シーン 99
夕方。
後少しで不干渉領域と言うところまでやって来た。
この先は危険な地域になるため今夜は補給路の脇に建つ石造りの小屋で休むことにした。
この小屋は以前不干渉領域からミッドランドへ流れてくる亜人や魔物を押さえ込む前線基地として使われていたそうだ。
しかし、駐在するハンターの維持管理費が膨大になり年間で数件程度発生する人的被害とコストを天秤にかけた結果廃止されて今に至っている。
ただ、一部では「抑止力を確保せよ」と言う声もあがっているものの現実はそれほど甘くはないらしい。
それよりもより被害が多い地域にハンターを配置した方が効率だ。
つまりこの施設は誰に許可を取る必要がなく使うことができる。
内部は八畳ほどの広さがあり狭い馬車の中より快適だ。
壁の厚みは十数センチもあるため外部から攻撃を受けても簡単に破壊されることもない。
ここに居る限りは一応の安全を確保できそうだ。
「私は外で見張りをしている。お前たちはゆっくり休んでおけ」
アルマハウドは一人外に出て行った。
後を追って見張りの交代を申し出たが聞き入れてはくれなかった。
どうやら身の安全は自分で守らなければ気が済まないらしい。
夜になれば夜行性の魔物が徘徊を始める。
建物は壁に守られてはいるが入口を破られれば簡単に侵入を許してしまう。
そのため常に油断できない状況には変わりなく火を絶やさないよう番をしなければならない。
建物の入口を背に腰を下ろし焚き火を眺めた。
アルマハウドは目を閉じているが眠っているわけではない。
常に周囲の気配に注意を傾け有事の際はすぐに動けるよう準備している。
「この作戦、うまくいくといいな」
「そうだな。レイジは勝算があって陛下に進言したのだろう?」
「あぁ、俺たちは死にに行くんじゃない。争いを終わらせに行くんだ」
「終わらせる…か。本当に成せるのか、私としては期待をしているよ」
「それは俺も同じさ。これで失敗したら命が危ないからな」
「そう言えば陛下に啖呵を切っていたな。まったく思い切ったことを言ったものだ」
ここで思い出したことがある。
皇帝はアルマハウドの事を旧友と言っていた。
アルマハウドは今でこそ男爵を名乗る貴族の一員だが大会で優勝する前はハンターだと言っていたはずだ。
だとすれば立場の違う二人が昔から友人になり得る機会はどこにあったのだろうか。
アルマハウドに聞いてみると意外な接点を教えてくれた。
皇帝を受け継ぐ資格の一つに「武術に秀でる」と言うものがあり皇族は必ず剣術を学ぶ伝統があるそうだ。
そのため現皇帝が幼い頃には剣術を教える師匠が武術の基礎を教えていたらしい。
その師匠と言うのがアルマハウドの父親でハンターをしている人物だった。
当時のアルマハウド少年は父親についてよく宮殿に出入りをして皇帝とともに剣術を学んだようだ。
そんな縁もあり二人は親友のように育ち時にはライバルとして汗を流したらしい。
アルマハウドに言わせれば皇帝の実力は侮ることができず一般的なハンターよりも強いようだ。
皇帝の地位に就く以前は武術大会にも参加をしていたらしい。
「古い付き合いなんだな。陛下がお前を見る時に穏やかな顔をした理由はそれか」
「そう言うことだ。まあ、今でもそれなりに交流はあるぞ」
「なるほどな。そう言えば俺が誘った時、一人心当たりがあるって言ったろ?まさか、陛下に直接進言したんじゃないのか?」
「お前は察しがいいな。いや、ここはさすがと言うべきか。その通りだ。私が陛下に要請したんだよ」
「やっぱりか。でなければフランベルクのリーダーがこんな作戦に参加するはずはないと思ったさ」
フランベルクのリーダーである彼女は言ってみれば国防の要だ。
そんな彼女が帝都から離れると言うことは少なからず有事の際には戦力を欠いてしまう。
そんなリスクを差し引いても皇帝は戦力として必要以上の働きをする彼女を派遣してくれた。
この意味を考えれば今でも皇帝はアルマハウドを大切に思っていると言うことだ。
彼自身もそのことを理解しているのか命を投げ出してでも皇帝に忠誠を誓うと宣言している。
時刻は深夜になり建物の近くで微かに気配を感じた。
元よりここへ近づくのはハンターギルドで依頼を受けた者かよほどの物好きに限る。
そして今は人が寝静まる夜だ。
だとすれば敵襲と考えるのは普通のこと。
この気配をセシルも感じ取り戦う準備を始めている。
「…厄介な気配だ」
「ほう、キミも感じ取ったのか。ではこの気配、何者だと思う?」
「実際に見てみなければわからない。ただ、亜人ではなさそうだ」
「なるほど、そこまでわかれば上出来だ。ちなみに私の経験から言ってこの気配はアルゴスだ」
アルゴスは大型犬ほどある巨大な蜘蛛の化け物だ。
夜行性の彼らは寝ている獲物を糸に絡めて食べてしまう。
この化け物の厄介なところは表面を覆う硬い表皮にある。
身体は鉄のように硬く剣で仕留めるのは難しい。
ただし、鋼鉄すら切り裂く「剛の剣」のアルマハウドなら容易な相手だとセシルは言った。
