シーン 100
翌朝。
肌寒く感じて目が覚めた。
極寒のノースフィールドに向けて北上しているため徐々に気温が下がっているようだ。
特に昨夜は雲一つない満天の夜空だったため放射冷却の影響もあるだろう。
この先はもっと寒くなることが予想される。
アルマハウドによれば不干渉領域を二日ほど進めば気温は零度近くになるそうだ。
寒さに身体を慣らすためにもあまり急いで進まず着実に北上すればいいとのこと。
寒さは体力を消耗してしまうため無理は禁物だ。
不干渉領域に入るにあたり昨日まで御者を務めていたサフラを荷台で休ませ僕が操作することにした。
その方がいち早く気配で危険を感知できるため目視の時よりも素早く行動ができる。
やっていて思うが御者と言う仕事は向き不向きが明確に現れると思う。
僕はどちらかと言えば後者だ。
何事もなければ延々と馬を走らせ眠りを誘う心地よい揺れに耐えなければならない。
馬車に自動操縦機能がついていればどれほど楽だろうか。
ただし、御者の役目は馬車の操作だけではない。
敵が現れれば馬車の安全を確保しつつ荷台の中にいる仲間に呼び掛けて注意と迎撃を要請する。
この場合、アルマハウドかセシルが適任者だ。
辺りの気配を探るといくつかの殺気を感じ取った。
今すぐに襲ってくる様子はないが安心は出来ないだろう。
「セシル、周りに何匹いるかわかるか?」
「そうだな…数は十三。いや、十四だ」
言葉が本当なら相当数の敵に囲まれていることになる。
それなのに声は落ち着いているのは余裕の現れだろう。
「流石だな。俺がわかった数は十だった」
「キミが殺せと言うなら始末してくるが?」
「いや、まだいい。こちらでも気配を感じているから襲われる直前でもすぐに対処できるさ」
亜人や魔物の中には仲間が殺されると逆上して襲いかかってくるものがいる。
すぐに襲ってこないのであれば敢えてこちらから仕掛ける必要はない。
馬車は北へ向かって進んでいる。
真っ直ぐに進めば必ず砂地を横切るためサンドマンに注意しなければならない。
目視で見極める方法は不自然に盛り上がった砂山に注意すればいいようだ。
サンドマンは砂地に適応したゴブリンの亜種と言われている。
つまり、砂の中に隠れる習性を除けば能力はゴブリンとほぼ同等だ。
筋肉質の身体を大きく使い手にしたサーベルや棍棒で襲いかかってくる。
しばらく進むと砂地が現れた。
姿は見えないが気配を感じる。
数は二つ。
よく見れば不自然に盛り上がった砂山があった。
「サンドマンだ!数は二体。砂の中に隠れているぞ」
すぐさま荷台の迎撃要員に声を掛けると予想をしていなかった二人が出てきた。
それぞれ武器を手にしたサフラとニーナだ。
「任せておけ!」
「お前ら…無理に戦う必要はないんだぞ?」
「大丈夫だよ。ニーナさんに教えてもらった通りやるだけだから」
「危ないと思ったら加勢するからな。いいか、無理はするな!」
二人は慎重に砂地へ向かっていった。
「ニーナさん、ここは私に任せてください」
「わかった。みんなに修行の成果を見せてやれ」
ニーナは一歩下がったところで腕を組んだ。
サフラは右手にスティレット、左手に鞭を構えている。
サンドマンが攻撃を仕掛けてくるのは周囲三メートルに近付いた時だ。
それまでは息をひそめ獲物に気付かれないようにしている。
サフラはゆっくりと近付くと近くに居たサンドマンが飛び出してきた。
砂と同じ土色の保護色をしているが姿形はゴブリンと変わらない。
サフラは冷静に動きを見極めるとサーベルを手に襲いかかってくるサンドマンの攻撃を鞭で防いだ。
「いいぞサフラちゃん。一撃で仕留めるんだ!」
