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シーン 105

 あと一日ほど進めばノースフィールドの入口というところまでやって来た。

 すでにマンイーターが出没する湿地帯は抜けたが、ここから先は寒さとの戦いが本格的に始まる。

 実際昨日までの気候では零度を下回ることはなかったが今は粉雪が舞い始め飲み水も凍っている。

 喉の渇きを潤すにも一度鍋に氷を移しそれを温めてから使う必要がある。

 とても面倒だが自然相手では文句も言ってはいられない。

 烈火石のストックはたくさん用意しておいて正解だ。

 湿地帯を抜けたおかげで旅事態はすこぶる順調だった。

 当初予定して行程より早く進んでいる。

 元々、行程は移動の際、外敵に襲われるおおよその回数を予測し、それらを退ける時間から割り出したものが参考になっている。

 つまり、セシルが素早く危険を処理する今ならほとんど停車することなく先へ進むことができるというわけだ。

 おかげで予定していた行程が大幅に短縮された。

 ニーナも自分より早く危険を察知するセシルに多大な信頼をおき、御者として単純な作業をこなすだけだ。


 「サフラ、寒くないか?」

 「私は大丈夫。でも、御者台のニーナさんは大変かも?」


 馬車と言うものは全面が覆われた自動車とは違い運転席である御者台が外に露出している。

 そのため、寒さを遮るものが何もなく身を守るには厚着をするしかない。

 ニーナ曰く、寒さには強い体質のようで今くらいの気温なら普段より少し厚着する程度で過ごせるようだ。

 僕には信じられないことだが彼女は平気な顔をしていたので無理をしないようにとだけ伝えてある。

 ちなみに、荷台は以前の改修工事で御者台との間にカーテンが取り付けられた。

 おかげで外気で直接身体を冷やす心配はない。

 多少のすきま風は気になるがカーテンがあるのとないのでは大違いだ。


 馬車の外で何かが断末魔の悲鳴を上げた。

 どうやらセシルが外敵を退けたらしい。

 剣を持った時の彼女は最強の名に恥じない働きをする。

 敵を見つけると馬車の屋根から飛び降り剣の一振りで決着をつけて戻ってくる。

 以前ニーナのことを猫科の「豹」に例えたことがあったが、セシルの場合は猛禽類の「鷹」と言うべきか。

 そう思わせるのは彼女の戦い方にある。

 多くの場合、彼女は空高く飛び上がり狙った相手を空から音も無く強襲する。

 その姿は小動物を獲物にする猛禽類とよく似ていた。

 その点、アルマハウドを動物に例えるなら「熊」だろう。

 相手を真っ向から力でねじ伏せる戦い方からそう感じている。

 実際、彼の体格は大柄で剣を振り上げた姿は実物の熊以上に迫力がある。


 「ニーナ、スピードを落とせ!」


 不意に屋根の上にいたセシルが声をあげニーナはすぐに手綱を引いた。

 僕は状況を確認するため御者台へと移動し周囲に注意を払った。


 「どうした!?」

 「以前来たときにはなかった物が見える。あれは要塞のようだ」


 セシルは荷台の屋根に立って遠くを見つめている。

 僕も屋根に上がってセシルが指差す方向を見ると不干渉領域には不釣り合いな石造りの構造物が見えた。

 かなり距離があるため正確な大きさはわからないが見えている限りでは横幅が五十メートル近くある巨大な施設だ。

 三階建ての建物で僕らの進行方向にあることから南からの侵攻を防ぐ前線基地と見て間違いないだろう。

 セシルによれば数年前には影も形もなかったらしい。

 つまりかなり短い間に作られたことになる。


 「ドワーフが作ったモノと見て間違いないなさそうだ。見ろ、屋上に見張りのドワーフが居る」


 セシルが指摘して場所に目を凝らすと屋上に武器を手にしたドワーフの姿が見えた。


