第18話「百鬼夜行」
遠くを見つめる。
遠くには、冬空が、多分、雪が降っているだろう。
懐かしい。
そして鉄の匂いがする国。
これも懐かしかった。
無機質ではあるが、
ナイトビューが見える。
そんな部屋で戦前夜を過ごしていた。
「起きてる~?」
いつものように、気の抜けた声で呼びかけてくる。
「ああ…」
黒い麦酒の入ったグラスを傾けていた。
普段飲んでいる酒よりも度数は低い。
しかし、少しだけ、酔っていたのを感じる。
だから、扉を開けてしまったのかもしれない。
「一緒にいい?」
ハンナが部屋に入ってくる。
「そういえば、
俺が帝国に入った理由を話していなかったな。」
どうかしている。
自分が一番理解していた。
だが、先刻まで感情の赴くままに
-周りからは、論理的ではあったが-
饒舌に喋った名残か。
その余韻が残っているようだった。
「恋人の死。
反帝国軍に殺された。」
「そっか…」
部屋の冷蔵庫を勝手に開け、
同じく黒い飲み物をグラスに注ぐハンナ。
「私も言ってなかったね?
私、昔の記憶がないんだ。」
「そうか…」
「自分が誰かも分からない。
もしかしたら、お母さんも本当のお母さんじゃないのかもしれない。
考え始めたら、キリがない。
どんどん、悪い夢の中に入っていくように感じちゃう。
何が正しいのかなんて、分かんない。
だから、クリス君はもっとみんなを信じていいと思う。」
「…」
「もっと話したいけど、
明日も早いしね。
おやすみ!また話そう?」
そう言ってハンナは一気にグラスの飲み物を飲み干すと出ていく。
夜が明け、再び作戦会議室。
「おはよう。」
さわやかに迎えてくれるゲオルグ。
昨日とうってかわり、
室内には6人とゲオルグしかいなかった。
「昨日は申し訳なかった。
クリス殿の言う通り、我々は本質を見失っていた。
そう気付かせてくらたことに感謝する。
…その上で、作戦を改めさせてもらった。
もう、わが軍の人間には全員に通達済だ。
まず、クリス殿。
君には最前線部隊の指揮を執ってもらう。
その後方に、クラウス率いるセンター部隊。
左翼、そこにレオン殿とソフィア殿。
右翼、ここにホークとディーネ様。
この陣形で帝国を攻めていく。
弓矢のような形をしていると思うが、
帝国軍の数を減らしながら、
徐々にクリス殿の前線部隊に向けて右翼、左翼の皆様方が、
集まっていく。
…これは、私の予想でしかないのだが
恐らく、クリス殿の言う精鋭、将軍とナイトは
切り札として取っておくと思う。
…その辺はどうだい?」
「ほぼ当たりだろう。
今の帝国は、数で圧倒する。
だが、保険として将軍とナイトを置く。」
「ありがとう。
だから、右翼左翼が中央へ集結するタイミングは
先陣を切っているクリス殿に任せる。」
「悪くない。」
「ただし…
後衛部隊も必要だ。
いくら君に糾弾されても、
守れねば、意味がない。
いや、君に言われたからこそ
守らねばならない。
だから、急造の部隊、
…付け焼き刃の部隊長になってもらうことになるんだが…」
「要は最弱の部隊を率いろと言うことだろ?
構わない。もともとそのつもりだ。
それに…
本気の指揮官がどういうものか、
魅せてやろう。」
「大変だ!!帝国が進撃を始めた!!」
「馬鹿な!
想定していた時刻より…
早すぎる。」
「見ているんだろう、どこかで。
…好都合だ。
細かい作戦内容を叩き込まれては
柔軟さに欠けてしまう。
今のままで行くぞ。」
「しかし…」
「言ったはずだ?
本気の指揮官を魅せると。」
そのクリスの口元は、僅かに、
しかし確かに笑みを帯びていた。
それは強さの矜持を示した後の
サディスティックな笑みでない、
“本気で自信のある”笑み。
そして、ホーク達が初めて見る、
クリスの笑顔だった。
「分かった…
君を信じる。クリス殿。
ドリス軍は、既に配置についている。
先程話した内容も共有済だ。
頼む!
