夜這いの果てに、ガチバトル勃発
辺境候の娘パトレシア・アリスト。
王太子から辺境伯に推薦された、文武両道の令嬢。
ユーコウは無意識に彼女を探していたから、しょっちゅう目があった。誓いを捧げてからは、特に。その度に照れくさそうに微笑んでくれるから、ちょっと勘違いしそうになった。
これを、自意識過剰という。
つまり、それだけだ。女主人に懸想する騎士なんて、古今東西いくらでもいる。
そもそも、パトレシアには身分に釣り合う婿をとる義務があるだろう。尉官でしかない辺境警備隊長なんて論外だと思っていた。
見上げて憧れるだけの、高嶺の花。
騎士として、生涯の忠誠を誓うだけで満足するつもりが……
「……なんてあんなに可愛いわけ? いたいけなわけ?」
シーツの上でゴロゴロしながら、ひとりごちるユーコウ。
ちなみに、パトレシアは男性騎士の平均身長に並ぶ長身の持ち主である。そこにメリハリのきいたパーフェクトボディが搭載されている。小顔で彫りが深く、パーツが大きいので、とにかく華やかで力強い美人だ。
姉御肌で面倒見が良く、人情に厚くて気前も良い。
そんな彼女を「いたいけ」と表現するのはユーコウと、パトレシアの父トニオ・アリスト辺境候だけである。
半刻ほど前、そのトニオが下宿に来て「パトレシアの婿になる気はあるか?」と聞いてきた。
タコ殴りにあったその日にそんな展開になるなんて、誰が思うだろう。
全力で頷くユーコウに、ダノン爺が「若いなあ」と茶々をいれた。ユーコウに1番ダメージを与えた爺さんが、何をほざくやら。
トニオは言った。
「何ぞ、ごちゃごちゃ考えておったようだが、辺境貴族の入り婿に爵位は不問だよ。逆に、爵位の高いヒヨコの方が要らんわ。ワイバーンライダーのそなたならば、不足はない。角笛だけは吹けるようになれ」と。
嬉しいが、早急すぎはしないだろうか。
トニオが去ったあと「夢すか? 幻すか?」と首を傾げていると、ダノン爺がボソリとつぶやいた。
「んー。お嬢様の筆頭遣帝女への打診が、再浮上したかな?」と。
「え。辺境伯内定で終わった話じゃないんですか?」
「辺境伯なら、他にもなり手がおるでの。だが、筆頭遣帝女候補は、お嬢様かお姫さましかいないからのー」
レティシアの存在を思い出すと、言いようのない不快感がわいてきた。
彼女が誰かに何かをしたという証拠はない。
が、ディーンの言動やフレデリックの警戒、不自然なタイミングで誓いを捧げたくなった衝動が、気のせいだとも思えない。
(王宮で、いったい何が起きている?)
現場にいた当時は、ある種の勘が働いて立ち回れたが、辺境に馴染みすぎた今、カケラも想像つかない。
パトレシアの身にふりかかるであろう厄災、その可能性についてつらつらと考えていると、明かりとりの窓から美女が降ってきた。
「お嬢様?!」
「こんばんは、先輩。夜這いにきましたわ?」
「……はい?」
このタイミングで、何で夜這い???
