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シーン 103

 朝は酷く底冷えして、吐いた息で視界が白く染まった。

 さすがに氷までは張っていないがもう少し北上すれば雪が降りそうだ。

 元々寒いのは苦手で冬はコタツが友達だったがこの身体に生まれ変わってからは以前ほど辛く感じない。

 寒さを感じるセンサーが鈍くなったと言うより以前よりも寒さへの抵抗力が増していると言う方が正しいだろうか。

 気温が下がると身体が反応して体温を高く保っている感じがする。

 ただ、積極的にエネルギーを燃やして熱を生み出しているおかげで今朝はいつも以上に空腹感が酷かった。

 そのためいつもの量では少し物足りなさを覚える。

 幸い食料は普段よりも多く積み込んでいるのですぐに食糧事情が悪くないことはない。

 僕らは短い間で朝食を食べ終え旅の行程を再確認しつつノースフィールドへの旅を再開した。


 昨日マンイーターとの戦闘で疲弊した身体は一晩休んだことで完全に回復している。

 ネガティブだった気持ちも晴れ今はこの旅を成功させようと言う気持ちでいっぱいだ。

 実際、あのまま弱り果ててしまうのではと心配する気持ちも少なからずあったがどうやら一時的なものだった。

 リンカーではないニーナは常にこんな代償を払って剣を振るっているのかと思うとあまり無理はさせられないと思う。

 これは実際に経験したからわかる苦労だ。

 それを考えれば改めてセシルの異常性に気が付く。

 能力を湯水のように使い人間離れした身体能力と銃を遥かに凌ぐ破壊力を持った電撃は脅威だ。

 アルマハウドが彼女のことを「人間の中で最強」と言った理由がよくわかった。

 そんな彼女は今このパーティーを護衛している。

 積極的に敵を迎撃している彼女ならこの先どんな化け物が現れて大丈夫だろう。

 何しろ不干渉領域の中で最強のマンイーターを凌駕する実力を備えているのだから。


 昨日の戦いから御者はニーナが担当している。

 膝の上に置いた地図を見ながらみんなで確認した安全と思われるルートを正確に辿っていく。

 セシルは昨日の教訓から荷台の中ではなく屋根の上で待機している。

 危険が迫ればいち早く飛び出しあらゆる敵を殲滅していった。

 そうして彼女が通り過ぎた跡には黒く焦げた死体だけが残ると言った具合だ。


 荷台の中は僕とサフラ、それに目を閉じて身体を休めるアルマハウドの三人だけ。

 セシルが場所を空けてくれたおかげで車内を広く使うことができ足を伸ばしても窮屈にはならない。

 サフラはまだ昨日の疲れが抜けていないのか、うとうとしながら目を半分だけ開けていた。

 いっそ眠ってしまえば楽になるのにサフラは眠らないよう我慢しているようだ。


 「サフラ、眠いなら寝てもいいんだぞ?」

 「だ、大丈夫…」

 「大丈夫には見えないから言ってるんだ。ほら、薄着だと風邪ひくぞ?」


 前世でもそうだがこの世界でも女の子のファッションは男性に比べて露出度が高い。

 足元は太ももまで長さのある薄手のニーソックスを履き、丈が膝までのワンピースを身に付けている。

 しかし、そんな状況でもサフラは平気な顔をしていた。

 御者台のニーナもサフラほどではないがある程度薄着だ。

 元々寒がりの僕は可能な限り厚着を心がけ首にはマフラーを巻き、手には毛糸で編んだ厚手の手袋まで付け、雪山でも凍えないくらいには対策が出来ている。

 サフラもまったくの薄着と言うわけではなくお気に入りのポンチョをワンピースの上に着て寒さ対策をしている。

 それでも僕から見れば十分に薄着に見え、これ以上身体を冷やさないようにと余分に用意しておいたコートを掛けてやった。


 「あ…ありがとう」

 「体力を消耗して寝不足だと風邪をひくぞ?体調管理も重要な旅の一部だからな」

 「うん…心配かけてごめんね」

 「気にするな。ほら、肩を寄せた方が暖かいぞ」


 一人分の距離を空け座っていたサフラを呼んで肩を寄せ合う。

 寒い時は風呂に入って身体の芯から温めたいところだが、あいにく馬車の中にそんな贅沢な設備はない。

 家を離れてまだ数日だが急に我が家が恋しくなってきた。

 ペオは今ごろ何をしているだろうか。

 仕事を頼んでおいたから順調に進んでいるといいが、ダメなら帰ったあとで力を貸してやればいい。

 そのためにも今は旅を成功させることが先決だ。

 そして、一人の犠牲も出してはいけない。

 僕はこの旅ではリーダーだ。

 采配一つで仲間を危険にさらしてしまうかもしれない。

 慎重な指揮と時には大胆な方策も必要になる。

 そんなことを考えているうちに傍らから規則正しい寝息が聞こえてきた。

 安心して眠ったサフラの横顔は天使そのものだ。

 僕は笑顔の次にこの寝顔が好きだった。

 反対に昨日見た泣き顔はどうしても好きになれない。

 サフラにはいつも笑って元気でいてもらいたい。

 そのためなら僕は何でもしてやりたいと思う。


 「…護る者、か」


 アルマハウドは目を閉じたまま深い溜め息をついた。

 何かに落胆したと言うよりは自身の過去を振り返っているような素振りだ。


 「どうしたんだよ、急に?」

 「お前たちを見ていたら少し昔のことを思い出した。まだ私が名も無き剣士だった頃の話だ」

 「昔話か。差し支えなかったら聞かせてくれないか?先はまだ長いからな」


 アルマハウドは一呼吸を置いて深く頷いた。

 昔話と言っても今から十年近く前のことらしい。

 当時、彼は駆け出しのハンターとして各地に赴いて人々の安全を守っていた。

 現在でもそうだが、当時は今ほど実力が伴っていなかったため、請け負う仕事もそれほど難しくないものばかりだったそうだ。

 そんな中、彼はとある女性と出逢いをしたらしい。

 それは若くて美しい貴族の娘との出逢いだった。

 帝都でも一、二を争うと言われた美女で、出会いのきっかけは彼女の護衛役だったらしい。


 「護衛役か」

 「あぁ、当時はそんな仕事ばかりをしていたんだ」

 「今からは想像できないな。まあ、最初から今ほど強くなかったと言うことか」

 「その通りだ」


 アルマハウドが彼女の護衛役を請け負ったのはわずかな時間だった。

 帝都から交易都市への移動。

 普通ならゆっくり移動したとしても二日もあれば移動ができる距離だ。

 ただ、その時は全ての行程が終わったのが三日経ったあとだったらしい。

 理由は街道を占拠していたオークの一団だった。

 十体ほどの群れで街道を行き来する旅人たちを専門に襲っていたらしい。

 特に、豪華な作りの馬車を好んで襲う習性があり、貴族たちの間に被害が広がっていたそうだ。


 「オークが貴族を狙うって、まさか金目当ての犯行か?」

 「いや、本当の目的は食料だったそうだ。貴族は日に三度食事をする。昼食も大事な食事と考えているから、ウマイものを馬車に積んでいたんだ」

 「なるほどな…」


 それはアルマハウドが護衛した女性の馬車も例外ではなかった。

 女性は婚約のために交易都市を目指していたため、食料のほかに輿入れのための家財道具や豪華な宝飾品を数多く運んでいたらしい。

 食べ物に釣られて集まってきたオークの数は全部で十二体。

 対する護衛側のハンターはアルマハウドを入れて三人。

 アルマハウドが馬車を守りながら残りの二人がオークを迎撃するという陣形で戦いが始まった。

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