辺境を護りたい騎士と、全てを護りたい王太子
「先輩! 目を覚ましてください!!」
愛しい少女の悲鳴で、まどろみから覚めた。
半分寝ぼけているユーコウは、真っ青な顔で自分をゆさゆさするパトレシアを、ぽふっと腕の中に閉じ込めた。
「先輩、大丈夫ですか?! お怪我は……」
「ナイけど。眠い」
豊かな胸に、顔をうずめるユーコウ。うっかり抱きしめてしまうパトレシア。ふたりのいちゃつきぶりに目を丸くする騎兵たち。そして、それらを見下ろす翼竜デュポンの群れ……。
「先輩、起きて。デュポンに囲まれています」
低く落ち着いた声に覚醒したユーコウは、パトレシアの肩を抱いたまま、あたりを見渡した。
ラウドが「ギ!」と唸った。
ラウドは警戒しているが、デュポンたちからは全く敵意を感じない。単純にユーコウの目覚めを待っていたみたいだ。
銀の鱗と翼を持ち、「沼の賢者」と称される翼竜たち。ユーコウの目には、王都に建てられたどんなモニュメントよりも美しく見えた。
「……オレに用?」
見上げれば、翼竜の王だろうか。ひときわ翼の大きな個体が、鷹揚に頷いた。
すると、その脚の間から、小さな個体が顔をのぞかせた。手にはユーコウの顔ほどもある、見たことのない花を持っている。
デュポンの幼竜はテコテコと歩いてユーコウの前に来ると、その巨大な花を差し出した。
「オレに?」
幼い翼竜はコクコクと頷いて、グワッと口を開いた。
まるで、笑っているみたいだ。
花を受け取り、なんとなくパトレシアに手渡した。
風にゆらめく炎の形をした半透明の花。葉がなく、細長い茎の先端に、ガラス細工みたいな花が開いている。
花を持つパトレシアが、パトレシアが持たれた花が、互いの美しさを引き立てあう。
ユーコウだけでなく、騎兵たちやデュポンたちまでが、女神が降臨したかのような華麗さに息を呑んだ。
パトレシア本人は「こんなに見事な月華炎花は、初めて見ますわ……!」と、愕然としている。
「ありがとう。オレたちの女神に相応しい」
ユーコウが微笑むと、花をくれた幼デュポンが、嬉しげに一回転した。
群れの先頭にいた大きなデュポンは、こときれた追放竜を抱き上げていた。竜族にしては長く器用な前脚を持つデュポンは、傷ついた仲間や小さな子を腕に抱いて飛ぶ。
「その翼竜は、あんたの父親か爺さんか」
追放竜を抱いたデュポンと、花をくれた子が、同時に頷く。
声すら発しなかったが、「父が迷惑をかけてすまなかった」「おじいちゃんの亡骸を、良くしてくれてありがとう」と言っているみたいだ。
言葉ではなく、わかる。伝わってくる。
翼竜たちと人間たちの、無言の邂逅。
もしくは、鎮魂か。
やがてデュポンたちはゆっくりときびすをかえした。訓練された軍隊のように、凛々しい行列を作って。
キラキラ輝く銀の背に、ユーコウは叫んだ。
「老いた身内を殺しきれないなら! オレたちに任せてほしい! ワイバーンを傷つけないでほしい! 人間と竜族が、この地でより良く共存するために!」
今回は特例だ。デュポンは基本的に他生物に興味を示さない。身内が追放竜となる悲しみはあっても、それの犠牲になるワイバーンには関心がないみたいだ。
ユーコウの訴えは届くのだろうか。
案の定、大きなデュポンたちはふりかえりもしなかった。
だけど、花をくれた子どもはユーコウとパトレシアをふり返り、パチンとウインクした。
王都ーーーサンドライト王宮。
「私を、筆頭遣帝女にしてくださいませ!」
外面は天使だが、身内には「歩く傍若無人」「キラキラ魔王子」と呼ばれる王太子フレデリックにも、勝てない人間がいる。
物理的には父である国王陛下で、精神的には婚約者のマリアベルである。
場所は、風通りの良い空中回廊。
