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ECLIPCE BLADE  作者: 月海 ほたる


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第20話「氷の楔」

貧民でも、富豪でもなかった。

ただ、普通の家系に生まれ、

ただ、感情が少し壊れていた。

飼っていたペットがいなくなったときも、

そして弟が死んだときも、

何も感じなかった。

だから、帝国に入った。

そしてその凍り付いた心で以て強くなり、

将軍にまでなった。

何も恐れるものはないと思っていた。


しかし、


「踊ろう」


と言った女に、初めて、恐怖を覚えた。


この女は、私よりも弱い。

私の方が強い。


だが、恐怖した。


走り抜けるクリスを止めようとするも、

ハンナは縦横無尽に、狂ったように動きながら

エルフリーデの動きを妨げる。

「やっぱり。」

目の前に現れたかと思えば、背後に、

背後に現れたかと思えば目の前に。

「アンタの戦い方を見てて、思ったんだ。

将軍。

アンタは確かに強いよ。

氷の女だっけ?

言いえて妙。

的確に敵を倒す、とにかく的確に。

教科書通り。

敵を的確に倒す為だけに特化してる。」

「知ったような口を聞くな!

野蛮人が!!」


今まで仕損じたことはない。

いかなる状況でも、冷静に、冷徹に、敵を屠ってきた。

しかし、目の前の女は嘲笑うかの如く…

いや、解説まで交えながら自身の剣を弾いていく。


「そういうアンタは野蛮人ですらないけどね。

アンタの剣からは“恐怖を感じない”んだ。

普通の人なら恐怖を感じるかもしれないけど、

少なくとも私はアンタの剣に全く恐怖を感じない。

クリスみたいに、ワクワクもしない。


…だから…」


エルフリーデの遥か上空に、天使がいた。


「飽きたよ。」


無慈悲な天使は、無慈悲な言葉と共に

無限とも思える剣閃を放つ。


鳴り響く金属音。


終わりを確信した氷の女は生きていた。


「ウォード!!」


「くそったれが…

こんな女に挑発されてここまできたみたら、

将軍様を守ることになるとはな…」


黒い龍が走り、

そして火の鳥がハンナを襲う。


「…」


「あれあれー?

こんなに簡単に集まっちゃうなんて。

思った以上に帝国幹部って…」


エルフリーデの周りにもウォード、

サイザー、ベネディクトがいた。


「単純?」


「ハンナ!!」


そしてハンナの周りにはホーク、レオン、ディーネ、ソフィアが集まる。


「自分らだけが“観測者”だって思いあがらないで?

観測者がいると分かれば、私はそれ以上の観測者になるだけ。

クリスも前に進ませる。

そして、ドリスも守る。」


観測者ではなかった。

ハンナは調停者だった。


エルフリーデとクリスの間に入るまでの間、

ホーク、ディーネとウォードの間に、

レオン、ソフィアとサイザー、ベネディクトの間に

割って入っていた。

クリスの采配ではない。

駒ではない。

完全に意志を持ち、

この戦いを調停する存在。


「なるほど、よく分かった。

各個撃破が最適と思っていたが、

イレギュラーが存在してしまっては

それは叶わない。

だからこそ、聞こう。

これで本当によかったのか?」


サイザーが言う。


「ハンナと言ったか?

先程の状況のまま、君が暗躍して我々をかき乱し続けていれば

間違いなく君達は“勝てた”。

だが、ここに我々を集めさせては

君達にアドバンテージは全くない。」


続くサイザーの言葉通りだ。

いくらこちらが5人いて、

相手は4人。

しかし、帝国の将軍二人にナイト二人。

アドバンテージは、ない。


「そうね。

普通に考えれば、そうよね。

でもね、“うちの軍師”はだいぶんイカれてるんだ。

この僅かな間でさえ…

いえ、この僅かな間こそが必要だったんだ、彼には。

…もうそろそろかな?」


「完璧だ。」


疾風のような剣閃が飛んでくる。

そしてサイザーの目の前には黒い影が現れ、

一閃。

突然舞い込んでくる、突然命を断ち切られてしまう

死神の鎌じみた一撃を振り上げていた。


鈍い、しかし美しい残響がこだまする。


「道は拓いた。」


「クリス・ルノワール…!!」


エルフリーデが悔しそうに言う。


「ブラフか!?」

「何も嘘はついてないよ、美人さん?

