第2章 第1話「夢の続き」
やけにリアルな夢だった。
多分、これは彼の夢。
悪夢。
そう理解する程度には、寝起きの割に頭は冴えていた。
とても痛くて、苦しくて、
とても哀しい。
人生は長い。
そんな長い時間からすれば一瞬かもしれない。
でも、一番多感な3年間を
こんな苦しみだらけで赦されない時間で過ごしていいものか。
憐れみ、慈しみよりも怒りが込み上げてきた。
もし神様がいるなら、
そんな運命を彼に押し付けたことを私が赦さない。
同時に、怒りのやり場のなさに困惑もしていた。
合間に入る、彼の幸せを妬み、苦しみを悦ぶノイズ。
そして、彼の傍に自分がいたとしても、彼を救えなかっただろうという諦念。
真夜中過ぎ。
もう数時間後には東国へ旅立たねばならない。
意味が分からない。
ジョセフからも、本人からも話を聞いたわけではない。
それなのに、明確な絵を以て夢の中で描かれる。
少し夜風に当たろうと思い、
家の外へ出るハンナ。
寒い。
でも、火照ってしまった思考を落ち着かせるには
このくらいの冷たさの方が丁度よかった。
「起きてたんですか?」
振り向けばアイリスがいた。
「ううん。
何か起きちゃって。
さっきまでぐっすり寝てたんだけどね?」
「そう、なんですね。
え~っと…
兄が、いつもお世話になっております。」
急な社交辞令の切り出しに思わず笑ってしまうハンナ。
「仲良しなんだね?」
「仲良しかどうかは分かりませんが…
うん、仲良くさせてもらってます。
実の兄妹じゃないからとか、色々あったからとか、
色々あると思うんですけど。
…そうですね、仲良くさせてもらってます。」
「安心した。」
「私も、安心しました。
兄が手紙を送ってきたときは、
戦いよりも皆とうまくやれてるんだろうか?って
ことだけが心配で心配で。
でも、ハンナさんが傍にいてくれて、
うーん、私の代わりって言ったらアレですけど
私の代わりに兄の手綱を握ってくれる人がいて。」
「ディーネ達からしたら、
狂ってるように見えるかもしれない。
でも、
私からすれば全部正常なんだよ。
恋人を殺されて、ナイトになって、
たくさん罪を重ねてきて。
でもさ、それって、悪いことなの?
って思う。
何もしない方が悪だって、
私は思うんだよね。
クリスにとってみんなが悪…まではいかないかもしれない、
みんな根っからの善人だから。
だからこそ、
偽善者に見えちゃうのかもしれない。
…私はね、幼い頃の記憶がないの。」
冷たい風が二人の頬を撫でる。
「はい、ちょこっとだけ、兄から伺ってます。」
「何もない、そして今まで何もしてこなかった。
クリスにとっての一番の偽善者は
私なのかもしれない。
元ナイトって話を聞いた時に、
ちょっと焦ったんだ?
だから、頑張った。」
「…本当は、ディーネさんにもあんなことをするつもりは…?」
「なかったよ。
でも、私が心を鬼にしないと、
ホークも気付かないままだったし、
ディーネも何となく強くなりたいって思うだけだったと思う。
ただね、やりたくなかった、
訳じゃないんだ。
多分、ああやって二人に、
ちゃんと、ビンタできるのって
私くらいしかいないから。
クリスもできると思うけど、
ビンタどころか
切り捨てちゃうだろうからね~。」
「間違いないです!」
ケタケタ笑ったあと、
アイリスは優しい笑みを浮かべたままハンナを見つめ直す。
「よかったです。
ありがとうございます。」
「とんでもない!
こちらこそ、ありがとう。
色々大変だったと思う。
明日から一緒に来るんでしょ?
安心して。
私もいるから、
一人でアイツを抱え込まなくて大丈夫だから。」
二人、笑いあう。
明日は早い。
冷たい夜風で思考を冷やし、
アイリスという存在との触れ合いで
温かさも得た。
ベッドに戻ったハンナは驚く間もなくまどろみの中へ墜ちていった。
朝が来た。
風は穏やか。
スノーフリア、東国間でモンスターの出現など
大きな問題も起きていない、
非情にコンディションの良い海だという。
東国へは半日程度で到着できるらしい。
船室には7人が揃っていた。
強制でもない、拒絶もない。
「今回の東国行きだが…」
珍しくクリスが話を切り出す。
「何だ、その驚いた顔は?聞け。
まず、レオンとソフィアが探している陰陽師だが、
俺の知り合いにいる。」
「マジで!?」
「暑苦しい。近づくな。」
いきなり本命アリという情報を聞いて身を乗り出すソフィアに
悪態を付くが、もうソフィアは気にしない。
「そいつ以外に陰陽師は知らん。
だから比較しようがないが、
かなりの手練れだと思う。
お前達の参考にはなると思う。
それと、ホーク。
お前自身言っていたな?
玄斎先生の元で修行すればもっと強くなれるかもと。
その通りだ。
俺が見ている限り、お前の腕っぷしは超一流だ。
だが基本がなっていない。
タンカーを引き受けているが打たれ強さに
ものを言わせているだけで防御の形が全くできてない。
とは言え、この短期間でかなりのレベルアップをしている。
最初会った頃はヴァルヴェ程度の雑魚相手に吹き飛ばされていたが、
ドリスではウォード相手に互角だった。」
「お前、まだ酒が残ってんのか?」
「そして、ディーネ。」
ホークの突っ込みをガン無視して話を進めるクリス。
「君の期待通り、玄斎先生は槍も教えられる。
君の覚悟と想い、叶う。」
「本当ですか…
いえ、クリスさんが嘘をつくはずありませんよね。
ありがとうございます…」
「俺に礼を言うな。
ただ言っておく。
修行対象の4人。
陰陽師も、玄斎先生も、
俺から見ても
『だいぶんイカれている』。
特にホーク、ディーネ。
肝に銘じておけ。」
船は、7人を運んで海を渡る。
『行け』
そんな突き放すような今までと変わらないクリスの
言葉の裏側には
確かに
『帰ってこい』
という願いがあった。
これは、夢の続き?
それとも、まだ夢の中なのだろうか?
まだ、誰にも分からない。




