第17話「逢魔ヶ刻」
「もう挨拶は済んだんでしょ?
じゃあ、さっさとお引き取りお願いできるかな?
あ、勿論そこのゴミも片付けていってね?」
「なるほどなるほど…
良いデータが取れると思ったが…
これは完全に想定外だ。
だが、ハンナ・ヴァレンタイン、
想像以上にキレ者のようだね。
それが分かっただけでも今日は良しとしよう。
では、アディオス!」
そういってマッドサイエンティストは去っていく。
「…だから、ゴミはちゃんと持ち帰って、って…」
何はともあれ、何とか危機は乗り越えた。
シークに引き続き、ミスタリオス。
6人でどうにかできるような相手ではないことを
再認識することもできた。
尚更、ドリスへの援軍要請の必要性を感じる。
「え~っと…
とりあえず、ご飯にしませんか?」
ディーネの発言に驚く。
だがもう分かっていた。
これは彼女なりの気遣いなのだと。
不器用な彼女が精一杯ふり絞った気遣いを断る道理はない。
それに、実際何も食べていない。
「そうだな。
それに、今までずっと気を張っていた。」
「考えたら、ちゃんと自己紹介も済ませてねーしな…
ゲオルグには一言入れといた。
返事待ちの間に一回ゆっくりしようぜ。」
「今度は何もなければいいんだけどね…」
そう言って少し離れたところにあるレストランへと足を運ぶ。
食事を始めて、間もなくレストランのミスターが
電話の子機を持ってくる。
国際電話、ドリスからだった。
久しぶりだな!
といつもの、いや、いつも以上に
懐かしい友との会話に明るい表情を見せるホーク、
しかし、その顔は今まで見せたことのない
険しい表情へと変わる。
少しの受け答えが終わり、電話を切る。
「どうしたの…?」
ホークの表情に不安を隠せないディーネ。
「面白いことになってるぜ…?」
「え?」
そう答えたホークの表情は恐怖とも、喜びとも言えない様相を呈していた。
「とにかく、ドリスへ急ぐぞ。
確か、ここから鉄道一本で行けたはずだ。
詳しくはその中で話す。」
「全面戦争!?」
「声がでかいって!!」
奇しくも、最短の待ち時間で鉄道へ乗れた。
どうやら、キラーインセクトを倒したことで
駅長が融通を利かせてくれたようだ。
席は個室であったが、驚きを隠せない一同を制するホーク。
「ああ。
どうやら、ドリスの東側の雪原地帯に帝国軍が
集まってきてる。
それも、過去最大規模の。
多分、ドリスへの侵攻を本格始動するつもりらしい。
ドリスもドリスで、
本気で迎え撃つ準備をしている。
そこで、俺達の力を貸してほしいとよ。」
「正に渡りに船、というわけか。」
「戦争…」
俯いたディーネを見て、全員が声を潜めてしまう。
そう、これは戦争だ。全員が理解していた。
勝てるかどうかも分からない。
加担してしまったら、一国の滅亡に関与してしまうかもしれない。
「まぁ…
何とかなるだろ。」
どこからともなくタブレットを取り出してそれを眺めていたクリスが呟く。
何とかなる、とは断言しない。
しかし、彼の口から放たれたその一言は、
限りなく、そして珍しい希望的観測のそれだった。
汽車は滞りなくドリスへ彼らを運ぶ。
厳格、堅実、強固。
話に聞いていた通りの正に「鉄の要塞」。
「ホーク様御一行ですね?」
ドリス軍からの使者が来た。
「ゲオルグ様から話は伺っております。
どうぞ、こちらへ。」
使者に案内され、要塞の要の城へと足を運ぶ。
蔓延する鉄の匂い。
屈強で精悍な兵士達。
ただただ、圧倒されるだけだった。
「おお!久しぶりだな!ゲオルグ!」
「ようこそ、ドリスへ!」
数年ぶりの再会を果たし、抱き合うホークと、旧友。
「わざわざ足を運んでもらって本当にありがとう。
貴方方が、ホークの仲間ですね?
