていることだ。
「…ここまで黙っていたが、やはりレイジの見立て通りのようだな。結果はまだ出ていないが」
沈黙を守っていたアルマハウドが口を開いた。
彼はここに来てから警戒心を解き自然体を心がけている。
敵意と言うのは意識していなくても相手に伝わるものだ。
それを解くことでこちら側から歩み寄る姿勢を見せることに繋がる。
サフラもそれに習ってか昨日一件以来緊張した様子は無い。
「無用な敵意は疑心を生む。セシル、お前も警戒を解け」
「あ、アルマハウド!お前まで…」
「郷に入っては郷に従え」と言うことわざがあるが、ちょうど今のようなことを指しているのだろう。
その土地のルールに従っていれば余計な波風が立つことはない。
「ニーナ、お前もだぞ?緊張しているのはわかるが少し肩の力を抜けよ」
「あ、あぁ…すまん。慣れていないから、ついな」
「慣れていないのはお前だけじゃないさ。俺だって少し緊張している」
「そうか?お前ほど自然体なヤツも珍しいと思うぞ」
「それ、褒めてるのか?」
「どう取ってもらっても構わないよ。それでだ、交渉については何か考えがあるのか?」
「考えか。特に決めてはいないが、交渉のテーブルに着けたら気持ちを偽らずに話そうと思っているよ」
「大丈夫なのか?」
「大丈夫かは交渉次第だろう?」
「まあ…確かにそうだが」
「初めから弱気になってどうする。やれることをやってダメなら別のやり方を考えればいい。すまないが、みんなも俺が交渉するから極力口出しはしないで欲しい」
廊下で人の気配を感じた。
人数は一人。
敵意はなく自然体のようだ。
「お邪魔するよ」
ノックをして部屋に入ってきたのは久しぶりに会うコルグスだった。
「やあ、久しぶりだな」
「やはりお前か。ペンダントを返しに来たと聞いたが…そればかりではあるまい」
最初に会った時とは違い医者を思わせる白衣を纏っている
よく似合っているところを見るとこちらが普段着なのだろう。
「お察しの通り。話し合いに来た」
「ほう…わざわざ危険を冒してこんなところまでやってくるとは。まったく、頭がどうかしているな」
「そう邪険にしないでくれよ。性分なんでね」
「それで、こんな世間話をしにきたんじゃないんだろう?」
コルグスの目が怪しく光った。
それが敵意や不信感を表すものではない。
どちらかと言えば僕の真意を見透かしたような目だ。
「まあ、まずはコレを返しておくよ。大切なものなんだろう?」
ポケットからペンダントを取り出しコルグスに手渡してやった。
「あぁ…確かに私の物だ。お前は思ったより律儀なヤツだな」
「いいじゃないか。それに手土産も持ってきたんだ。馬車に乗ってるよ」
それを聞いてコルグスは急に笑い出してしまった。
「何がおかしいんだよ?」
「いや、気を悪くしないでくれ。あまりにも我々が持つ人間のイメージとかけ離れていたから、ついな」
「 だからって笑うことはないだろ?」
何気なく隣を見るとアルマハウドとセシルは目を丸くしていた。
二人には知り合いとだけ伝えてあったがこれほど気さくに話し合える仲だとは思っていなかったらし。
僕も一度会っただけなので多少不安はあったが彼の顔を見てそんな気持ちもいつの間にか晴れていた。
「し、信じられんな…」
「ん?」
「いや、お前たちの関係だ。正直、驚いて言葉にならん」
「ここまで来れたのも奇跡みたいなもんなんだ、気にしたら負けだぞ」
それを聞いてアルマハウドは何とか現実を受け止めることができたらしい。
実際、彼もドワーフと言う存在に疑問を持っていた一人だ。
気さくに話す僕らの関係を見れば驚いて当然だろう。
セシルも同じ気持ちで居るのかただ驚くばかりで言葉には出さなかった。
「土産と言ったな。野暮なことを聞いて悪いが、何を持ってきたんだ?」
「あぁ、ラベンディアの種とコショウと塩だ。それぞれ麻袋に詰めて二十キロずつ運んできた。結構大変だったんだぞ?」
「ラベンディアの種…だと?それに、我々の世界では貴重なコショウと塩まで…」
「やっぱりな。地下暮らしだから香辛料は貴重だろうと思ったんだよ。塩も西の海で取れた海塩だぞ?」
「まったく…お前と言う男はどこまで我々の常識を覆せば気が済むんだ?」
「よせよ。少し考えたらわかることさ。別に大したことはしてないよ」
どうやら「手土産でビックリ作戦」は成功したらしい。
同時に連れて来た仲間も驚かすことができた。
ラベンディアのことを考えればそれなりに出費もあったが結果オーライと言ったところだろう。




