シーン 106
閉じ込められてどれくらい経っただろうか。
太陽の光が届かない地下では時間の感覚が曖昧になる。
頼りの腹時計も今回ばかりは役に立たず、ジッと耐えて黙りこくっていた。
不意に僕ではない誰かの腹時計が時刻を知らせる。
音の主はアルマハウドだった。
どうやら夕食の時間で違いないらしい。
ただ、それがわかったところで腹は膨れずこの薄暗い牢から出られる気配もなかった。
辺りを見渡しても牢の見張り番は見当たらず他に収容されている罪人もいないようだ。
まるで僕らだけが忘れ去られたようにこの地下空間に取り残されている。
「剣さえあれば…」
アルマハウドはため息を漏らした。
ドラゴンの分厚い外皮を切り裂く彼ならば強引な力業で柵を破壊できたかもしれない。
たとえ自慢の剣が「なまくら」になろうと彼のことだから気にせず派手にやってくれただろう。
牢を閉ざすのは大型の南京錠で柵とは違い鉄色をしていた。
見た目からもわかるように鉄か鋼鉄製のどちらかだろう。
鍵は構造が複雑なため硬いダマスカス鋼を精密に加工するのは難しいようだ。
「いつまでここに居ればいいんだ?」
ニーナは空腹から少し気が立っていた。
誰しも欲求が満たされなければ不満を抱きやすい。
僕もニーナほどではないが多少の空腹感があり今は水の一滴でも貪欲に欲している。
思えば最後に何かを口にしたのは半日以上前のことだ。
「…腹を立てても仕方ないだろ。少しはサフラを見習えよ」
サフラは牢に閉じ込められてから不満の一つも言わずただ黙って時が経つのを待っていた。
この落ち着きは僕が言った「殺すつもりなら…」の一言に起因しているようだ。
実際、放置はされているがこれから何らかの刑が執行されるという気配はない。
このまま放置をして餓死を待っているのであれば話は別だが単純に忘れ去られているだけのように思う。
「ニーナさん、こんな時こそ平常心ですよ」
「ふふ…まさか弟子に言われるとは思わなかったよ」
サフラが落ち着いているのを見てニーナも反省したらしい。
尖っていた感情を丸くして収めた。
だが、落ち着いたところで事態が良くなるわけではない。
あまり長い時間をここで過ごすのは得策ではなかった。
それからさらに数時間ほど経った頃、地上で地響きが聞こえた。
地震ではなく何か巨大な生物が歩くような音だ。
「…まさか」
セシルの表情が引きつった。
いつも余裕のある彼女にしては珍しい顔だ。
そして、僕も微かに嫌な気配を感じた。
「この気配…私は知っているぞ」
遅れてアルマハウドも声をあげた。
彼もセシルほどではないが周囲の気配を感じ取ることができる。
そして、彼の表情にも余裕がなくなっていた。
アルマハウドによればこの気配の主はかなり厄介な相手らしい。
ただし、マンイーターほどではないそうだ。
それでも丸腰の状況ではどうすることもできない。
この目で確認したわけではないがセシルによれば気配の主は「マーナガルム」ではないかと言った。
「マーナガルム?」
「あぁ、氷のような青白い毛並みの狼だ。「雪原の殺戮者」とも呼ばれている」
マーナガルムは好んでドワーフを襲う言わば彼らの天敵らしい。
もちろん人間も同様だ。
マーナガルムの特徴は巨体で個体差にもよるが大きいものでマイクロバスほどはある。
また、集団で狩りをすることが多くマンイーターでさえ複数に取り囲まれればひとたまりもない。
特に集団行動時の連携プレーは明確に役割が分担され相手に応じて立ち回りを変える周到さもあるそうだ。
話だけを聞けば海のハンター「シャチ」にも通じるモノがある。