刹那サフラは一歩踏み込んでサンドマンの心臓に短剣を突き立てた。
無駄のない動きは呼吸をするように自然で恐ろしく正確な一撃だ。
急所を突かれたサンドマンは断末魔の悲鳴をあげ絶命した。
続いて隠れていたもう一体に近付きすぐさま鞭を振るって動きを封じる。
意識を持った鞭は利き腕に巻き付いて自由を奪った。
こうなればサフラのペースだ。
蜘蛛が糸を絡めて獲物の動きを封じるようにサフラは鋭利な切っ先を身動きのとれないサンドマンの首筋に突き立てた。
修行の成果から昔のように荒削りな部分がなくなり、必要最小限の動きしか行っていない。
サフラは短剣を素早く振って返り血を払い鞘に収めた。
「ニーナさん、どうでした?」
「上出来だ。型通りだったぞ。どうだレイジ、驚いたろう?」
「あ、あぁ…さすがにこれほどとは思わなかったよ」
「私、次も頑張るね」
二人は仕事を終えて荷台へ戻っていった。
サフラの成長した姿を見ると「彼女を守る」と決めた日のことが遠い昔のように思える。
娘の成長を喜ぶ父親はこんな気持ちになるのだろうか。
同時に僕の力を必要としなくなった彼女を見て少し寂しい気持ちにもなる。
彼女には彼女の人生があるのだから仕方がないことだ。
いつかは僕から巣立っていく日が来るのだろうか。
そう思うと胸が締め付けられそうになった。
サンドマンを倒したことで周囲から感じ取れる気配は消え進行方向の安全が確保された。
ゆっくりとだが着実にノースフィールドへ向かっている。
手綱を握りながら何気なく銃を取り出してみる。
今はホルダーに収まるようM1911の形だが必要に迫られれば形を変えて僕を助けてくれる心強い相棒だ。
ただ、ここで一つ疑問に思うのはこの銃がどこまで変化させることが出来るかということ。
限界を知っておけば咄嗟の時に慌てることはないだろう。
試しに念じて剣を想像してみた。
しかし、銃は反応せず見慣れたM1911のままだ。
僕の念じ方が間違っていたのかと何度か挑戦してみたが変化しなかった。
不意にもう反応しなくなってしまったのかと言う不安が過ぎる。
ただ、不安な気持ちはすぐに解消された。
念じるとM1911は現在最高峰の威力を誇るマグナム銃M500へと姿を変えた。
他にもソードオフショットガンの姿にも変わったため銃が壊れてしまったということはない。
今回わかったのはこの「銃」が変化できるのは「銃」だけだと言うことだ。
ただし、銃と言う括りがあるため銃に類似したボウガンなどに変化しないこともわかった。
つまり、変化できるのは銃身から弾が飛び出すものだけと言うことなのだろう。
試しに小型爆弾である「擲弾」を発射するグレネードランチャーを想像して念じてみたが変化はしなかった。
グレネードランチャーに変化しなかった理由について考えてみると、グレネードランチャーの定義として、多くの場合は「銃」ではなく「砲」と区分されることに気が付く。
中には「グレーネードガン」とも表記されるがこの場合の解釈はやはり「砲」として解釈されるらしい。
「銃」と「砲」と言う違いからもわかるように発射する弾頭にも制限があるようだ。
僕個人としてはグレネードランチャーに変化しなかったのは少し残念な気持ちだ。
歩いて持ち歩ける程度の武器の中で戦車すら破壊するグレネードランチャーの威力はとても魅力的だった。
それこそ発射すれば戦車に限らず大抵のものは破壊することができる。
城の分厚い城門を破壊したりドラゴンなどの凶悪な怪物さえも一撃で粉砕できるだろう。
ただ、今回のことで変化できる範囲が「銃」に限られると言うことはよくわかった。
これで咄嗟の時に慌てることはないだろう。
こうした確認は大切だ。
