第16話「妖花」
残王
その名前を聞いた時、戦慄してしまった。
残酷だから?
残虐だから?
無残だから?
それとも
“致命的な傷を、この星に残した”から?
理解が及ばない。
それは、1000年前に確かにギリサ…
アクロポリスを崩壊させ、
2000年前に世界を滅ぼしたかもしれない。
そんな存在と、そして帝国と戦わなければならないかもしれない。
どうやって…
とぼとぼと帰路へつこうとする。
ふと思い出す。
橋はない。
あの男は、とんでもないことをしてくれた…
そんなことも思えないこともなかったが、
それどころではない。
どうやって帰ろう…
ひどく狼狽する4人。
「ほら、着いた!
嘘じゃなかったでしょ?」
「やかましい。
そもそも、君が嘘をついているとか
一言も言ってないだろ?」
そんな4人の前に、
黒い騎士と、
そして初めて見る、
純白の女性が現れる。
-クリス…!
やっぱり生きてた、無事だったんだ!
そんな言葉を投げかけようとした
「あ~~っ!!」
遮られた。
神秘的でしかない、肌も、髪も、服も白い
天使のような女性の素っ頓狂な叫びに遮られてしまった。
「クリス君!
この人…方々が君の言ってたお友達でしょ!?」
「一言も友達とは言ってない。
やっぱり馬鹿なのか?君は。」
「いやいやいや、
分かるって!!」
全員、鳩が豆鉄砲を食らったような表情をしていた。
理解…いや、認識そのものが追いつかない。
天使のような純白の女性の最早けたたましいクリスへの絡み方、
そして今まで自分達をあしらってきた冷静、冷酷なクリスが
“まとも”に受け答えしている。
逼迫していた。
突き付けられる現実、
そして迫られる選択。
しかし、目の前に現れた二人は、
日常そのものだった。
「初めまして、私、ハンナ・ヴァレンタインっていいます。」
急にこちらを見つめ、自己紹介を始める。
「え~っと、クリス君のお友達、でいいんですよね?」
少し黙ってしまう4人。
しかし、レオンがハンナの目の前に立ち、宣言する。
「はい。
我々は、彼の仲間です。
ここに来る途中で、彼は命を賭けて我々を守ってくれました。
そして、この場所へ導いてくれました。
だから…心配していたんです。
あの崖下に落ちて、無事だったんだろうかと。
貴女が、ハンナさんが助けて頂いたんですか?」
「違いますよー。
お察しの通り、クリス君は助けるまでもなく
全然ピンピンしてた。
まぁ、宿を貸してあげたり、ここまで道案内したりしたから
まぁ助けたっちゃ、助けたかもしれないけど。」
ハンナの事実を説明する言葉に、少しだけディーネが反応してしまう。
「…宿を貸す…?
道案内…二人きり…?」
「ああ、大丈夫大丈夫、
貴女が心配してることなんて何一つないし、
そもそも貴女が心配する必要も何もないよ?
それこそ、吊り橋効果だから。
それにこの人、甲斐性ないから、
全然、何もかも気にしなくて大丈夫。」
誰にも聞こえないくらいの音量でつぶやいたはず。
しかし、ハンナには聞こえていた。
しかも
もしも、ディーネがクリスに恋を抱いていたら
無神経この上ない字面を並べるハンナ。
しかし、その言い方は、
明らかに成熟してない、青の鎧がよく似合う彼女を
諭し、導くかのような優しい口調だった。
「とにかく。」
クリスが言う。
「一旦、フィレンツェまで戻ろう。
お前達も、報告したいことがあるんだろう?
まず落ち着けるところに行って、
そこから話を聞く。
あと、この女のことは真に受けなくていい。」
にははは…といったような表情を浮かべるハンナ。
「そうだな。
君の言う通り、重要な報告がある。
それに、ハンナさんだったか?