申し訳ありません、こんな粗野な奴の相手をして頂いて…」
「そんなことないです!
彼には、何度も助けられました。
彼がいなかったら、私は今頃…
…申し遅れました。
私は、ディーネ・ランスロット・ブルーマリンと申します。」
「ご丁寧にありがとうございます。
私は、ゲオルグ・フリード・ハインリヒ。
この国で軍師をやらせて頂いております。
かのセントラルキングダムの王女と、こんな形ではありますが
お会いできて光栄でございます。」
王族としての矜持、そして大国の幹部としての挨拶が交わされる。
そんな清廉な挨拶を済ませたあと、ゲオルグはホークに
視線を戻し、話を続ける。
「早速で申し訳ないが、
ちょうど今、軍法会議が開かれている。
侵攻してくるであろう帝国にどう対処するか、
そして、君達が加わってくれることも検討する内容だ。」
ゲオルグに連れられ、大きな、黒い扉を開いて大広間へ踏み込む。
何処かの国のおとぎ話で聞いたことがある、円卓。
そんなおとぎ話を彷彿とさせる光景。
しかし、その規模ではなかった。
何十人も、黒い鎧を着た屈強な騎士達が集まっている。
その中央には神々しいのか、それとも禍々しいのか。
その判断さえ鈍らせる、しかし明らかに「英雄」じみた騎士が鎮座していた。
「…なるほど、君達がセントラルキングダムを帝国軍から解放した戦士たちか。
私は、クラウス。
ドリスの軍団長をしている。
以後、お見知りおきを。
…さて、ゲオルグ。
もう一度、彼らにも分かるように作戦の内容を説明してくれ。」
「了解した。」
-とは言っても、単純だ。
まず、目的は「東からの帝国の侵略を止める」こと。
ただの進撃なら問題はない、
だがこちらの戦力を見積り、恐らく過去最大級の
大規模な兵力で来るはず。
そこがネック。
まともに全勢力で正面から受け止めようとしても厳しい状況だ。
だから、部隊を4つに分ける。
正面、右翼、左翼、後衛。
「確かに、それなら防御にもなるし、
いつでも攻撃に転じることもできます…」
ディーネが感心したように言う。
「基本に忠実に。それが我々のモットーです。
ただ、やはり戦力を分散することには変わりない。
そこで、キングダムを解放した方々の力をお借りしたい。
とは言え、ゲストを危険な目に遭わせる訳にはいかない。
攻めは我々が受け持ちます。
皆様には、後衛の守りの要になってほしい。」
「最後尾さえ固めていれば、
我々も安心して攻撃に転じられる。
帝国への反撃はこちらに任せてほしい。」
「この戦線を攻略できれば、
今後帝国への抑止力にもなる。
それに、帝国が撤退した先は雪原地帯。
体制を立て直すことはできない。」
理に叶っている。
帝国を倒すだけでない、
「抑える」ことで抑止力になる。
その過程でどれだけの血が流されるかは分からない。
しかし、破壊を象徴する帝国へのアンチテーゼ、
守ることに特化しつつ、これ以上の破壊を阻止する。
全員が納得して聞いていた。
「本当にそれでいいのか?」
「!?」
クリスが口を開く。
「抑止力、大いに結構。
この作戦で、俺達を後方部隊に配置すれば
“確実に”ドリスは墜ちない。
だが、この作戦、
“そもそも前衛部隊が帝国に押し負ける”ことを想定している。」
「…何が言いたい?」
「結論から言う。
俺は、“帝国を倒す”為にこの国に来た。
こんな、負けることを前提とした作戦に加担する為に来た訳ではない。」
「貴様!口を慎め!」
腕組みし、いつの間にか椅子に座って足組している
クリスの発言に激怒するクラウス。
「我々は勝つためにいるのではない!
守る為だ!
その為に強くあろうとした!