辺境の夜這いは、飛竜部隊の隊服で、窓から侵入がセオリーなのだろうか? いやいや。
ユーコウは四つん這いでのしかかってくる美女の、両肩を抑えて止めた。
「ちょっと待て! 順番は守りましょう!」
どの口が言うか。だが、正論である。
「昼間、好きと仰ったのは嘘ですの?」
「んなわけありませんよ。オレ、初めて女の子にキスしたし」
「え! 嘘?!」
「本当ですよ。女を知らないとは言いませんけど。キスは初めてっす」
「……それ、自慢すべきことかしら?」
たっぷりとカールした真紅の髪を両手で撫でれば、彼女はそのままユーコウの胸にもたれかかってきた。
剣術大会で戦った細く勇敢だった少女は、なんてグラマラスな美女に成長したのだろう。
むしゃぶりつきたくなる色香を放っているが、彼女はまだ学生である。うら若き17歳の乙女である。
「どうして、このようなことを?」
遣帝女回避の為か。
それはユーコウにしてみれば最高級の据え膳だが、若くして辺境伯に抜擢された才女に相応しい初夜ではない。
婚前交渉そのものはいけないと思わないのだが……少なくとも、婚約が先だ。
ところが、パトレシアは顔を赤らめながら、予想外の発言をのたまった。
「お、お母さまに言われましたの。先輩の心が変わらないうちに、夜這いなさいって!」
「はい?」
「だって、ユーコウ先輩、モテ過ぎますもの!」
「………」
そりゃあ、ユーコウにとってモテは日常である。
学園でも、王宮でも、辺境でも、どこにいても。
ただ、王都では妄想をこじらせた高位貴族の令嬢に懸想されがちで、好みのタイプには距離を置かれる……という、残念なモテだった。
辺境の女性たちからの告白は、「叶わないのはわかっているけれど」系の前置きから始まる。
恋を叶えたい気持ちと、はっきり断られて気持ちに踏ん切りをつけたい気持ちを、ストレートに伝えてくれる。
か弱き乙女の笑顔でライバルを蹴落とす王宮女子たちと、だいぶ違う。辺境女子たち、可愛い。パトレシアの次に可愛い。
「お父様も、ああ見えてモテたみたいで。『早急に純潔を捧げ、子種を頂いた女が勝つのです!』って」
「ぶ! へ、辺境候夫人って、めっちゃ肉食っすね!!! もっと楚々とした方かと」
「知りませんけど。……わかりましたわ。私、子どもすぎて魅力がないのですね」
あからさまに落ち込むパトレシア。
この見事な双丘が、濡れたまなざしが、男を刺激しないわけがないのに。
「いや、お嬢様は学生ですし! それ以前に、オレが至らないだけっすから!」
「どこがですか! 今や、剣を持てばダノン爺と互角ではありませんか!」
「ワイバーンライダーとしては、三下以下です。陽動はできても、魔獣に決定打を与えたこともありません。角笛も吹けてないし。今日のオレにはまだ、貴女を娶る資格はありません」
「……そんなの、時間の問題です」
「当然です。明日から、今まで以上に本気で挑みますよ。だから、今夜はつまみ食いでがまんしますね」
まずは、深く、甘く、激しく、唇を求められた。
昼間のキスと違う。
狂おしいほどの口付けは、唇だけに止まらなかった。
パトレシアは早熟だったし、側妃として娶られる気満々だったし、辺境では結婚がはやいので、学園に入学する頃には「コトに至ると、子どもができる」ことは知っていた。
大まかな流れも、だいたいは。
が、王都育ちの騎士ほどに、詳細な途中経過は、知らなかった。
「え? な? なに? そこはキスを、なさる場所???」
混乱するパトレシア。
否はないが、状況についていけない。
「当たり前っす」
「まって! あの! その……!」
「お嬢様、可愛い」
「………っ!」
好き放題つまみ食いされるパトレシア。
母親にそそのかされて夜這いを仕掛けたにしては、とんだ箱入り娘であった。
屋根に登って夜這いに来た令嬢は、明朝、ラウドとユーコウに送ってもらう羽目にあった。というか、ユーコウが甘やかしたがり、迎えにきたウェンディが快諾した次第である。
夜明けの散歩なんて、去年の春ぶりだ。
あの頃は、この人と恋をするなんて思っていなかった。
でも、泥炭地に眠るデュポンの群れを見つめる横顔に、好意を抱いたことは確かだ。
多分あの朝から、この人に惹かれはじめていたのだろう。
