放課後の約束
「凛ちゃんプリントやった?」
「誰が凛ちゃんだよ」
後ろの席に座る哲也が、身を乗り出して「美少年か美少女か分からんから“凛ちゃん”なの。許せ」
「許せるわけねえだろ」
「凛ちゃん口悪い」
「プリントな、やった。見たいんだろ」
凛は、にっと笑って、ひらひらと紙を見せる。整った字で細かく書き込まれた紙を見て、哲也は姿勢を正した。
「雨宮くんゴメンナサイ、プリント見せてください」
「タダで?」
「学食でいーですか」
「おーけい」
雨宮凛は、クラスで少し浮いた存在だった。
見目の良さだけでなく、どことなく浮世離れしていたからだ。外見と真逆の性格は、男女どちらからも好かれてはいたが、凛自身が人嫌いなのこともあって友人と呼べる人間は哲也だけだった。
浮世離れする原因は、凛だけの問題ではなかった。
「凛、家にジャージ忘れてたよ」
少し低めの声が、教室の入り口に立つ。
「理玖!」
扉にもたれかかるようにして、理玖は腕を突き出す。手には体操着が入った袋が、ぶら下げられていた。
ぱっと顔を明るくした凛は、すぐさま駆け寄る。
中高一貫校の校舎は中等部と高等部に分けられてはいるが、渡り廊下を使えば行き来出来る距離だ。
凛の忘れ物を届けに、こうやって理玖が顔を出すことはたまにあった。
「忘れたってさっき気付いてどうしようって思ってた。りっくん、ありがとう」
「いーえ、どういたしまして」
花が綻びるような笑顔を浮かべ、凛は理玖に抱き付いて胸元に顔を埋める。この光景も、哲也を含めてクラスメイトたちも最初は驚いたがだいぶ見慣れてきた。
雨宮理玖は中等部の間でも、その秀でた容姿で十分有名だった。しかしこのクラスでは、凛の彼氏みたいなお兄さんとしての認知のほうが高い。
「理玖、今日一緒に帰れる?」
「んー? あ、ごめん。約束しちゃったわ、クラスのやつと。凛、急ぎの用あるの?」
「うん、明日までに提出のプリントあるんだけど、あと一問がどうしても分からなくてさあ…」
理玖は真顔で少し考えてから、
「じゃあ一緒に帰ろ。約束は断ってくるわ。帰り、ちょっと待ってもらうかもだけどいい?」
「うん!」
理玖の背を見送り、満面の笑みで凛は大きく手を振った。
「分からない問題なんかあるんだー? 凛ちゃんお兄ちゃんの前で猫被りすぎじゃね。可愛すぎて引くわ。俺にもああいう笑顔見せてよ」
「何言ってんだ、理玖といるときが本当のおれなんだよ。ああ、早く帰りたい」
「残念すぎるけどまだ一限目終わったとこだな」
「うわ、おまえ最低だな」
「なんで俺のせいなの凛ちゃん」
哲也は項垂れてそう言った。