君のことも聞きたい。
ゆっくり出来るところに行こう。
道は知っているんだよな?」
「勿論。
じゃあ、行きましょう。」
「ごめん…」
歩き出したとき、ソフィアの囁きが聴こえる。
「…ありがとう…」
明らかにクリスへ向けた、小さな声だが、精一杯の気持ちだった。
「…勘違いするな。
最初から言っている。
俺はお前達を守るつもりは…」
いつものクリスの皮肉構文が完成する前に
ハンナの肘鉄がクリスの脇腹をとらえていた。
「何でこんなに素直じゃないかな~…
その話も含めて、フィレンツェで話しましょう?
私も早く、久々にふかふかのベッドで寝たいし♪」
安堵した。
クリスは生きていた。
それも、猛獣使いのような女性を連れて帰ってきた。
これで、クリスも大人しくなる。
クリスの人間らしい一面が見えた。
墜ちたときに頭でも打ったんじゃないか?
いろんな憶測が飛び交う中、
そこには確かな安堵があった。
そして、場所は再びフィレンツェ。
「…成程…
残王…か…」
宿の大部屋でクリスが押し黙ってしまう。
「どうせ聞いてくるだろうから先に言っておく。
そういう実験が行われていたことは噂に聞いていた程度だ。
何せ、俺はそういう政治には全く関与しない、
戦うだけの存在だったからな。」
「相変わらず嫌な言い方だが、そうだよな…」
ため息をつきながらホークが言う。
「仮に、残王の研究をしているのがガセだったとしても、
我々は立たされている。
帝国に向かっていかねばならない、と。」
「その、クリスとハンナさんの前に出てきたシークって奴の動向も気になるしね…」
深刻な表情で呟く。
「その、シークって人は、強いの?」
ディーネが恐る恐る聞く。
「強い。」
きっぱりと答える。
「奴はナイトの中でも頭一つ抜きんでていた。
戦闘力だけが評価されるあの部隊でずっと一番手だったからな。
それに…
俺も未だに分からない。
何故、奴が俺のことを知っていて、
俺を帝国に誘ったのか。
そう、真意は分からん。
だが、
奴は自身の勝利の先にある敗者の苦しみを愉しんでいた。」
「相当なサイコパス野郎、ってわけか…
う~ん…」
珍しくホークが頭を抱える。
そして、切り出す。
「あのよぉ。
俺の知り合いで、ここから北にいったところにある
ドリスって国の軍師をしてる奴がいるんだ。」
「ドリス…
明確に反帝国を掲げながら、
軍事国家として帝国の侵攻を一度も許してない、
「英雄国家」!?」
「流石は姫さんだ。
そいつなら、何かいい情報を持ってるかもしれねぇ。
正直、俺らで帝国に勝てるとは思えねぇからよ…」
藁をも掴む思い。
しかし、帝国をどうにかしたい。
もしも、残王計画が本当なら、尚のこと、
帝国を止めねばならない。
個々の力ではどうにもならない、
それはキングダムでの攻防戦で重々理解した。
あのときは、クリスがヴァルヴェを制した。
しかし、少なくともクリスをして「強い」と言わせしめる
シークがいる。
「連絡は取れるか?」
「ああ。
忙しい奴だから、つかまればいいんだけどよ、
取れるぜ?」
「今は、それに賭けるしかないわね…」
次の瞬間、街の人々の悲鳴が聞こえてきた。
宿の外に出る。
「モンスター!!」
毒々しい緑色、飛び出た目玉、
四本の脚、そして二本の鋭い鎌。
巨大な昆虫。
カマキリが人々を襲っていた。
外に飛び出てきたこちらを視認するやいなや、
巨大カマキリが襲い掛かってくる。
ホークが受け止める。
ヴァルヴェ程の重さはない、
しかし受け続けるには危険極まりない程度の破壊力。
何よりも、振り乱した鎌は、その射程内にある全てを容赦なく
切り裂いていた。
「こいつは…!」
「久しぶりだねぇ、
クリス・ルノワール君。」
カマキリの背後から初老の男性が現れる。
シルクハット、
そんな紳士的な被り物をしているが
白衣に身を包んだ、
明らかに何かの研究者。
「全く…一番会いたくない奴に会ってしまった…
これも、貴様のペットか?