国を、民草を守れずして何が王国軍か!?」
今にも斬りかかってきてもおかしくない、
そんなクラウスの迫力をまるでちょっと風が吹いた…
いや、突然の風のほうが驚く、程度の冷めた表情で眺める。
「だから言っただろう、
抑止力、大いに結構だと。
加えて言う。
国を、民を守る。
ああ、大層な大義名分だ。」
少しだけディーネに視線を向ける。
「だが、この国には強国故のプライドが、誇りがある。
それでいて、守り切る、倒すとも明言していない。
ただ、しのぐだけ。
そこに君達の大義名分が乗る。
俺には、その構図を作ってしまった瞬間に
全てが破綻してしまったようにしか見えないがな。」
「貴様…!何処までも…!」
「まだどこぞの平和主義国家の方がマシだ。
帝国の侵略は許した。
しかし、国を、民を守ることを何よりも強く思った結果、
その国の青臭い女が誰よりも早く危機を感知し、
そして自分ではどうにもできない、それを理解していたから
助けを求めた。
その結果、平和主義の国は今も平和だ。」
「…!!」
それに対してここは何だ?
英雄国家?
聞いて呆れる。
…大義名分を垂れ流し、
そしていかなる過程、結果であっても正当化し、
そして歪んだ正義を抱いたまま
その実、大義名分は守られず
滅亡へ向かっていく絵しか、
俺には見えない。」
剣を抜くクラウス。
「落ち着け!」
咄嗟に仲裁に入る軍師。
戦う者ではない、
しかし彼とて、数多の戦場、戦士を見てきた。
だから、このままクラウスを行かせてしまうと
どうなるのか容易に予測できた。
「クリス。」
クリスを制したのは、勿論ハンナだった。
「では、どうすればいい?」
「俺を指揮官にしろ。」
急展開。
散々周りを振り回してきたが、
まさかここまでぶっ飛んでいるとは…
驚きを通り越して呆れてしまうホーク達。
「え~っと…
クリス君が言っちゃうと角が立つから、
ごめんなさい。私が代弁させてもらいます。
まぁ、汽車の中で聞いたんだけど…」
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汽車の中。
6人のいる個室とは違うブースで
クリスはタバコを吸いながら、
ウイスキーを飲んでいた。
「へー?吸うんだ?」
「悪いか?」
「私は吸わないけど、
そうだな、私も一杯だけもらおうかな?」
ハンナがやってくる。
乗務員から同じくウイスキーをもらい、
クリスの隣に座る。
「どうするの?」
「…俺が指揮官になる。
恐らく俺達はどこかの中隊、小隊規模に配属される。
それでは帝国を倒すことはできない。
俺は、現状誰よりも帝国のことを熟知している。
俺が前線に立てば、帝国の動きをリアルタイムで観測して、
そして次の動きを予測し、対応できる。
皮肉だが、事実だ。
そして、帝国はただ数を集めているだけでない。
“精鋭”も来る。」
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「精鋭…?」
「将軍とナイトも来るんだって。」
「!?」
淡々とクリスの代わりに話を続ける。
この場がこれ以上乱れないように、
調和を保てるように考えたハンナ。
しかし、逆に限りなく客観的に語られるからこそ
伝わってくる危機感…いや、絶望感。
「将軍とナイトのことも知ってるのはクリス君だけ。
だから、最前線で誰が来たか、どんな力を持っているか、
それを即座に判断して、
そして最大戦力…
つまり、ホーク君、レオンさん、ディーネ様、ソフィアさんを
ぶつける。
だから、指揮官がいいんだって?」
数だけでない。
個の戦力としても格上の相手まで来るかもしれない。
漠然としていた不安は、絶望へと変わる。
「でも大丈夫!
皆さんと、私達がちゃんと手を組めば、
大丈夫!
…って、言ってたよね?」
「言ってない。」
「言った。」
「言ってない。」
「心の中で。」
ため息をつくクリス。
最早国辱レベルの発言をしたクリスを
軽くあしらうハンナ。
実際にクリスが言ったのか、心の中で思ったのか、
しかしそんなことはどうでもよかった。
ふと、皆の表情が和らいでることに気付く。
「作戦を立て直す。
いいね?クラウス。」