アフタヌーンティーに向かう途中で、そのマリアベルに言われた。
「じゃあ、僕との婚約はどうなるのさ?!」と、両肩を掴んでカクカクしたいフレデリック。
それを言ったら「半年すれば、未来の王太子妃が転入してきます」と、ニッコリされるのがオチであるが。
マリアベルは、ある種の予言能力を持っている。
今までも数多の予言を的中させているが、全く当たらなかった予言もある。
本人は「真実の恋人に出会ったフレデリックは、マリアベルとの婚約を破棄する」という予言を最も頑なに信じていて、これだけは絶対に揺るがないこの世の真理、強制力だと言う。
なんでも、嫉妬に狂ったマリアベルがそうとうエグい虐めをして、愛する人を傷つけられて怒り狂ったフレデリックがそうとうエグい断罪をするらしい。
……ナイ。
フレデリックが刺客相手にエグい断罪を施すのは日常茶飯事だが、マリアベルは、魑魅魍魎な社交界を悠々渡り歩きながら、ドレスの隠しに胃薬を常備してるような令嬢だ。
パトレシアと組んで「身分を傘にしたいじめ、カッコ悪い!」と、同世代に牽制無双をしでかしてきた令嬢だ。
どうやったら、エグいいじめができるやら。
ていうか、嫉妬する以前に、惚れてないだろ!
フレデリックは一瞬だけ真顔で婚約者を睨んだが、彼女の泰然とした笑顔にため息をついた。
「王妃教育を満了したキミ以外に、誰が王太子妃が務まるのさ?」
「だけど、パトレシア様を遣帝女になさるなんて、道理ではありませんもの」
そっちの理由か。
腑に落ちたフレデリックは、もう一段表情を和らげた。
「フレデリックと婚約者でいたくない」のではなく、「パトレシアを遣帝女にしたくない」のなら、苛立つ理由はない。
国境付近では、帝国の末端兵や盗賊による人攫いがたびたびあり、それを退治するアリスト家の娘を引き渡すなんて、ありえない。
辺境の魔物退治を担っている辺境軍を、パトレシアを愛するワイバーンたちを、敵に回すようなものだ。
辺境軍が王都に見切りをつけ、護りを放棄したら、この国の独立など早急に潰えるだろう。
そもそも、あの頭脳、美貌、胆力を併せ持つ誇り高き淑女を、将軍の器を持つワイバーンライダーを、くれてやる義理なんかない。
「遣帝女は、最初からレティシア一択じゃないか。君と僕の婚約も、パトレシアの辺境伯就任も、莫大な資金が動いているし、少なくない民の生活がかかっている。レティシアはそんなこと知ったこっちゃないし、王族の務めを果たす気もない子だ。せめて遣帝女として国に貢献しろって話だよ」
あの腹黒、基盤作りの邪魔しかしないし。
「国が1番大事で私欲がほとんどない王子さまの気持ちなんて、自分が1番大事で私欲しかない王女さまには理解できないよ」
シュッとした薔薇を集めた花束を手に、呼んでない令息が割り込んできた。
相変わらず、美しい花が様になる男だ。
「アーチライン」
「ご機嫌よう。フレディ、マリアベル。デートの邪魔してゴメンね」
心の大病から回復したアーチラインは、その後遺症か「夜の蝶」の2つ名を持つプレイボーイに成長してしまった。
女性という生き物は、みんな尊くて、みんな可愛いんだそうだ。約1名を除いて。
あくまでも婚約者を立てたルール内での放蕩だが、「不特定多数の女性に愛を囁くなんて、不潔ですわ」と、マリアベルにドン引きされている。
「蜚蠊に国益を説いても無意味だ。理解する脳がないんだから。利用するなら、適切なエサで誘き寄せなくちゃだろ」
女性至上主義のプレイボーイに、蜚蠊あつかいされる王女さまって、いったい。
「相変わらず、容赦なくおもしろいなあ。一応、愛しの妹なんだよ?」
「ごめんね。幼なじみの気安さで、つい」
虫も殺せないようなキラキラしたご尊顔で、極上の微笑みを交わし合うふたり。