ミスタリオス。」
いつもなら嘲笑気味な皮肉発言のクリス。
本気で狼狽していたクリスに
ミスタリオスと呼ばれた男は
笑いながら答える。
「違う違う。
相変わらず、分かってないねぇ、クリス君は。
この子は、家族だよ。
シークから、この辺に君がいるって聞いたから、
家族ぐるみで挨拶しに来た、って訳。」
「成程。
じゃあ、挨拶は済んだな?
さっさとそのゴミムシを消させてもらうぞ?」
「できるかな?」
カマキリが再び向かってくる。
ホークへの攻撃も牽制だった。
次に攻撃を受け止めたホークの大剣には無数の
切り傷が残る。
クリスも前に出てカマキリの攻撃をいなすが、
振り払われた鎌は標識も、ガードレールも、
鉄筋コンクリートも、何もかも切り裂く。
触れてしまえば、
人間など無残に切り刻まれる。
真っ二つにされる。
「相変わらずだねぇ。
一番回避ができるように見えてクリス君。
君は初手から回避しない。
何度か受け止めた後に、それを見切る。
キラーインセクトの攻撃を受けきって、
回避のフェーズまで…
真っ二つにならずにいけるかな?」
「ちっ…」
万事休す。
とにかく限界までホークとクリスに攻撃を受け止めてもらい、
後は絶対安全圏からレオン、ソフィア、ディーネが攻撃する。
しかし、絶対安全圏などない。
いつものフォーメーションが成立しない。
全員が、完全にカマキリの鎌を
完璧に回避せねばならない。
万が一、触れられれば3人は終わる。
音が鳴り響いた。
澄んだ音と、凶暴な昆虫が壁に叩きつけられる乱暴な音。
5人の前に白い影。
態勢を立て直し、再び鎌を振り乱してくる。
白い影はやがて閃光となり、
キラーインセクトの刃を悉くすり抜ける。
「難しく考えすぎなんじゃないの~?
当たらなきゃ、いいんでしょ?」
あっけらかんとした、まだ名前しか語られていない白い女性を見て
驚愕する4人。
「ウソでしょ…」
そして思わず漏らしてしまうソフィア。
当たらなければいい、だがそれができないから困っていた。
ハンナと名乗った純白の塊は、
見事なまでに、
まるで演舞を見せつけるように
キラーインセクトの攻撃を回避していた。
身体の能力の高さだけで成せる業じゃない。
触れられれば、一刀両断にされる。
そんな恐怖を克服しているから出来る業だ。
「今だ!
畳みかけるぞ!!」
レオンが鬨をあげる。
ハンナがキラーインセクトの攻撃を引き付ける隙に
剣を、鉄塊を、魔法を、弓矢を浴びせる。
その都度クリス達へターゲットを変えようとするキラーインセクト。
しかし、それに合わせて決定打にならない程度の
軽い一撃をはさみ、常に敵視を自身へと向けるハンナ。
そのうちにキラーインセクトの動きは鈍くなる。
-あと一撃
そんなタイミングを全員が確信した瞬間、
ハンナがクリスに目配せした。
そして、それに対して静かに頷くクリス。
次の瞬間、
キラーインセクトはバラバラに切り裂かれていた。
青い鮮血を浴びる、色違い、されどいつか見た光景。
今度は命を奪っていた。
相手が人間でなければ、容赦はしない。
白銀を湛えた女性はは巨大な虫の鎌どころか、
返り血さえ浴びていなかった。
虫の拠り所、それでいて死へ誘う存在。
まるで、その様は花のようだった。
妖の花が、咲き乱れていた。