この国を…故国を守ってくれ!」
力強く頷く5人。
各部隊と合流。
これから共闘する仲間達と挨拶を酌み交わす。
さあ、今から演奏を始めよう、
そんな楽団の光景のようだった。
しかし、リハーサルはない。
いきなり、それも、
暴徒と化したオーディエンスを相手にせねばならない。
狂ったコンサートホールそのもの。
-戦争は久しぶりだ。
何度も何度も、経験してきた。
慣れてきたつもりだが、
今も、あの時も、この高揚感こそが
俺を狂わせ続けている。
「来るぞ…」
静かにクリスが謳う。
遥か遠くから足音が聞こえる。
けたたましい、死を運んでくるパレード。
それはホーク、ディーネ、
レオン、ソフィアにも目視できた。
まずは一つ正解。
“数の暴力”には同じく“数の正義”。
そして、それを制するには“圧倒的な個”。
最前線、クリスが切り込む。
特攻でもない、兵士を守る為でもない。
ただ、“圧倒的な個”の力を魅せる為だけに。
左翼、同じようにレオンが切り込む。
そして、後方から神秘の力を放つソフィア。
右翼、ホークも突き進む。
後方から、いつの間にか洗練された閃光を放ち、
帝国兵を穿つディーネの矢。
攻め、そして守る戦い方。
世界で一番けたたましい喧噪。
個が、群に負けそうになったキングダムでの戦い。
しかし、今回はこちらも群。
そして、“圧倒的な個”の5人。
既に帝国兵の退却予定地点である
雪原地帯が見えてきた。
違和感。
「…そうか…これは…」
クリスが呟く。右翼、左翼に伝令部隊を走らせる。
「もう遅い。」
凛とした。
しかし、氷のように冷たい一言がクリスの耳を貫く。
「成程…」
「久しいな、クリス坊や。」
「こんなに早く会えるとは思ってませんでしたよ。」
目の前には白銀の鎧に身を包んだ騎士がいた。
とても美しい、清廉潔白、そして芸術的な曲線美を描いたしなやかな体。
「エルフリーデ将軍。」
まだ、雪が降っているのかは分からない。
そんな境界線の中でも、
クリスの前に現れた女将軍はまるで、
吹きすさぶ凍てついた風のようだった。
只ならぬ気配を感じてしまった。
同じ匂いを感じてしまったから。
「思ったよりも速かったな。
その能力、褒めて讃えよう。」
戦士だから、魔術師だから。
「貴殿の言葉、悼みいる。
何の嫌味にも感じない。
…噂に聞いたことがある。
武術に優れ、そして何よりも人格者。
そんな将軍が帝国にいると。
その名はサイザー。
かの将軍がいるから、皇帝は魔王にならないと。」
戦士であり、魔術師でもあるから目の前に現れた騎士が
もう何者か分かった。
そして、その傍らにいる若い魔術師の異様性にも。
「それが世界からの正直な評価なら嬉しい限りだ。
私も君のことは知っている、“つもり”だ。
レオン殿。
だが安心してほしい。
私はこの若輩者を守る為にここにきている。」
魔術をとことん突き詰めようと努力してきた魔術師だからこそ、
その傍らにいる魔術師がいかに異様で、
そして“道を踏み外している”か理解してしまった。
「ならば、もう自己紹介の必要はないかもしれない、
しかし俺とて剣士の端くれ。
申し遅れた。
レオン・ブランフォード。」
「先を越されてしまったな。
私は、サイザー・ガウェイン。
不肖ではあるが、帝国の将軍を勤めさせてもらっている。
ほら、お前も名を名乗れ。」
「…ベネディクト・カーソン…」
その名にぞっとしてしまうソフィア。
そんなソフィアを尻目にサイザーと名乗った男が問う。
「クリスは、元気にしているのか?」
その問いは、驚く程温かみがあり、
そしてその目は優しさを湛えていた。
もしも、鬼が現れたのなら、きっとこんな怒号なんだろう。
耳を裂く、いや、潰すような鈍い音を以て
鉄球が跳んできた。
自慢の大剣でそれを叩き落とした。
「へぇ~?
話に聞くより怪力…いや、ちゃんとしてんだな?
ヴァルヴェ風情に苦戦したとは思えないぜ。」
ハルバード。
最早神話級の巨大な斧剣、その柄尻には鉄球がついていた。
そして、語らずとも語られる傷だらけで強靭な肉体、
視覚だけでここまで己を誇示する者もそうそういない。
「それも、アンタが地道に、コツコツと鍛錬を継続してたからだろ?
分かるぜ~、そういうの、嫌いじゃない。
それに、後ろからしれっと飛んできた矢も、ちゃんとしてた。
話に聞いてたような脳筋馬鹿と、臆病なお姫様って訳じゃないみてーだな?」
「てめぇ…
あのときの…」
「おっ!!覚えておいてくれてありがとよ!!
あんときゃあお互い名乗る暇もなかったからな。
俺は、ウォード。
ナイトだ。」
「ホーク、万屋だ。」
「OKOK!!
よし、お互い気持ちよく名乗りあったんだし、
気持ちよく潰し合いでも始めようか!!」
百の鬼が夜を行く。
そして、邂逅する。
まさに、魔が出逢う刻。
思惑が、信念が、過去が、交錯する。
…始まる。
そして…
-帰ってくる。
雪景色の向こうから、
何か聞こえたようなきがした。