遠目で会話が耳に入らない侍女たちはクラクラしているが、至近距離のマリアベルは、胃薬のポーチを手繰り寄せていた。
「遣帝使節団の大使に立候補してきたよ。陛下に直訴して確約されたから、変更はきかない。遣帝大使は筆頭遣帝女の従者を兼ねるから、帝国まで同じ馬車で移動するだろ」
「自分をエサにするなよ!」
思わず声を荒くするフレデリック。マリアベルも水鳥の扇子を広げて、口元を隠した。
「アレの取り巻きに囲まれただけで、帯状疱疹がでるくせに! アレと踊った夜は、必ず高熱出すくせに!」
「あと2年で、免疫つけるよ」
「アーチライン様、いけません。貴方は未来の宰相職を約束された、大切な御身ですのよ!」
アーチラインは膝をつき、手にしていた花束をマリアベルに捧げた。
「未来の王太子妃に」
「アーチラインさま!」
「心配してくれてありがとう」
マリアベルには慈悲と敬愛を向けつつ、立ち上がってフレデリックを見る目は厳しい。
琥珀色の瞳に、静かな怒りをたたえている。
「私益を満たすエサは重要だよ。そういえば、国益を優先する君は、パトレシアに失恋さえ許さなかったね。王太子への恋心を、最初からなかったものとして扱った。それは、辺境伯の、貴族としての名誉を守ったとはいえよう。
でも、ぼくは彼女の友人として、ひとりの男としての君を、今でも遺憾に思う。君は国の益だけでなく、君の感情を話すべきだったと」
アーチラインは彼が育てて花束にした、この薔薇に似ている。美しいが、棘まみれの薔薇。マリアベルに捧げるときは丁寧に棘を外すが、フレデリックにそんな加工はしてやらない。
「まあ、言ったところで改めるキミじゃないよね。パティにしても今更だろうし。ならば、ぼくを大使の任から外してはいけないよ。
アレを国外に出す益には変えられない。そうだろ? フレデリック・アレクサンドライト3世殿下?」
慇懃無礼な礼をして、麗しの令息は去っていった。
カツンカツンと、規則正しい靴音が遠ざかってゆく。
やがて、フレデリックは、満面の笑みで頷いた。
「……悪くないアイデアだな」
「殿下!」
マリアベルの頬が、真っ白になるほど青ざめている。
「そんなの、ダメです! アーチライン様が、壊れてしまいます!!」
フレデリックは愛しい婚約者に身を寄せて、扇子を広げたままの耳元にそっと囁いた。
「知っての通り、アーチラインは僕のスペアだ。うりふたつに変装できるし、王太子の執務もこなせる。つまり、逆もできるんだ」
不安に揺れていた菫色の瞳が、ぱちくりと瞬きをした。
「嬉々として馬車に乗ったら、アーチに化けた僕がいるって、どう? 傑作だろう?」
「殿下……!」
日頃から穏やかな笑みを崩さないマリアベルが、無防備に笑った。
青ざめていた頬を上気させ、潤んでいた目を輝かせ、心からの笑みを口もとに浮かべて。
可愛すぎる。こんな顔をされたら、長年の片思いが報われるかもと、浮かれてしまうではないか。
「とにかく、アーチラインのお陰でパトレシアを守る目処がたった。君は社交界で噂を流して欲しい。アーチの遣帝大使就任は、推薦ではなく立候補だとね」
「お任せください。尾鰭と背鰭をつけて、じわじわ多方面から吹聴いたしますわ。国のために旅立たれる遣帝女たちを、たいそう気にかけていらっしゃると」
「ああ。頼んだよ」
フレデリックは確かに国益最優先だが、決して無私ではない。マリアベルの笑顔が見たいという私欲に、日々まみれているからだ。
こんな風に彼女が笑ってくれるなら、割と何でもできるし、何でもする。親友に化けて妹を騙すくらい、造作もないことなのだ。
マリアベルは転生者です。悪役令嬢ポジションですが、とっくに悪役を放棄してます。




