第25話「SECLET AMBITION」
「よかった」
その一言で顔を合わせるハンナとアイリス。
何かある、なんて感情は蛇足。
今は、ここに確かにある幸せ、
それを共有できる喜び、
何よりも大切な感情だった。
〆に出されたのは雑炊だった。
北国育ちの美味しいライスを残ったスープに入れ、
卵を入れて仕上げる。
少し手間、でもそんな手間さえも愛おしい。
「さて、これからどうするか…だが。」
キッチンを片付けながらクリスが静かに切り出す。
「東国に行こうと思う。」
続けて断言する。
「ドリス攻防戦で分かった。
俺も、あの4人を何とか足止めして
撤退させることには成功したが、
恐らく俺がナイトをやっていた期間、
玄斎先生の元で鍛錬を続けていれば
4人を倒すことができたはず。
まぁ…たらればの話ではあるんだが…」
「東国…
そうだな、同感だ。
東国には陰陽師という魔術師がいるらしい。
俺とソフィアは確かに魔法学校首席卒業者だ。
しかし、そこで学んだことだけでは
これから先の戦いについていけるか分からない。」
「そうね…
それに、あのナイトの魔術師、ベネディクト…
独学で世界各地の魔法を研究、習得、
それも禁呪ばかりを。
魔力自体はそこまでではなかったわ。
でも、使ってる術の厚みが違った。」
「俺も、腕っぷしだけでどうにかなると思っていた。
打たれ強さだけで何とかなると思ってた。
けどよ、もうそれじゃ通用しねー…
だから、クリスみたいに器用にはなれねーと思うけど、
玄斎先生って人のところで学んで、もっと強くなりてーんだ。」
ほぼ、満場一致。
彼ら、彼女らのベースにある西洋の剣術、魔術。
それだけでも十分にドリス攻防戦で生き抜いた。
それは誰がどう見ても、英雄であり、誇っていい成果だった。
しかし、その根底を支えたのは
東国で剣を学んだクリス、
東国の忍者を参考に鍛錬を重ねたハンナだったのも事実。
二人がいなければ、墜ちていた。
「迷うことはないようだな。
ハンナ、やっと本当の東国が見れるぞ?」
「でも忍者なんていないでしょ?
…なんて、冗談。
異国情緒に実際に触れるだけで全然変わってくると思うしね!
解像度が上がるっていうの?」
やれやれ、と言った表情でハンナの軽口を流しながら、
その視線をアイリスに向ける。
「…久々に東国に帰れるな?」
「うん!!」
優しい。笑ってはいない、けれど、
本当に、アイリスに対しては底抜けに優しい。
そんなクリスの囁きに驚くホーク達。
「連れていくのか!?」
「ああ。」
「大丈夫です。」
澄み切った、凛としたアイリスの声。
聞けばアイリスは戦う力は持っていない。
しかし、その声には確かな決意と、『覚悟』があった。
「何もできないかもしれません。
ただ、皆さんを導くことはできます。
クリスに滅ぼされた私の故郷は、
帝国の根源に至ろうとしていた。
『残王計画』。
随分と昔の話になってしまいますが、
私の知識はお役立ちできると思います。
それに、もう『同じ釜を食べた仲間』です。
兄が道を踏み外さないようにするのも、
妹である私の責務なんです。」
みんな、強い。
それでいて、もっと強くなろうとしてる。
アイリスちゃんも、
戦えないけど、クリスを、みんなを導けるって信じてる、
導くって覚悟がある。
私は…
「…私は…」
「ディーネ?」
ホークが困惑した表情でディーネの顔を窺う。
「いえ…何でもないです。
行きましょう。
東国へ。」
東国までは船で行ける。
善は急げ、と言うがまだ攻防戦のダメージが抜け切れてない。
出立は二日後とした。
クリスは相変わらず昼から飲んで、寝ての繰り返し。
ホークは鍛錬。
レオンとソフィアは図書館へ行き、東国の情報を集めた。
ハンナはアイリスを連れて北国観光に。
出発前日の夕方、ハンナがアイリスの家に戻ると
そこにはディーネが立っていた。
「ハンナさん。
お願いがあります。」
「どうしたの?藪から棒に。」
「お手合わせ、お願いできませんか?」
いつも飄々としているハンナだが、
流石にこの展開に驚きを隠せなかった。
「みんなのこと、強いって思います。
本当に強いって、まだ分からない。
でも、ハンナさんとお手合わせできたら、
その強さを実感できるって思ったんです。
…お願いします…」
「いやいやいや!
そんな頭を下げないで!」
「それは、私が王女だからですか…!?」
「違う!」
初めて見るハンナの真剣な表情。
「貴女が王女とか、そんなことは私にとってどうでもいい。
私にとって、ディーネは『仲間』。
みんなは、王女様としての貴女と出会ったかもしれない、
でも私と初めて会ったときの貴女は王女じゃない、
みんなと旅路を共にしてきた仲間なんだよ?
…それだけは、分かってほしいよ?