「……先輩のつまみ食いって………えっちですよね」
「そうですか?」
横抱きにしてパトレシアを膝に乗せ、片手でワイバーンを駆るユーコウは、やたらご機嫌だ。
「美人が可愛すぎるから、全力で愛でたくなるんです」
遠慮なく褒められて、顔を背けるパトレシア。並走するウェンディが「良かったねえ」と黒い目をキラキラさせているのがまた、いたたまれない。
嬉しいけど、嬉しすぎるから、困る。
「でも、イヤなのに我慢して、オレに合わせるのだけは、ナシですよ? お嬢様は人が良いから……」
「い、イヤじゃないから、困ってますのよ!」
俯いたら、くいっとされて唇を奪われた。この人のキスは、突拍子がなくて、強引だ。だけど、とんでもなく優しいから困る。
「困ること、ありますか? オレは嬉しいですよ」
「だって……あんな。はしたないって、呆れてませんか?」
「え。ちょ、待って。なんでそんなに可愛いの? めっちゃ高嶺の花してる美人なのに、彼女にしたら可愛いが限界突破するとか、反則っす!」
飛行中だから長い口付けはされなかったが、腕をまわして頭は撫でられるわ、進行方向のこめかみにはキスをされまくるわ。パトレシアは、パトレシア史上最大の甘やかしに、顔を紅潮させた。
「殿下が返せって言ってきても、もう遅いっすからね! 結婚後に愛妾に召すとかほざいたら、潰しますから!」
「心配無用ですわ? 後宮を廃すほど、婚約者を溺愛されてますもの。あの方、竜族並に一途で潔癖ですわよ?」
パトレシアは声に出して笑った。
心から笑えるくらい、片思いが過去になっている。今はもう「殿下がんばれ!」としか思わない。
「貴女がふっきってるのも、殿下が婚約者一筋なのも、知ってますよ。オレが勝手に嫉妬してるだけです」
思わず口を尖らせるユーコウ。
「あら、気が合いますわね?」
「?」
「私だって、先輩がお付き合いなさった恋人や、お相手された娼館の方々に、勝手に嫉妬してますもの」
パトレシアが腕をまわしてギュッとすると、ユーコウは「かなわないなあ」と苦笑した。
それから顔を見合わせて、心から笑いあった。
その時、ワイバーンたちの口から「ギッギッ」と不協和音が漏れた。
いつもの可愛らしい鳴き声ではなく、丸い瞳は警戒心で釣りあがっている。
ユーコウは鞍につけた槍を握り、パトレシアはウェンディに飛び移って手綱をとった。
進行方向の大地に、銀翼のデュポンが咆哮していた。その足元には血まみれのワイバーンが転がり、仲間のワイバーンが空中を旋回している。デュポンの翼はあらぬ方向に折れていた。
「追放竜……!」
パトレシアは角笛を吹いて、飛竜部隊に伝令を送った。
辺境候の駐屯地と辺境伯の駐屯地のちょうど真ん中ぐらいの立地だ。
「お嬢様はウェンディを逃がしてください! 辺境軍が来るまで、オレが引きつけます」
「ダメです! 先輩は角笛が吹けないし、それに……」
他者の命を刈ったことがない。
言葉にはしないが、ユーコウだってわかっている。だけど、そんなことを言っている場合じゃない。
「わかってますよね? ウェンディは卵を孕ってます。今、戦ったりなんかしたら、子どもが」
「でも……! 貴方が誘導して私がとどめを刺す方が、理にかなってます」
「妊娠中のワイバーンは、追放竜が最も好む餌でしょう?!
それより、あの子を助けたかったら、氷を持って騎馬隊を連れてきてください! お嬢様はワイバーンと共闘する、辺境軍の副将なんだ! 将の仕事をしてくれ! 単騎の陽動なら、オレにまかせろ!」
いつのまにか敬語を忘れたユーコウに、パトレシアは唇を噛み締めて頷いた。
「御武運を。死んだら許さなくてよ! 旦那様!」
恋に溺れても、パトレシアはやはりパトレシアだ。
最終的には感情に流されず、最適な選択を下せる辺境の戦女神。
パトレシアは強く手綱を引いて、侯爵領に引き返した。
「さ、ラウド。仲間と、俺たちの嫁さんを守るぞ!」
「ギッ!」
真紅のワイバーンと騎士は、辺境竜に向かって直下行した。
辺境候夫人「知識などなくとも、突撃すれば導いていただけるものなのです。かつての私のように」
長男夫人「はい! 間違いありませんでした!」
次男夫人「サー! イエッサー!!」
辺境候+長男+次男「「「…………」」」
アリスト家の嫁は、みんな肉食。




