一条と兄弟
「雨宮くん、弟くん来てるよ」
入り口にたむろっていた女子グループの一人が、理玖を呼んだ。クラスメイトの一条と喋っていた理玖は、その声に振り向いた。
飲みかけのパックジュースを、机に置いた。
「凛?」
昨日別れた女の話をしていた理玖は、「あいつしつこくてマジでうぜぇ」とさっきまでは嘲笑っていた。
それなのに、弟が来た途端に表情が柔らかくなる。
一条は理玖のその変わりように、おおスイッチ切り替え早えな、と内心拍手する。
雨宮理玖は、中等部にいる弟には馬鹿ほど甘い。
教室の中におずおずと入ってきた凛は、理玖の姿を見付けると、ぱっと顔を明るくした。
そのまま駆け寄って、理玖に抱きつく。
周りの女子たちは、口々に「やばい」「可愛い」「見てたい」と小さくざわついている。
「理玖」
「どした凛。何かあった?」
「うん、あのね」
凛が何事かを耳打ちする。それに理玖は「分かった」と返した。
一条は頬杖をついて、今日も今日とて存分に甘やかしてるなあと呆れ半分眺めている。
「麗しい兄弟愛見せつけられてるわー」
「うるせえわ」
「弟、可愛い?」
「かわいい」
「うわぁ…」
同性でここまで弟を可愛がる兄を、一条は理玖以外で見たことがない。最初は驚いたが、今は慣れた。
ただでさえ人目を惹く雨宮兄弟は、この学校ではちょっとした有名人だ。
だが、一条は知っている。この弟は顔はすこぶる可愛いが、性格はとことん可愛くない。
今も理玖に抱き付きながら、一条を見る目は針のようで、毛並みを逆立てた猫みたいな顔をしている。
「もうすぐ喉ゴロゴロ言いそう」
「それはそれで可愛い」
「兄バカもそこまでいくと清々しいよな」
「はは、褒めてんのか」
「褒めてねえだろ」
「りっくん、おれ、あいつ嫌い」
理玖に抱きすくめられる腕の間から、凛は顔を顰める。理玖からは見えない角度だ。
「あいつってな。雨宮の弟じゃなかったら殴ってるぞ」
「おまえ、子ども相手に苛つくなよ」
「こわいー」
凛は赤い小さな舌を出した。
「あー…雨宮の弟でも殴りてえわ」
一条は忌々しそうに目を細めた。