だから、頭を下げる必要はない。
手合わせくらい、お安い御用!」
「…ありがとうございます…!」
ディーネが弓を構える。
そして容赦のない連射。
勿論、ハンナはそれを余裕で回避する。
ハンナの異常な身体能力、そして速さは散々見てきた。
矢を構える動作の間に踏み込まれておかしくない。
ディーネにとってここまで相性の悪い相手はいない。
弓兵に構える隙を与えさせない。
しかし、続く戦いの中でのディーネの速射能力、
連射能力は桁違いに成長していた。
絶妙に射線軸をずらしながら、ハンナの行く先を的確に捉える。
ときに空へ矢を放ち、ハンナの上空から無数の矢が降り注ぐ。
「なるほど…すごいね…」
上から、正面から。
「この短期間で、よくここまで来れたね?
アレでしょ?
自分なりにみんなの立ち回りとか見て、
それをイメージしながら、
みんなからは練習程度の攻撃でいいよ?って言われながら
イメージ通りに放てるようになったんだ?」
…行けるかも…!
回避を繰り返していたハンナが双剣で雨のように、嵐のように
迫りくる矢を正確に弾き始める。
「上出来だよ!」
目の前にハンナがいない。
気が付いたら後ろにいた。
そして首筋に突き付けられる静かな、澄み渡る、
もう聞き慣れてしまった音。
「ディーネ?
もう貴女は守られるだけの人じゃない。
まず最初から私に双剣を抜かせた。
よほどの相手じゃない限り、貴女の弓は『守る側』になれる。
でもね、
もしも私が双剣を納めて素手になってたら、
貴女の頭蓋は粉々になってる。
それ以前に、私に本気を出させる前に…
このままでも貴女の首を落とすことができる。」
ハンナは刃を納め、ディーネから離れる。
雪の上に膝から崩れ落ちてしまった。
涙が出ない。
代わりに、喉が渇いて仕方がない。
白い天使は、白い天使だった。
でも、それは観てる側の感覚。
無力なのは知っていた、
でも少しは強くなったと思った。
そう思ってしまった瞬間、
悪魔はその幻想を粉々に打ち砕いた。
白い天使は、白い悪魔だった。
殺しはしない。
その代わり、死んだ方がマシと思えるほどの
絶望感を王女に刷り込んでいた。
「ハンナ…!!」
「観てたの?」
アイリスの家の中からホークが出てくる。
明らかに憤慨している。
「お前さんとディーネ…力の差は違い過ぎるだろ!?
避けるだけで、ディーネに現実を教えることもできただろ!?
そこまでやる…言う必要はねーんじゃねーか!?」
「でも、ディーネはこれを観たかったから、
感じたかったから私を選んだんじゃないの?」
「分かってるよ!!
やり過ぎなんだよ!!」
「まだ、彼女をお姫様扱いしてない?」
「!!」
「ディーネがね、すごく嬉しそうに話してたでしょ?
昨日の食卓で。
ホークが、初めて自分をお姫様扱いしなかった、
それがすごく嬉しかった、って。
だから、私はとことん対等に、
そしてディーネが望んだように現実を見せた。
どんなに辛いか、分かる、『つもり』。
貴方の接し方、過保護とは言わないよ?
でも、ホーク。
貴方は根柢でまだディーネを
王女様扱いしてるんじゃないの?」
分かっている。
こんな物言いをすれば、彼は激昂する。
そして、自分は戦闘狂だ。
分かっている。
しかし、案の定激高したホーク相手に
淡々と、冷めた表情で、
言葉を投げかけていく。
「てめぇ…!!」
騒ぎをききつけて家の中からクリス達も出てくる。
「あんまり御託を並べ過ぎてっと…
てめぇごと叩き潰すぞ!?」
「挑発に乗るほど馬鹿じゃないつもりだけど、
別にいいよ?
その代わり、貴方のプライドごと脳天カチ割ってわげるけどね?」
一触即発。
皆が止めに入ろうとした刹那。
「待って!!」
俯いた顔を上げて、叫ぶ。
震えてた。
怖かった、今も怖い。
もし、彼女がその気になっていたら死んでいた。
軽率な行動だったと後悔もしている。
彼の、彼女を糾弾して、自分を擁護する言葉に
またいつものように涙が流れそうだった。
でも、
絶対に、せめて今だけは、
涙は流さない。
その代わり…一拍だけ、息を継いで言葉を続ける。
「クリスさん…玄斎先生という方は
『槍術』
も指南できるのですか?」
「まさか…アンタ…!」
「遠くから、みんなに守られる場所で、
戦いだけど、戦いじゃない立場にいるのは
もう嫌なんです!!」
それが、私の決意。
私の、覚悟の終着点。
「私は、セントラルキングダム王女、
ディーネ・ランスロット・ブルーマリン。
王家の血統に従い、
アーチャーから、
ランサーになります。
皆を、仲間を守る為に。
もう泣きたくありません。
私を守ってくれるみんなのように、
必ず、強くなります!!」
日々、お付き合いいただきありがとうございます。
一旦、ここで「第一章」を終わりとさせて頂きます。
皆様には、
クリス、ホーク、レオン、ハンナ、ディーネ、ソフィア、アイリスは
どう映ったのでしょうか?
どう感じたのでしょうか?
また、この物語は、
どんな風に皆様の心に届いているのでしょうか?
もしよければ、
ご感想を頂ければ作者冥利、
不束ではありますが作家冥利につきます。