「ハンターギルドの定める難易度はDランク。対処法さえ知っていればそれほど脅威ではないさ。まあ、一体だけならな」
ニーナもアルゴスを知っているようだ。
アルゴスは数匹の群れで行動している。
構成は雌が一匹と雄が数匹。
雌は雄より体格が大きく見分けるのは簡単らしい。
「一夫多妻」ではなく「一妻多夫」なのは繁殖の際に雄が子どもの世話をするからだ。
ニーナはそう言ってセシルの説明で足りない部分を補足してくれた。
外ではすでにアルマハウドが交戦状態に入っていた。
ある動物学者によれば蜘蛛と言うのは身体の大きさが同じならどんな動物よりも強い生き物だと提唱している。
理由は諸説あるようだが粘性の高い糸や獰猛な顎、地形を選ばず壁でも垂直に登る能力などがあげられる。
特に粘性の高い糸は人間と同じ縮尺の蜘蛛が扱えば素手で引き千切ることは不可能だと言われている。
アルゴスは地球の蜘蛛とは違い口から吐き出す。
まともに浴びれば身動きが取れなくなるためアルマハウドは警戒しながら距離を取っている。
焚き火の炎でわずかに見えるアルゴスは説明を受けた通り巨大な蜘蛛だが、実際に見ると全身に鳥肌が立つほど気色が悪い。
気を付けるべきは糸と強力な顎による噛みつき攻撃だ。
アルマハウドは目を閉じて意識を集中した。
夜の戦闘は昼間とは違い目に見えない脅威が隠れていることがある。
意識を集中する事で気配を頼りに戦えば不意な脅威を恐れる必要はない。
刹那、アルマハウドは鉄塊のような巨大な剣をアルゴスに向けて振り下ろした。
「…手応えありだ」
アルマハウドの一番近くに居た身体の小さな雄が真っ二つに切り裂かれた。
「目を閉じているのに…凄いアルマハウドさん」
明り取りの小さな窓から戦いを見守っていたサフラが声を漏らした。
最近のサフラは人が戦っている姿を見る目が真剣だ。
様々な戦い方を見ることで自分にはない技術を貪欲に吸収しようとしている。
その精神は実力の向上に大きく貢献しており最近急速に強くなった一番の要因だ。
「同じような動きならクオルでも出来る。だが、男爵の技術はその上を行っている。サフラちゃん、一体どうなっているのかわかるかい?」
「えっと、気配を感じ取る…ですよね?でも、そんなの言葉で言うよりずっと難しいですよ」
「気配を察知する技術は訓練よりも才能によるところが大きいからね。まあ、アレが出来なくとも戦えないわけじゃない。むしろ、目を閉じて戦える男爵が異常なんだよ」
ニーナもアルマハウドの戦いを見て驚いている。
この戦いを落ち着いて見ていられるのは僕とセシルだけだ。
僕もアルマハウドほどではないが目を閉じて戦うことができる。
ちょうどその感覚を掴んだのは大会でガウエスと戦った時だ。
あの時は無我夢中だったが今にして思えばいい経験になったと思う。
僕らが話している間に残るアルゴスは雌の一匹だけになっていた。
アルマハウドは目を閉じたまま集中力を切らさず三匹の雄を両断した。
残った雌はアルマハウドに敵わないことを察するとゆっくりと後退りをしてこの場から逃れようとしている。
この世界に転生したばかりの僕ならそのまま見逃しているだろう。
今でこそサフラの村で起きた悪夢を思い出してしまうため取り逃がすことはしないのだが。
アルマハウドは一気に勝負を決めようと剣を振り上げた。
いくら鉄のように硬い皮を持っていると言ってもアルマハウドにとっては問題にならない。
雌は焚き火の炎が届かない闇の中へ逃げ込んでいった。
それを追ってアルマハウドも闇の中へ消えていく。
そして、次の瞬間には金属の甲高い音が聞こえ先ほどまで感じていたアルゴスの気配が消えた。
「終わったか」
セシルはまるで闇の中が見通せるように戦いの終わりを理解すると興味を失って寝床へ戻っていった。
彼女自身、万が一に備えて戦う準備をしていたが無駄に終わってしまった。
もちろん戦っていたら余計な体力を使ってしまうため彼女としてはこれでよかったと思っているだろう。
セシルが寝床に戻ったと言うことは周囲に危険がないことも意味している。
彼女にどれだけの範囲を索敵できるのか聞いたわけではないが、僕が感じ取れる範囲は条件次第で周囲十数メートルほど。
それを考えてもセシルが感じられる気配はそれ以上に広いはずだ。
アルマハウドは仕事を終えて再び焚き火の前に戻ってきた。
彼ほど頼りになる仲間もいない。
安心できるからあえて加勢せず見守ることが出来る。
彼自身も僕が横槍を入れるより好き勝手に戦えた方が随分楽だと感じるだろう。
「ニーナさん、私もあの戦い方できるかな?」
「どうだろうな?目を閉じて気配を感じることができれば見込みはあると思うよ」
「うーん…気配だよね」
サフラはアルマハウドの真似をして目を閉じた。
ただ、もうこの周辺に敵意を持った気配は感じない。
サフラがいくら周囲の気配を探ったところで何かを感じることはないだろう。
案の定、サフラは何も感じ取れず苦笑いを浮かべた。