「…気配は一つか。単独行動をするのは主に雄だ。縄張り争いに負けた個体かもしれないな」
セシルはマーナガルムのことをよく知っていた。
ノースフィールドにしか存在しない魔物だが時より獲物を求めて不干渉領域にも足を踏み入れるらしい。
彼女もノースフィールド侵攻の際には何度か交戦したことがあるようだ。
やがて一階付近からドワーフたちの叫び声が聞こえてきた。
どうやら交戦が始まり被害が出ているようだ。
「ふう…仕方ないか」
「レイジ、何が仕方ないんだ?」
「みんな、ここを出よう!」
そう言うとみんなの視線が僕に集中した。
突飛なことを言ったため当たり前と言えば当たり前だ。
「悪い。みんなには黙っていたんだが、出ようと思えば出られたんだ」
「何を言って…」
驚くニーナをよそに僕は銃を取り出した。
「銃…そうか、それで鍵を破壊するのか」
「その通り。危険だから下がっていてくれ」
僕は銃を手に念じると愛用の拳銃M1911は短銃身化されたショットガン「レミントンM870」に姿を変えた。
これは大会でホリンズと戦った時に使用したものだ。
当時は無我夢中だったたが改めて見ると軽量な部分を除いて本物と寸分違わない。
このソードオフショットガンは銃身が短く切り詰められていることで有効射程距離が短い欠点がある反面、取り回しの良さから近接戦闘向きの利点だけではなく、建物へ侵入する際に錠前を破壊する目的にも使用される。
どんな錠前でも破壊して解錠することから「マスターキー」とも呼ばれている。
僕はみんなの安全を確認すると南京錠に向けて弾を放った。
至近距離で放たれ弾は鍵の原型を留めないほど破壊した。
「レ、レイジ、そんなことが出きるなら何故初めからしなかった!」
ニーナが少しヒステリックになっている。
先ほどまでの落ち着きはどこに行ってしまったのだろうか。
「悪かったよ。だけど、こんなことでもない限り牢を破ったことがバレたら騒ぎになるだろう?」
元々、ドワーフたちが寝静まった頃に行動を起こすつもりだったが襲撃を受けて混乱をした今なら抜け出す絶好の機会だ。
僕は銃を扱い慣れたM1911に戻しホルダーへ収納した。
牢を抜け出すと言ってもこのまま要塞を離れるわけではない。
ドワーフたちを襲う「何者か」の迎撃に加勢するのが目的だ。
「ちょっと待て、我々は丸腰だぞ。一体どうするつもりだ」
今度はセシルがヒステリックになっている。
確かに僕以外の面々は武器を所持していない。
このまま戦えと言うのは酷な話だ。
むしろ、そんなことを言うつもりはなかった。
「わかってるさ。まずは馬車を探す。きっと武器もそこにあるはずだ」
僕らは薄暗い牢を抜け出してドワーフたちに見つからないよう移動を開始した。
ドワーフたちは「何者か」の撃退に躍起になっているため施設内の警備は皆無と言っていい。
窓の外に視線を移すと予想通り一匹の巨大な狼が暴れていた。
青白い毛並みはノースフィールド特有の雪原では保護色になり吹雪ともなれば視界が悪くなって発見し辛いだろう。
ドワーフたちは数人で取り囲み何とか制圧しようと応戦している。
しかし、こうして見ている間にも一人また一人と獰猛な牙や爪の餌食になっていった。
「ヤツらでは相手にならんな…」
アルマハウドは戦況を冷静に分析した。
実際、剣や槍の単調な攻撃では一度や二度当てたとしても致命傷には繋がらない。
アルマハウドやセシルのように人間離れした者なら話は別だが、並みのハンターの実力ほどしかない彼らでは相手が悪すぎる。
その間にも次々と増援が到着しては倒れされを繰り返す一方的な展開が続いた。
「…口惜しいな」