言った通り、クリスは“先に行って、この先にいる帝国兵を倒した”。

もし私が「クリスを逃がす」って言ってたら、

嘘になるかもだけど、

最初から、何も言ってない、どころか“事実”しか言ってない。」


「成程…

ドリス軍で間引き、そしてクリスで更に間引いて、

6対4の状況を作る…

君達…いや、君の目的は、

最初から僕たちを倒す為のもの…」

押し黙っていたベネディクトが感心したように囁く。

ホーク達は何も知らない。

しかし、いきなり幹部との決戦になった、とも思わない。

最初から覚悟していた。

どんなことがあろうとも、戦うと。


「禅問答は終わりだ。」


クリスが言う。


「俺が帝国を抜けた後に、“優秀”で、

しかも今までいなかった初の魔術師タイプのナイトが

入ったと聞いていたが…

どうやら魔術師というのは頭が悪いようだな。

…うちの赤猿のように。」

ソフィアを横目で見ながら更に続ける。

怒り心頭になるソフィアだが、

そんなソフィアも含めて

これまで行動を共にしていた4人はある違和感に気付く。


「クリスは先に進ませた。

後はドリスを守るだけ。

その為には、まず貴方達幹部をこちらに引き付ける。

そして、残りの帝国兵を倒すには私達の力が必要。」

「成程。理解した。」

ハンナの言葉に、サイザーが確信めいた表情で言う。


「クリス。

しんがりを務めるつもりだな。

ここで我々を押しとどめるのが出来るのはクリスのみ。

その間、ドリス軍と君達が共闘すれば

間違いなく我々帝国軍は敗ける。

流石は指揮官だ。

軍を勝たせる、そして生かす考えを持てる者特有の作戦だ。」


「待てよ…!

お前、この4人を一人で相手するつもりか…?」

「ホークとか言ったな。

敵ながらあっぱれだ、俺も同じことを考えてたぜ。

同時に思わなかったかい?

コイツ、馬鹿だって!」


「だからさっき言ったじゃん、うちの軍師はイカれてるって。」


ハンナが幹部の先へ進もうとする。

眼前に黒龍が現れた。

身を翻して回避する。


「我々も、指揮官だ。

お前達を先に行かせてしまうと

我々は敗けてしまう。

お前達を止める。

先には行かせはしな…」

「ごめんけど、行かせてもらうね!!」

シークが言い終わる前に、

ハンナが何かの球体を地面に叩きつける。

瞬く間にハンナ達の周りに煙が立ち込め、

煙が消えた後にはハンナ達はいなかった。


残されたのは4人の帝国軍幹部。

そして、クリス一人。


「一緒に逃げなくてよかったの…?」


ベネディクトが憎らしそうに、

しかしその表情の奥底には喜びがあった。

エルフリーデがクリスの前に立つ。

「愚行としか言えない…

先程まで私と一対一で苦戦していたお前が、

我々4人を足止めするだと?

それすらも、ほんの僅かな時間でいいのか?

だが、お前は死ぬぞ?」

「やはり貴女とハンナを戦わせて正解だったようだな。

貴女の最大の強さは「温度」だ。

熱を帯びているようでいて、冷たい。

冷徹なようで、熱い。

だからこそ、俺が本気にならないような抑止力になる。

俺にぶつけるには最適解な人選だった。

だが、ハンナと戦い、貴女の温度は壊れた。

あれ程温度を持っていない存在はいまい。」


「!?」


「さて…

少し前の、そうだな。

そこの頭の悪い魔術師はおいといて、

懐かしい面々との久しぶりの対面だ。

余計な外野もいない。

だから、昔の言葉に戻らさせてもらうよ。」


ゆっくりと4人に近づく。


余裕を見せていた将軍二人と、ナイト二人。

完璧なチーム。

近づいてくる、虚ろな目をした青年が言葉を繋いでいく。


「エルフリーデ様。

貴女は私を管理し尽くしたと思っていたでしょうが、

もしも私がその熱量、拍、音程をあえて外すとしたら

どうなりましょう?

貴女はたちまち、熱にも、氷点下にもなれない

中途半端極まりない女に成り果てます。

ええ。

昔からそう思っておりました。

「この女には勝てる」と。


それはウォード卿にも言えること。

戦場では大いに助けて頂きました。

しかし、私が本気を出せば殺せると。


何より…」


クリスが構える。


「私にとっての唯一のアドバンテージ、それは…」


地を蹴り、サイザーへ斬りかかる。


「貴方方は、

私と戦ったことがない。」


白い息を吐き出しながら、黒い騎士が謳った。



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