 「どうする?」

 「言ったろ、俺たちは戦いに来たんじゃない。話し合うために来たんだ」

 「では、ヤツらから攻撃を仕掛けてきたらどうするつもりだ?」

 「正当防衛で身を守るのは当然だ。だが、決して殺すんじゃないぞ。無力化して制圧する」

 「まったく…簡単に言ってくれるな」

 「お前ほどの腕があればたやすいだろ?」

 「まぁ…そうだな」


 相手との力量に差が少なければ「不殺」は難しくなる。

 しかし、セシルやアルマハウドほどの使い手ならそれほど難しくはないだろう。

 間違ってもこちらから先に攻撃することだけは避けたい。

 万が一こちらから攻撃を仕掛ければ相手に不信感を与え今回の作戦そのものの遂行が難しくなる。

 ちなみにセシルの専門は「殺し」だが今回のように「不殺」の経験はほぼ皆無らしい。

 僕らは彼らを刺激しないよう慎重に馬車を進めた。


 「引き返すなら今のうちだぞ?」


 手綱を握るニーナの表情が引きつっている。

 それもそのはずだ。

 僕を含めた全員に武器の所持を禁止しているのだから。

 サフラ以外は素手でも十分に強い面々が揃っているが、それは相手もこちらと同じ条件の場合に限ったこと。

 だが、こちらが武器を持たず争う意志を見せないことで彼らの気持ちを逆撫でせず、スムーズに対話へ持ち込むことが出来ればと思っている。


 「気付かれたぞ!」

 「慌てるな!セシル、白旗をあげろ」


 セシルは長い竿の先に白い布を取り付けた旗を掲げた。

 この旗は事前に用意しておいたものだ。

 この意思表示が相手に伝わるのかは不明だが何もせず不用意に近付くよりはマシだろう。

 見張りをしていたドワーフは僕らに気が付き数名が武器を持ってこちらへと駆けて来た。


 「貴様ら、何者だ!その姿…人間か!?」


 ドワーフの中でも年長者と思われる男が声を上げた。

 どうやら彼らのリーダーらしい。

 僕は馬車から降りて彼らに歩み寄った。


 「俺たちは争いに来たんじゃない。話し合いに来た!」

 「話し合う…だと?そう言って我々を謀ろうというつもりか!」

 「違う。見ての通り俺たちは丸腰だ。戦う意志はない」

 「信じられるものか。人間どもはそうやって我々を虐げてきた。お前たちは野蛮な生き物だ!」


 どうやらこの男には何を言っても無駄らしい。

 彼らの常識では人間は野蛮と言う常識があるため仕方ないと言えばそれまでだ。

 元々、要塞で警備を担当する彼らはドワーフの中でも血の気の多い者たちだろう。

 対応を誤れば一触即発という状況だ。

 出来れば正当防衛であろうと手は出したくない。


 「俺たちはコルグスに会いに来た。彼に会わせてもらいたい」

 「き、貴様…何故ゴルグス様の名前を!?」

 「彼に渡したい物がある」


 僕はいつも身に着けておいたコルグスのペンダントを取り出した。

 トルコ石に似た薄緑色の金属は何度見ても神秘的だ。

 形も独特で涙の形を模した流線型をしている。

 ダマスカス鋼はドワーフ族にしか精製することが出来ないと聞いていたため交渉材料としては効果があるだろう。

 ペンダントを見たドワーフたちは一斉にどよめき中には自分の目を疑っている者もいる。


 「そ、それはコルグス様の…一体どこで手に入れた!」

 「これは本人から直接受け取ったものだ。俺たちはこれを返しに来た」


 本当はペンダントを返しにきたわけではない。

 あくまでも話し合いにきたのだ。

 ただ、彼らを説得するにはこう伝えた方が効果的だろう。


 「返す…だと?貴様、そのペンダントが何を意味しているのかわかっているのか!?」

 「いや。だが、そんなことは関係ない。俺たちはコルグスの面会を希望する」