「レイジ、ちょっといいか?」
荷台で待機していたニーナが御者台へやってきた。
「どうしたんだ?」
「コレから先、進むべきルートの確認だ。隣、座るぞ?」
ニーナは確認を取って僕の隣に腰を下した。
今までは二人座れば定員になる御者台だが寒冷地仕様の改修を依頼した際、全体的にひと回り大きくなって返ってきた。
理由は寒さに耐えるため幌を二重にして空気の層を作り断熱効果を高めたためだ。
そのため、フレーム自体を補強する必要がありそれに伴って御者台も広く作り直されている。
今では二人座っても余裕があるため窮屈に感じることはない。
無理をすれば大人三人が座れるくらいの横幅がある。
ニーナは持っていた地図を膝の上で広げ現在地と思われる辺りを指差した。
「今、我々が居るのはちょうどこの辺り。最短ルートを進めば広大な湿原を横切ることになる」
「湿原…マンイーターの潜む場所か」
「そうだ。マンイーターの恐ろしさを知っているハンターなら絶対通らないルートでもある。ただ、今回ばかりは話は別だな。人間の中で三強と思われるレイジ、男爵、公爵がいる。それを踏まえどのルートを辿るかよく考えてくれ」
ニーナが提示したルートは三つ。
一つはこのまま突き進み湿原を横切る最短ルート。
二つ目は大回りをして湿原を迂回する長距離ルート。
三つ目は湿原でもマンイーターの目撃例がない地域を通り抜ける中距離ルート。
時間を惜しむなら危険を承知で最短ルートを選択することになる。
時間を惜しまず安全を確保するなら迂回路を通る他はない。
三つ目のルートは両者の間を取ったルートだが行程も四日ほどと最短ルートに比べて一日しか変わらないようだ。
「現実的に考えて三つ目の中距離ルートだな。この目撃例がないって言うのはどれくらい信憑性があるんだ?」
「どれくらいと言われれば困るが…そもそもマンイーターと言う化け物は生息数自体それほど多くはないと言われている。ヤツは巨体を維持するためにたくさんの餌が必要になるから、仲間同士で餌場を争って勝ち残ったものだけが子孫を残せるんだよ」
「なるほどな。じゃあ水を求めて動物たちが集まってくる湿地は恰好の餌場というわけか」
「そう言うことだ。それで中距離ルートの選択と言うことでいいのか?」
「目撃例が少ないって言うことは襲われる可能性がゼロじゃないんだろ?サフラが危険な目に遭うことを考えればなるべく湿原を迂回したい」
湿原を迂回した場合最短ルートよりも行程が三日ほど延びてしまう。
それでも安全が確保できるなら石橋を叩いて渡るくらいの慎重さがあってもいいだろう。
「キミ、我々がどうして同行していると思っている?」
不意にセシルが声を掛けてきた。
振り向くとすぐ後ろに立って腕を組んでいる。
今までの話に聞き耳を立てていたようだ。
「えっと…護衛?」
「そうだ。我々は有事の際、キミたちを最優先で守る。これは陛下の命令でもあるからな。だから、相手が不干渉領域最強の魔物であろうと私たちは立ち向かっていくんだよ」
「だからって自ら危険な道を進む必要があるとでも?」
「そうじゃない。私は最短ルートを進めと言っているのではないのだよ。それにその中距離ルートなら一度通ったこともあるからな。何万が一襲われても我々が全力でキミたちを守るよ」
シセルは何度かノースフィールドへ部隊を送り込み侵攻をかけた経験がある。
その際今回の中距離ルートを通った経験があるらしい。
その時はマンイーターに遭遇することなく通過することができたようだ。
一度通って安全だったルートだと言われればそれなりに信憑性があると見てもいいだろう。
協議の結果、中距離ルートを選択することで一致した。