廊下を走りながらセシルは唇を噛んだ。
彼女が武器を手にしていればマーナガルムに遅れを取ることはないだろう。
ただ、その武器がないため今の彼女では相手にもならない。
僕らはそのまま廊下を駆け抜けセシルが感じた馬の気配を辿った。
「居たぞ!」
建物の西側に設けられた巨大な倉庫に馬車を見つけた。
体育館ほどある大きな部屋にはドワーフたちが使用する別の馬の姿も見える。
どうやら倉庫だけではなく厩舎としても使われているようだ。
僕らは急いで馬車に駆け寄り荷台から各々武器を手に取った。
「うん、これで戦えるよ」
サフラもやる気十分で鼻息を荒くする。
ただ、彼女は前回のマンイーターとの戦いで危険な目に遭っているため今回は戦わせるつもりはない。
僕の側を離れないように言って聞かせた。
「これから加勢に向かう。何があってもドワーフたちには手を出すなよ」
念を押して外へと飛び出した。
陣形はアルマハウドとセシルが前衛を務め僕が後方から銃で援護射撃を行う。
ちょうど「バレルゴブリン」と戦った時と同じ形だ。
もちろん、今回の方がより強力な相手になるものの前回以上に心強い仲間が揃っている。
サフラとニーナには万が一に備え僕らを制圧しようとするドワーフに注意を払う役割だ。
「行くぞ!」
外に出て迎撃の体勢に入る。
アルマハウドが雄叫びを上げて駆け出していった。
それに続いてセシルも高く飛び上がり直上から剣を振り下ろそうとしている。
僕はマーナガルムの注意を引くため素早い射撃で雨のような弾を浴びせた。
相手がマイクロバスより一回り小さい巨体のため一発ごとのダメージは少ないがそれでも注意を逸らせるには十分だった。
怯んだ隙にアルマハウドは右斜め上から左斜め下へ剣を振り抜くと青白い毛並みをかき分けて刃がめり込んだ。
しかし、それでは倒れずセシルが間髪入れずに帯電した剣を頭に叩き込む。
「やったか!?」
「まだだ!一気に畳みかけろ」
アルマハウドは次の攻撃を仕掛けようと剣を振り上げたが、マーナガルムは大きく後ろへ飛び退き天に向かって遠吠えをした。
辺りに響く鳴き声は耳を塞ぎたくなるほど大きい。
「マズい、仲間を呼んだぞ!」
アルマハウドの表情が曇った。
「まだ仲間は現れていない。今のうちに始末するんだ!」
冷静さを欠いていないセシルは再び高く飛び上がり先ほどよりも強力な一撃を頭に叩き込んだ。
手負いのマーナガルムは帯電した刃を通じて直接脳に電撃を受け身体が真っ黒に焦げて倒れた。
「仕留めたか!」
僕は動かなくなったマーナガルムを見て銃をおろした。
先ほどまで交戦していたドワーフたちは突然の出来事に目を疑っている。
中でも僕らを捕らえるよう命令したリーダーの男は酷く動揺していた。
「き、貴様らどうやって…」
「その説明はあとだ。急いで怪我人を運べ!別のマーナガルムが迫っている」
僕は生き残ったドワーフたちに言い聞かせ雪原の彼方を睨み付けた。
視線の先には雪煙を上げ猛スピードで駆けてくる狼の姿が見えた。
死ぬ間際に呼んだ仲間が数匹の群れでこちらに向かってきている。
その数は五体だとわかる。
中でも真ん中を走る個体は一回り身体が大きくおそらく群のリーダーだろう。
「レイジ、お前も避難を優先させろ。少しの間なら私たちが何とかする!」
セシルは剣を構え臨戦態勢に入る。
アルマハウドも覚悟を決め呼吸を整えて大剣を構えた。
僕は近くに居たサフラとニーナに声をかけ負傷したドワーフたちを建物の中に担ぎこんでいく。
迅速な搬送により負傷したドワーフたちは医療班に担がれそのまま医務室へと運び込まれていった。