 「…ええい、皆のもの、こやつらを捕らえろ!!」


 リーダーの男は部下たちに命令すると数名のドワーフたちが馬車を取り囲んだ。


 「お、おい、レイジ!?」

 「みんな、手は出すな!」


 うろたえるニーナを制止しつつ臨戦態勢に入ったアルマハウドとセシルを諭した。

 僕らはそのまま馬車ごと要塞の中へ連れて行かれた。

 仮に僕らを殺すつもりならわざわざ中へ連れて行く必要はないだろう。

 僕とサフラは心配をしていないがアルマハウドとセシル、ニーナの三人はいつでも反撃できるよう気を張っていた。

 ただ、僕らはすでに後手で拘束されているため反撃するにも大した対処はできない。

 そのまま僕らは地下室の牢に閉じ込められた。


 「…で、これがレイジの望んだことか?」


 薄暗い牢の中で五人仲良く相部屋だった。

 閉じ込められた際に拘束されていた腕は開放され今は自由に動かすことが出来る。

 セシルは眉間に皺を寄せ難しい顔をした。


 「殺されなかったろ?彼らにも何か考えがあってのことだ」

 「で、この状況はいつまで続く?」

 「慌てても仕方がない。このまま時が来るのを待つ」

 「処刑されるのを待てと言うのか?」

 「殺すつもりがあるのならわざわざ捕らえる必要があると思うか?」

 「た、確かにそうだが…」


 ちなみに僕らは丸腰だ。

 いや、正確には僕の銃だけは何とか死守している。

 元々、彼らには銃が武器と言う概念がないためホルダーに収めたままの銃は取り上げられることが無かった。

 代わりに他の四人の武器は取り上げられているため今はどこにあるのかもわからない。

 装備を積んだままの馬車はそのまま奥へと運ばれていった。

 悪戯をされる心配はないと思うがこれまで歩き詰めの馬は腹を空かせているだろう。

 野生馬はドワーフにも馴染みのある馬なので殺される可能性は少ないと思われる。


 「…地下室か。ドワーフらしい施設だな」

 「確かドワーフは普段地下で暮らしているんだよな」


 永久凍土の大地が広がるノースフィールドでは一年を通して雪に閉ざされ、冬場の最低気温は地球の北極と変わらない。

 そのため、凍てつく暴風雪を避けるため彼らは地下に穴を掘って都市を建設して暮らしている。

 また、彼らが作り上げた地下世界には外敵がおらずハンターギルドのような治安維持の組織は存在しないらしい。

 それでも時より攻めて来る人間たちから身を守るため独自に軍隊のような組織を作っているようだ。

 ただ、自発的に攻撃を加える集団ではないためどちらかと言えば日本の自衛隊に似た守備に徹する組織と言ったところか。


 「地下では息が詰まるな…」


 ニーナは少し息苦しそうに呟いた。

 地下牢には地上に繋がる空気穴がないため想像したよりも酸素が少ないように感じる。

 ちょうど標高二千五百から三千メートル程度の高地と同じくらい感覚だろうか。

 この環境下で急に激しい運動をすれば高山病にかかる危険性がある。

 対処法としてはあまり身体を動かさず深呼吸を心がけることだ。

 他にも睡眠中は呼吸の回数が減る傾向にあるためなるべく眠らないようにする。

 出来れば十分な水分補給も必要だが閉じ込められている現在の環境では難しい。


 「この柵はダマスカス鋼か。なるほど、容易に破壊することは不可能か」


 アルマハウドは牢の柵を眺めて一人感心していた。

 ダマスカス鋼はミスリルやテイタンとほぼ同等の強度がある。

 つまり、鉄や鋼鉄よりも強度があるため簡単に破壊することはできない。

 柵を破壊して脱出するのはほぼ不可能だろう。

 無意味で口惜しい時間がゆっくりと流れていった。

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